Share

第119話

Author: みそ煮
last update publish date: 2026-09-13 12:42:08

その後、涼介は部屋へ戻り、由利は早めにベッドに入って電気を消した。しかし、彼女は今日に限ってなぜか眠ることができなかった。

(………いつもと環境が違うから?いいえ、それにしては変だわ)

ハワイ旅行のときもこんなに眠れないことはなかった。由利の頭に永遠に流れていたのは、ついさっき見た涼介の表情と声。

『――俺が必ずお前を救い出す』

涼介とはずいぶん久々の再会なはずだった。しかしなぜか、そんな彼を初めて見たような気がしなかった。もちろん昔は碧斗や紫苑と一緒にかなり遊んだ仲ではあるけれど、既視感を覚えたのはそこではない。

――いつかの前世で、彼の姿を見たような気がしてならない。

(私ったら、どうしてこんなにも心を乱されるのかしら?)

由利は頭から離れない涼介を完全に消し去り、ギュッと目を閉じた。心が落ち着くと、徐々に眠りへと誘われ、十分も経った頃には由利は完全に意識を手放した。

そしてその日、彼女はなんと前世の夢を見た。

一度目、二度目と碧斗は由利の目の前で自らの命を絶った。一度目は猟銃で頭を撃ち抜き、二度目はビルの屋上から飛び降りて。

由利は彼の命が消えていくその瞬間を、ただ黙ったまま見
Continue to read this book for free
Scan code to download App
Locked Chapter

Latest chapter

  • 愛人の死に耐えられなかった夫、お前が死ねばよかったのにと言い残し自死ー妻は回帰したー   第119話

    その後、涼介は部屋へ戻り、由利は早めにベッドに入って電気を消した。しかし、彼女は今日に限ってなぜか眠ることができなかった。(………いつもと環境が違うから?いいえ、それにしては変だわ)ハワイ旅行のときもこんなに眠れないことはなかった。由利の頭に永遠に流れていたのは、ついさっき見た涼介の表情と声。『――俺が必ずお前を救い出す』涼介とはずいぶん久々の再会なはずだった。しかしなぜか、そんな彼を初めて見たような気がしなかった。もちろん昔は碧斗や紫苑と一緒にかなり遊んだ仲ではあるけれど、既視感を覚えたのはそこではない。――いつかの前世で、彼の姿を見たような気がしてならない。(私ったら、どうしてこんなにも心を乱されるのかしら?)由利は頭から離れない涼介を完全に消し去り、ギュッと目を閉じた。心が落ち着くと、徐々に眠りへと誘われ、十分も経った頃には由利は完全に意識を手放した。そしてその日、彼女はなんと前世の夢を見た。一度目、二度目と碧斗は由利の目の前で自らの命を絶った。一度目は猟銃で頭を撃ち抜き、二度目はビルの屋上から飛び降りて。由利は彼の命が消えていくその瞬間を、ただ黙ったまま見つめていることしかできなかった。一瞬の出来事で、何が起こっているのか理解すらできない。『碧斗……しっかりして……』由利は碧斗の遺体に縋り付くが、既に反応はない。着ていた真っ白な服が、血で汚されていく。由利は震える手を何とか動かし、碧斗の頬に手を触れた。――人ではないと感じるほどに冷たい。彼が冷たいのは今に始まったことではなかったが、身体に温もりを一切感じられないのは初めてだった。由利は初めて碧斗に抱かれた日のことを今でもよく思い出せる。たしかに目は冷たかったけど、触れる手には温もりが存在していた。『……あぁ、どうして』由利は虚ろな目から涙を流し、真っ黒な空を見上げた。外からは、パトカーのサイレンの音が聞こえてくる。おそらく、銃の音を聞いた近隣住民の誰かが通報したのだろう。しかし、今の由利にはそんなもの耳にも入ってこなかった。その後、由利は駆け付けた警察によって碧斗の遺体から引き剥がされた。両親やメイドたちが、彼の遺体を悲痛な面持ちで見つめている。――ここから先は、知らない記憶だった。由利は第一発見者として、警察署で事情聴取を受けることになった。しかし、彼女を犯人だ

