All Chapters of 再婚、そしてまた再婚......気づけば御曹司に溺愛された: Chapter 171 - Chapter 180

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第171話

児童養護施設で撮られた写真だった。あのとき、梨沙が足を滑らせそうになり、礼都がとっさに手を伸ばして引き寄せた。その勢いで二人そろって地面へ倒れ込むと、子どもたちが駆け寄ってきて、雪玉を投げ始めた。礼都が自分のコートの中に梨沙をかばった、まさにその場面が写っていた。撮影された角度から考えれば、何をやらせても余計なことばかりする千暁が撮ったものだろう。しかし、その写真が賢一郎の手に渡っている以上――千暁の仕業でないことは、礼都にも分かっていた。礼都は写真を握ったまま、黙っていた。突然、賢一郎が冷たい声で一喝した。「跪け!」礼都は賢一郎を一度見た。髪はすでに真っ白になり、激怒した顔には、目元のしわがくっきりと浮かんでいる。それでも眼差しは、変わらず冷たく鋭かった。礼都は膝を折った。鈍い音を立て、その場に跪く。いつの間にか、賢一郎の手には一本の鞭が握られていた。土岐家に代々伝わる、懲罰用の鞭だった。牛革を何重にもより合わせたもので、全体が黒く、硬く長い。賢一郎が腕を振り上げると、鞭が鋭く空気を切り裂いた。乾いた音が響く。最初の一撃は、正確に礼都の背中を打った。焼けつくような痛みが、背中からゆっくりと全身へ広がっていく。高価なオーダーメイドのシャツは、一瞬で裂けた。鮮血が布地からにじみ出し、白いシャツの上に目を刺すような赤い花を咲かせる。礼都の身体が、わずかに震えた。こめかみには、細かな冷や汗がにじんでいる。それでも彼は背筋を伸ばし、跪いたままだった。頭を下げない。許しを乞わない。決して屈しない。賢一郎は奥歯を噛みしめ、再び鞭を振り上げた。一撃ごとに凄まじい力が込められ、シャツは次第に赤黒い血で染まっていく。やがて賢一郎が力尽き、振り上げた鞭が空中で止まった。賢一郎は荒い息をつきながら鞭を握り、よろめくように数歩後ろへ下がった。そして床に跪く礼都を、複雑な目で見つめる。土岐家の子どもたちは、誰もが従順だった。賢一郎が自らこの鞭で罰したことがあるのは、稜平と礼都だけだった。それでも稜平が打たれたのは、たった一度きりだ。その一件のあと、稜平は土岐家を出て、彼との親子関係を断ち切った。だが、目の前にいるこの強情な男は――これ
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第172話

賢一郎は黙ったまま、礼都を見つめた。その瞳の奥に、ようやく深い疲労がにじむ。力なく手を振った。「もう行け。彼女なら、すでに永窪に送らせた」永窪(ながくぼ)は、土岐家の本邸を預かる執事だった。同時に、何十年もの間、当主に仕えてきた腹心でもある。礼都でさえ、敬意を込めて「永窪さん」と呼ぶ人物だった。礼都は少しずつ立ち上がった。歯を食いしばりながら数歩よろめき、どうにか身体を支える。そのまま背を向け、外へ向かった。足元はひどくおぼつかなかったが、それでも足早に走り去っていく。その足音が完全に聞こえなくなってから、賢一郎はようやく目を上げた。鋭い視線が、床に残された、汗と血が混じり合った小さな水たまりへ向けられる。彼は杖を強く握りしめた。今の地位にいる礼都なら、その気になれば世の中さえ意のままにできる。望むものは、何でも手に入れられるだろう。ただ一つ、決して手を出してはならないものがある。それが、恋愛だった。ましてや、いくつもの問題を抱えた恋など、許されるはずがない。世間から見れば義姉にあたる女。法律上はまだ人妻であり、後ろ盾ひとつない身身の女......どれか一つをとっても、礼都を破滅へ追い込むには十分すぎる。。――梨沙が家へ戻ると、千鶴は慌てて彼女をつかまえた。頭の先から足元まで、何度も念入りに確認する。最後に梨沙の肩を軽く叩いた。「まったく、この子は!帰ってこないなら、せめて電話くらいしなさい。いったいどこへ行っていたんだい?」梨沙は唇を引き結んだ。「おばあちゃん、私は大丈夫よ。それより望は?」「もう遅いから、先に寝かせたよ。梨沙に会いたくて仕方なかったみたい。そうだ、早く土岐さんに電話しなさい。何かあったんじゃないかと思って、どうしていいか分からなくなってね。土岐さんに電話して、助けてほしいと頼んでしまったんだよ」梨沙はうなずいた。「分かった。おばあちゃんはもう休んで」千鶴は何度も振り返りながら、2階へ上がっていった。梨沙はリビングに座った。重い身体を、ソファの背もたれへ預ける。森下と別れたあと、彼女は一度、工房へ立ち寄っていた。パソコンを起動する間もなく、一本の電話がかかってきた。相手は会って話がしたいと言い、自ら素性
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第173話

