Todos os capítulos de しおさいの街で、人狼と天使は恋をした: Capítulo 21 - Capítulo 30

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第2章・第6話:ママの庇護と条件付きの信頼、「あんた、何者?」と問われる琥珀の瞳

 = リオ ー  息が、苦しかった。「ちょ、ちょっと待って……っ」「止まったら、捕まる」 カミヤの声は、息一つ乱れていない。 倉庫の間を抜け、港湾道路のガードレールを越え、古いビルが立ち並ぶエリアへ入ると、匂いが変わった。 潮と油から、アルコールと香水へ。「こっち」 私は、カミヤの手を反対側に引っ張った。「曲がって」「店か」「うん。真珠さんなら、何とかしてくれる」 《月下美人》の裏口は、細い路地のさらに奥にある。 ごみ袋と発泡スチロールの箱が積まれていて、初めての人間にはわかりづらい。でも、私の足は迷わない。何度も、吐きそうな顔でこの路地を通って、夜と朝の境目を越えてきたから。「ここ」 鉄製のドアを、拳で叩く。「真珠さん! 開けて!」 数秒の沈黙。 ドアの向こうで、チェーンの外れる音がした。 ガチャ、と鍵が回る。「あんた、朝っぱらから——」 半分だけ開いたドアから顔を出したのは、艶のあるショートボブに濃い口紅の女。 《月下美人》のママ、真珠さん。「リオ……!」 一瞬で、目の色が変わった。「無事だったの……!」 その声に、胸がぎゅっと締め付けられる。「真珠さん、助けて。追われてるの」 私の声は、思っていたよりも掠れていた。 真珠さんは、ちらりとカミヤに視線を流す。 一瞬で、男の全身を測る目。その鋭さに、カミヤも微かに眉をひそめた。「……話は中で聞く。入んなさい」 ぐい、と腕を掴まれて、店の中へ引きずり込まれる。 カミヤも、当然のように一緒に入ろうとして——「……ちょっと待ちなさい、あんた」 真珠さんが、その胸を片手で押し止めた。「あんた、誰?」 真正面から、射抜くような
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第2章・第7話:港に降る黒い刃、殺し屋・時雨と不死の人狼が初めて牙を交える夜

 夜の港は、昼とは別の顔を見せる。 昼間はトラックとフォークリフトが走り回る埠頭も、深夜が近づくと、急に静かになる。代わりに、遠くのタンカーの汽笛と、街のネオンの反射だけが、ゆらゆらと揺れていた。 カミヤは、その境界線を一人で歩いていた。 《月下美人》にリオを預けた後、昼間は少し眠り、夕方からまた動き出した。港湾労働の仕事は、とりあえずバックレた形になるが、源に文句を言われる頃には、どうせこの街にはいないだろう。 足元の影が、黒く伸びる。『主人』 クロが顔を出す。「なんだ」『あの女のところに残る、とは言わんのか?』「俺がいたら、かえって目立つ」 カミヤは、無造作に答えた。「堂前の奴らは、もう俺の顔を別枠で記憶してる。あいつらの中で、リオは消せる駒で、俺は警戒すべき獣だ」『獣、か』「まあ、間違っちゃいねえ」 自嘲気味に笑いながらも、視線は暗闇から目を離さない。 この街に着いてから、何度か耳にした噂を繋げていく。 ——「賀茂海運」の倉庫の一つに、警察もまだ場所を特定できていない「特別な倉庫」がある。 ——そこに、外から入ってきた「腕のいいやり手」が出入りしている。 ——そいつは、組織の人間じゃない。だが、賀茂に雇われている。 腕のいいやり手。 裏社会でそういう言葉を聞いた時、カミヤは本能的に「嫌な予感」がした。(ただのチンピラなら、影狼を出すまでもねえ。けど——) 風が、ふいに止まった。 海面を撫でていたはずの風が、ぴたりと凪いだ。「——やあ」 背中の皮膚が、一瞬で総毛立った。 声と同時に、風が裂ける。 カミヤは、反射で身体をひねった。 それでも、完全には避けきれない。 左腕に、鋭い痛みが走
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第2章・第8話:人狼の告白と、戻れない場所まで来た私

