私は付箋に、業務上の連絡経路及び記録方法を明確にしたいと書いた。私生活について話したくないから、という理由を契約書へ記載する必要はない。仕事上の連絡を記録へ残すことは。父や優との関係を含めた利益相反管理の観点からも不自然ではなかった。そこまで書き終えると、私はペンを置いた。優が私を守るために契約へ境界を書いたように。今度は私が、自分のために必要な境界を書き加えようとしている。それは、優を拒絶することとは少し違う。この仕事を続けるために。私自身が何度も自分を守ろうとしなくても済む仕組みを作ることが必要だと思った。窓の外は、いつの間にか明るくなっていた。私は契約書を閉じ、冷め始めたコーヒーを一口飲んだ。修正してほしい点はある。それでも、この仕事を引き受けたいという気持ちは変わらなかった。***クリニックへ着くと、待合室にはまだ患者の姿がない。受付では、スタッフが予約表とカルテを確認しながら午前の準備を進めていた。「おはようございます」挨拶を交わし、更衣室で白衣へ着替える。診察室へ向かう途中、院長室のドアが開き、中から綾瀬先生が出てきた。「おはよう」「おはようございます」ほかのスタッフがすぐ近くにいる。昨夜、手をつないで歩いた人と、今は院長と勤務医として向き合っている。けれど、その切り替わりはもう、以前ほど不自然には感じなかった。「契約書、読めた?」声も、院長が勤務医の外部活動について確認する時と変わらない。「はい。クリニックに関係するところだけ、あとでお見せしてもいいですか」「もちろん。昼休みに少し時間を取ろうか」「お願いします」「じゃあ、午前が終わってから」「はい」必要なことだけを話し、互いに診察室へ向かう。仕事中に距離を置くことは、二人の関係を否定することではない。むしろ、場所ごとに役割を切り分けられるからこそ。恋人であることを仕事の中で証明し続けなくて済むのだと思った。院長としての綾瀬先生と。仕事の外で、私との距離を詰めることを待っている隼人くん。どちらかが本当で、どちらかが仮の姿なのではない。その両方を持っている人と、私は付き合い始めたのだ。***午前の診察を終え、最後の患者を見送ってから。私は契約書を持って院長室へ向かった。ドアを叩くと、すぐに「どうぞ」と声が返る。隼
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