イベント当日。診療を終えて自宅へ戻ると、窓の外はすでに薄暗くなり始めていた。真哉兄さんから指定された時間までは、まだ一時間ほどある。シャワーを浴び、髪を乾かしてから。クローゼットの扉へ掛けておいたドレスを手に取った。離婚して、一人で暮らすようになってから買ったものだった。深い青に、わずかに緑を含んだ色。光の当たり方によって、夜の水面のようにも見える。父の仕事関係の会食に着ていくためでも、優の隣へ立つためでもなく。店で見た瞬間に、自分が着たいと思って選んだ。袖を通すと、柔らかな布地が身体へ沿い、腰の位置から静かに落ちた。露出は普段よりもデコルテがと背中が空いているから、少しだけ多い。けれど、これまで社交の場で選んできた服よりも。身体の輪郭が少しだけ素直に見える。鏡の前で髪をまとめ、耳元へ小さなパールをつける。首元にも、粒の揃った細いネックレスを合わせた。結婚していた頃にも、同じように着飾る機会はあった。けれど当時は、鏡の中の自分を見ながら。まずその場にふさわしいかを確かめていた。優の妻として控えめに見えるか。父の娘として幼く見えすぎないか。誰かの目を引きすぎず。それでも隣に立つ人を見劣りさせないか。今夜も父の仕事に関係する人たちが集まる。それでも今日は、誰かの隣へ立つための装いではなかった。気になる絵を見に行く自分が、この服を着たいと思った。鏡の前で身体の向きを少し変える。照明の下で、ドレスの色が静かに揺れる。普段より丁寧に整えられた自分の姿に、胸の奥がかすかに弾んだ。着飾ることは、誰かへ評価されるためだけにするものではない。自分自身が、鏡の中の姿を楽しんでもいい。最後にバッグへスマホを入れようとしたところで、画面が明るくなった。隼人くんからだった。『もう出る?』鏡越しに自分の姿をもう一度見てから、返信する。『今から出ます』すぐに、『楽しんできて』と届く。それから少し間を置いて、『会いたくなったら、呼んでね』と続いた。迎えに行くとも、終わる時間を教えてとも言わない。私が会いたいと思った時だけ、呼んでいい。その言葉が、今夜の予定とは別の場所に。自分の戻れる時間が残されているように感じられた。『はい』と返してから、玄関を出た。***会場は、真哉兄さんの不動産会社が所有する複
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