Alle Kapitel von 元彼に「赤ちゃんが欲しい」と言われて、タオルをお腹に詰めてたら振られましたが、有名フォトグラファーの彼に愛されています♡: Kapitel 11 – Kapitel 20

82 Kapitel

第11話 あなたの優しさ

「……あ、あの、テレビで。パンフレットのニュース、見たんです。すごい人だったんだなって、今さら気づいて」「ああ、あれ……。お恥ずかしいです。でも、それをきっかけに思い出してくれたなら、あの仕事受けて良かった」 浅野さんの声は、先ほどまでの仕事モードとは打って変わって、春の陽だまりのような温度を湛えていた。「――珠依さん、桃はお好きですか?」「はい?」「俺、いま撮影で山梨に来てるんです。お好きだったら、お土産にどうかと思って」「す、好きですけど……」 気まずさも何も感じさせない、まるで前からの友人のような距離感。俺の心の境界線を軽々と飛び越えてくる感覚に、素直に返事をしてしまった。「ごめんなさい、俺……。珠依さんから連絡貰えて……今、ちょっと冷静じゃないかもです」「あ、はい……なんとなく、そんな感じします」 俺の一言に電話口の向こうで彼は「あはは」と快活に笑う。 姿は見えないのに、大きな口を開けて笑う彼の姿が目に浮かぶのは何故だろう。「……電話くださって、嬉しいです。撮影が終わるのがあと三日後なので……終わったら、今度は俺からかけてもいいですか?」「は、はい……」「ホントはメッセージでやりとりしたいですけど。さすがにガンガン行き過ぎてる自覚あるので、やめますね」 嬉しさを滲ませた声で言う彼に、俺は電話だというのに無言で頷いてしまった。 腕の中へ、ぎゅっと「霞くん」を引き寄せる。「それじゃあ、また」 その声に「また」と返すより先に、頭の中に浮かんだ言葉を俺は考えなしに紡いでしまった。「……あの、お仕事頑張ってください」「…………」 消え入りそうな、小さな声。けど、彼にはちゃんと届いたらしい。「あなたにそう言われたので、頑張れそうです」 そんな、大事にしている、大切にしていると心を込められたような言葉は、人生で初めて言われた。 たじたじになって返事に困っていると、浅野さんの方から「もう仕事に戻らないと」と言われ、俺たちは短い挨拶を交わして電話を切った。◇ 浅野さんとの出会い、そしてあの電話からさらに数日が経った頃――。 撮影の仕事を終えた帰りに彼は再び電話をくれた。「これからそのまま別の県へ移動しなきゃいけないから、宅配便でお土産を送らせてほしい」と言われ、俺たちは連絡手段をメッセージに切り替えた。 見ず知らずの人
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第12話 浅野さんの写真集

 お目当ての物を手に入れて帰ろうとした時――。 いつも寄る本屋さんの店頭に新刊の絵本が並べられているのが目に留まり、思わず足を止めた。 抱っこひもの中の「霞くん」に、というよりも、もはや自分の救いのためにすらなりつつある絵本。俺はその一冊を手に取り、パラパラとめくる。淡いパステルカラーで描かれた、文字もページ数も少ない穏やかな物語。(……そんなにたくさん持っているわけじゃないし、一冊くらい買ってもいいかな) そんなふうに財布の紐が緩みかけた時、ふと、棚の反対側に添えられた鮮やかなPOPが視界に入った。 “重版出来!” 大きな文字の横には、見覚えのある名前が躍っている。 “大人気フォトグラファー・浅野透利 待望の新作写真集” 惹きつけられるように、山積みになった中から一冊を手に取る。 本体にはビニールがかけられていて中身は確認できなかったが、背表紙の帯には著者紹介が記されていた。 ■著者紹介 浅野透利(あさの・とうり) 199×年、××県生まれ。風景・星空写真家。 空と地球が織りなす壮大な景色を写真を通して表現し、世界中の人々を魅了する。 著書『星空へのねがい』『星屑のなかで』『一瞬のきらめき』など多数。 そこには、小さく四角く切り取られた彼のポートレートがあった。満面の笑みで愛機を構える姿。 気づいた時には――絵本と一緒に、その写真集をレジへ運んでいた。 自宅に帰り、買ってきたばかりの「あるもの」を冷蔵庫へ入れた後。 俺はソファに腰を下ろして、彼の作品である写真集のビニールを剥いだ。 一ページずつ、じっくりと捲っていく。 そこには、俺がこの数ヶ月、自宅のマンションで「霞くん」と閉じこもっていた間も、世界にはこんなに広く、残酷なまでに美しい景色が溢れていたのだという事実が突きつけられていた。 彼の瞳が捉えた、「一瞬のきらめき」。ページを捲る指が震える。 この美しい視線の先に、あの日の、人形を抱いた自分が映り込んだことが、どうしても奇跡のように思えてならない。(……ダメだ、ずっと……浅野さんのこと考えてる気がする……) 俺は立ち上がってキッチンに向かうと、桃をふたつ剥き、何かから逃れるみたいに熱中した。 上手ではないけれど、お菓子作りも立派なセルフケアの一つになる――思考を整理するにはもってこいだ。 そうして数時間かけ
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第13話 息が出来ない

