All Chapters of 愛人の死に耐えられなかった夫、お前が死ねばよかったのにと言い残し自死ー妻は回帰したー: Chapter 121 - Chapter 130

140 Chapters

第121話

翌日の朝、由利は薄井家で義理の両親――そして涼介と四人で食卓を囲んでいた。テーブルの上には、豪華な食事が並べられている。もちろん、全て薄井夫人の手作りだ。「今日で夏目家に帰っちゃうだなんて……とっても寂しくなるわね」「短い間ですが、お世話になりました。お義母さん」当然、由利もできることならずっとここで暮らしたかった。しかし、そんな彼女の願いは認められない。両親は由利を毛嫌いしているが、なぜか家を空けることは極度に嫌った。(母さんからしたら、家事を手伝う人がいなくなるのが困るのよね……)そんな理由で家にいることを望まれているとは、何とも切ない。スクランブルエッグを口に運んでいた由利に、夫人が何かを思いついた様子で声をかけた。「そうだ、由利ちゃんに渡したいものがあるのよ。朝食が終わったら、私の部屋に来てくれるかしら?」「渡したいもの……ですか?」***朝食後、由利は約束通り夫人の部屋を訪れた。彼女が与えられた部屋と同じくらいの広さで、室内には夫人の趣味であろうアンティーク調の家具が設置されていた。まるで異世界ファンタジー漫画に出てくるヨーロッパの貴族の部屋のようで、何だか胸が躍る。「夫人……渡したいものって一体……?」「うふふ、それはね……」薄井夫人はニッコリ笑うと、クローゼットからあるものを取り出した。箱の大きさや形から察するに、おそらくそれは指輪だろう。夫人は由利の前に箱を出すと、中身を彼女に見せるように開けた。開けた瞬間、由利は中に入っていたそれに目を奪われた。「わぁ、とっても綺麗……!」箱から姿を現わしたのは、大きなダイヤモンドをあしらった指輪だった。シルバーのリングの中央に、ペアシェイプのダイヤモンドが豪華に飾られている。「かなり前に買ったものなんだけどね……将来息子の妻になった人にあげたいと思ってずっと取っておいていたのよ」「これを私にですか……?」碧斗から貰った婚約指輪も、ここまでの大きさではなかった。というか、こんな大きなダイヤの指輪を着けてる人なんてほとんど見ない。「ええ、ぜひ受け取ってちょうだい」「ありがとうございます、夫人」夫人は由利の右手を取ると、人差し指にそっと指輪をはめた。ダイヤモンドが大きすぎるせいか、指にズッシリとした重みを感じる。(すごく綺麗……)人差し指でキラキラ白い光を放つダイヤモ
Read more

第122話

夜になり、夏目家に帰る時間となった。碧斗の実家と由利の家はそれほど遠くはないため、もう何泊かしてもいいくらいだった。しかし、これ以上家を空けると母親がうるさい。『まだ帰ってこないわけ?一体どこで道草食ってるのよ』今も由利のスマートフォンには母淳子からのメッセージが届いている。カバンの中に閉まっているスマホの通知音を感じ取った由利は、電源を切っておけばよかったと後悔した。「お義父さん、お義母さん。お世話になりました」薄井家のエントランスで、由利は義理の両親と向かい合っていた。「いえいえ、気にしないでちょうだい」「ああ、私も義理の娘と久々に過ごせて嬉しかったよ」二人は快く由利を見送った。まだ残ってほしいと思う気持ちは、当然夫妻にもあった。しかし、よその家庭の事情に口を挟むことはできないし、由利本人が帰ると言っているのだから引き留めることもできない。「……涼介兄さん」「由利」彼女は夫人の横に立っていた涼介に視線を移した。彼は彼女にそっと近づくと、小さな声で囁いた。「俺のあの言葉、忘れるなよ」「……!」――必ず助け出す。つい昨日、涼介が由利に言ったことだった。どういう意味だろうと、しばらくは頭から離れなかった彼の言葉。今になって、ようやく意味がわかったような気がする。「……もちろん、忘れてなんていないわ」「何かあったら俺がどこへでも行ってやるから」涼介は由利の肩にポンと手を置き、念を押した。由利はそんな彼に向けて、力強く頷いた。「ありがとう、兄さん。私、もう少しだけあの家で耐えてみるわ」「そうか……逃げたくなったらいつでもここへ来い。俺も母さんも父さんも……お前を受け入れる準備はできてるんだから」今のところ薄井家で暮らす予定はないが、本当に辛くて苦しくてどうしようもなかったら行くかもしれない。由利は挨拶を終えると、家を出た。どうやら父の洋介が迎えの車を寄越したようだ。今までそんなことは一度もなかったというのに、今日に限ってどうして。由利は疑問に思いながらも車に乗り込み、およそ一日ぶりに夏目家まで帰った。後部座席の窓から見える景色を眺めていた彼女は、どこか遠い目をしていた。憂鬱な気持ちを必死で隠しながら、由利は家に入った。「ただいま」「おかえり、姉さん」真っ先に彼女を出迎えたのは紫苑だった。紫苑は由利を見るなり、嬉しそ
Read more

