All Chapters of 御曹司の妻を辞めた日、私は社長になった〜久世家を出た元嫁は、格上エリートと人生を再建する: Chapter 31 - Chapter 40

60 Chapters

31.赤字になる華やかさ

莉奈から届いた資料は、画面を開いた瞬間に明るかった。KUZÉ ma vieのロゴ。淡い色合いのパッケージ案。百貨店催事のイメージ写真。ポップアップ装飾のラフ。限定ボックス、ノベルティ、インフルエンサー招待、SNS用の撮影、オープニングイベント。どのページも、莉奈らしく華やかだった。久世物産の古い会議室で見ると少し浮いて見えた淡い色も、画面の中ではきれいにまとまっている。薄いピンクベージュと白、細い金色の線。自然光の中に置かれたジャムや米粉クッキー、ハーブティーは、いかにも若い女性が手に取りたくなるように見えた。美緒は、画面をゆっくりスクロールした。莉奈のセンスは、悪くない。むしろ、見せ方だけでいえば、久世物産の中ではかなり新しかった。古い贈答品の会社という印象を和らげ、日常の中に入り込む小さな贅沢として見せる力がある。写真の選び方も、言葉の置き方も、若い顧客層を意識していることが伝わってきた。お義姉さん、追加案をまとめてみました。メッセージの文面も、資料と同じように明るかった。せっかくなら、初回展開でもっと話題性を出したいんです。 数字のところだけ、見てもらえますか?美緒は、しばらく画面の文字を見ていた。数字のところだけ。その言葉は、以前なら何の抵抗もなく受け取っていた。莉奈が企画を作る。怜央がそれを通す。美緒が数字を整える。危ういところを見つけ、足りない項目を埋め、相手が困らない形にして返す。それは、いつもの流れだった。けれど今の美緒には、その「いつも」が少し違って見える。誰かの華やかな案の裏で、誰かが数字を支える。 誰かが見えない費用を拾い、在庫を見て、赤字にならないように整える。 けれど、表に出るのは華やかな案の方だけ。美緒は返信欄を開いた。もちろんです、と打ちかけて、指を止める。前にも同じことをした。何となく引き受けて、何となく全部を見る。すると、いつの間にか自
Read more

32.履歴は消えない

赤字リスクの資料を保存するとき、美緒はファイル名の最後に「美緒作成」と入れた。KUZÉ_ma_vie_初回展開リスク整理_美緒作成。たった四文字だった。けれど、保存ボタンを押す前に、指が止まった。以前なら、こんな名前にはしなかった。確認用。修正版。莉奈さん資料。怜央さん補足。そういう名前で十分だと思っていた。自分の名前を入れる必要はない。誰のための資料かが分かればいい。怜央に渡すものなら怜央の資料で、莉奈の企画に使うものなら莉奈の資料で、久世物産に出すものなら久世物産の資料だった。美緒の名前は、そこに残らなくてもよかった。そう思ってきた。けれど、鷹宮の言葉が残っている。外では業務になります。真帆の言葉も、別の場所から重なった。記録してください。美緒は、ファイル名から自分の名前を消さなかった。保存ボタンを押す。画面の中に残った「美緒作成」の文字を見て、美緒は胸の奥が小さく震えるのを感じた。前に出すぎているような気がした。自分の名前をわざわざ残すなんて、まるで功績を主張しているようで、どこか落ち着かなかった。莉奈の企画であり、久世物産の資料であり、怜央から頼まれて確認したものだ。それなのに「美緒作成」と入れることは、久世家の中で教えられてきた控えめさから外れているようにも思えた。けれど、消さなかった。続けて、残りの資料にも同じように名前を入れた。販促費込み損益シミュレーション_美緒作成。初回ロット別赤字リスク比較_美緒作成。三つのファイル名が、画面の中に並ぶ。どれも地味な名前だった。淡い色のロゴも、写真も、莉奈の選んだきれいな言葉もない。けれどそこには、美緒が見たものが入っている。売上の下に沈んだ費用。在庫リスク。値引きライン。販促費を含めた利益。
Read more