 浅野さんは、仕事を終えたタイミングで「次はいつ会いましょうか?」と、次の約束を切り出してくれた。 けれど、行き先の話になると、俺はとたんに口ごもってしまう。『俺が運転して、車で少し遠くに行くのもありかなとは思うんですけど……』「あ、その……」 正直に言えば、自分の生活圏から離れることには、まだ自信がなかった。 行けばなんとかなる。分かってはいる。けれど、見知らぬ他人の視線や、せっかく築いた穏やかなルーティンが崩れることへの不安が、どうしても先立ってしまうのだ。 言葉を探して黙り込む俺に、電話の向こうの浅野さんがハッと息を呑んだ。『ご、ごめんなさい! 俺の車、チャイルドシートがないから霞くんを乗せられませんよね!?』「……えっ?」 あまりに予想の斜め上をいく言葉に、言葉が詰まる。通話越しに、数秒の静寂が落ちた。『いや、マジでノンデリでごめんなさい。珠依さんが抱っこ紐を付けたまま移動できるように、近場にするべきでした』「あ、浅野さん。そうじゃなくて、俺……」『どうしましたか?』「チャイルドシートのことじゃなくて。その……ほとんど、家とスーパーの往復しかしてこなかったから。少し遠くに行くの、体力的にも、精神的にも……まだ、少し怖いんです」 電話の向こうで「うわ、また俺ってば……」と、自分の早とちりに頭を抱えている気配がした。 その狼狽ぶりが目に浮かんで、俺は思わずクスクスと笑ってしまう。優しいけれど、どこか俺よりもずっと天然な人なのかもしれない。 けれど、何よりも胸が温かくなったのは、彼が俺の言い淀んだ不安を「大人の男が人形を抱えている恥ずかしさ」としてではなく、純粋に「霞くんという子供を連れた親の事情」として受け止めてくれたことだった。『それなら、珠依さんが一番落ち着ける場所で会いませんか? カフェとか、公園とか……どこでもいいです。俺がそっちに行きますんで』「えっと……家の近所に、カフェを併設してるケーキ屋さんがあるんです。いつも買い物には行くんですけど、カフェスペースは使ったことが無くて……そこは、どうでしょう?」 言ってから、甘いものが苦手だったらどうしよう、と焦りが過る。けれど、スマホのスピーカーからは、頼りがいのある大きな声が返ってきた。「甘いもの大好きなので、楽しみにしてます! ……それじゃあ、また」 電話を切っ
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第14話 デートのやり直し