第123話

淳子は由利が薄井夫人から貰った指輪を見たあと、急いで自室へと戻っていた。洋介との思い出がいくつも飾られた、彼女にとっては憂鬱になる部屋。そんな部屋で、淳子は必死に探しものをしていた。「ない……ない……どこに閉まったかしら……」彼女は手当たり次第に部屋にある引き出しを開けていく。中を漁り、入っているものを全て出してまで懸命に捜索した。引き出しだけではなく、クローゼットやチェストの裏まで。彼女はくまなく探し続け、ようやく見つけ出した。「あったわ!!!」部屋の隅っこにある棚の一番下の引き出し。その最奥に入っていた箱を、彼女は取り出した。その箱は淳子が視界にすら入れたくないと、何十年も前からずっとその場所に放置されていた。そんなものを、なぜ今になって探していたのか。彼女は箱の中身を開いた。中から姿を現わしたのは、ダイヤモンドの指輪だった。――淳子が婚約した頃、洋介に貰ったものである。元恋人にプレゼントされた指輪よりもずっと高価で、世界的に有名なハイブランドジュエリーのものだ。洋介を嫌悪する淳子ですら、最初は近しい者たちに自慢していたほどの代物である。彼女は指輪を手に取ると、左手の薬指にそっとはめた。大きなダイヤモンドがキラキラと光り輝いた。お金のある男性との結婚を望む一般女性からしたら羨ましくてたまらないだろう。しかし、淳子は今になってその指輪では満足できない理由があった。「どうして……あの子のよりも小さいのよ……」そう、彼女が洋介に与えられた指輪は、由利が薄井夫人に貰ったものよりもダイヤのサイズが小さかった。それを理由に、淳子は由利に並々ならぬ嫉妬心を抱いていた。彼女は思わず、拳をギュッと握りしめた。こんな指輪、今すぐでも捨ててしまいたい。一度狂ってしまうと、彼女は手が付けられない。洋介から貰った指輪を箱ごと、ゴミ箱に投げ入れた。どうせ洋介のほうも、プレゼントしたことなど忘れているだろう。彼との結婚を受け入れたのは紛れもない淳子自身だったが、あの指輪はまさに彼女を不幸へと導くものだった。彼への指輪を何の迷いもなく捨てたあと、淳子は部屋で呟いた。「……由利には、身の程ってものをわからせないといけないわね」由利は淳子にとって不幸の象徴で、紫苑は淳子にとって復讐を遂行してくれる希望の光。紫苑に愛情は注げても、由利に愛を与えることはどうして
Read more