33.気づき始めた怜央

美緒は、以前と変わらず朝食を整えた。味噌汁の椀を置く位置も、怜央のコーヒーの濃さも、佳乃子が気にする器の向きも、何ひとつ変えていない。焼き魚の皿は少し右へ。小鉢は手前に二つ。箸先はきちんと左へ向け、湯呑みの縁についた水滴は布巾で拭う。庭から差し込む朝の光は、いつもと同じように磨かれた床板の上へ細く伸びていた。久世家の朝は、変わらない。変わらないように、美緒が整えている。怜央が席についた。白いシャツに袖を通し、ネクタイはまだ緩めたまま、片手でスマホを見ている。テーブルの端にはタブレットが置かれ、仕事の予定らしい文字が細かく並んでいた。「今日、会食が入るかもしれない」怜央は、画面から目を離さずに言った。美緒は湯呑みを置いた。「夕食は不要でよろしいですか」「たぶん。まだ分からない」「分かりました。変更があればご連絡ください」それだけ言って、美緒は手を引いた。以前なら、もう一言添えていた。お帰りは遅くなりますか。お疲れが出ませんように。温かいものを用意しておきますね。会食の相手を尋ねることもあった。帰宅時間を気にして、風呂や茶の準備をどうするか考えた。怜央が少し疲れているように見えれば、言葉を足し、表情を和らげ、夫が家に帰ってきたときに気を抜けるように先回りしていた。けれど今は、そのどれも言わなかった。怜央が、ふと顔を上げた。「最近、予定を聞かなくなったな」美緒は静かに怜央を見る。「必要なことは伺っています」怜央の眉が、わずかに動いた。「いや、そういう意味じゃなくて」そう言われても、美緒は言葉を足さなかった。すみません、冷たく聞こえましたか。心配していないわけではありません。お疲れでしょうから、無理なさらないでください。以前なら、怜央が少しでも引っかかった顔をすれば、すぐにそう言っていた。怜央の機
Read more

34.それ、愛じゃなくて搾取だよ

菜月と会う約束をしたのは、久世家の廊下で佳乃子の声を聞いたあとだった。「美緒さん、夕食の献立だけれど」その声はいつも通り穏やかで、美緒もいつも通りに返事をした。「はい。確認しておきます」佳乃子は、怜央の胃に重くないものを一品入れるようにと言った。最近は疲れているようだから、と。家の中は落ち着いている方がいいから、と。美緒は頷いた。反論はしなかった。ただ、自室に戻って扉を閉めた瞬間、胸の奥に静かな息苦しさが広がった。証拠は集めている。真帆にも相談した。実家に戻ることも考え始めた。鷹宮には、自分がしてきたことは外では業務になると言われた。それなのに、美緒はまだ久世物産の資料を直している。莉奈の企画が赤字になりそうだと思えば、放っておけない。怜央に資料修正を頼まれれば、目的と範囲を確認しながらも、結局は整えてしまう。できるなら、やった方がいい。その言葉が胸の中に浮かんだ瞬間、美緒はスマホを手に取った。菜月に、話したかった。少し、話を聞いてもらってもいい?送信してから、すぐに後悔しかけた。菜月にも仕事がある。急に重い話を聞かせるのは迷惑かもしれない。前にも電話で泣いてしまったばかりだ。また頼るのかと、自分で自分を責める気持ちが出てきた。けれど、返信はすぐだった。もちろん。電話でもいいし、会えるなら会おう。美緒は画面を見つめた。電話なら、部屋の中で済む。久世家の扉を開けなくていい。けれど、家の中にいると、どうしても久世家の言葉に戻されてしまう。妻の器量。普通に戻ってくれよ。怜央を立てることも大事です。その言葉が、廊下にも壁にも染み込んでいるようだった。美緒は少し迷ってから、返信した。会いたい。送信したあと、美緒は小さく息を吐いた。久世家
Read more

