Alle Kapitel von しおさいの街で、人狼と天使は恋をした: Kapitel 41 – Kapitel 50

62 Kapitel

第3章・第12話:浜焼きとかもめ亭の夕焼けと、「楽しかった」と言える一日

 灯台を降りる頃には、    太陽は少しずつ傾き始めていた。 岬からの帰り道。    海の色が、昼の青から、    少しずつオレンジがかった色に変わっていく。「お腹、すきましたね」 原付の後ろで、ぽつりと呟いた。 朝からろくに食べていない。    昼休みも、彩音たちの視線が怖くて、    購買に近づけなかった。 私のお腹は、    正直にぐう、と鳴いた。「……図太くなったな」 前から、呆れたような声が届く。「え?」「あの夜は、遠慮して腹減ったとも言えなかったくせに。    今は腹の音まで聞かせてくるのか」「そ、それは……!」 顔が一気に熱くなる。「聞かせてるつもりは、ないです!」「聞こえてんだよ。耳いいからな、俺」 くそ。    こういうところだけは「普通じゃない」能力、    発揮しなくてもいいのに。 でも、       からかわれているのに、    どこか嬉しい。 人とこうやって、    他愛ない言葉を交わせる感覚自体が、    久しぶりだった。「……飯でも食うか」 彼が、ふいに言った。「いい店、知ってるんですか?」「さぁな。漁師に聞いた」 それは、    この町の誰よりも「美味しい店」を知っていそうな人たちだった。 少し走ると、    道路脇に、小さな木製の看板が見えてきた。「浜焼き処 かもめ亭」。 手書きの文字。    少し色あせたカモメの絵。 店の前には、七輪と木のベンチ。    炭火の匂いが、風に乗って漂ってくる
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第3章・第13話:『ツケは帰って払う』——死亡フラグをアクセルで踏み潰して

 港の風が、ざわついていた。 昼間の漁港は、いつもなら騒がしい。    網を引き上げる声、トラックのバック音、魚を捌く包丁の音。    だが、その日は違った。 音はあるのに、どこか芯が冷えている。 カミヤは、荷揚げの仕事をひと段落させ、汗を拭った。    銀色の微細な粒子が、陽の光の中で一瞬だけきらりと光り、すぐに肌に溶けた。「おい、新入り。今日はもう上がっていいぞ」 親方がそう声をかけてくる。    いつもより少し、早い終わりだ。「いいのか。まだ日も高いが」「こういう日はな……魚も人間も、早く家に帰った方が身のためよ」 親方は煙草に火をつけながら、港の方角を顎で示した。「さっきから、山の方がうるせぇんだよ。聞こえねぇか?」 耳を澄ます。    遠く、かすかに、爆音が重なって聞こえた。 エンジン音。    ひとつやふたつじゃない。    うねるような、多数の咆哮。 それだけじゃない。 風の匂いが変わっていた。 海の匂いの奥に、    焦げたゴムと、安いガソリンと、    それから――湿った土に染み込んだ、古い血の残り香。 朽縁トンネルの方角だ。「……面倒くせぇ音だな」 ぼそりと呟く。 そのときだった。「カミヤ!」 背後から、ドスの効いた声が飛んだ。 振り返ると、勝田がいた。    スナックのヨレたジャンパー姿のまま、息を切らせている。 あまり走るタイプじゃない男だ。    その男が汗だくで駆けてくる時点で、ただ事ではない。「逃げろ」 開口一番、それだった。「連中、まともじゃねぇ。県内から暴走族かき集めてきやがった。ざっと百人。全員
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第3章・第14話:影の狼たち、出ろ――不殺の制約を抱えたまま群れと戦う決意の咆哮

 朽縁トンネルは、   すでに「こちら側」の空気ではなかった。 夜中。   月齢は、十六に届く少し前。 山の頂を越えた月が、   トンネルの入口を、青白く照らしている。 だが、その光が、   トンネルの中に一歩でも踏み込むことはない。 闇が濃すぎるのだ。 中から、   黒い霧がじわじわと溢れ出している。 生ぬるく、   重く、   湿った憎悪の塊。 その手前に、   百台近い単車がずらりと並んでいた。 エンジンは止まっているのに、   そこに座る連中からは、   エンジン音以上の「ノイズ」が漏れている。 歪んだ笑い声。   意味を失った呟き。  「死ね」「壊せ」「燃やせ」といった、   原始的な欲求だけを繰り返す声。 目は、誰一人としてまともではない。   瞳孔は開ききり、   黒い霧が眼窩を満たしている。 トンネルの中央。   コンクリートの床に、   鎖で繋がれた少女が、一人、膝をついていた。 柊木詩乃。 制服の袖は、ところどころ破れている。   手首には、金属の冷たい輪っか。 足首にも鎖。   短い鎖が、彼女の行動範囲を数歩に限定していた。 顔は俯いていて、表情までは見えない。   だが、肩は震えていなかった。 怯えではなく、   何かを堪えるような、   静かな強張り。 その横。   龍二が立っていた。 もはや、人間の面影は薄い。 瞳はどす黒く濁りきり、 &
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第3章・第15話:影狼たちが食いちぎる黒霧と、龍二の孤独に下された「寝てろ」の一撃