梨沙は電話を受けると、うれしさを隠せなかった。しかし、礼都はその一言と場所だけを告げると、すぐに電話を切ってしまった。梨沙は車を走らせながら、唐沢にも電話をかけ、事情を伝えた。連絡を受けた唐沢も、すぐに向かった。だが、梨沙のほうが近くにいたため、先に到着した。遠くに礼都の車を見つけると、梨沙は急いで車を降り、駆け寄った。ドアを開ける。礼都は、ハンドルへ覆いかぶさるようにぐったりしていた。梨沙は心配そうに尋ねた。「土岐さん、大丈夫ですか?」声を聞いた礼都は眉をひそめた。目を凝らし、梨沙だと分かると、反射的に固く閉ざされた邸宅の門を見た。声はひどくかすれている。「なぜ君が?」梨沙は正直に答えた。「土岐さんが私に電話して、迎えに来るようおっしゃったんです」礼都は言葉に詰まった。そして淡々と答える。「悪い。唐沢にかけたつもりだった。間違えた」今度は梨沙が言葉を失った。「......」何気なく、礼都の背中へ視線を向ける。車内灯がついていないため、中は暗かった。それでも、シャツに広がる暗赤色の血の染みが見えた。梨沙は青ざめた。「酷い怪我......!病院へお連れします!」礼都の喉が、何度も上下した。梨沙は強い口調で続ける。「唐沢さんもこちらへ向かっています。それより土岐さん、今すぐ病院へ行かないと......!」礼都は彼女を見つめた。しばらくして、ようやく観念したようにドアへ手をつき、車から降りる。彼が立ち上がった瞬間、梨沙の目に、背中で幾重にも重なる鞭の傷が飛び込んできた。どの傷からも血がにじんでいる。彼女の瞳孔が一気に縮まり、呼吸まで震えた。梨沙は細心の注意を払いながら礼都を支え、自分の車へ乗せた。運転席へ戻ったときには、全身の感覚が麻痺したようになっていた。両手でハンドルを強く握り、何度も深呼吸を繰り返す。ようやく冷静さを取り戻すと、礼都を乗せたまま病院へ急いだ。その途中で、唐沢にも電話をかけた。――病院。救急外来の医師も、礼都の背中を見た瞬間、息をのんだ。「これはひどいですね......」医師はすぐに滅菌手袋をはめた。まず小さな医療用のはさみを使い、シャツを少しずつ切り開いていく。シャツは鞭に
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第174話