35.事業計画書

菜月に言われた言葉は、帰宅してからも消えなかった。支えることと、使われることは違う。優しさは、残していい。でも、渡す相手は選ぶ。美緒は自室の机に向かい、手帳を開いたまま、しばらくその文字を見つめていた。外はもう暗い。久世家の廊下は静まり返り、遠くで古い振り子時計が低く鳴っている。怜央は自室にいるのか、書斎にいるのか、気配は分からない。佳乃子の部屋の明かりはもう落ちていた。屋敷は、いつも通り整っている。その静けさの中で、菜月の言葉だけが、美緒の胸の内側でまだ熱を持っていた。搾取。その言葉は、やはり痛い。怜央を愛していたこと。役に立ちたいと思っていたこと。久世家の中で、自分の居場所を作ろうとしていたこと。その全部を、搾取という一語で塗りつぶしたくはなかった。けれど菜月は、美緒の優しさを否定しなかった。支えたいと思ったことまで間違いだとは言わなかった。ただ、それを当然のように使う人たちとの間に、線を引いてくれた。美緒は手帳の文字を指先でなぞる。支えることと、使われることは違う。その一文を見つめていると、美緒は初めて、自分の力を誰かの後ろに隠す以外の使い方があるのかもしれないと思った。怜央の資料を整えること。莉奈の企画の危うさを補うこと。久世物産の数字を見ること。それらを全部やめることが、自分を守ることなのだろうか。違う気がした。美緒は、資料を作ることが嫌いなのではない。数字と商品と販路をつなげることが嫌なのでもない。むしろ、その作業をしている時だけ、自分の輪郭が戻るような感覚がある。誰かの顔色ではなく、数字を見る。曖昧な空気ではなく、項目を分ける。感情に飲まれるのではなく、何が足りないのかを確かめる。嫌だったのは、それが手伝いと呼ばれ、自分の名前が消えることだった。その時、パソコンの画面に通知が出た。
Read more

36.動機と理念

事業計画書を印刷すると、紙は思っていたより重かった。地域ブランド事業支援計画書。作成者、久世美緒。表紙に並んだ文字を見て、美緒は小さく息を吸った。白い紙に黒い文字があるだけだった。けれど、その数行は、これまで作ってきたどの資料よりもまっすぐ美緒の方を向いているように見えた。怜央の役員会資料。莉奈のKUZÉ ma vieの確認メモ。販促費込みの粗利表。EC導線案。初回ロット別の赤字リスク比較。美緒は、これまで何度も資料を作ってきた。数字を直し、項目を分け、足りない前提を補い、相手が説明しやすい形へ整えてきた。けれど、それらはいつも誰かのための資料だった。怜央が説明するため。莉奈の企画を通すため。久世物産が鷹宮に見せるため。そこに美緒の名前はほとんど残らなかった。今日は違う。これは、自分のための資料だ。そう思うほど、封筒に入れた紙の束は重くなった。怜央や莉奈の資料なら、足りないところを直せばよかった。どこが弱いのか、どの数字が甘いのか、どの導線が抜けているのか、見つければよかった。けれど、この計画書の足りないところを指摘されるということは、美緒自身の足りなさを見られるような気がした。自分に何ができるのか。何を提供できるのか。なぜ、それをするのか。その問いに、紙の束ごと向き合わされるようだった。鷹宮のオフィスは、久世物産の会議室とも、久世家の応接室とも違っていた。案内されたのは、ガラス張りの小さな会議室だった。無駄な装飾はなく、白いテーブル、黒い椅子、壁際のホワイトボード、水の入ったグラス、ノートパソコン、赤入れ用のペンが整然と置かれている。ここには、家の体面も、古い写真も、上品な茶器もない。あるのは、資料を見るための場所だった。「お時間をいただき、ありがとうございます」美緒が頭を下げると、鷹宮は
Read more

