All Chapters of 再婚、そしてまた再婚......気づけば御曹司に溺愛された: Chapter 191 - Chapter 200

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第191話

梨沙は思わず鼻で笑った。恥を知らない人間は、どこまでも図々しくなれるらしい。海渡は自分こそ散々なことをしておきながら、今さら彼女を責めに来たのだ。いったいどの口が言うのか。梨沙はスマホを握りしめ、問い詰めるような海渡の目を見返した。「あなた、何様のつもり?」二人の視線がぶつかった。かつて愛情に満ちていたその目には、互いを傷つけてでも引かないという意地だけが残っていた。先に気勢を失ったのは海渡だった。「......おばあちゃんはどうしてる?あの人、琉生も連れ出したんだろう。今、どうしてるんだ?二人が心配なんだ」梨沙はあきれたように笑った。「あなたと離れていれば、うちは元気にやっていける。あなたがいないほうが幸せなの」海渡は悔しそうに奥歯を噛みしめた。「そんなことを言うな、梨沙。俺はおばあちゃんに育ててもらったんだ。何があっても、あの人の面倒を見る責任がある。夫婦でいられなくなっても、俺たちは家族でいられると――」乾いた音が響いた。海渡の顔が横を向き、しばらくそのまま動かなかった。振り下ろした梨沙の手のひらも、じんじんと痺れている。怒りで肩を震わせながら、彼女は言った。「あなたにそんな資格はないわ。飛田海渡、もうこれ以上私の家族に近づかないで。これからは私もおばあちゃんも、あなたは死んだものと思って暮らすから」海渡がゆっくりと顔を戻した。「梨沙......俺への気持ちは、もう少しも残っていないのか?」「ええ、そうよ。これっぽっちも、残っていない」梨沙は一語ずつ、はっきりと言った。海渡の顔に苦痛が浮かぶ。梨沙は笑って顔をそむけた。今度は何を演じているのだろう。「梨沙!」声に呼ばれ、梨沙は信じられない思いで振り返った。そこにいたのは秋子だった。小柄な老婦人の服は、すっかり汚れている。梨沙は急いで駆け寄った。「大丈夫ですか?何かあった?」秋子は情けなさそうな顔で訴えた。「あなたたちを捜している途中で転んじゃったのよ。痛くてたまらなくて......でもよかった、やっと会えた。急に引っ越して、行き先も教えてくれないんだもの。ずっと会いたかったの......」梨沙は秋子の手を取った。「こちらの方は――」海渡が尋ねると、梨沙は鋭い声で言った。「どいて
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第192話

梨沙は驚いて、とっさに手を伸ばした。だが、秋子の服の裾が指先をかすめただけだった。慌てて礼都を見ると、彼は慣れた様子でそばの警護員に指示していた。「後を追って。見失わないようにしながら、好きに走らせてやって」「本当に大丈夫なんですか?」梨沙がおそるおそる尋ねると、礼都はようやく彼女に目を向けた。透き通るような白い肌の目元に、薄いくまができている。昨夜はよく眠れなかったのだろう。「止めてもまた走るよ。疲れれば戻ってくる」梨沙は秋子が走り去った方を見つめ、ため息をついた。「でも、いつもこうして走らせるわけにもいきませんよね」「そうだね。香城(かおぎ)へ帰すつもりなんだ」梨沙は思わず顔を上げた。「親族のほとんどがそこにいる。向こうのほうが、手厚く面倒を見てもらえるから」梨沙はうなずいた。ただ、秋子が香城へ帰れば、もう一生会えないかもしれない。――そう思うと、寂しさがこみ上げた。帰ろうとしたものの、望のことが気にかかる。結局、梨沙のほうから尋ねた。「......望は今、どうしていますか?」礼都は目を伏せた。「皆さんが望を大切にしてくださるのは分かっています。あの子が元気に過ごせることも。ただ――」「君の言うことをよく守ってるよ」礼都が静かな声で、彼女の言葉を遮った。「ちゃんと食べて、ちゃんと寝ている。ただ、君に会いたがってる」梨沙の胸が締めつけられた。礼都がさらに何か言おうと唇を開いたとき、彼女のスマホが鳴った。「すみません、電話に出ます」雄飛からだった。「俺のほうは終わりました。秋谷さんのほうはどうですか?管轄の省庁には連絡がつきましたか?」梨沙は重い息を吐いた。「もう休みに入ったそうで......今日行ってみたんですが、警備員の方以外、誰もいなくて......ほかに方法がないか考えます。雄飛さんはヒロ花火の問題をしっかり訴え続けてください。違反が確認されれば、管轄の省庁が商品を差し押さえるはずですから」雄飛は「わかりました」と答え、しばらく黙った。「......その、今日は感情的になってしまって、すみません。朝、このことを知ったときは頭が真っ白で。もし市場に出た商品を回収できなくても大丈夫です。一度うまくいかなかったからといって、終わりじゃありません。次は
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第193話