梨沙は、医師に言われたことを一つずつ覚えておいた。その頃、唐沢も病院へ到着した。病室には、まだ看護師が来ていなかった。梨沙は洗面器に湯をくみ、タオルを浸してから固く絞った。そして、礼都の顔をそっと拭く。タオルが、男の高く通った鼻筋を優しくなぞった。梨沙はため息をついた。――彼はどうして、これほどひどいけがを負ったのか。やがて看護師が入ってきて、点滴を始めた。唐沢は梨沙にひと言断ってから、病室を出た。千暁の医局へ行くと、予想どおり、彼は当直中だった。「こんな遅くに、どうしたんだ?」「氷枕を一つ用意してくれますか」「熱があるのか?」「土岐様が」千暁は言葉を失った。「......」一部始終を聞き終えると、千暁は眉をひそめた。「あの人、また......いきなり人を鞭で打つなんて、どういうつもりなんだよ?」唐沢は眉を寄せ、声を潜めた。「先ほど永窪さんに電話しました。はっきりとはおっしゃいませんでしたが、賢一郎様はどこかで一枚の写真を見たらしく、それで激怒したようです」千暁は一瞬、固まった。胸に強い不安が走る。「写真?何の写真だ?」唐沢は、何かを隠すような口調で答えた。「土岐様と秋谷さんが一緒に写っている写真のようです」千暁の頭の中で、何かが切れるような音がした。彼は深く息を吸い、片手で顔を強くぬぐった。それから無意識にうなずく。「分かった。事情は理解した」手にしていた氷枕を唐沢へ渡した。「急に思い出した、急患が入ってたんだ。そっちが終わったら、礼都の様子を見に行くよ」唐沢には、彼の態度が理解できなかった。千暁が慌ただしく立ち去るのを、ただ見送る。医局へ戻った千暁は、すぐに柊治へ電話をかけた。「柊治お前......お前のせいで礼都が死にかけたぞ!」柊治は熟睡していた。起こされたことに腹を立て、悪態をつこうとしたが、その言葉を聞いて目を覚ました。驚いて問い返す。「は?いきなり何を言ってるんだ?俺は今日一日、ずっと家で寝ていたんだぞ。濡れ衣を着せるにしたって、せめて俺が関わった出来事にしろよ!」千暁は声を抑えて尋ねた。「雪が降った日に、お前へ送った写真があっただろう?あれを誰に見せた?」柊治は答えた。「誰にも見せ
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第175話

梨沙が引き受けるのは当然だ。礼都は望の叔父というだけでなく、これまで何度も彼女を助けてくれた。恩返しという意味でも、きちんと看病しなければならないと思った。――その夜。礼都の熱は上がったり下がったりを繰り返し、梨沙はほとんど眠れなかった。熱が上がるたびに、すぐ氷枕を使った。5分おきに体温を測り、なかなか下がらなければ看護師を呼びに行く。そうして夜通し看病を続け、午前4時頃になって、ようやく熱が完全に下がった。梨沙は病床から少し離れたソファに身体を丸め、しばらく眠った。東の空が白み始め、朝の光が最後に残った闇を切り裂く。礼都が目を開けると、正面のソファで身体を丸めて眠る梨沙が見えた。眠りは浅いらしく、眉間にはしわが寄っている。長い髪が数本、頬に張りつき、まつげは静かに伏せられていた。唇をかすかに結び、見るからに疲れ切っている。礼都は腕を動かそうとした。その動きで背中の傷が引きつり、再び痛みが走る。奥歯を噛みしめると、そのまま静かに身動きせず横になっていた。やがて梨沙が目を覚ました。うれしそうに声を上げる。「土岐さん、お目覚めになったんですね!」礼都は軽くうなずいた。身体を動かそうとした途端、梨沙が慌ててベッド脇へ駆け寄る。「無理に動かないでください!傷口が開いてしまいます」礼都は眉をひそめた。「トイレに行く」梨沙は小さく返事をすると、急いで礼都の身体を支えて起こした。細心の注意を払いながらトイレの前まで連れていく。「気をつけてください」礼都は梨沙を一度見た。何か言いたげだったが、結局は口を閉ざす。――本当に自分を壊れ物だと思っているのか?少しひびが入っただけで、粉々に砕けてしまうとでも思っているのだろうか。礼都はゆっくりとトイレへ入り、後ろ手にドアを閉めた。しばらくすると、中から水道の流れる音が聞こえてきた。続いて微かな水音が響き、それが何の音かに気づいた梨沙は、思わず頬を染めた。両手を背中に回し、気まずそうにその場を行ったり来たりする。やがてドアノブが下がると、梨沙は素早く駆け寄った。トイレから出てきた礼都は、低い声で言った。「こっちは大丈夫だ。君はもう帰っていい」梨沙はすぐ後ろについていった。「私は特に
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第176話