37.見落とされている価値

鷹宮に見せた事業計画書を、帰宅してからもしばらく開けなかった。地域ブランド事業支援計画書。作成者、久世美緒。封筒から出した紙の束は、机の上に置かれている。持っていく前と同じ枚数で、同じ重さのはずだった。それなのに、美緒には少し重くなったように見えた。創業動機と理念が混ざっています。鷹宮の声が、まだ耳の奥に残っている。怒りや悔しさは、動き出す力になります。ですが、それは理念にはなりません。必要なのは、誰を見返すかではなく、誰の価値をどう届けるかです。美緒は椅子に座ったまま、しばらく机の上の封筒を見つめていた。久世家の夜は静かだった。廊下の奥で、古い振り子時計が低く鳴っている。佳乃子の部屋の明かりは落ち、宗一郎の書斎にも気配はない。怜央がどこにいるのかは分からなかった。自室か、書斎か、あるいはスマホを手に、誰かと連絡を取っているのか。以前なら、その気配まで気にしていた。怜央が疲れていないか。機嫌を損ねていないか。自分が何かを言いすぎていないか。けれど今夜、美緒の前にあるのは、怜央の顔色ではなかった。事業計画書だった。そして、その中に挟まれている自分の怒りだった。美緒は手帳を開いた。前のページには、鷹宮に言われた言葉が残っている。動機と理念は違う。怒りは、動き出す力。でも、届ける理由にはならない。誰を見返すかではなく、誰の価値をどう届けるか。その下に、美緒はしばらく何も書けなかった。誰の価値を。どう届けるのか。答えを探そうとして、最初に出てきたのは綺麗な言葉ではなかった。美緒はペンを握り、空白の下へゆっくり書き始めた。久世物産を見返したい。怜央に後悔させたい。佳乃子に、自分は器量のない妻ではなかったと示したい。自分の判断が間違っていなかったと証明したい。
Read more

38.帰る場所、立つ場所

離婚届と事業計画書を並べたまま、美緒はしばらく動けなかった。久世家の夜は、いつものように静かだった。廊下の奥で、古い振り子時計が低く鳴っている。庭の木々の影が、薄いカーテン越しに窓へ揺れていた。遠くで誰かの足音が一度だけ聞こえ、すぐに消える。屋敷の中には、まだ久世家の一日が終わったあとの整った気配が残っていた。机の上には、二つの紙がある。ひとつは、離婚届。もうひとつは、地域ブランド事業支援計画書。事業計画書の理念欄には、前に書き直した一文が入っている。見落とされている価値を、正しく届く形にする。その文字を見ると、美緒の呼吸は少しだけ整った。これは、自分で選んだ言葉だった。久世物産を見返すためだけではない。怜央に後悔させるためだけでもない。佳乃子に、自分は器量のない妻ではなかったと証明するためだけでもない。浜口が大切にしていた発酵調味料。藤崎が拾おうとしていたEC導線。森川が気づいていた利益率の薄さ。現場で流されていた声。作り手の時間。価値があるのに、正しく届かないもの。それらに向けた言葉だった。けれど、隣にある離婚届へ視線を移すと、胸が冷える。白い紙。空白の多い欄。怜央の署名はない。もちろん、怜央に切り出してもいない。美緒自身の欄も、まだ空いたままだった。事業計画書は、美緒に前を向かせる紙だった。離婚届は、今いる場所から足を抜くための紙だった。どちらも必要で、どちらもまだ、美緒には少し怖かった。理念があっても、明日から生活できるわけではない。事業計画書があっても、顧客がいるわけではない。離婚届があっても、怜央が受け入れるわけではない。久世家を出ると決めても、佳乃子が黙って見送るはずがない。美緒は、手帳の隣に置いた名刺へ視線を落とした。佐伯真帆法律事務所。白い名刺に、整った文字で名前が印刷されている。佐伯真帆。菜月に紹介さ
Read more

