Alle Kapitel von 元彼に「赤ちゃんが欲しい」と言われて、タオルをお腹に詰めてたら振られましたが、有名フォトグラファーの彼に愛されています♡: Kapitel 21 – Kapitel 30

82 Kapitel

第21話 過去の恋愛と添い寝

(俺……今まで誰かに対して、ここまで必死で、夢中になったことなんてあったか?) 中学、高校、大学と、いわゆる「モテる」タイプだという自覚はあった。 けれど、相手に告白されて、なんとなく断りきれずに付き合う――そんな消極的な理由で関係を始めることが多かった。 本当の意味で、人を愛するとか、その人の中身を好きになる。そこまで至らない、要するに「恋人もち」というステータスを満たすための、着飾るような恋愛。 愉しくなかったのかと問われれば、そうじゃない。けれど、本質を突きつめていくとそういうことだ。 けれど、俺の恋愛観に大きな転機が訪れたのは、大学三年生の夏。 自分がバイセクシャルであると自覚し、初めて同性と付き合ってみた。しかし、その最後に交際した相手はとんでもなく我儘な相手だった。「月記念日は必ずお祝いしてよ!」「透利とペアでつけたいから、新しいアクセサリーが欲しい」「こういう景色も嫌いじゃないけどさ……もっとSNSで映える場所に連れて来てほしかったなー」 そんな要求は、日を追うごとにエスカレートしていく。 俺の好意を当然の権利のように踏みにじられ、ただ尽くすだけの毎日に疲れ果てて、別れを告げた。 社会人になってからも、なぜか好意を寄せてくるのは気の強い男女ばかりだ。 彼らは俺の才能や顔を求めてやってくるけれど、その先にある「俺自身」を見ようとはしない。 そんな関係にどこか冷めていた俺にとって、珠依さんのような反応はあまりに新鮮で、眩しすぎた。 俺の何気ない一挙一動に「嬉しいです」と微笑んでくれる珠依さんの反応が、三歩後ろをさがってついてくる楚々とした雰囲気に見えて、どんな反応も愛おしい。 元彼の毒を飲み込みながら、必死に心を守って生きようとする彼を、どうにか支えたい。  そう思う一方で、俺自身が抱える「男としての欲望」も隠しきれなかった。「……絶対に、変なことはしないって約束します。なので……一晩、雨宿りさせてもらってもいいですか?」 ――我ながら、悪どいオオカミだと思った。 「俺は安全です」なんて顔をして、実際は彼の側に少しでも長く居ようとしたのだから。 けれど、彼はそんな俺の必死な演技に気づくこともなく、か細い声で『はい』と答えてくれた。 次の撮影が終わるまで、どんなに早くても一ヶ月は会えない。だから、少しでも話をし
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第22話 止まらない妄想

 そのまま横に居続けたら、どうしても抑えきれなくなりそうで――トイレの狭い個室に駆け込み、自分の不甲斐なさを叩き潰した。まさに理性と本能の限界バトル。 そして、必死に頭と下半身をクールダウンさせる。もしここで欲望に任せて動けば、彼に「結局、浅野さんは俺の体目的なんだ」と思われてしまう。それが何よりも恐ろしかった。 それでも、どうしても勃つモノが勃ってしまい、白旗を上げた。意中の相手宅のトイレで、自分自身を収めるという、本人に知られたらドン引き間違いなしのシチュエーション。 けれど、俺の下半身は今までにないくらい熱く屹立していた。恐ろしいほど下半身も馬鹿で素直だ。 可愛い。 可愛い。 触れたい。 あの大きな瞳で見つめられて、柔らかそうな白い肌に触れてみたい。 いい香りのする髪に鼻を寄せて、その服の下に手を這わせたい。『ん……やだ、浅野さん。……だめ、っ』 俺の下で、彼はどんな風に組み敷かれて、恥ずかしがって、喘ぐんだろう。 そんな妄想に耽りながら、多忙で抜いてなかったせいか――量的にも質的にもとんでもない一発を流すと、俺は寝室に戻った。 そして、静かに眠る珠依さんの純粋無垢な寝顔を見るなり、とんでもない罪悪感に浸った。「……何やってんだろ、俺……マジで最低……」 寝ている珠依さんの髪に触れてしまったこと、その無防備な姿を見て欲情してしまった自分に対して、強い罪悪感を抱いた。賢者タイム特有の、凄まじい自己嫌悪。 けど、彼には七年付き合ったクソみたいな元彼がいる。きっと致すことも致していて、俺の方がきっと回数じゃ負けている。カッコが付かない。 そんな自己嫌悪はやがてあてのない怒りに変わり、元彼に猛烈に嫉妬した。 話を聞いただけでもヤバい奴の側に、なんで七年も連れ添っていたのか分からない。(依存心が強いタイプ……なのか? まぁ、甘えん坊っぽくも見えるけど……そもそもが控えめだしな) 自分はまだ二回しか会っていないのに、そいつは七年もこの至近距離にいた。 その時間の重みに勝てないもどかしさと、だからこそ「今、この瞬間の珠依さん」を誰よりも大切にしたいという決意があった。 よく言えば俺は一途で、悪く言えば盲目的なんだと思う。 元彼との傷が深くなる前に、俺と出会っていたら……なんて、どうしようもないことを想像してしまう。 そして、彼
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第23話 会えない日々