  • 愛人の死に耐えられなかった夫、お前が死ねばよかったのにと言い残し自死ー妻は回帰したー   第118話

    食後のティータイムを終えた後、由利は夫人の薦めでお風呂に入った。タオルを手に、彼女は一人浴室へと向かった。「わぁ、とっても大きいのね」流石は薄井家と言うべきか、浴室は夏目家よりも広い。由利は服を脱ぎ、室内に足を踏み入れた。湯船にゆっくりと身体を浸からせると、彼女はふぅと息を吐いた。「何だか今日は久々にリラックスできそうだわ……」一人になった空間で、由利の呟きは響いた。実家の夏目家では、くつろげる時間なんてほとんどなかった。暇なら家事を手伝えと言われ、手伝いの途中で紫苑に呼び出され、自分の時間なんてほとんど取れなかったのだ。紫苑は一人では何もできない人だった。お茶を淹れるのも自分でやらないし、どこかへ行くにも必ず誰かを連れて行かなければならない。――彼女のお世話をするのは、もう御免だった。四度目となった今世は、自分のためだけに生きていたい。いつまでも誰かに振り回されるのはこりごりだ。風呂から上がった由利は、夫人から与えられた自室へと戻った。実家のように突然呼び出されることはないのだと思うと、不思議と心が落ち着いた。ふと部屋に置いていたスマートフォンを確認すると、紫苑や碧斗からメッセージが届いていた。一気に暗い気分になりながらも、彼女は内容を確認した。『姉さん、薄井家にいるんですって?突然のことだからビックリしちゃったわ。いつ帰ってくるの?私も義兄さんも、姉さんが帰ってくるのを待っているわ』最初は紫苑からのメッセージだった。いつ帰ってくるのかと聞かれた彼女は悩んだ。できることなら、ずっとここにいたかった。しかし、そんなこと当然言えるわけがなくて、由利は紫苑に用件だけを伝えた短めのメッセージを送り返した。『由利、なぜ急に俺の実家へ泊まりに行ったんだ?しかも俺に内緒で。君がウチの両親と仲良くしてくれることは嬉しいが……一人では心配だ。次からは俺も誘ってほしい』二つ目は碧斗からのメッセージだ。心配という一言に、由利は何とも言えない複雑な気持ちになった。碧斗の心配の対象はいつも紫苑であり、由利ではなかった。君は一人で何でもできるからと、彼女は常日頃から言われていたからだ。由利は適当な理由を考え、碧斗に返事をした。次に碧斗の実家へ行くことがあっても、きっとそのときも彼のことは誘わないだろう。『早く帰ってきなさい。家事が終わらないでしょ』

  • 愛人の死に耐えられなかった夫、お前が死ねばよかったのにと言い残し自死ー妻は回帰したー   第117話

    いつもより重い空気の夏目家に対し、由利のいる薄井家では。薄井社長夫妻と由利が三人で夕食を摂っていた。料理好きな社長夫人が、由利のためにこれでもかというほど豪勢な手料理を特別に振舞ったのである。「由利ちゃん、とっても美味しいわよ。あなたもどう?」「ありがとうございます。いただきます」夫人お手製のローストビーフを一口食べた由利は、思わず顔を綻ばせた。実母の淳子はあまり料理が得意な人ではなく、由利は失敗作を食べさせられることも多くあった。「とっても美味しいです、お義母さん」「あら、由利ちゃんにそう言ってもらえるだなんてとっても嬉しいわ」夫人は感激したとでもいうかのように笑みを浮かべて喜んだ。由利は斜め右前にいる社長に視線を移した。「お義父さんも、今日は私のために時間を取ってくださってありがとうございます」「何を言っているんだ。可愛い義娘が久しぶりにウチに来ているんだ。当然のことだろう」「可愛い義娘だなんて……光栄です」実の両親にも言われたことがない言葉だった。当然だ、淳子と洋介は由利を可愛いだなんて思ったことは一度もないだろう。(何だかここにいると、時間を忘れてしまいそう……)辛く苦しいだけの夏目家とは違い、薄井家は由利にとって居心地の良い場所だった。できることならずっとここに住みたいとさえ思い始めてしまう。そして何より、ここには”彼”もいる。「――父さん、母さん、ただいま」「あら、涼介。遅かったわね」ちょうど家に帰ってきたのは、仕事を終えた涼介だった。由利は立ち上がり、彼の前に立った。「おかえりなさい、涼介兄さん」「……ただいま、由利」由利の姿を見た彼の口角が自然に上がった。初々しい二人の姿は、まるで新婚夫婦のようだった。「あら、まぁ、涼介ったら」おそらく薄井夫妻も、長男の気持ちに気付いているだろう。しかし、表立って応援することはできない。由利は次男の妻だったから。二人はそのような複雑な気持ちを抱えながら、二人を見ていた。今まで全くと言っていいほど女の影がなかった涼介の恋を後押ししたい気持ちがないこともないが、離れて暮らす次男碧斗のことがやはり気にかかる。碧斗が由利に対して不誠実な行いをしていることは、彼らも知っていた。時々電話をかけて叱ってはいるものの、彼は紫苑の身体が心配なだけだと聞く耳を持たないし、態度を改めよう