 漆黒の狼が、    一匹ではなかった。 クロ。    ギン。    アオ。    アカ。    キ。 五つの影が、    それぞれ違う色の「目」を灯して現れる。 クロの目は、    いつも通り、燃えるような赤。 ギンの目は、    淡い青白さを帯びている。    影のくせに、    光を持っているような、不思議な色。 アオの目は深い群青。    冷たい水の底のような、    静かな光。 アカは濃い紅。    ほとんど血の色に近い。    牙を見せて笑っている。 キは琥珀色。    どこか、カミヤの瞳に似ている。 五匹の狼が、    トンネルの中を駆けた。 音もなく。    影だけを引き連れて。「な、なんだ、まだ増えたぞ!?」「ど、どこから――」 怨念に取り憑かれた暴走族たちの口から、    ようやく「恐怖」の音が漏れる。 黒い霧は、    彼らの心を麻痺させていたはずだ。 だが、    その「上」を行く恐怖が現れたのだ。 クロは、    壁を駆ける。 ギンは、    霧の中に溶ける。 アオは、    足元の影から影へと跳び回る。 アカは、    真正面から突撃する。 キは――    詩乃のそばに、    音もなく寄り添った。 それは、    カミヤがそう命じたからだ。 五匹五様の動き。 クロは、 &
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第3章・第16話:行ってらっしゃいのキスと、「今度は私が助ける」と誓う朝

 気づいたとき、    私は風の中にいた。 頬を切るような、冷たい風。    耳のすぐ横で唸るエンジンの音。    前を見れば、薄暗い山道が、後ろへ後ろへと流れていく。 私の両腕は、    自然と何かにしがみついていた。 硬くて、あたたかいもの。    黒いジャケットの布越しに伝わる、体温と筋肉の動き。 その正体に気づくまで、少し時間がかかった。「……カミヤ、さん……?」 かすれた声で呼ぶと、    すぐに、低い声が返ってきた。「起きたか」 背中越しでも分かる、いつもの調子。    少し掠れているけれど、それが妙に安心させる。 私は、    自分の状況を確かめるように、そっと視線を落とした。 彼の腰に、    私の腕がしっかり回されている。 後ろから、    彼に抱きつくみたいな格好で、原付に二人乗りしていた。 さっきまで私を縛っていた鎖の感触は、もうどこにもない。 代わりに、    ジャケットの下で、彼の鼓動がトクトクと鳴っているのが分かる。「鎖……」「引き千切った。あんなガラクタ、いらねぇだろ」 あくまでぶっきらぼうに言い捨てる。 それでも、    その一言だけで、胸の奥がじん、と熱くなった。 山道を下る原付が、ガタガタと揺れる。    私は思わず、彼のジャケットをぎゅっと掴んだ。「もっとちゃんと掴め。落ちんぞ」 そう言って、    彼の片手が後ろへ伸びてくる。 私の手首をつまみ、    腰のあたりへと押し当てるように導く。 彼の身体に、    さらに密着する形にな
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第3章・第17話:胸ポケットの「大好き」