 浅野さんと過ごしたあの雨の夜から、あっという間に日は過ぎていった。 季節は梅雨の始まり。湿り気を帯びた六月を迎えている。 毎日毎日、続く雨音。 どこへ行く予定もないけれど、ふとした瞬間に「今頃、浅野さんは何をしているんだろう」とその影を探してしまう。俺は溜息をつきながら、スマートフォンの中に残るメッセージのやり取りを何度も読み返した。《今日は黒味岳に来ています! 石楠花が咲いていました》《お疲れ様です。すごく綺麗なお花ですね》 彼は毎日ではないけれど、仕事の合間を縫って写真付きのメッセージを送ってくれる。 今日訪れた場所、そこで見つけた景色。予定通りにいかず足止めを食らったぼやき、少しお酒を飲みすぎたという告白。どれも彼らしい人間味に溢れていて、添えられた写真は、一枚一枚が息を呑むほど美しかった。 家の中で本を読み、映画を観て、ただゴロゴロして時間を溶かす。 完全な「人生という時間の無駄遣い」を決め込んでいる俺と、光の中を走り続ける彼。あまりに正反対で、だからこそ、彼の世界が眩しくて仕方がない。 俺は霞くんをぎゅっと抱きしめながら、彼のSNSアカウントをそっと覗く。 そこに投稿されている写真が、俺だけに送ってくれたものとはまた違うのを載せていることに、自分だけが特別な存在であるような喜びを感じてしまう。 そんなことを繰り返していたせいか、最近のスマホの広告は、やたらとカメラや写真集ばかりを勧めてくるようになってしまった。「……ミラーレス、一眼……?」 深い考えがあったわけじゃない。 ただ、その見た目がとてもお洒落だったから、つい指先が触れてしまった。 白いボディに黒いレンズ、持ち手のグリップは淡い茶色。説明書きには、指先で画面をタッチするだけでピントが合い、魔法のように美しい瞬間を切り取れるオート機能つきと書いてある。 機械音痴な俺には縁のない世界だと思っていた。けれど、これなら自分でも扱えそう。 カメラ越しの景色を覗く浅野さんの姿を想像したら、少しだけ、そのレンズの世界に興味が湧いた。 何気なく値段を見ると、その高さに思わず目を見張る。「れ、レンズを合わせると十万円もするんだ……!」 検索結果に出てきた数字に、俺は思わず息を呑んだ。 本体だけじゃない。レンズにも色々な種類があって、奥が深すぎる世界だということを知ってし
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第24話 会いたくて扉を開く時