  • 愛人の死に耐えられなかった夫、お前が死ねばよかったのにと言い残し自死ー妻は回帰したー   第116話

    その日の夜八時、仕事に行っていた碧斗が家に帰ってきた。今日は残業があり、いつもより帰りが遅くなってしまった。碧斗は乗っていた車から降りると、玄関ドアの鍵を開け、中に入った。(結婚当初はこの扉の前に立つだけでも胸がドキドキして仕方なかったというのに……)妻の両親との同居も、今ではすっかり慣れた。複雑な義両親問題もなく、碧斗は夏目夫妻と穏やかな関係を築いていた。碧斗は当時、由利の猛反対を押し切って夏目家での同棲を選んだ。由利は結婚後二人で暮らすと思っていたのか、かなり衝撃を受けていた。『ねぇ、碧斗……あなたの実家ではいけないの?私としてはそっちのほうがいいんだけど。薄井夫妻もそうすると思っているでしょうし』青い顔で反対の言葉を口にする由利に、俺は何て答えたっけな。目を閉じ、当時の光景を思い浮かべる。『君は紫苑のことが心配じゃないのか?病弱な妹を置いて家を出るとは……なんて冷たい姉なんだ』その言葉に、ショックを受けたかのように目を見張る由利。それからというもの、彼女が夏目家での同居に口出しすることはなくなった。(……いや、今思えばあの日から由利は俺に意見することがなくなったな)今になって、碧斗は自分がどれだけ酷いことを言ったのか悟った。あのときは紫苑の身体を心配するあまり、気付かなかったのだ。夫として、彼は最低だった。わかっていながらも、碧斗には由利と離婚するという選択肢はなかった。くだらないプライドや欲のためではない。由利――彼女を心から愛していたからだ。なぜ今になってこのような感情が湧き上がってきたのかは自分でもわからなかった。紫苑と不適切な関係にあることもたしかだ。だが、彼女を手放したくはなかった。身勝手な男だと罵倒されてもかまわない。ただ、傍にいてくれさえすればそれでよかった。碧斗はハワイ旅行に行ったあたりから、由利への気持ちが高まり始めていた。リビングへ入ると、いつもの面々が彼を出迎えた。「ただいま戻りました」「おかえりなさい、碧斗君」「碧斗義兄さん、お帰りなさい」義母である淳子と、義妹の紫苑だ。義父である洋介はそこにおらず、おそらく自室で仕事をしているのだろう。何の変化もないいつも通りの夏目家だったが、ある人物の姿がないことに碧斗は気が付いた。「由利はどこに……?」碧斗は由利がいないことを、淳子に尋ねた。すると