「……俺のために、頑張ってくれてありがとうございます。珠依さんが落ち着くなら、霞くんも一緒で大丈夫ですよ。というか、そもそも一緒なのを想定して俺はずっと話してたんですよ。だから……まずは、部屋に戻りましょう?」 止まっていた足が、ようやく一歩、前へと動いた。 部屋に戻り、ソファに座らされる。 浅野さんはベビーベッドの方へ視線をやり、ガーゼのブランケットに包まれて眠る霞くんを眺めると、メリーを指先でちょんと揺らして小さく笑った。「珠依さんが、こんなふうに俺のことを考えてくれて嬉しいです。でも、無理はさせたくない。俺のことよりも、一番に自分の心を大切にしていいんですよ」「…………」 『ふつうのひとに戻りたい』と自分の心を大切にした結果が、この惨状なのだと言ったら、彼はきっと驚くだろう。 彼に淡い特別な想いを抱いてしまったからこそ、彼と並んで歩きたかった。けれど、自分がまだそこへは遠く及ばないことを突きつけられたようで、俯いたまま、デートを台無しにしてしまった自分に酷く落ち込んだ。 ソファーで隣に腰を下ろした彼は、正方形の紙袋を俺にそっと差し出した。「開けてみて下さい」 そう促され、ひりひりと熱を持った下瞼の痛みを堪えながら袋を覗く。中には「xx県限定」「▲▲名物!」と書かれたお菓子が所狭しと詰め込まれていて、俺は思わず目を見開いた。「あの後もずっと、各地を転々として撮影続きの毎日で……。行く先々で、珠依さんのことをつい思い出しちゃって。気付いたら、こんな数になってました」 照れくさそうに後頭部を掻く浅野さんの横顔を見つめる。 俺は震える指先で、その中からひとつ、小さなお菓子を取り出した。鼻の奥がツンとして、また涙が溢れそうになる。 クッキー、ゼリー、キャラメル。どれも日持ちするものばかりだ。離れている間に彼が送ってくれた、旅先の風景写真の数々が脳裏をよぎる。その一瞬一瞬に、俺がいたのだと思うと胸が震える。「こんなに……」 俺の零した小さな呟きに、耳を傾けるように浅野さんが「ん?」と前のめりになった。 ぼろぼろと涙がこぼれ落ちる。嬉しい気持ちと、抱えきれないほどの怖さが、混ざり合って溢れ出してしまう。「俺だけが……こんなに幸せばかり、もらっていいんでしょうか」 誰かにこんな風に、目に見えて大切にされるなんていつぶりだろう。 世界中
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第15話 ケーキ屋さんでの時間

「それで、この名所である大きな橋を渡ったんです。絶景ポイントって看板の先に、何があったと思います? ……まさかの竹藪だらけ。視界を遮る林しかなくて、景色なんかこれっぽっちも見えなかったんですよ」 浅野さんはそう言って、お互いに頼んだケーキセットのフォークを置いた。 撮影中の面白おかしい失敗談や、崖でのヒヤリとした体験。野馬追の撮影で外灯のない馬事公苑で寝泊まりした際に見た、夜空を照らす火球の青白い光のこと。 彼はスマホの画面を指先でなぞりながら、楽しそうに旅の話を聞かせてくれる。「本当にハードなお仕事なんですね……。体力がないと、とても務まりそうにないです」「そうそう。機材は重いし、筋トレしなくても勝手に身体が鍛えられるくらいで。カメラの師匠には『お前は脳みそまで、筋肉でできてる』なんて言われたりしていて」 自分の狭い世界で生きてきた俺にとって、彼はこれまでに一度も出会ったことのない人だった。 穏やかで、柔らかくて。自分の身に降りかかる出来事のひとつひとつを慈しみ、楽しんでいるような人。だからこそ、その一瞬の輝きを切り取る特別な才能があるのだと、その瞳を見るたびに納得してしまう。「……浅野さんの写真集で、すごく好きなページがあるんです。星が円を描くみたいに、夜空に映っている……」 言葉をうまく並べられなくて口ごもると、浅野さんはそれだけで「あぁ」と嬉しそうに片眉を上げた。「軌跡の星景……紫色に染まった夜空のですよね? あれ、一時間に百二十枚もシャッターを切って、それを重ねていくんです。晴天なのはもちろん、飛行機の航跡や天の川の光を避けて、かつ明るすぎない場所っていう条件があって。撮影は本当に骨が折れるんですよ」 日付が変わる前に山に登り、何時間も凍えるような暗闇で粘ったのだと彼は語る。その写真の中に閉じ込められた静寂と輝きは、いつまでも眺めていたいと思うほど美しい。 俺がそう素直に伝えると、浅野さんは照れたように顔を綻ばせた。「そう言ってもらえて、本当に良かったです。……何よりも、俺は珠依さんがその写真集を買ってくれたこと自体が、今でもすごく嬉しいです」 そう言って、俺たちは同時に視線を逸らした。 明確に好きだとか、付き合うとか、そんな言葉を交わす必要なんてなかった。 そこにある感情は同じ熱を持っていて、同じ柔らかさで溶け合
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第16話 雨宿りとお泊り