『……珠依さん』「はい」『嫌じゃなければですよ。あの……俺の家で、カメラ……一緒に触ってみるとか、どうですか。……本当に嫌だったら全然いいんですけど。昔使ってたミラーレスもあるし、本も山ほどあって……車で、迎えにも行きますし。帰りも勿論、お送りするので』 浅野さんは言葉を濁しながら、慎重に言葉を選んでいた。 少しだけ悩む。でも、彼が俺の意見を尊重しようと必死に距離を測ってくれていることに、言葉にならない誠実さを感じる。「浅野さんが、そう言ってくださるなら……」 恥ずかしかった。頬が熱で焼けるように熱い。 自分からカメラの話をふっておいて、なんだか「カメラを口実に浅野さんを誘った」みたいに誤解されていないだろうか。 そんな自意識過剰な考えが頭をよぎる。『じゃあ、当日は車で迎えに行きますね。霞くんは一緒に抱っこでお願いします』「分かりました」 機械音痴の自分が、急にこんな高価なものに興味を持つなんて、そもそも不自然だ。カメラ自体が好きなのではなくて、カメラを構えて世界を切り取る「浅野さんの姿」そのものに、強く惹かれていることを認めざるを得ない。『それじゃあ、日にちはまた追って連絡します。珠依さんも身体に気をつけて』「ありがとうございます」 真っ黒になってしまったスマホの画面に、眉を下げて寂しそうな顔をしている自分が映る。 それで、いやというほど自分の気持ちに向き合わざるを得なくなってしまった。 視界を重ねれば、彼の核心に触れられる気がしたから。俺の心には、もう浅野さんが映し出されている。 なにより、中心にあるこの想いが、俺を強く突き動かしている。 その事実に気づいた瞬間、すべてが腑に落ちてしまった。 ◇◇◇ 《今から家を出ます。エントランスの近くに停めればいいですか?》 《お願いします 外で待ってますね》 《小雨が降ってますよ。部屋まで迎えに行くので、家の中で待っていてください》 やり取りのたびに、胸の鼓動が早くなる。今日こそ、ようやく三週間ぶりに浅野さんに会える。 クローゼットからちょっと綺麗めなお気に入りの服を引っ張り出し、いつもより丁寧に髪を整えた。 鏡に映る自分は、驚くほど緊張した顔をしていて。 けれど、再会への高揚感も少しだけ滲んでいる。 カメラの話もしたい。彼に、とびきりの渡したい物もある。 《この前
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第25話 傷つけないで

「なんで? エントランス、開けてないのにどうやって……」「引越し業者がいたから、開きっぱなしだった。……それより珠依、お前こそコレ何だよ。おままごとか? それとも、マジで頭イカれた?」 早霧はソファから立ち上がると、俺が霞くんに被せていた小さな帽子を、鷲掴みにした。 抱っこ紐、メリー、絵本、お気に入りだったぬいぐるみ。俺の欠けた心を繋ぎ止めていた大切なひとつひとつを、彼は濁った瞳で見下ろし、鼻で笑う。「早霧には関係ない……いいから、早く出て行って」「うっせーな。久々に会えた相手に向かって、よくそんな口叩けるな」「だって、俺たちもう……」 そこまで言いかけて、不意に、むせ返るようなアルコールの臭いが鼻腔を突いた。 真昼間だというのに、信じられない。顔色こそ変わっていないけれど、その瞳の据わり方で、早霧がひどく泥酔しているのが分かった。「ガキなら産まれたよ。ギャーギャーうるさくて堪んなかった。梨奈に『産まれたんだからヤらせろ』って言ったらさ、産褥期だかなんだか知らねーけど、無理だってほざきやがって。ちょっと小突いただけでDVだって騒いで通報だよ。……『父性がない』だの『低収入』だの、散々抜かして、籍入れる前に追い出されたわ」 淡々と語られる言葉の裏側に、赤ちゃんと交際相手を使い捨てた身勝手さが透けて見えて、指先は小刻みに震えだした。「家も仕事もねぇ。……なあ、だから助けてくれよ。珠依が家の中で変なおままごとすんのは、大目に見てやるからさ。俺もまたテキトーに仕事探すし」 一方的に居座ろうとする早霧の手を、俺は震える手で押し返そうとした。その腕には、以前はなかった安っぽい『R』のタトゥーが増えている。「帰って、お願いだから」「……なんだよ、その目」 腕を振り払われ、力任せにソファへ突き飛ばされる。 脇に抱えていたケーキの紙袋から中身が飛び出し、箱がグシャリと音を立てて潰れた。「やめて!」「でけぇ声出すなよ」 早霧は霞くんを包んでいた抱っこ紐のバックルを乱暴に引っ掴むと、それをリビングの床へ放り投げた。俺の両手を封じるように馬乗りになり、酒臭い顔を近づけてくる。「頭おかしくなるくらい、俺のこと好きだったんだろ? なに拒否ってんだよ」「……ヨリを戻すつもりなんてない! だから……」 ――パチンッ、と、乾いた音が室内に響いた。 言い
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第26話 最悪の三角関係