  • 愛人の死に耐えられなかった夫、お前が死ねばよかったのにと言い残し自死ー妻は回帰したー   第115話

    淳子が由利を冷遇し、紫苑を大切にしていたのは、誰も知らない隠された秘密があった。由利が洋介の血を引いていることもあり、淳子はどうしても彼女を愛することができなかった。それに加えて、由利の顔は父親によく似ている。淳子に似ているところがほんの少しでもあったのならば、由利があそこまで虐げられることはなかったかもしれない。そんな母の冷遇からか、由利は幼い頃から心を閉ざすようになり、次第に洋介も彼女に対する接し方がわからなくなっていった。紫苑は母親に似た愛らしい容姿をしているうえに、陰鬱な由利と違って明るい子だった。両親の愛が由利ではなく紫苑に傾くのは、至極当然のことだったのかもしれない。紫苑は健康な由利に反して、病弱だった。淳子はどうして彼女がと嘆き、洋介も人一倍紫苑を気にかけるようになった。幼い頃から紫苑は何かと手のかかる子だった。次第に淳子と洋介は、姉の由利に彼女の世話をさせるようになった。紫苑も由利を好いていたようだし、姉が妹の面倒を見るのは当然のことだと自らの行いを正当化した。淳子は母親としては最低だった。紫苑を溺愛して過保護になる一方で、自分で世話をするのは嫌がり、彼女に何かあると長女の由利に当たる。紫苑絡みのことで由利を叱るたびに、心配なら自分で見ろよと周囲の人間に思われていたことを、彼女は知らなかった。洋介も妻の行き過ぎた行為を知ってはいたが、彼は愛する彼女に愛想を尽かされることを恐れて何も言わなかった。愛想を尽かされるも何も、最初から愛などなく、むしろ底知れない憎しみを抱かれていたが。それからというもの、淳子は紫苑を夏目グループの次の社長にすることだけを目標に生きてきた。全ては洋介に報復するため。過去に思いを馳せていた淳子は、洋介との結婚式の写真を見ながら呟いた。「…………ホンット、くだらない日々だったわ」彼女はそれ以上は見たくないと、写真を棚の引き出しに閉まった。夏目家の本邸にある彼女の部屋には、洋介に関するものはほとんどない。強いて言うならその写真だけだったが、それも彼に気持ちがあるように見えるフェイクだ。洋介は確実に騙されている。淳子が自分を愛して結婚したと、信じて疑っていないのだ。しかし、それは間違いで、淳子は誰も愛していない。紫苑のことも、別に我が子として愛しているというよりかは復讐の駒として執着しているだけ。

  • 愛人の死に耐えられなかった夫、お前が死ねばよかったのにと言い残し自死ー妻は回帰したー   第114話

    淳子は二人目の子を妊娠したが、父親が誰かまではわからなかった。不特定多数の男と遊んでいたのだから、そうなるのも当然だろう。しかし、洋介との行為の後はいつもこっそり避妊薬を飲んでいたから、彼が父親ということだけはあり得ない。つまり、洋介以外に関係を持った男のうちの誰かが父親ということである。夫の洋介はそんなこと知る由もなく、二人目が生まれてくるのをとても喜んでいた。彼は二人目の子供のためにベビー用品を自らの手で選び、愛おしそうに淳子の腹を撫でた。生まれたらどうせ放置するくせに何のつもりだ――と淳子は心の中で彼に毒を吐いた。しかし、妊娠が喜ばしいことだったのは淳子も同じだった。彼女は純粋に喜ぶ洋介とは違って、ある思いを抱いていた。(この子が私の復讐の駒になってくれるはずよ)そう、淳子がわざわざ他の男との間に子を作った理由。それは洋介への復讐のためだった。淳子は自分に生き地獄を味あわせた彼に、報復として屈辱を与えようとしていた。その計画を遂行するためには、婚外子が必要だった。淳子は柔らかい笑顔を浮かべ、自身のお腹をそっと撫でた。妊娠も七ヵ月目に入り、だいぶ膨らんだお腹。もうすぐ生まれてくる愛おしい我が子。父親の顔もわからないような子供ではあるが、淳子は第一子とは違って僅かだが愛情を感じることができた。(あの男の絶句する顔を想像したら……)淳子はその妄想だけで、辛い結婚生活を耐え抜くことができた。***それから数ヵ月後、淳子はとうとう子を出産した。生まれてきたのは、彼女にそっくりな女の子だった。男児ではなかったことに少しショックを受けたが、どうせ第一子も女だ。女であろうと計画が破綻することはないので、もはやどちらでもいい。「淳子……よくやったな。君にそっくりな女の子だ」「ええ、そうね。あなた」一人目が自分に似ていたこともあり、洋介は淳子にそっくりな娘にとても喜んでいた。彼はその子供が自分の血を引いていないことなど、当然知らない。生まれた子供は淳子が紫苑と名付けた。由利のときとは違い、じっくりと悩みに悩んで考えた名前だった。淳子は自分に似た顔ですやすや眠る紫苑の頬に、そっと口づけを落とした。紫苑が生まれた後、彼女はプロの写真家を呼んだ。紫苑や自分を含めた家族写真を何枚も撮らせた。それも由利が生まれたときはしなかったことだった。その