千暁はばつが悪そうに唇を結んだ。すると柊治が、ふと別のことを思い出した。「この前、秋谷さんはかなり強い媚薬を盛られていただろう?あの薬を完全に抜くには、相手と関係を持つしかない。ほかには3時間続けて冷水に浸かる方法もあるけど、それでは一時的に症状を抑えられるだけで、体内に残った薬のせいで、その後も何度か発作が起きる。でも、秋谷さんに後遺症が出たという話は聞いていない。ということは、あの夜、あんたは冷水だけで秋谷さんの薬を抜いたわけじゃないんだろう?」千暁は唇を引き結んだ。心の中では、柊治へ拍手を送っていた。こんなことを正面から聞けるのは、何も考えていない人間くらいだ。皆もう大人なのだから、分かっていても知らないふりをするべきことはある。病室は突然、静まり返った。二人が、礼都から答えは返ってこないだろうと思った、そのとき。彼が口を開いた。「してない」しかし、冷水に浸かっていたとも認めなかった。柊治は少し考えただけで、すぐに察した。指先をこすり合わせながら、ため息をつく。「どのみち、賢一郎さんは絶対に認めないだろうな。まだ小さな芽にすぎないうちに、摘み取ってしまったほうがいいぜ」礼都の喉がわずかに上下した。その眼差しは深く沈んでいる。「ああ。俺にとって彼女は、望の法定代理人にすぎない」少し間を置いて、もう一度言った。「それだけだ」千暁と柊治は顔を見合わせた。互いに何かを察しながらも、それ以上、この話題には触れなかった。柊治は立ち上がった。「傷の具合を見せてくれ」――一方、飛田コーポレーションでは。真希子が遅れて姿を現した。濃い紫の上品なワンピースに、淡いグレーのコートを羽織っている。髪は一分の隙もなく整えられ、化粧も完璧だった。全身から、強い威圧感を漂わせている。悠然と会議室へ入ると、千万円を超える高級バッグを無造作にテーブルへ置いた。「ごめんなさい、遅くなったわ」そう言って、真希子は席に着いた。海渡は彼女を一度見て、上品な笑みを浮かべた。「母もおそろいになりましたので、本日の株主総会を正式に始めます」海渡はまず、前日の株主総会が中断される前に説明した各部門のデータを簡潔に振り返った。続いて、飛田コーポレーションの今後の
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第177話

白髪の古参株主は笑った。「何を迷うことがあるのです?もし悠吹が本当に生きていたなら、情理のどちらから考えても、家業を継ぐのは当然、長男である悠吹でしょう。しかし、運命はあまりにも非情で、悠吹は若くして亡くなってしまった。今の飛田家で家業を継げるのは、海渡しかいません。夫人、私たち古参の株主が目を光らせています。たとえ会社の代表印を渡したとしても、海渡はこれまでと変わらず、お二人を大切にするはずです。もし恩を忘れるようなことをすれば、私たちが真っ先に許しません。飛田コーポレーション全体の将来を考え、そろそろ経営権を譲ってはいかがでしょう」真希子は悲しげにため息をついた。わざとらしく手を上げ、指の関節で目尻を軽く押さえる。「そうね。私の悠吹さえ生きていれば、これほど莫大な財産が私生児の手に渡ることなどなかったのに」海渡は目を細めた。――何かがおかしい。今日の真希子は、明らかにいつもと違っていた。真希子が、私生児である彼を忌み嫌っていることは、二人とも承知している。しかし、会社を裏から支配し続けるには、真希子も海渡を頼らざるを得ない。そのため、この2年間、互いに憎み合ってはいても、表立って対立したことは一度もなかった。それなのに、今日の真希子はおかしい。海渡の脳裏に、いくつもの可能性が瞬時に浮かんだ。しかし、そのすべてをすぐに自ら否定する。真希子は、そんな海渡の反応をずっと観察していた。口元にわずかな笑みを浮かべると、もう焦らすことはせず、軽く手を叩いた。「さあ、入ってきて」全員の視線が入口へ集まる。ドアが開いた。真希子の秘書と弁護士に付き添われ、一人の若い男が、隙のないスーツ姿で悠然と入ってきた。男がサングラスを外した瞬間。会議室の全員が驚愕した。数人の株主は、興奮のあまり立ち上がった。「ゆ......悠吹!?」男は真希子の隣まで歩いていった。会議室は、恐ろしいほど静まり返る。全員が一斉に息をのみ、空気まで凍りついたかのようだった。海渡の顔に張りついていた作り笑いが固まった。この顔は......海渡は喉を鳴らし、ようやく数語を絞り出した。「そんなはずが......」「皆様、お久しぶりです」悠吹が口を開いた。声は決して大きくなかっ
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第178話