(リオ視点)  その夜、倉庫の扉がきしむ音を聞いた瞬間、胸の奥がざわっと波立った。 真珠さんが「今日はここに隠れてなさい」と言って、古びた倉庫まで一緒に来てくれたのは、もう何時間も前のことだ。ここなら、組織の連中もすぐには嗅ぎつけないだろう——そう言われて、私はカミヤが帰ってくるのを一人で待っていた。 どれくらい待ったか、わからない。 港の遠い機械音が少しずつ減って、代わりに波と風の音が大きくなっていった頃。 ギィ……と、扉がゆっくり開いた。「——カミヤ?」 立ち上がりかけて、そのまま固まる。 扉のところに立っていたのは、血まみれの男だった。 黒いジャケットはあちこち切り裂かれて、白いシャツはほとんど赤に染まっている。腕にも肩にも太腿にも、複数の切り傷が走っていて、ところどころ、肉が覗いて見えた。「っ……!」 悲鳴が、喉の奥でつっかえて、音にならなかった。「ただいま」 場違いな言葉を、カミヤは口にした。 その顔は、ひどく疲れていて——なのに、どこかホッとしたようにも見えた。「ちょ、ちょっと待って、それ……病院……!」 慌てて駆け寄ると、彼は肩をすくめる。「病院、ねえ」「笑い事じゃないでしょ!」 袖の破れ目に指が触れた瞬間、私は息を呑んだ。 裂けた皮膚の隙間から、銀色の粉みたいなものが、ぱらぱらと零れ落ちていたのだ。 ガラスの粉みたいに、淡く光る粒子。 そこから、肉が——盛り上がっていく。「……なに、これ」 思わず、声が震える。 私の目の前で、開いていた傷口が、ゆっくりと閉じていく。じわじわと肉がよじれて、元の形に戻ろうとする。その度に銀色の粒が崩れ落ちて、床に散って消えた。「見たな」 カミヤが、小さく笑った。「見ないわけないでしょ、こんなの……」 膝が、勝手に笑う。慌てて近くのダンボールに手を
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第2章・第9話:警察のドアが開いた瞬間、手術台の天井の光を思い出した

 翌日、《月下美人》の空気は、いつもより重かった。 営業前の店内。照明はまだ落とされ、カウンターの上には洗い立てのグラスが逆さに並んでいる。ステージ用のライトだけがほのかに点いて、薄暗い中にテーブルとソファの輪郭を浮かび上がらせていた。「失礼します」 場違いなほど真面目な声が、ドアの向こうから聞こえた。 真珠さんが鍵を外し、扉を少しだけ開ける。「……あら。珍しいお客様ね」 そこに立っていたのは、二人の警察官だった。 一人は、目の下に濃い隈を刻んだ中年の男。短く刈った髪には白髪が混じり、くたびれたスーツからは潮と煙草の匂いがした。 もう一人は、小柄な女の人。髪を低い位置でひっつめて、感情をあまり表に出さない目をしている。「県警の久我山です。組織犯罪対策課」 中年の男が、手帳をほんの一瞬だけ見せた。「こちらは、所轄の生活安全課、三門巡査部長」「三門です」 女の人は、軽く会釈する。 警察——。 その言葉に、胃の奥がきゅっと縮んだ。 私はソファ席の隅に座っていた。真珠さんに「隠れときなさい」と言われたけど、「隠れる」のも「話の外に置かれる」のももう嫌で、人がいない時間帯に限って同席を許してもらったところだった。「で?」 真珠さんは、カウンターの内側から出てきて、二人に向き合う。「うちの店はちゃんと風営法守ってるし、未成年も入れてないし、違法なことはしてないつもりだけど?」「ええ、そこについて疑っているわけではありません」 久我山警部は、落ち着いた声で言った。「今日は、賀茂海運の件で伺いました」 その名前が出た瞬間、真珠さんの目つきが変わる。「……公の場で、その名前を出して大丈夫?」「ここは、そんなに公の場じゃないでしょう」 苦笑いが、久我山の口元に浮かぶ。「あなたが、警察にも裏社会にも最低限の顔が利く人だというのは、承知しています。だからこそ、
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第2章・第10話:「絶対、死なないで」——人間を殺さない人狼と、祈るしかできない私