  • 愛人の死に耐えられなかった夫、お前が死ねばよかったのにと言い残し自死ー妻は回帰したー   第3話

    目が覚めると、由利は病院の一室にいた。「無事だったんですね、よかったです」「あなた……」ベッドに横たわる由利の顔を、夏目家のメイドが心配そうに覗き込んだ。また巻き戻ってきたのではないかと思ったが、どうやらそうではないようだ。由利は自身の安否など気にも留めず、メイドに尋ねた。「お腹の子は……」「……」その問いに、メイドは痛々しそうに視線を逸らした。由利は彼女の反応で全てを悟った。――あぁ、流産してしまったんだ。奇跡のように私の元へやって来てくれた子は、産まれることもなく亡くなってしまったのね。悲しくて、悔しくて、やりきれない気持ちになった。由利は病室内を見渡した。流産したと

  • 愛人の死に耐えられなかった夫、お前が死ねばよかったのにと言い残し自死ー妻は回帰したー   第2話

    それから碧斗は、毎日のように紫苑のいた病室で泣き続けた。彼女がいなくなり、火葬されたあともずっと。仕事も手に付かなくなるほど毎日のように大声で泣き、隙あらば彼女の痕跡を探した。彼女が生前着ていた服を抱きしめ、服が濡れるまで泣いた。もちろん両親も深い悲しみに暮れていたが、それでも彼の絶望は異常ともいえるほどだった。この世の全てを失ったかのように、真っ暗な部屋で酒を浴びるように飲み続けた。彼女のいない世界なんて、意味がないのだろう。由利はそんな彼をただ見ていることしかできなかった。姉妹ではあるが、紫苑に似ているところなんてほとんどない由利に、彼女の代わりなんて到底務まらないからだ。そして

  • 愛人の死に耐えられなかった夫、お前が死ねばよかったのにと言い残し自死ー妻は回帰したー   第1話

    「紫苑……!紫苑……!しっかりしてくれ……そんな……どうして急に……!」水藻区(みなもく)にある大病院の一室にて。一人の男がベッドに横たわって微動だにしない女に必死の思いで呼びかけている。彼の呼びかけも虚しく、彼女はビクともしなかった。病室が静寂に包まれ、人々のすすり泣く声が耳に入る。この場にいる全員が彼女の死を悲しみ、現実を受け止めきれないでいる。そんな中、一人の女が複雑な表情で彼ら家族を見つめていた。「……」――どうして、こんなことになってしまったのか。彼女は心の中で自分自身に問いかけた。当然、答えなど出てこなかった。元より、答えられる問題ならそのように思ったりはしないだろう

  • 愛人の死に耐えられなかった夫、お前が死ねばよかったのにと言い残し自死ー妻は回帰したー   第7話

    両親、碧斗は紫苑の妊娠に大層喜んだ。このときには既に紫苑は病気を克服し、強く生き始めていた。そんな彼女の変化は、由利にとっても喜ばしいことだった。「二人とも、妊娠おめでとう」「ありがとう、姉さん」紫苑は嬉しそうに微笑んだ。まだ平らな彼女のお腹を、隣にいた碧斗がそっと撫でた。その顔はとても幸せそうで、由利は回帰してよかったと心の底から思えた。紫苑は複雑そうな目で由利を見つめた。「姉さんから祝いの言葉をもらえるとは思っていなかったから……驚いたわ」「……そんなことないわ、私は誰よりもあなたたちの愛を応援しているもの」強がりでも嘘でもない。紛れもない本心だ。由利の言葉を聞いた両親は

More Chapters
Explore and read good novels for free
Free access to a vast number of good novels on GoodNovel app. Download the books you like and read anywhere & anytime.
Read books for free on the app
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status