私はもう一度、ゆっくり言った。『違います。先生に気を使ったわけでもない』 『優とのことだけで決めたわけでもありません』胸に手を当てる代わりに、私は膝の上で指を重ねた。『先生のことを、もっと知りたいからです』声が、少しだけ震える。でも、逃げなかった。『もっと近くで、先生のことを見てみたいと思ったからです』先生の表情が、また柔らかくなる。『それなら、よかった』低くて、優しい声。『そう言ってくれると、すごく嬉しい』その言葉に、胸がふっとほどけた。先生は、私が優から逃げるために選ぶことを望んでいない。私が先生を選びたいと思うことを、ちゃんと待ってくれていた。そのことが、今さら胸に深く落ちてくる。『でも』先生は少し笑った。『完全に気持ちが固まってないって言ってくれたのも、嬉しかったよ』『嬉しいんですか?』『うん』意外で、私は聞き返してしまう。先生は頷いた。『ちゃんと正直に言ってくれたから』その声に、嘘はなかった。『曖昧なまま、俺を喜ばせるために綺麗な答えをくれたんじゃなくて』 『今の綾香ちゃんのまま答えをくれた感じがした』私は、胸が詰まった。先生は、私の不完全な返事まで受け取ってくれる。迷いが残っていることも。怖さがあることも。それを隠さずに言ったことを、責めずに、むしろ大事にしてくれる。『だから』先生は少しだけ目元を緩めた。『これから固めていこう』『これから?』『うん』先生の声が、甘くなる。『俺のこと、もっと知ってくれるんでしょ』その言い方に、頬がまた熱くなる。『……はい』『じゃあ、俺にも綾香ちゃんのこと、もっと教えて』先生は、まっすぐ私を見た。『焦らないし、嫌なことはしない』 『綾香ちゃんが気になることは、ちゃんと教えて』そこで、少しだけ笑う。『でも、好きだっていうのは、たぶん結構言う』私は思わず目を伏せた。『それは、慣れるまで時間がかかりそうです』『慣れなくてもいいよ』先生は楽しそうに言った。『その反応が見たいから』『先生』『ごめん。今のはちょっと意地悪だった』全然悪びれていない顔だった。私は少しだけ睨む。先生はそれを見て、また笑った。その笑顔が温かくて、じんわりと好きだと思ってしまう。店の外から、器を置く小さな音が聞こえた。でも、この個室の中だけ、空
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