「……そろそろ、戻りましょうか。家まで送りますよ」「ありがとうございます」 俺は霞くんを抱っこ紐へ収め、椅子から立ち上がった。お会計を済ませ、再びマンションへ向かって歩き出す。アスファルトの上には、散り始めた桜が淡い絨毯のように広がっていた。 不意に、そのアスファルトの格子模様に、小さな点が滲む。気づいて顔を上げた瞬間、ポツ……ポツ……と静かに降り始めた雨が、一気にサァァ……と音を立てて激しさを増した。「うわ、夕立かな」 咄嗟に、抱っこした霞くんの顔が濡れないように両手で雨粒からガードする。 けれど、バサッという音がした瞬間、視界が遮られた。横を見ると、浅野さんが自分のワークジャケットを脱ぎ、俺も霞くんもすっぽりと覆うように頭上に広げてくれていた。「あ、浅野さん――」「少しだけ早歩きで行きましょう。俺は平気ですから」 自分は雨を遮るものなど何もない状態なのに、彼はにこっと笑って俺を促す。 息を切らしてマンションのエントランスを抜け、部屋の前に着くと、俺は浅野さんを待たせたまま慌てて部屋からタオルを取り出した。「こ、これ使ってください!」「あぁ、いいのに。基本外にいる人間なんで、この程度の雨なら平気です。ヤワじゃないですよ」「でも……っ」 縋るような気持ちで見つめると、彼は軽く髪の滴を払っただけで、「ありがとうございます」とタオルを受け取ってくれた。「それじゃあ、帰ります。……仕事が落ち着いたら、また連絡してもいいですか?」 まさかこの状況で帰ると言われるとは思わず、俺は思わずその逞しい手首を掴んでいた。彼は驚いて、大きく目を見開いている。「……すごい降ってますし。雨宿りというか、天気が落ち着くまで、部屋に居ても――」「…………」「な、なんならシャワーを借りていってもいいですし! そのままじゃ絶対、風邪を引いてしまいます」 必死の言い訳だった。変な意味や下心じゃない。ただ常識的に考えて、この暴風雨の中を帰すなんてあんまりだ。 けれど、浅野さんは苦笑いしながら後頭部を掻き、困ったように視線を彷徨わせた。「確かに服は濡れてますけど……着替えもないですし。俺とあなたとじゃ、その……体格差がありすぎるでしょう?」 あまりに正論だ。俺の服が入るはずもないし、都合よくパジャマを用意しているわけでもない。浅野さんはスマホの画面
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第17話 手作りの夜ご飯

あのあと―― 浅野さんは『近所のコンビニで、適当に着替えを買ってきますね』と言い残し、俺の傘を差して外へ出た。 リビングのテレビは、ニュース番組の隅に流れる「交通情報」のテロップと共に、いくつもの電車の運転見合わせの文字を赤く点滅させている。 俺は霞くんを定位置のベビーベッドにそっと寝かせると、抱っこ紐を棚に片付け、少しだけソワソワした気持ちでリビングを見渡した。 (汚くはない、よね……? 一応、髪の毛とか、落ちてないか見ておこうかな……) 勝手な予測だけれど、浅野さんは大らかだけど衛生観念に関しては几帳面そうに見えた。 なんとなく、さっきのケーキ屋さんに行くまでの間や、座っている間の仕草をみていてそう感じてしまった。 「よし……これなら大丈夫、かな」 水回りを念入りに確認して、エアコンで部屋を暖める。 けれど、十五分経っても、二十分経っても浅野さんは戻って来ない。 どうしたんだろう。 ただの買い出しなら、こんなに時間はかからない。 スマホの時計とにらめっこして、『大丈夫ですか?』と連絡を送ろうかと迷ったその時だった。 ――ピンポーン。 インターフォンの音に、弾かれたように玄関へ向かう。 ドアを開けると、そこにはコンビニ袋を抱えた浅野さんが立っていた。 「すみません、一番近いお店だとサイズがなくて。ちょっとハシゴしていたら、遅くなってしまいました」 困ったように笑って、袋の中身を見せてくれる。 モノトーンの部屋着の上下。サイズはXLで、そもそもコンビニでも服って売ってるんだ、と思ったら。 普通に服屋さんで買うのと同じ値段が表示されていて、ちょっとだけ後ろめたい気持ちになる。 (……言ったら、なんか……俺が責めてるみたいに、受け取られるかもしれない……) 俺は喉まで出かけた『遅かったので心配しました』という本音を飲み込んで、彼を洗面所へ案内した。 「これがシャンプーとリンス、ボディーソープです。タオルは洗濯機の上にありますし、ドライヤーもここからコンセントを繋いで使って下さいね」 「すみません、先にお借りして。珠依さんはいいんですか?」 「あ、俺は浅野さんのお陰で濡れなかったので……平気です」 彼は濡れた服を一刻も早く脱ぎたかったようで、言葉の途中でTシャツから腕を抜こうとし
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第18話 また貴方に会いたい