39.離婚してください

怜央に話す夜、美緒は手帳を一度だけ開いた。帰る場所。立つ場所。出る日。前の夜に書いた三つの言葉が、白いページの上に並んでいる。その下には、真帆に言われた三点も書いてあった。離婚の意思。別居開始。今後は代理人を通すこと。美緒は、ペン先でその文字をなぞった。全部を分かってもらおうとしなくていい。泣いて訴えなくていい。怜央が怒っても、説明を重ねて傷つき続けなくていい。必要なことだけを、明確に伝える。その場で結論を変えない。相手が感情的になった場合、直接やり取りを続けない。真帆の声は、夜が明けても美緒の中に残っていた。落ち着いた声だった。慰めるためではなく、現実を分けるための声。その冷静さに、美緒は昨夜、何度も救われた。机の横には、小さなスーツケースが置かれている。中には最低限の衣類、身分証、通帳、印鑑、カード類、証拠のコピー、USB、事業計画書、手帳の控えが入っていた。久世家で与えられた上品なワンピースも、怜央から贈られたネックレスも入れていない。持っていくものを選ぶことは、これからの自分に必要なものを選ぶことだった。それでも、怖くないわけではなかった。怜央の顔を見れば揺れるかもしれない。「夫婦だろ」と言われれば、胸が痛むかもしれない。愛していた時間は、確かにある。怜央の役に立てることを嬉しいと思った夜もある。怜央が「助かった」と笑うたびに、自分がここにいる意味をもらえた気がした。資料を整え、食事を用意し、佳乃子の機嫌を読み、莉奈の企画を支え、それが妻として愛されることにつながるのだと信じていた。その全部を、嘘だったとは思いたくない。けれど、愛していたことと、これからも自分を消し続けることは違う。菜月の声も、胸の奥から戻ってくる。愛していたことと、これからも利用され続けることは、同じじゃない。美緒は手帳を閉じた
Read more

40.久世の名前がなくなったら

翌朝、久世家はいつも通り静かだった。廊下の床は磨かれ、床の間の花は乱れなく整えられ、朝の光は障子越しに淡く差し込んでいる。古い振り子時計は、いつもと同じ間隔で低く時を刻んでいた。昨夜、美緒が怜央に離婚を告げたことなど、この家の空気は知らないような顔をしていた。けれど、美緒は知っている。怜央は、母に話すと言った。朝になっても、その言葉は胸の奥に残っていた。母さんに話す。かつてなら、それだけで美緒の背筋は冷えた。佳乃子に知られる。佳乃子に失望される。久世家の嫁として不出来だと言われる。穏やかな声で、逃げ場のない正しさを差し出される。そう考えただけで、謝りたくなったかもしれない。けれど今朝の美緒は、朝食の湯呑みを並べながら、自分の指先が思ったより落ち着いていることに気づいていた。怖くないわけではない。昨夜、怜央に言われた言葉は、まだ刺さっている。久世の名前がなくなって、お前に何ができるんだ。その一文は、美緒が手帳に書き写したあとも、胸の奥で鈍く痛んでいた。それでも、美緒は朝食を整えた。味噌汁を置き、焼き魚の向きを直し、小鉢を並べる。佳乃子が好む湯呑みを用意し、怜央の箸をいつもの位置へ置く。手は、何年もこの家の朝を整えてきた通りに動いた。でも、その動きの意味は変わっていた。もう、戻るための朝ではない。出る日までの朝だった。朝食の席で、怜央はほとんど口をきかなかった。タブレットも開かず、新聞にも目を通さない。佳乃子はいつもと同じように茶を口にし、宗一郎は短く予定を告げただけだった。何も言われない沈黙の方が、かえって重かった。食事が終わり、宗一郎が先に席を立ったあと、佳乃子が湯呑みを置いた。「美緒さん」その声は穏やかだった。いつもの佳乃子の声だった。美緒は顔を上げた。「はい」「少し、お話ししましょう」美緒の指先が、ほ
Read more
PREV
123456
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status