「俺が、やる」 低い声が、店の奥から響いた。 振り向くと、カミヤがカウンターの影から出てくるところだった。 いつの間にか、そこにいたらしい。昨夜、あれほど血まみれだったはずなのに、もう傷はどこにも見当たらない。「やるって何を」 真珠さんが、眉をひそめる。「囮だ」 カミヤは、警察の二人を真っ直ぐ見る。「俺が奴らの前に出て、暴れる。そうすりゃ、賀茂側も堂前も、黙ってねえだろ。引きずり出されるもんがあるはずだ」「……その隙に、我々が動く」 久我山警部は、すぐに意図を理解したようだった。「囮として、あなたを使うということですか」「使うとか言われるとムカつくな」 カミヤは、口を歪めて笑う。「俺は俺で、あいつらにムカついてる。昨日の段階で、もう目をつけられた側だ。だったら、どうせならこっちから噛みついてやった方がスッキリする」「あなた……何者ですか」 久我山警部が、あらためて問いかける。「普通の港湾労働者には、到底見えない」「通りすがりだ」「その通りすがりに、我々の案件を賭けるのは——」「警部」 三門巡査部長が、そこで口を挟んだ。「この街の被害者を、また見て見ぬふりしたいんですか?」 静かな声だった。「私たちは、これまで何度も、証拠が足りないタイミングが悪いって理由で、動けなかった。動かなかった。その度に、こぼれ落ちた人たちがいる」 久我山警部の表情が、苦く歪む。「……部下を一人、薬で失ったことがあります」 唐突な告白に、私も真珠さんも目を見開いた。「潜入捜査の最中に、証拠を取るためと言い訳しながら、彼のSOSを無視した。結果、彼は抜けられないところまで行ってしまった」 掠れた声。「二度と、同じことはしたくない」「だったら」 三門巡査部長が、穏やかに続けた。
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第2章・第11話:腱を狙う殺し屋と、再生と破壊を同時に強いられる人狼

 満月は、雲ひとつない夜空の真ん中で、異様なほど大きく、白く光っていた。 湾の水面に、その光が長く伸びる。波が揺れるたびに、光もまた揺れた。 港の倉庫街は、ひどく静かだった。 昼間の喧騒が嘘のように、トラックもフォークリフトも姿を消している。代わりに、どこか遠くで鳴る船のエンジン音と、風に擦れる鉄骨の軋みだけが、世界に残されていた。 カミヤは、指定された倉庫の前に立っていた。 満月の光が、彼の黒い髪を淡く縁取る。(……嫌な夜だ) 胸の奥で、獣が吠えるような感覚が広がっていた。 満月の夜は、力が増す。超人的な身体能力も、再生力も、影の支配力も、全てが底上げされる。 その代わり、制御が難しくなる。 ほんの少し気を抜けば、「人」としての理性より、「獣」としての本能が勝ってしまう。(だからこそ、油断できねえ) 足元で、影が揺れた。『主人』 クロの声が、いつもよりも濃く響く。『血の匂いが濃くなっている』「そうだろうな」 カミヤは、倉庫の壁にもたれ、空を見上げた。「こっちもやる気満々だ」『あの銀の刃の男が、また来ると思うか』「来るだろうな」 カミヤは、薄く笑った。「獲物の味を覚えた猟犬は、簡単に引き下がらねえよ」 時計は、もうすぐ零時を指そうとしていた。 その瞬間——「——やあ」 聞き覚えのある、平坦な声が、闇を裂いた。 倉庫と倉庫の間の暗がりから、細い影が歩み出てくる。 黒い髪が額に落ち、まばたきの少ない目が、冷たい光を宿している。 時雨。 前回と違うのは、その手に握られたナイフだった。 銀色に光る刃。 刃渡り三十五センチ。厚み一センチ。ごついサバイバルナイフ。 満月の光を受けて、刃先だけが白くぎらりと光った。「また会ったな、人狼」
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第2章・第12話:人狼は、人を殺さない——満月の夜に選んだ「甘くて面倒くさい」生き方

