しおさいの街で、人狼と天使は恋をした のすべてのチャプター: チャプター 61 - チャプター 62

62 チャプター

第5章・第1話:ざわめく夏、止まった車とひとつの出会い

 七月の沖縄は、空ごと燃えていた。 アスファルトの上に陽炎がゆらゆらと立ち昇って、その向こうに見える海が蜃気楼みたいに歪んでいる。ヘルメットの中は蒸し風呂で、額から流れた汗が顎を伝い、首筋に落ちた。 ——じりじり、と。 太陽が肌を焼く音が、聞こえる気がした。 原付のエンジンが、喉を枯らしたみたいに掠れた音を立てている。数年前に中古で手に入れた、年季だけは一人前のポンコツだ。  沖縄本島の南端近く、喜屋武岬へ向かう海沿いの細い道を、俺はのろのろと走っていた。 左手にはガードレールの向こうに断崖と海。コバルトブルーなんて生やさしい色じゃない。沖縄の夏の海は、絵の具をぶちまけたみたいに鮮烈な青をしている。空との境目がわからなくなるほど青くて、三百年生きていても、この色だけは見飽きなかった。 右手には、さとうきび畑。風が吹くたびに背の高い茎がざわざわと擦れ合い、葉先が日光を弾いてちかちか光る。その合間を、蝉の声が津波みたいに押し寄せてきた。 ——じーーーーーっ。 沖縄の蝉はクマゼミが多い。本土のミンミンゼミより鳴き声が鋭くて、鼓膜に釘を刺すような圧がある。イヤホンなんてしていなくても、エンジン音が掻き消されるほどだ。 所持金、三千円弱。 ポケットの中で丸まった紙幣と、じゃらじゃら言う小銭の感触を太ももの上から確かめる。ガソリンは半分。宿はない。次の仕事のアテもない。 まあ、いつものことだ。 三百年も生きていると、困ることには慣れる。人間の街に紛れて、日雇いの仕事で食い繋ぎ、金が尽きたらまた次の街を探す。その繰り返し。季節が巡っても、景色が変わっても、俺だけが同じ場所に立っている。 ——孤独か? そりゃ、最初の五十年くらいは堪えた。 でも、百年も経てば慣れる。二百年経てば、それが当たり前になる。三百年目ともなれば、孤独は空気みたいなもんで、いちいち意識しなくなる。 そう自分に言い聞かせるたびに、影の中で玄(クロ)が微かに鼻を鳴らすのが癖になっていた。「嘘つき」とでも言いたげな、静かな気配。「う
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第5章・第2話:ぐうと鳴った腹が、縁のはじまりだった

「いや、いい。急いでるんで」 急いでなんかいない。行く当てもない。 でも、人間と必要以上に関わるのは避ける。それが三百年のルールだ。「そうですか……。でも、お弁当作りすぎちゃって。このままだと余っちゃうんですよね。暑いから傷んじゃうし、勿体ないかなって……」 瑠花が困ったように笑いながら、後部座席から保冷バッグを持ち上げた。中身がずしりと重そうだ。「海に来たはいいけど、張り切りすぎちゃったみたいで——」 その瞬間だった。 ——ぐぅうぅぅぅぅ。 沈黙。 蝉の声だけが、やかましく降り注ぐ。 海音が目を見開いた。結菜が呆れた顔でこっちを見た。瑠花が口元を手で押さえた。 俺の腹が、盛大に、鳴った。 三百年生きてきて、この瞬間が人生で一番恥ずかしかったかもしれない。「——ぷっ」 海音が吹き出した。「お兄ちゃんのお腹、すっごい鳴った! ねえ聞いた? ぐうーって! すっごい音!」「海音、笑っちゃだめ——ふ、ふふっ」 瑠花も堪えきれずに笑っている。目尻に皺が寄って、さっきまでの疲れた顔が嘘みたいに若返った。 結菜だけが真顔だったが、わずかに——本当にわずかに——口の端が持ち上がったのを、俺は見逃さなかった。「……昨日から食ってねぇだけだ」 俺は視線を逸らし、琥珀色の目を海の方に向けた。 耳が、たぶん赤い。「決まりですね。一緒に食べましょう!」 瑠花が保冷バッグを抱え直して、にっこり笑った。有無を言わさない笑顔だった。 断る隙が、なかった。 --- 海沿いの道を少し下ったところに、小さな展望スペースがあった。 コンクリートのベンチ
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