「……これ以上暴れたら、またぶん殴るぞ」 噛みつくような、暴力的なキス。嫌悪感に顔を背けると、ガッと顎を固定され、唇を割られた。 乱雑にまとめ上げられた俺の手の先で、床に伏せたスマホが、着信を告げて震えている。(浅野さん……!) 助けてほしい。でも、こんな姿、絶対に見られたくない。 俺の葛藤を見透かしたように、早霧は『よそ見してんなよ』と低く吐き捨て、下着を奪い去った。無理やり脚を割られる屈辱に、ボロボロと涙がこぼれ落ちる。「やだ、嫌だっ……お願、おねがいします、やめてください……」「うわ、泣くなよ。萎えんだろうが」 すぐ傍には、床に投げ出された霞くんと、無惨に潰れたケーキの箱。 さっきまで浅野さんを待って、あんなに胸を弾ませていた。それなのに、今の俺は、出口のない地獄の底にいる。 なにこれ。 痛い。苦しい。 どうして俺が、こんな目に遭わなきゃいけないの。「っ、ん……痛っ……やだ、ぁっ……!」「嫌々言って喘いでんじゃねーかよ。……あー、締まる。最っ高だな、やっぱ体だけはお前が一番だわ」 ガクガクと震え、痛み以外の感覚が麻痺していく。 目尻から溢れた涙は、冷たい床に吸い込まれて消える。(俺は何もされてない、なにも……) そう強く言い聞かせないと、心が本当に壊れてしまいそうで、下唇を血が出るほど噛み締めた。 片脚を肩に担ぎ上げられ、さらに奥深くまで腰を沈められる。内臓をかき乱されるような苦痛に、浅い呼吸を繰り返した。「……んっ、あっ、ぁ……!」「やっぱおチンポ様に勝てねぇんだよな、珠依は……あー、出る出る」「早霧、やめて! なか、出さないで……っ」 絶望の塊のような熱い感触が、胎内を伝ったその時。 静まり返った玄関奥で、ドアノブが迷いなく回された音がした。早霧とふたり、そちらへハッと顔を向ける。「――珠依さん? おはようございます、浅野です。大丈夫ですか?」 廊下から聞こえてくる、どこか不安げな声。 早霧は片眉を跳ね上げると、声の方向を見たままサッと自身を引き抜いた。 そしてタバコを片手に持ち、無遠慮にドアを開け放つ。そこには、俺の無事を案じた浅野さんが立っていた。「…………っ、……」 彼は部屋の惨状を目の当たりにして絶句している。 フローリングに、半裸のまま臀部から早霧の白濁を垂らすのを見られたと理解する
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第27話 俺のことを守って

 “……やっと名前で呼んだな。珠依、顔真っ赤。かわい” “だって、まだ呼び慣れない。和田くんは、ずっと和田くんだし……” “バーカ。お前にしか呼ばしてやんねぇんだから、ちゃんと早く呼べるようになれよ” 嬉しそうに笑って、愛おしげに振り返ってくれた時の、早霧の顔。「……こんな風に、思わせないでほしかったのに」「…………」「本当に、……本当に、好きだったんだよ」 その言葉に、ピク、と早霧の手が微かに震えた気がした。けれど、彼は二度と振り返ることなく、ドスドスと乱暴な足音を立てて廊下へ消えていく。「俺はお前のこと、便利なやつとしか思ったこと無かったよ。七年間、ただの一度もな」 去り際にそう言い捨てられて、ドアが音を立てて閉まった瞬間、ふっと力が抜けた。みっともなく、体を支えてくれた浅野さんの腕にしがみついてしまう。「……珠依さん、」「あは……ビックリさせてごめんなさい。俺、てっきり浅野さんが来たのかと思って。ちゃんと確認せずに開けちゃったから……。あの、それで。本当は、浅野さんに渡そうと思ってたケーキもあったんですけど。落としてだめになっちゃいました。……あっ、でも、冷蔵庫に少しだけ残りがあるから食べませんか? 結構、美味しく出来たんです。レアチーズにするか、ベイクドにするか悩んだんですけど。どっちも作れるようになっちゃいました。……浅野さんが屋久島に居る間、ずっと……チーズケーキ、何回も……練習、して……っ」 口を動かしていないと、涙が溢れてしまいそう。 こんな状況でヘラヘラと笑みを浮かべ、必死に取り繕う俺の両頬を、浅野さんはそっと両手で優しく包み込む。そして切なげに眉を寄せると、まるで『それ以上喋らなくていい』と告げるように静かに首を左右に振った。「俺、すごく、楽しみにしてたんですよ……っ」 そんな言葉を絞り出したのを最後に、それ以上を紡ぐのは、もう無理だった。彼の背中にしがみつき、肩口に唇を寄せる。 後頭部に手を添えて、背中をそっと支える大きな手のひらの温かさに、俺はただ声を押し殺して泣き崩れた。◇◇◇ あの後、浅野さんはふらつく俺をお風呂場まで連れて行って服を脱がせ、シャワーで冷え切った身体を温めてくれるた。 お風呂の椅子にさえ座れないほど脚が震える俺を、彼は片腕で支え続ける。ボディーソープをそっと泡立てる彼の横顔は、言葉を
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第28話 あなたがくれるもの