第124話

それから数日を夏目家で過ごした由利は、ある問題に直面していた。「おかしいわね……どこに閉まったかしら……?」彼女は部屋の中であるものを探し回っていた。引き出しの中だけでなく、ベッドの下までを確認するが、どこにも見当たらない。(どうして急になくなってしまったんだろう……)由利が探していたのは、まさに数日前薄井夫人からプレゼントされた指輪だった。ベッド横の上から二番目の引き出しにきちんと保管しておいたはずが、いつの間にか箱ごとなくなっていたのである。「どうしよう……せっかくお義母さんがくれたっていうのに……」由利の目から涙が溢れそうになった。実の親よりも優しい夫人がくれたものをなくしてしまうだなんて、情けない。由利は自室だけではなく、他の部屋も探し始めた。「――ねぇ、紫苑。私の指輪知らない?」リビングでくつろいでいた紫苑に、由利は尋ねた。紫苑はきょとんとした顔をしながら、首を横に振った。「知らないわ。姉さんったら、もしかしてなくしたの?」「…………気付いたら、なくなっていたの」「……まぁ、そんな」あの指輪がどれくらいの価値があるのか、紫苑ですら見ればわかる。由利は絶句した様子の紫苑の表情を、じっと観察した。(紫苑……あなた、盗んでないでしょうね……?)血の繋がった妹を疑いたくはなかったが、彼女ならやりかねない。紫苑に疑いの目を向ける由利に、彼女はある提案をした。「……そうね、姉さんの部屋はいつもきちんと整理整頓されているし……姉さんがそんなに大切なものをなくすとは思えないわ」「……紫苑?」突然何を言い出すのか。困惑した様子の由利の耳元で、紫苑は囁いた。「――つまり、指輪を誰かが盗んだということで間違いなさそうだわ。あなたもそう思ってたから私に聞いたんでしょう?姉さん」「……」紫苑の赤い口紅が、自然と弧を描いた。どうやら紫苑は、最初から由利の考えを知っていたようだった。由利の心臓がうるさいくらいに高鳴った。しかし、紫苑はそんな姉を心外だと責めることもせず、身体を離した。「でも残念ね。私じゃないわ、指輪を盗んだの。そんなに疑わしいなら、部屋を調べてくれたっていいのよ?」「紫苑……私はそんなことしないわ」由利はゆっくりと首を横に振った。表情を見るに、嘘をついているようにはとても見えなかったからだ。それに、紫苑はハイブランドの
Read more

第125話

由利は紫苑の提案で、邸内のある部屋へと向かった。しばらく紫苑の背中を追って歩いていた由利は、ある一室の前で立ち止まった。「ここは……母さんの部屋?」「ええ、姉さん。ここになら、もしかすると指輪があるかもしれないわ」紫苑は確信しているかのような様子でそう口にした。彼女は母親の部屋の扉を、黙ったまま見つめていた。「母さんが私の指輪を盗んだってこと?」「ええ、私じゃないなら……母さん以外にはあり得ないでしょう?」「そ、それはそうだけど……」男である碧斗や父が女性ものの指輪を盗むとは思えないし、紫苑以外であればたしかに母親しか考えられなかった。それでも、血の繋がった母親を疑うというのは何だか気が引けた。「勝手に入っていいの?」「ちょうど母さんは出かけてるし……入るなら今のうちしかないわよ、姉さん」どうする?と、紫苑は由利に入る気があるかを尋ねた。紫苑からしたら、指輪があろうがなかろうがどちらでもいいだろう。それでも姉の由利のために、心当たりのある場所を探そうとしてくれているのだ。紫苑の気遣いに、由利は困惑していた。自分のために彼女がここまで動いてくれたことは、今までに一度もなかったのではないだろうか。「いえ……入るわ。もしかすると、本当に指輪があるかもしれないし」「賢明な判断だわ。行きましょう、姉さん」紫苑はどこからか手に入れた鍵を使い、母親の部屋の扉を開けた。母の淳子は留守の間は必ず部屋に鍵をかけている。そのため、由利も紫苑も彼女がいない間に部屋に入ったことはなかった。「……案外何もないのね」何か秘密があるのではないかと疑っていたが、中は昔見たときと変わらず殺風景なままだった。「母さんはミニマリストだからね。物を部屋に置くことが好きではないのよ」紫苑は部屋の扉をそっと閉めた。由利は久しぶりに入る母親の自室を見回していた。(この部屋のどこかに指輪があるだなんて……信じたくないわ)もしも淳子が犯人だったとしたら、自分は彼女に対して何て言うのが正解なのだろうか。ボーッとする由利を、紫苑が手を叩いて正気に戻した。「さぁ、姉さん。母さんがいつ帰ってくるかわからないわ。早めに探して部屋を出ましょう」「ええ、そうね……」由利と紫苑は部屋の中で捜索を開始した。一人では時間がかかるだろうと思っていたため、彼女が手伝ってくれるのはありがた
Read more