その場で検体を採取することになった。真希子はおかしそうに尋ねた。「自分が産んだ息子を、私が見間違えるとでも?」海渡は歯の隙間から、押し殺した声を絞り出した。「......あまり欲を張りすぎない方が身のためです」真希子は艶やかに笑った。「その言葉、そのままあなたに返すわ、海渡」ほどなくして、DNA鑑定機関の職員が到着した。全員が見守る中、悠吹と真希子から検体を採取し、その場で密封する。「特急鑑定ですので、3日以内に結果が出ます」鑑定機関の職員が立ち去ると、海渡はゆっくりと席に腰を下ろした。株主たちは、それぞれ複雑な表情を浮かべている。真希子は、むしろ晴れやかな様子で全員に声をかけた。「どうやら本日の株主総会もここで中断せざるを得ませんね。3日後、鑑定結果が出ましたら、改めて皆さんにお集まりいただき、飛田コーポレーションの代表者について再度、採決を行います。本日はお疲れ様でした」株主たちは次々と立ち上がり、会議室をあとにした。最後に残ったのは、三人だけだった。海渡の瞳には、暗く読み取れない感情が漂っている。真希子は朗らかに笑った。「海渡、悠吹が戻ってきたからといって、あなたをあの田舎町へ送り返し、一生芽が出ないまま終わらせたりはしないから安心しなさい。何といっても、あなたたちは兄弟よ。血は水よりも濃いというでしょう?悠吹がトップに立ち、あなたがそばで支えればいい。兄弟で力を合わせ、飛田コーポレーションをさらに発展させなさい」海渡は冷たく鼻を鳴らした。真希子は悠吹の腕を取る。「さあ、悠吹。買い物に付き合ってちょうだい」母子が揃って会議室を出た直後。海渡は、テーブルと椅子を乱暴にひっくり返した。その目は凶暴な怒りに満ち、目尻まで真っ赤に染まっている。まさか――まさか2日連続で、二人の女に翻弄されたのだ。「なぜこんなことに......どうしてだ!あの男が生きているはずがない!そんなことがあるものか!」――悠吹が生きて戻ったという知らせは、梨沙の耳にも届いた。そのとき、梨沙はスープを煮込んでいた。千鶴は小さな椅子を台所の入口へ運び、せんべいをかじりながら言った。「本当に世の中は、なんでもアリだねえ」梨沙は火を弱め、そのままじっくり煮込んだ。
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第179話