「普段は、あまりお料理されないんですか?」「あ、はい。もう全然……うちのキッチン、入居したての頃みたいにピカピカですよ。自炊って、どうも苦手で」 なんとなく想像してみる。こんなに手先が器用そうなのに、キッチンが新品のままなんて。ふと顔を上げて彼と目が合い、慌てて視線を逸らした。「この仕事をしていると、ゆっくり腰を据えて食べる時間よりも、その一瞬を逃さないことの方が大事で。どうしても食事がおろそかになりがちなんです。普段は食堂とか、コンビニ弁当ばかりで」「なるほど。少し納得です。でも、体力勝負のお仕事なら、栄養バランスも考えないと……」「分かってはいるんですけどね。……でも、こういうご飯が毎日食えたら、そりゃあもう幸せっていうか。どんなにハードな仕事でも、帰るのが楽しみになりますよね」「…………っ、あ……えっと、ありがとうございます」 心臓が跳ねた。 今の言葉。俺の気にしすぎかもしれないけれど、それってなんか……。(いや、さすがに浮かれすぎ……。落ち着かないと……) ダイニングテーブルの下で、きゅっと爪先を丸める。 浅野さんは宣言通り、フライパンに残っていた分まで見事に完食してくれた。食後のデザートに季節の果物を盛り合わせた透明な皿を出すと、『マジで完璧っす』と感無量の仕草で大袈裟に目元を抑える。 俺は少しだけ恥ずかしくなって、二人の間にあるお誕生日席で静かにしている霞くんにも、小さなウサギ型の器で苺を添えてあげた。 浅野さんはそれを特に気にする様子もなく、自然な仕草でパイナップルを口に運んでいる。「俺、お風呂に入ってきますね。テレビのリモコンはこれで……読みたい本があれば、本棚から勝手に取ってもらって構いませんから」「ありがとうございます」 パタン、と閉めた扉の向こうで、彼の気配を感じる。(何もない。絶対に何もない……そういうこと、する人じゃない……) 分かっているのに、いつもより時間をかけて身体を洗っている自分がいて――意識しないようにしようとすればするほど、鼓動はうるさく鳴るばかりだった。 ◇◇◇ お風呂からリビングへ戻ると、浅野さんはソファーに腰を下ろして電話をしていた。内容は仕事のことだろうか。「ええ、そうですね。この感じだと延期で……はい、なのでその分の日数を調整して……」 真剣な横顔。いつもの柔ら
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第19話 同じベッドで寝るなんて