 その時。 足元の影が、爆ぜた。『——待たせたな、主人!』 闇から、黒い狼が飛び出した。 一匹。二匹。三匹。四匹。五匹。 全身が黒い毛に覆われ、目だけが赤く光っている。だが、その赤は、怒りではなく、意志の色だ。 クロが、先頭で吠えた。『やっと暴れられる!』「遅ぇぞ」 カミヤが、口の端で笑う。「主が呼ばんからだろうが!」 クロが、時雨に飛びかかる。 時雨は、咄嗟に後退する。 銀の刃が閃き、クロの輪郭を切り裂いた。だが、影でできた身体は、形を崩しながらも再び収束する。「……影を操る、か」 時雨が、僅かに目を見開いた。「聞いていた。だが、実際に見るのは初めてだ」「油断したな」 カミヤは、ゆっくりと立ち上がる。 切り裂かれた腱が、満月の光と影狼たちの存在に刺激されるように、じわじわと再生を早めていく。 満月は、彼にとって「毒」であり、「薬」でもあった。「——行け」 カミヤの一声で、五匹の影狼が一斉に動いた。 一匹が正面から。二匹が左右から。残り二匹は、足元と背後から。 時雨は、退いた。 退きながらも、攻撃の手は緩めない。 足元に飛びかかってきた一匹の影狼の前足を、銀の刃で切り裂き、その反動で脇腹を斬りつける。 影が、裂ける。 だが、消えない。『ガウッ!』 別の一匹が、時雨の手首に噛みついた。 ナイフを握っている方の手首だ。 影でできた牙は、獲物を前にして質量を持った凶器へと変わる。 肉を裂き、骨を軋ませる、明確な物理攻撃。「ぐっ……!」 一瞬、ナイフの動きが止まる。 その隙に、クロが背後から跳びかかった。
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第2章・第13話:サヨナラまでの特等席 ~人狼の背中と切ない光の記憶~

 同じ頃——。 別の倉庫街の一角で、複数のライトが一斉に点いた。「動くぞ!」 久我山警部の声が飛ぶ。 黒い防弾ベストを纏った警官たちが、一斉に走り出した。盾を持った者、破壊用のツールを持った者、銃を構えた者。「対象倉庫、突入!」 破壊用のハンマーが、固いシャッターを叩き、鍵の周辺を歪める。 同時に、別ルートから特殊部隊が忍び込む。 倉庫の中では、複数の人影が動揺していた。 白い粉の入った袋。怪しいラベルの瓶。パレットに積まれた段ボール。 その中央で、電話を耳に押し当てている男が一人。 賀茂玄悟。 ふくよかな体つき。金の縁の眼鏡。笑うと歯茎が見える——はずの口は今、ひどく強張っていた。「どういうことだ、堂前。何が——」 その言葉が終わる前に、倉庫の扉が破られた。「警察だ! 動くな!」 怒号と共に、ライトの光が一斉に差し込む。「くそっ——!」 堂前が叫び、スタンガンを掴んで一人に飛びかかろうとする。 だが、その前に背後から押さえつけられた。「堂前恒一、覚醒剤取締法違反の容疑で——」 矢代もまた、隅で震えていたところを、すぐに見つかった。「や、やめてくれ、俺は、俺は——!」「売人矢代恒一、覚醒剤取締法違反の容疑で逮捕する!」 叫び声と金属の音が混ざる。 久我山警部は、その混沌の中で、ただ一人冷静に周囲を見回していた。「薬物の押収! 帳簿と電子機器の確保急げ! 証拠はここに全部あるはずだ!」 その目には、かつて部下を薬で失った男の、執念にも似た光が宿っていた。 ——ほどなくして。 サイレンの光が、別の倉庫街にも差し込んだ。「……終わったのか」 三門巡査部長が、静かな足取りで歩いてくる。 そこにはもう、黒い影の狼たちの姿はなかった。 夜の闇に溶け、最初
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第2章・第14話:唇に残るキスと、同じ月を見上げる二人