第126話

いつの間にか部屋へ来ていた淳子は、紫苑と由利を見て眉をひそめた。勝手に自分の部屋に入られているのだから、誰だっていい気はしないだろう。しかし、由利の指輪を盗んだのは淳子だった。つまり、先に悪いことをしていたのは淳子のほうということだ。そんな彼女には、由利や紫苑を責める資格はない。「母さん……」「何をしているかって聞いてるのよ!」淳子は由利に向かって大股で歩き出した。昔から彼女を見ている由利にはわかる。彼女は今、相当頭にきている。(ど、どうしよう……)固まっていた由利の前に咄嗟に立ちはだかったのは、紫苑だった。「――母さん、やめて。姉さんに手を出さないで」「紫苑……」紫苑を間に挟んだおかげか、淳子の険しかった表情は僅かに元に戻った。しかし、状況が状況であるため、淳子は紫苑にも厳しい目を向けた。「紫苑、どきなさい。今あなたに用はないのよ」淳子が紫苑に冷たくしているところを、由利は初めて見た。しかし、紫苑は動じることなく冷静に言葉を返した。「母さん、それは変だわ。私だって母さんの部屋に勝手に入ったじゃない。それなのに、どうして姉さんだけを責めようとするの?」「……」淳子は言い返すこともできないのか、黙り込んだ。その隙をチャンスだと思い、由利は指輪の件を問い質した。「母さん、この指輪が母さんの部屋の引き出しにあったんだけど、どういうこと?」「なッ……どうしてそれを……」由利が手に持っていた指輪の箱は、つい数日前淳子が彼女の部屋からこっそり盗み出したものだった。淳子は由利の持つ大きなダイヤモンドの指輪に嫉妬し、指輪を盗むという暴挙に出たのだ。「母さん、答えてちょうだい。どうして私の指輪を、母さんが持っているの?」「……」由利の詰問に、淳子は口を噤んだ。罪から逃れようと、言い訳を必死で考えているのかもしれない。しかし、現物があるこの状況でそんなものは通用しない。「否定すらしないのね。ということは、指輪を盗んだのは母さんってことで間違いはなさそうね」「由利……」諦めがついたのか、淳子はガックリと項垂れた。そして、突然床にへたり込んだかと思うと、顔を手で覆って泣き始めた。「か、母さん……?」由利はそんな母親の姿を、困惑したように見下ろしていた。悪いことをしたのはそっちなのに、なぜあなたが泣くのか。由利だけではなく、紫苑も彼女を
Read more

第127話

顔を手で覆い、嗚咽を上げる淳子に、碧斗と父親は困惑していた。この光景だけを見れば、由利と紫苑が加害者であるように見えるだろう。「……お前たち、何をしていたんだ?」「……父さん」父の疑念の目が、由利と紫苑の二人に向けられた。由利は慌てて否定しようと、口を開いた。「父さん、私は……」「なぜ、淳子が泣いているんだ?」しかし、母の涙を前にもはや父は理性を保つことができないようだった。彼女が由利と紫苑に泣かされたのではないかと、父は疑っていた。紫苑のことを溺愛している父だが、彼女にも険しい目を向けた。父は冷たいように見えるが、実はこの世の誰よりも妻の淳子を愛していた。今にも二人に詰め寄りそうな父を、碧斗が慌てて止めた。「――お義父さん、娘の話くらいきちんと聞くものですよ」「碧斗君、君は黙っていなさい」父は碧斗を振り払おうとするが、彼も退かなかった。「いいえ、黙ってはいられません。家族のことに口を出すなと言うおつもりなら、私も家族ですから。口出しする権利はあるはずです」「……」碧斗の正論を前に、父は黙り込んだ。彼がゆっくりと肩を撫でると、ようやく落ち着きを取り戻したようだった。碧斗は由利を守るように父の前に立ちはだかった。彼は父と違って、由利が悪さをしたわけではないことを、心の中で確信していた。「由利、何があったか説明できるか?」「……はい」振り向いた碧斗の視線を受けた由利は、ゆっくりと口を開いた。「実は、母さんの部屋から私が薄井夫人に頂いた指輪が出てきたんです。今日の朝突然なくなって、ずっと探していたものだったんですけど……」由利はチラリ、と母の淳子に視線を向けた。話を聞いているのかいないのか、ずっと顔を手で覆って泣いているままだ。淳子は昔から、自分に都合の悪いことがあるとすぐに被害者ぶる人間だった。今回もそうやって泣き崩れることで、父の同情を誘おうとしているのかもしれない。何ともずるいやり方だ。「指輪が……?由利が貰ったはずのものを、なぜ義母さんが持っていたんです?」碧斗は床にへたり込む淳子を問い詰めた。父はともかく、碧斗は淳子の手口にやられたりはしない。「……私は盗んでなんていないわ。その子が嘘をついているのよ」「母さん、いい加減に認めなさい。私も指輪が部屋の引き出しから出てきたのを見たわ」「紫苑……」溺愛していた
Read more