「浅野さんがそう言ってくださるなら。連絡、待ってますね」 いつになるのかは分からない。 けれど、浅野さんがくれる優しさや、ありのままの俺を受け入れてくれる時間は、何にも代えがたいものだと確信できる。 素直に笑顔で答えた俺に、彼は細く長く息を吐いた。「……浅野さん?」「いや……ちょっと、すみません。珠依さんが……その、相当可愛いので。心を落ち着かせてます」 彼は口元を掌で覆い、俺と目を合わせないように視線を泳がせた。 どこか気まずくて、けれど甘い空気がリビングに満ちる。 俺は霞くんをベビーベッドに寝かせたまま、隣の寝室のドアを開いた。「……セミダブルなんですけど、枕も布団も一人分ずつあるので。あ、スマホの充電器、よかったらこれ使ってください」 入り口に立つ俺に、浅野さんは「えっ」と短く声を漏らして戸惑う。「流石にそれはダメです。俺、ソファーでいいですから。枕とかけ布団だけ下さい」「……でも、あれ……ソファーベッドになりませんし。身体が……」「いや、ホントにソファーで十分です。寝袋で寝ることも多いですし、多少の寝づらさなんて慣れてますから」 お互い、どうしても直視できないままの押し問答。 けれど、さすがにお客さんにそんな扱いをするわけにはいかない。俺は震える手でドアノブを握りしめ、覚悟を決めて小さく呟いた。「……だめですか、」「何がですか?」「……俺が、一緒に寝てほしいって言っても……ダメですか?」 ◇◇◇ ――自分から誘っておいて、こんなことを言うのもなんだけれど。(……全っ然、眠れない……!) 浅野さんは俺の言葉に、『そんな言い方は反則ですよ』と少しだけ困ったように笑い、折れてくれた。 結局、ベッドの端と端で背中を向けて眠るというルールで落ち着いたはずだったのに。 「おやすみなさい」と交わしてから、もう一時間半が過ぎている。 壁掛け時計の静かな秒針の音と、いつまでも降り止まない雨の音。 布団の中で寝たふりを続けているけれど、意識のすべては、背中合わせにいる浅野さんの気配へと吸い寄せられていた。(さっきの会話……俺が、そもそも一緒に寝る前提だったのがおかしかったのかな? 絶対そうだよね……浅野さん、すごくビックリしてたし……恥ずかしい、はぁ……) 忘れてほしいけれど、多分浅野さんなら『忘れるなん
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第20話 テカポの星空より綺麗なもの

【side:浅野透利】 珠依さんを初めて見た時、流星に打たれたような衝撃を受けた。 今までどんな絶景を切り取ってきたって、あの瞬間の彼以上に綺麗で、守りたくなる人なんて見たことがない。 俺とぶつかったことに驚いて、瞬きを繰り返すその大きな瞳は、テカポで見た星空よりもずっと澄んでいて。 同時に、接触事故という最悪な出会いの形で彼を傷つけてしまったという過去を、今でもずっと後悔している。 あの日以来、俺は完全に「衛藤珠依さん」という存在に心を奪われ続けているのだから。 ◇◇◇「……さっみぃ~ー……!」 山中湖で「逆さ富士」を狙った朝。風を避け、凍えるような寒さの中でシャッターを切った後は、もう全身が鉛のように重かった。その上、午前中からクライアントとの打ち合わせで、頭の中はパンク寸前。「是非、浅野さんにわが町のPRにつながる絶景写真を、撮影して頂きたく……」「ありがとうございます。今、スケジュールが三か月先まで埋ってまして。実際にそちらへ伺うのは、夏ごろになるかと思うのですが――」 フリーのフォトグラファーだから、撮影も事務作業も、スケジューリングも自分一人。 そんな、とんでもない忙しさの中でかかってきたのは、意中の相手からの電話だった。『衛藤珠依《えとうしゅい》です。この前……自転車と、ぶつかった……』 心の中でガッツポーズをしたのは言うまでもない。 けれど、電話口の彼の声はあまりに細くて、壊れそうで。 勇気を振り絞ってかけてくれたのが痛いほど伝わってきた。 仕事のため、よりより一枚を残すため。 一瞬の光を捉えるためならどこまでもストイックになれる。  なのに、珠依さんの前ではその「一瞬」に振り回されて、俺の思考はもはや中学生男子以下だ。 墓穴を掘って、勝手に勘違いして、彼が控えめにクスクスと笑うたびに『年上なのにダサすぎる』と自己嫌悪で頭を抱える。『……あの、お仕事頑張ってください』 そんなことを言われたら、どう足掻いても嬉しさに悶えるし、二百パーセント頑張るに決まってる。 事実、電話を切ってから俺はカフェの路地裏で叫びたくなるのを堪えて、あやうく不審者になる所だった。(天使? しかも、こんな優しいって反則じゃないか? はぁー……しんど……) 最初は、その華奢で守りたくなるような雰囲気に心を鷲掴みにされたのは否定
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