 朝の海は、夜の顔とはまるで別人だった。 昇りかけた太陽が、海の表面を金色に塗っていく。さっきまで冷たかった潮風も、ほんの少しだけ柔らかくなっていた。 原付のエンジン音が、静かな国道に小さく響く。 前にカミヤ。後ろに私。「落ちんなよ」「落ちないよ」 彼の背中に腕を回して、しっかりとしがみつく。 ジャケット越しに伝わってくる体温は、人間と変わらない。でも、その奥に潜んでいる「何か」を、私はもう知ってしまっている。 風が、髪を後ろに流す。 潮の匂いと、ガソリンの匂いと、カミヤの匂い。 全部まとめて、胸いっぱいに吸い込んだ。「ねえ、カミヤ」 エンジン音に負けないように、少し声を張る。「ん」「最初に会った時、私のことどう思った?」「路地で囲まれてた時か」「うん」「面倒くせえ女だなって思った」「失礼」「事実だろ」「でも、助けてくれた」「見なかったことにするには、目の前の光景が目立ちすぎてた」「そういう言い方、ほんとズルい」 背中越しに軽く拳で叩くと、彼は苦笑した。「逆に、お前はどう思った」「え?」「俺のこと」「それ聞く?」「聞く」「ずるい」「さっきからずっとずるいって言われてるな、俺」「自覚して」 少しの沈黙。 風が、二人の間をすり抜けていく。「……最初はね」 私は、空を見上げた。「また変な男に絡まれたって思った」「ひでえな」「だって、路地の入口でこっちじっと見てたし」「あれは様子を見てたって言うんだよ」「結果助けてくれたから、許す」「上から目線だな」「ナンバーワンキャストだからね」
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第3章・第1話:錆びたエンジンと、月の青さ

 原付のエンジンが、坂を上がるたびに情けない悲鳴を上げる。 深夜零時を少し回った頃だった。    月齢は十日。満月にはほど遠いが、山の稜線をなぞるように、白く薄い月光が差している。 山道は、街灯もまばらだった。    アスファルトはところどころひび割れて、路肩の雑草がそこから侵食している。    ガードレールは錆びつき、曲がりくねった道の向こうは、闇しかない。 こういう道には慣れている。    俺の旅は、だいたい人があまり通らない場所を選んで続いていくからだ。 風が頬を切る。    夏の終わりかけの夜は、さほど寒くはないはずなのに、体温とは別の冷たさだけが肌に残る。 ふと、胸ポケットを指先で確かめた。    薄くなったタバコの箱と、折りたたまれた小さなメモ用紙。    それから、こすれて色あせた小さな御守り。 ――思い出すのは、あの橋と、落ちていく月の光。 前輪が小さな段差を踏み、ハンドルがかすかに揺れた。    意識を前に戻す。「んだよ……」 坂がきつくなる。    原付のエンジン音が、不吉なくらい高くなった、その時だった。 プシュッ。 気の抜けたような音とともに、後輪あたりから鈍い衝撃が伝わってくる。    次の瞬間、重さのバランスが崩れた。「……チッ」 反射的にクラッチを切り、ブレーキをかけて停車する。    脇に寄せ、スタンドを立てると、夜の静寂が一気に押し寄せてきた。 虫の声。    遠く、見えない沢を流れる水の音。    それ以外は、何もない。 携帯を取り出してみるが、案の定、電波は圏外だった。「運がねぇにもほどがある」 独り言を零して、しゃがみ込む。    後輪に手を当てると、
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