「……喉が渇いた」ぽつりと落ちた光也の声に、実花は瞬きをした。先ほどまで恒一への容赦ない言葉を浴びせていた人物とは思えないほど、唐突で生活感のある一言だったからだ。「随分しゃべったな」「いや、お前が一方的に言葉で殴ってただけだから」航が呆れたように突っ込む。光也は特に否定しなかった。「口を動かしたことには変わりない」「屁理屈!」そんなやり取りをしている間に、光也は実花を抱えたまま車へ向かう。「え、あの……」実花は慌てた。「開けろ」流れが自然すぎて、誰もその状況へ突っ込まない。航ですら「はいはい」とでも言いたげな顔をして車の鍵を操作していた。高級車らしい静かな電子音が鳴り、航が後部座席のドアを開いた。そして。「っ、え?」あまりにも自然な動きで光也は実花を後部座席へ乗せる。まるで壊れ物でも扱うみたいに、片腕で支えながらシートへ下ろされた。ふかりと身体が沈む。高級車特有の柔らかいシートの感触に実花が混乱している間に、光也は反対側から後部座席へ乗り込んできた―――ドアが閉まる。前方では航が当然みたいに運転席へ座っていた。「ちょ、待っ―――」低くエンジンが唸り、車は微かに震えたあと静かに動き出す。(誘拐犯!)実花は呆然とし、浮かんだのは“未遂”と言っていた誘拐がついに実行されたという事実だった。気づけば乗せられ、気づけば実花を乗せた車は発進している。「ど、どこに行くんですか?」慌てて尋ねると、光也は当然みたいに答えた。「いつものところ」実花が「それでは分かりません」と視線で訴えると、全国展開している有名チェーンの名前を光也は口にした。実花は目を瞬く。(え……?)思わず光也を見てしまう。勝手なイメージだが、東国光也みたいな男は夜なら会員制バーとかホテルラウンジとか、そういう場所にいそうだった。少なくとも、深夜のチェーンカフェという印象ではない。そのギャップに実花は妙に戸惑った。「……意外です」「何がだ」「もっとこう……高級なお店へ行くのかと」「コーヒーを飲むだけだろう」光也は本気で不思議そうだった。「味も安定しているし、二十四時間開いている。便利だ」「お前、その顔でファミレスとか普通に入るからな」運転席から航が言う。「お前が入店するたびにあちこち大騒ぎなことに気づいていないだろ」「なぜだ」
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