第128話

紫苑が淳子の部屋のゴミ箱から取り出したのは、夫の洋介がかつて贈った婚約指輪だった。由利が薄井夫人から貰ったものほどではないにしろ、かなり大きいダイヤモンドがあしらわれている。洋介は信じられないというように、身を震わせていた。「淳子……一体どういうことだ……?なぜ、私があげたものが捨てられているんだ……?」「あ、あなた……違うのよ……あれは……」もはや言い逃れなどできない状況だったが、淳子はみっともなく罪から逃げようとしていた。彼女になりに言い訳を考えているのだろうが、何も思いつかない。窮地に追い込まれた人間のように、額からダラダラと汗を流している。そんな淳子を見るのは初めてだった。追い打ちをかけるように、紫苑は淳子に尋ねた。「母さん、私も本当のことを知りたいわ。どうして父さんがあげたはずの大切な指輪が、ゴミ箱に捨てられているのかしら?」「紫苑……」誰よりも可愛がってきた娘に追い詰められるとは思いもしなかっただろう。しかし、こればっかりは紫苑が正しい。淳子は他にも由利の指輪を盗むという罪を犯している。そして、彼女の罪は続けざまに明かされていった。「ねぇ、母さん……引き出しに入ってたこの拓って男からの手紙……一体どういう関係なのかしら?母さんのことを愛しているとか結婚していてもかまわないとか書いてるんだけど」「!」――それはまさに、淳子の長年の不倫を表す証拠だった。彼女は結婚後、多くの男性と性的関係を持ちながら、そのうちの一人の男に本気で恋をした。それが拓という男だった。彼は淳子より三つ下の小さな工場の社員で、彼女とは二十年来の付き合いだった。淳子が彼を好きになった理由は単純、最愛の元婚約者に少しだけ雰囲気が似ていたから。彼を愛していたというよりかは、前の婚約者を未だに忘れられずにいたのだ。不倫を知った夫の洋介は、愛する妻を問い詰めた。なぜそんなことをしたのかと、泣いているように見えるのは気のせいだろうか。しかし、当の淳子はそんな夫を冷めた目で眺めていた。「……るさいわね」「……何だと?」「うるさいって言ってんでしょう!離しなさいよ!」淳子は肩を掴んでいた洋介の手を振り払った。開き直った彼女に、彼は呆気に取られていた。淳子は涙を流し、洋介に怒鳴り散らした。「大体、元はと言えば全部アンタのせいよ!アンタのせいで私は不幸になっ
Read more