浅野さんは、時間とともに刻々と痛みを増していく俺の体を労わり、夜の冷え込む街を車で駆け抜けてくれた。「珠依さん、戻りました。大丈夫ですか?」 息を切らして戻ってきたその手には、傷を保護するためのワセリンや、ひりひりと熱を帯びる頬を優しく覆うためのガーゼが入った袋。 何から何までお世話になりっぱなしの状況に、申し訳なさと情けなさが混ざり合い、胸が締め付けられる。 「ごめんなさい」と力なく繰り返す俺に、彼はその瞳を細め、「『ありがとう』って言って貰えた方が嬉しいです」と、いつものように優しい笑みを浮かべる。「珠依さん、メシは食べられそうですか?」 「あ……すみません、まだあんまり……」 食欲がないと告げると、彼は躊躇うことなくキッチンへ向かった。 温かなお粥や喉越しのいいゼリーを丁寧に用意して、『少しでもいいからお腹に入れて下さい』と、見守るように優しく気遣ってくれる。 そのひとつひとつの優しさが、早霧の暴力に晒されて冷え切っていた心の奥まで、溶かしていくようだった。*** そして眠りにつくまで、浅野さんはベッドの傍らを離れようとはしなかった。 以前、本屋で見つけて大切に持っていた彼の写真集。 それを手に取って一枚一枚ページをめくりながら、撮影時の凍えるような過酷な寒さや、奇跡の一瞬を待った数時間にも及ぶ静寂の話。 野生動物との予期せぬ出会いや、天を覆い尽くすほどのオーロラの輝きを、まるで物語を聞かせるように静かに語ってくれる。「これは、ウルルかな。オーストラリアで撮影した時なんですけど……辺り一体、何もないから地面に寝そべると、視界180度が満天の星空で。流れ星なんて、一分に一回は見れるんですよ」 「すごいですね……。今まで俺、流れ星なんて一度も見たことがないですけど、想像もできないくらい綺麗なんだろうな」 できるだけ、俺の心を塞がせないように。 できるだけ、早霧にされた非道な仕打ちを思い出させないように。 浅野さんの言葉は、まるで泥沼に沈んでいく俺を水面へと引き上げるための、光の糸みたいだ。 静かに相槌を繰り返す俺の横で、写真集をパタンと閉じると、浅野さんは不意に表情を引き締め、こちらを真っ直ぐに見つめた。「……珠依さん。ちょっといいですか」 「はい」 「こんなことを、急に言われても困ると言うのは十分承
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第29話 新しいおうち