 数日後。 次の町へ向かう国道を、  ボロい原付が一台、走っていた。 六月の陽射しは容赦なく、  アスファルトが蜃気楼みたいに揺れている。 路肩の雑草だけが、  やたらと元気だった。 カミヤは、  片手でハンドルを握り、  もう片方の手で煙草を探った。 ポケットの中に、  指先が見慣れないものに触れる。 柔らかい。  布だ。 煙草じゃない。 汐風町を出てすぐのコンビニで、  荷物を整理していたときには気づかなかった。 財布とタオルに挟まれるようにして、  そいつはひっそりと潜んでいた。 原付を路肩に停める。  エンジンを切ると、  蝉の声だけが世界を埋めた。 取り出したのは、  小さな布袋。「汐風神社」と刺繍された、  白地に水色の糸のお守り。 角が少しだけ擦り切れていて、  持ち主がずっとポケットの中で握りしめていたのが分かる。「……いつの間に入れやがった」 呟いて、  すぐに心当たりが浮かぶ。 あの朝だ。 海辺の堤防で、  あいつが背伸びをして——。 あの一瞬、  ジャケットの裾を掴んだ手。 あれは、  ただしがみついていたわけじゃなかったのか。「……小賢しいガキだ」 悪態をつきながら、  布袋の口を開ける。 中から、  小さく折りたたまれた紙が出てきた。 何度も折り直した跡がある。  角がくたびれていて、  書いては消し、消しては書き直したのだろう。 広げると、  ルーズリーフの切れ端だった。 罫線の上を、  少し丸みのある文字が走っている。 ペンの色は、黒。
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第4章・第1話:銃創の遭難者と、休日のない小さな診療所

 前書き 第4章:この物語は「孤独な化け物が、不器用な人間に拾われる話」です。 三百年ひとりで生きてきた人狼と、「仕事だから」を盾にして本音を隠す看護師。似た者同士の二人が、山奥の小さな診療所で出会います。ばちばち火花を散らしながら、少しずつ距離が縮まっていく——そんな不器用な関係を楽しんでいただけたら嬉しいです。甘いだけじゃなく、ちょっとほろ苦い。でも読み終わった後に、胸の奥がじんわり温かくなる。そんな物語を目指しました。 それでは、山あいの診療所へどうぞ。 ***  風が冷たかった。 十月の山は、もう冬の匂いがする。落葉した広葉樹の隙間から覗く空は、水を薄めたような青だった。 嶺風会リーダーの戸塚洋介は、足元の枯葉を踏みしめながら、後続のメンバーに声をかけた。「この先に沢があるから、そこで昼休憩にしよう」 リュックの肩紐を締め直す。標高はまだ八百メートル程度だが、整備された登山道を外れた獣道は足場が悪い。初心者の後輩二人がやや遅れている。「戸塚さーん、もうちょい待ってくださいよー」「鍛え方が足りんぞ、松田」 笑い声が木々の間に散った。穏やかな秋のトレッキング。何事もない一日になるはずだった。 沢の音が近づいてきた頃——戸塚の足が止まった。
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第4章・第2話:「勝手に死なないで」——その冷たい手を、朝まで温め続けると決めた夜

 十五分後。 診療所のクロ関が蹴り破られるように開き、登山客の青年たちが担架を担いで飛び込んできた。先頭の青年——戸塚と名乗った——は、汗だくで、顔面蒼白だった。「先生、この人——山の沢で見つけて……脈はあります、でも——」 処置台の上に横たえられたその体を見て、私は息を止めた。 全身が血と泥にまみれた、若い男。黒い革ジャケットの下、剥き出しになった上半身には、数えきれないほどの傷。丸い穴——銃創だとすぐにわかった——が少なくとも七つ。そしてそれ以上に目を引いたのは、傷口の周囲に広がる異様な黒い変色。血管に沿って、まるで蜘蛛の巣のように黒い線が走っている。 ——毒?「澪くん、バイタル」 宗方先生の声で我に返る。 血圧、七十の四十。心拍、百二十。体温、四十度三分。呼吸は浅く速い。瞳孔はやや散大。「先生、血圧がかなり低いです。ショック状態に入りかけています」「輸液を全開で。まず弾丸を摘出する。この黒ずみが気になるが、先に異物を取り除かんと始まらん」 宗方先生がメスを手に取った。 最初の弾丸を取り出した時、私は自分の目を疑った。 鉗子に挟まれたそれは——銀色だった。鉛色ではない。磨いた銀のように、処置室の照明を反射して、冷たく光っていた。「……銀、ですか?」「そのようだな」 宗方先生は眉をひそめたが、手は止めなかった。二発目、三発目と弾丸を摘出していく。すべて同じ銀色。ステンレスのトレイに落とすたび、硬質な音が響いた。 四発目を摘出した時——それは起きた。 三発目の弾丸を取り出した傷口が、塞がり始めていた。 メスで切開した創縁が、ゆっくりと、しかし確実に接合していく。まるで時間を早送りにしているかのよ
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第4章・第3話:知らない天井と、枕元で泣き腫らした不器用な白衣