「駅まで迎えに来てくれる?」「分かった!」梨沙はスマホを握ったまま、慌ただしく外へ向かった。「おばあちゃん、お姉ちゃんを駅まで迎えに行ってくる」千鶴は驚いて立ち上がった。「美琴がもう着いたの?」梨沙はうなずいた。すでに玄関まで走り、靴を履き替えている。「おばあちゃん、望を見ていて。スープの火もお願いね」千鶴は手を振った。「分かった。運転には気をつけるんだよ」梨沙が駅の送迎スペースへ入ると、片腕に赤ん坊を抱き、もう片方の手でスーツケースを引く美琴が見えた。そのそばでは、悪質な客引きがしつこく付きまとっている。「お姉さん、どこまで?安くしておくよ。すぐ出られるから」運転手は美琴のスーツケースまで引っ張っていた。ただでさえ苛立っていた美琴は、堪忍袋の緒が切れ、いきなり悪態をついた。しかし、運転手を怯ませるどころか、赤ん坊を驚かせてしまった。赤ん坊が細い声で泣き始める。梨沙は慌てて駆け寄った。「お姉ちゃん!」そのまま運転手の手からスーツケースの取っ手を奪い返す。「行こう」運転手は二人の後ろ姿を見ながら、鼻を鳴らした。ようやく車に乗り込むと、美琴は疲れ果てたようにシートへもたれかかった。「本当に疲れた。子育てって、仕事よりずっと大変なのよ。こんなに大変だと知っていたら、絶対に産まなかったのに」梨沙は憂鬱そうに言った。「おばあちゃんに、この子のことをどう説明するか、ちゃんと考えておいたほうがいいよ。驚きすぎて心臓発作でも起こすんじゃないかと心配」美琴は軽く声を上げた。「梨沙の離婚でも心臓発作を起こさなかったんだから、これくらい何でもないでしょう?」梨沙は運転しながら、静かに尋ねた。「どうして、そう思うの?」美琴は赤ん坊を包んだおくるみを抱きながら、何気なく答えた。「昔のおばあちゃんは海渡をすごくかわいがっていたじゃない。琉生より大切にしているんじゃないかと思うほどだったよ」梨沙は言葉を失った。「......」美琴は心配していないようなことを言っていた。しかし、車が到着すると、急に降りられなくなった。ためらいながら赤ん坊のおくるみを整える。「......やっぱりホテルに泊まろうかな。近くのホテルまで送ってくれない?」梨沙はすで
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第180話

千鶴は腹を立てた。「なんてことを......!このことは、ご両親も知っているの?」美琴は首を横に振った。千鶴は、また叩きたくなってきた。美琴は首をすくめる。「おばあちゃん、よく考えてみて。もし私がろくでもない男と結婚して子どもを産んだら、その男と子どもだけじゃなく、向こうの両親の面倒まで見なきゃいけないでしょう?でも今は、子どもの面倒だけ見ればいいんだよ」千鶴は言葉に詰まった。「......言われてみれば、それも一理あるねえ......」美琴はさらに言葉巧みに説得を続けた。すると千鶴も、少しずつ受け入れ始めた。望は、すやすや眠っている赤ん坊のそばにしゃがみ込み、うれしそうに眺めていた。――赤ちゃんが大きくなったら、一緒に遊べる。望は手話で梨沙にそう伝えた。梨沙の胸に、切ない痛みが広がった。人工内耳の音入れが済めば、望が土岐家へ戻らなければならないことを、まだ本人には話していなかった。以前、賢一郎と会ったとき、できるだけ早く望へ伝え、心の準備をさせてほしいと言われていた。しかし望の澄みきった瞳を見ていると、梨沙は何も言えなかった。――3日後。梨沙は、望を病院へ連れていくことになっていた。検査で問題がなければ、人工内耳の音入れを行う予定だった。早朝。美琴と千鶴は、一緒に荷物を車へ積み込んだ。千鶴の目は赤く腫れ、目の下には濃いくまができている。ひと晩中、眠れなかったことは一目瞭然だった。美琴が慰める。「そんなに悲しまないで。土岐家はいい家よ。きっと望をちゃんと育ててくれる。行かせなかったら、あの子の輝かしい将来を潰すことになるでしょう?」千鶴は美琴の額を指でつついた。「薄情な娘だねえ」梨沙が望を抱いて出てきた。望は楽しそうに手を振った。「ひいおばあちゃん、美琴おばちゃん、僕、行ってきます!帰ってきたら、みんなとお話しできるよ。赤ちゃんともお話しするんだ!」望は、母親が運転中に気を散らしてはいけないと分かっていた。チャイルドシートにおとなしく座り、道の両側を流れていく景色を眺める。やがて病院へ到着し、千暁の診察室へ向かった。千暁が声をかける。「来たね。礼都もさっき来たんだけど、電話がかかってきて外に出た。すぐ戻るって言ってたよ」
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