俺に「役割」を与え、意識をそこへ向けることで、崩れた心を立て直させようとしている。 しかも、それを生活費の代わりという「対価」にすることで、プライドを傷つけないように。「珠依さん。これは『助けてあげる』んじゃなくて、俺の『わがまま』なんです。あんな男がいつでも入れる場所にあなたを置いて、安心して帰ることも、ましてやこれから仕事に行くことなんて……俺には、到底できない」 そんなふうに、俺のためだと言い切られたら、頑なに「嫌」を貫くことはできない。きっと、浅野さんは拒絶できないことを分かった上で、それでも真っ直ぐに伝えてくる。「……俺は、珠依さんに頼って欲しいなって思っています」 その告白に、目尻から熱い滴が零れ落ちる。俺は小さく、ただ静かに頷いた。 浅野さんが柔らかく微笑み、指先で溢れた涙を優しく拭う。「ちょっと早いですけど、休みましょうか。……俺もしばらく休んでいなかったので、ちょっと長めのオフをとろうかなって思ってます」「お仕事は、長く休んでも大丈夫なんですか……?」 「珠依さんは気にしないで。休みが明けたらまた家を空けると思いますけど……それまで俺が動ける時間は、身の回りのことは全部、俺に任せてください」 深い眠りに落ちるまで、浅野さんはただ静かに寄り添い続けてくれた。その手つきは祈るように優しく、まるで壊れ物を慈しむかのように、俺の背中を温かな体温で包み込む。「夜中でも、どこか痛い時はすぐに教えてくださいね」 「……はい」 その献身的な優しさに触れて、俺は小さな声で『ありがとうございます』と感謝を伝えることができた。 窓の外ではいつまでも終わらないかのように、シトシトと雨が降り続いている。 早霧に叩かれた頬の痛みも、無理やり割り開かれた身体の傷痕も、今のこの胸にある甘く疼くような痛みに比べれば、なんてことない些細なことに思える。 ただただ、この想いだけが、どうしようもなく苦しい。(……痛いです、浅野さん……ここが、ずっと、ずっと……) 言葉にすれば全てが壊れてしまいそうで、俺は声を殺し、肩を震わせる。 浅野さんの腕にそっと額を寄せて、降り続く冷たい雨音に紛れ込ませるように、俺は独り静かに声を殺して涙を溢してしまった。 ◇◇◇ 数日後、体の痛みがようやく落ち着き、俺は最低限の荷物を抱えて浅野さんのマンショ
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第30話 予想外のプレゼント

「珠依さん、こっち」 俺がリビングに立ち尽くしていると、浅野さんはサッと俺の荷物を受け取り、部屋へと案内する。 ドアを開けたその先には、彼が俺のために用意してくれた、あたたかい空間が広がっていた。「少しずつ、ここで暮らしを立て直しましょうね」 その言葉に、またしても瞳の奥が熱くなる。 ここには、早霧の痕跡がひとつもない。あるのは、浅野さんの穏やかな呼吸と、俺の傷を癒やそうとする彼の優しさで集められた物だけだった。「とりあえず、霞くんのベビーベッドはそこに置いてみました。模様替えしたい時は、教えてください」 案内された部屋には、俺が前の部屋で大切にしていたものが、まるであつらえたかのように配置されていた。 窓辺に置かれた霞くんのベビーベッド。 その上でゆっくりと、静かに回るメリー。 浅野さんは自分の機材をクローゼットの奥へと押し込み、俺のために、まるまる一つ分の大きな収納スペースを空けてくれたらしい。 俺の数少ない荷物と、霞くんの着替えを並べるには十分すぎるほどの、広い空間。 そして、隣にある小さなテーブルの上。 お守りのように置かれていたのは、あの日、俺が画面越しに憧れた、あのミラーレス一眼だった。「浅野さん、これ……」 「……新品ではなくて、俺のお下がりなんです。今のモデルより性能は落ちるかもしれないけれど、デザインは似てますし。珠依さんに使ってほしくて」 手垢ひとつなく磨き上げられたそのカメラは、浅野さんの「お下がり」だというけれど、俺にはどんな新品よりも輝いて見えた。「う、受け取れないです。こんな大切なもの……」 「そう言うと思ってました。だから、俺が使い方もケアの仕方も、全部教えます。こうやって一緒に持って……少しずつ、慣れていきましょう?」 後ろから包み込むように、浅野さんが腕を回した。カメラを握る俺の手の上に、彼の大きな手のひらが重なる。 密着した背中から伝わる確かな体温と、耳元で響く穏やかな吐息。 戸惑って眉を下げる俺の反応を慈しむように、彼は優しく微笑んだ。「あの……ちゃんと、丁寧に扱って……大事にします、ありがとうございます」 消え入りそうな声で応えながら、俺はまた瞳を潤ませてしまう。 早霧に奪われ、壊された日常の代わりに、浅野さんはこうして新しい光を一つひとつ、俺の手に握らせてくれ
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