優から連絡が来たのは、石川先生との面談から二日後だった。『契約書の案がまとまりました』続けて、もう一通届く。『一度、直接説明したいと思っています』 『来週、事務所へ来られる日はありますか』仕事の連絡として整った、短い文章だった。私は勤務予定を確認し、診察の入っていない午後を二つ伝えた。すぐに日時と事務所の住所が返ってくる。その住所を見た時、指がわずかに止まった。結婚していた頃、私は何度か優の事務所へ行ったことがある。大きな案件が終わった日に、食事へ行くために迎えに行ったこと。優が自宅へ書類を置き忘れた時に届けたこと。父の関係者との会食前に、事務所で待ち合わせたこともあった。けれど、仕事の依頼を受ける立場で、契約書の説明を聞くために行くのは初めてだった。『分かりました』 『その日時でお願いします』送信すると、しばらくして返信が届く。『承知しました』 『受付へ名前を伝えておきます』余計な言葉はなかった。それでも画面を閉じたあと。胸の奥には仕事の予定を入れただけでは済まない緊張が残った。***約束の日、午後の診察を終えた。カルテの入力を済ませてから、院長室のドアを叩いた。「どうぞ」中へ入ると、隼人くんがパソコンから顔を上げる。「お疲れさま」「お疲れさまです。これから優の事務所へ行ってきます」「うん」隼人くんは一瞬だけ私の顔を見つめ、それから仕事の表情へ戻った。「契約内容にクリニックへ関係する部分があったら、あとで教えて」「はい」「それ以外の条件は、綾香ちゃんが納得できるまで確認してきて。今日、署名する必要はないからね」「持ち帰ってもいいんですよね」「普通はね」隼人くんがわずかに眉を上げる。「持ち帰らせないなら、その方が問題だよ」その言い方に、少しだけ緊張がほどけた。「分からないところがあれば、利害関係のない人にも確認できるか聞いておいた方がいい」「綾瀬先生が見るという意味ではなく?」「俺が確認するのは、クリニックの名称や情報、勤務に関係する部分だけ。それ以外は、必要なら別の弁護士に相談できる状態にしておいた方がいいと思う」優が、私へ不利な契約を作るとは思っていない。今回のプロジェクトで、そのようなことをする理由もなかった。ただ、優は元夫で、父とも関係があり、プロジェクトの法務担当でも
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