船が沈み始めた。 呪いの核が消えたことで、幽霊船を海上に留めていた力が失われたのだ。床が傾き、壁から海水が噴き出す。木材がめきめきと裂ける音が、船全体に響いた。 俺は瑠花の元に駆け寄り、手首の鎖を握った。人狼の腕力で引きちぎる。蒼い鎖が砕け、金属片が海水に沈んだ。「立てるか」「う、うん——」 瑠花の足が震えていた。立てない。 腕を回し、抱え上げた。背中と膝裏に腕を通す。瑠花の体は軽かった。軽すぎた。日々の疲労と、充分でない食事で、この人はこんなに軽くなっていたのか。「しっかり掴まってろ」 走った。 傾いていく廊下を、崩れる壁を避けながら駆け上がる。天井が落ちてきたのを肩で弾き飛ばし、海水が膝まで迫る階段を一気に跳び上がった。 甲板に出た。 船が斜めに傾いている。船尾がすでに海面下に没し、船首が持ち上がっている。あと数分で完全に沈む。 栄吉の小型船は——まだあった。幽霊船の横に、ロープで繋がれたまま波に揺れている。 月(ツキ)が俺の足元から飛び出し、瑠花の体を包み込むように薄い光の膜を張った。海水から守る盾。「跳ぶぞ」 瑠花を抱えたまま、沈みゆく幽霊船の甲板を蹴った。 跳躍。 三メートルの距離を飛び越え、小型船の甲板に着地した。船が大きく揺れ、海水が舷側を越えてきた。 ロープを爪で切り、エンジンをかけた。 振り返ると——幽霊船が沈んでいくところだった。 船首の朽ちた女神像が最後に海面から突き出し、やがてそれも波の下に消えた。 ——ごぉぉぉぉん。 海の底から、長く、低く、鐘が鳴るような音が響いた。幽霊船が海底に還る音。何百年分の孤独が、ようやく終わる音。 そして——静寂が戻った。 霧が晴れていく。星が一つ、二つと戻ってくる。風が戻り、波が戻り、潮の匂いが戻る。 凪いだ海の上に、小さな船が一艘。 波の音だけが、しずかに響いていた。 ---
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