第129話

淳子は由利と紫苑、碧斗がいる前であるにもかかわらず、声を荒らげ続けた。「アンタのせいよ!アンタがあんなことしなければ……私は幸せでいられたのよ!」とうとう淳子は洋介に掴みかかった。しかし、華奢な女性である淳子が、男の洋介に力で敵うはずがない。彼女はすぐに手首を掴まれ、動きを封じられてしまった。元々ヒステリックで精神的に不安定な人ではあったが、ここまで暴れているところを見たことはなかった。多くのものが溜まり、限界を迎えて爆発したのだろう。(……父さんと母さんの間に一体何があったのかしら?)由利は当然、彼らが抱える事情を知らなかった。一方の紫苑は知っているのか、無感な目で二人を眺めていた。父親は何とか彼女の暴挙を止めようと、説得を試みた。「淳子、落ち着かないか……由利と紫苑が見ているぞ」娘二人の前でみっともない真似はやめろと、洋介は遠回しに言った。しかし、もはや正気を失っている淳子に響くことはなかった。「知らないわよ、あんなの!」淳子は由利と紫苑を一瞥すると、キッパリ言い放った。「――こっちは産みたくもないアンタの子を産ませられてるのよ!?今すぐでも捨てたいくらいだわ!あんな可愛げのない子供たち!」「………母さん」初めて直接口から語られた、母の本当の気持ち。わかってはいたが、由利はショックを隠しきれなかった。「淳子、なんてことを言うんだ!」行き過ぎた淳子の発言に、洋介は怒りを露わにした。しかし、そんな彼を彼女は嘲笑った。「うるさいわね、アンタだっていつも仕事が忙しいとか言ってまともに育児に参加してなかったじゃない!そのくせ今さら父親面して私を叱るわけ!?」「……!」「――結局のところ、アンタも私と同じなのよ!私と同じ、最低な父親だってこと!」アハハハハハ―――と淳子の笑い声が部屋に響き渡った。洋介は動揺しているのか、淳子を掴む手の力が弱まった。彼女はその隙を逃さず、彼の手を振り払った。自由になった淳子はドサリとソファに腰を下ろし、偉そうに足を組んだ。もはや本当の姿を隠すつもりもないようだ。「……淳子、お前の本当の気持ちはよくわかった」「あら、わかってくれるだなんてとっても嬉しいわ。遅すぎるけどね」洋介は何かを決めたかのように、淳子の前に立ち、彼女を見下ろした。「――お前とは離婚だ。手切れ金はいくらか渡すから、家を出て行
Read more

第130話

一部始終を見ていた由利と碧斗は、大慌てで二人を落ち着かせた。「母さん、落ち着いて!離婚だなんて、どうして急に!」「うるさいわね、アンタに私たちの何がわかるって言うのよ?私はずっとあの男に苦しめられてきたのよ。離婚は願ってもないことだわ」淳子は慌てふためく由利に、ハッキリと言い放った。彼女の言う通り、由利は二人の間に起こった出来事を何も知らなかった。一体何が、淳子をここまで狂わせてしまったのか。由利と碧斗の間にそんな疑問が浮かび上がるが、聞けそうにない。由利は淳子を、碧斗は洋介を何とか説得しようとしていた。「お義父さんも……離婚だなんて、冗談ですよね?」「碧斗君、私が冗談でそのようなことを言うと思うか?本気だ、彼女にはすぐにでも家を出て行ってもらう」「そ、そんな……」離婚が本気だと知り、碧斗は顔を真っ青にした。もちろん、由利も同じ気持ちだった。いくら母親に非があったとはいえ、離婚はやりすぎではないのか。父の洋介は他人の目から見てもわかるくらい、母の淳子を溺愛していた。そんな彼が、母に離婚を突き付けるとは想像もしていなかった。可愛がられた記憶もない両親だが、由利は二人に離婚なんてしてほしくなかった。そのため、必死の思いで両親の意思を変えさせようとした。「父さん、母さん、落ち着いてください……」そんな由利の肩を、ずっと傍観に徹していたある人物が掴んだ。「――姉さん、そんなこと言ったところで父さんと母さんは変わらないわ」「……紫苑?」振り返ると、表情を一切変えていない紫苑が視界に入った。彼女は一連の離婚宣言に焦るどころか、まるで予想していたかのように平然としていた。「どうして……」そんなにも落ち着いていられるの――という由利の疑問は口には出なかった。紫苑はそんな彼女の心の内を読んだのか、ただ妙に優しい手つきで彼女の背中を撫でた。***それから数日後、淳子は洋介に言われた通り家を出て行った。碧斗は引き留めたが、彼女は聞く耳を持たなかった。出て行ってすぐ不倫相手の家に転がり込んだ淳子は、離婚が成立するまでの間彼との愛の巣で過ごすという。あまりにも呆気ない終わりに、由利は数日間は呆然としていた。傍から見れば愛し合っているように思えた淳子と洋介だったが、内側には大きな秘密を抱えていたのだ。その秘密を由利が知ったのは、二人の離婚が成立し
Read more
PREV
1
...
91011121314
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status