 暗い。 どこだ、ここは。 意識の底で、俺はまだ、あの夜の中にいた。 ——山の中腹。月のない夜。視界を塞ぐ銀色のガス。甘い匂い——トリカブトだと、鼻が教えてくれた。「見つけたぞ、人狼」 モッズコートの男。左目の下に蛇鱗の刺青。薄い笑み。殺し屋——通称、蝮の辻堂。 俺の首に懸けられた報奨金を嗅ぎつけて、三日間追い回してきた毒蛇野郎だ。「月殺しの毒(ムーンベイン)……お前のために調合した特注品だ。銀の微粒子とアコニチンの混合毒。人狼の再生能力を内側から食い潰す」 ガスが肺に入る。焼けるような痛み。『主、指示を!』 影の中から、クロの声。 俺は咳き込みながら命じた。「——クロ、キバ、正面の大男を抑えろ。カゲ、シロガネ、上空のドローンを落とせ。ツキ、俺についてこい」 影が裂けた。五匹の黒い狼が地面から立ち上がる。 クロが先頭を切って、辻堂の護衛——黒田に突進する。元自衛官の大男は拳銃を構えたが、クロは影そのものだ。弾丸は黒い体をすり抜ける。キバが横から跳躍し、その顎で黒田の銃を持つ腕を噛み砕いた。「ぐっ——」 黒田が膝をつく。クロが追撃し、体当たりで地面に叩きつけた。 上空では蓮見のドローンが赤外線カメラで俺の位置を捕捉していたが、カゲが木の影から無音で跳び上がり、プロペラを切り裂いた。シロガネが急降下してもう一機を叩き落とす。火花が散って、制御を失ったドローンが斜面を転がっていく。 残るは辻堂。「……さすがだな。影の狼遣い」 辻堂は薄笑いを崩さない。傘の柄を抜くと、中から注射針が飛び出した。同時に左手で投げナイフを三本——全て毒が塗ってあるのは、鼻でわかった。 ツキの補助で毒ガスのダメージを抑えながら、俺は地面を蹴った。 投げナイフを掌で弾く。銀のナイフが掌を裂いたが、構わない。辻堂の懐に飛び込み、毒傘を素手で折る。金属が軋む音。辻堂の目が初めて見開かれた。「てめぇの毒は面倒くせぇが——」
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第4章・第4話:「『ひとりでいい』なんて言わないで」——飲み込まれた言葉と、不器用なふたりの距離

 三日が過ぎた。 俺の回復は、遅かった。通常なら数百倍速で治る傷が、銀の毒のせいで十倍にまで落ちている。それでも人間の基準からすれば異常な速度ではあるのだが——氷室も宗方先生も、それについては何も言わなかった。 いや。正確には、宗方先生は気づいていた。 三日目の午後。宗方先生が俺を診察室に呼んだ。「澪くん、少し席を外してくれるかね」 氷室が怪訝な顔をしたが、「わかりました」と出ていった。ドアが閉まる。 診察室は狭かった。古い木の机。書棚にぎっしり詰まった医学書。壁には色あせた人体図のポスター。窓の外に、山の稜線が見えた。 宗方先生は丸眼鏡を拭き、ゆっくりとかけ直した。「君の体は、人間のそれとは違う」 静かな声だった。責めるでもなく、怯えるでもなく。ただ事実を述べる声。「摘出した弾丸は純銀だ。通常、銀の弾丸を使う理由は……まあ、一般的にはない。そして君の傷は、人間の十倍の速度で治る。縫合した切開痕が翌朝には塞がっていた。普通ではない」 俺は黙っていた。 宗方先生は机に肘をつき、丸眼鏡の奥の穏やかな目で、じっと俺を見た。急かさない。問い詰めない。ただ——待っていた。 四十年、この山村で唯一の医者をやってきた人間の、その忍耐力。何百人もの患者の言葉を待ってきた人間の、その沈黙の重さ。 俺は——負けた。「……信じねぇだろうけど」 声が掠れた。この言葉を、人間に言ったのは何十年ぶりだろう。「俺は人狼だ。三百年、生きてる」 沈黙が落ちた。 秋の虫が鳴いている。古い時計の秒針が動く音。 宗方先生は長い間、何も言わなかった。丸眼鏡の奥の目が、俺を見つめている。驚きはあっただろう。だがそれ以上に、あの目には——ただ静かに、目の前の存在を受け入れようとする覚悟があった。 やがて、宗方先生はペンを取り、カルテに何かを書き込んだ。「——了解した」 その声は、いつもと変わらなかった。「治療方針を修正しよう。銀
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