梨沙は黙って礼都を見た。彼はまだ電話の相手と話している。胸の奥に、言葉にできない切なさが次々とこみ上げた。電話を切ると、礼都は尋ねた。「今から行ける?行政の責任者に会うんだ」梨沙はすぐにうなずいた。礼都は彼女の車へまっすぐ歩いていく。「運転してくれる?」梨沙は急いで後を追った。礼都から行き先を聞き、二人は一言も交わさないまま車を走らせた。着いたのは、市の中心部にある閑静な邸宅だった。門の外の駐車スペースに車を止め、礼都が梨沙を連れて中へ入る。桂川義隆(かつらがわ よしたか)が笑顔で歩み寄り、礼都の肩を叩いた。「久しぶりだな。最近はどうだ?」「元気にしています。桂川さんも、お変わりありませんか?」礼都は穏やかに笑って答えた。義隆もうなずき、梨沙に目を向ける。「こちらは......恋人か?」礼都の笑みが少し薄れた。「友人の秋谷梨沙です。アキヤ花火工房で、花火のデザインを手がけています」それを聞き、義隆の笑みもわずかに引いた。「そうかそうか。外で立ち話も何だ。二人とも入ってくれ」礼都は梨沙をちらりと見てから、先に屋内へ入った。梨沙も後に続く。義隆が土岐賢一郎の近況を尋ねると、礼都は単刀直入に切り出した。「実は今日、お力をお借りしたいことがあって」「まあまあ、まずはお茶を。最近はいい茶葉を手に入れてね......」義隆は家の者を呼び、茶をいれるよう頼もうとした。しかし、返事がない。「あれ?出かけたのかな......じゃあ、先に少し話そうか」そこで梨沙が申し出た。「桂川さん、よろしければ私がおいれしましょうか」義隆は少し驚いて彼女を見た。「茶をいれられるのか?」「少し習ったことがあります。お口に合えばいいのですが」「そうか。では、頼むよ」義隆の声は、ややそっけなかった。梨沙は茶道具の前に座り、紫檀の卓に茶巾を敷いた。その手つきを見て、義隆は彼女が本当に茶をいれられるのだと分かった。視線を礼都に戻し、話を続ける。「君が通っていた警察学校の校長が、正月を過ごしに都北へ戻っている。会いには行かなかったのか?」礼都の口元から、笑みが消えた。義隆は小さくため息をつき、彼の手の甲を軽く叩く。「この前、一緒に食事をしたときも君の話をしていたよ。
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第194話

礼都と義隆の長男、桂川寿紀(かつらがわ としき)は、同じ年に警察学校へ入った。二人はその年の双璧と呼ばれ、どの競技でも一位と二位を占めていた。寿紀はいつも礼都に一歩及ばず、それが悔しくて、よく二人きりで勝負を挑んだ。互いに顔を腫らすほどやり合ったものだ。その頃、梨沙は茶をいれる準備を終えていた。梨沙は湯の温度を見計らい、湯冷ましを手に取った。茶葉を入れた小さな急須へ、ゆっくりと湯を注ぐ。茶葉が開くのを待つ間も、その所作に無駄はない。頃合いを見て急須を持ち上げ、二つの湯呑に少しずつ交互に注ぎ分けた。最後の一滴まで注ぎきると、湯呑を茶托に載せる。そこまで見て、義隆が小さく笑う。「本当に心得があるんだな。この茶葉は湯加減も待つ時間も大事だ。若い人には面倒がられがちだが、こうして落ち着いていれられる人は少ないよ」梨沙はその言葉を聞きながら、稜平のことを思った。彼と過ごした1年、稜平は彼女を実の妹、あるいは娘のように大切にし、多くのことを教えてくれた。茶のいれ方に生け花、乗馬、射撃まで。梨沙はどれも身につけていた。茶の香りが辺りに広がると、義隆はもう待ちきれない様子だった。「向こうでいただこうか」礼都が笑ってうなずく。二人が茶席へ移ると、梨沙はすぐに脇へ下がった。義隆は一口飲み、目を輝かせた。「うん、うまい。見事な腕だ。習ったことがあるのか?」「少しだけ」梨沙が小さくうなずくと、義隆は顔を向け、改めて彼女を見た。そして、その視線が止まる。この顔は、どうしてこんなに見覚えがあるのだろう。どこかで会ったことがあるような気がする。義隆がじっと見つめていると、礼都が眉をひそめた。「桂川さん?」義隆は我に返った。「出身はどこだい?」梨沙は故郷の町の名を答えた。義隆はうなずき、続けて尋ねる。「それで、今日はどんな用件で?」梨沙は胸を高鳴らせながら、今困っていることを手短に説明した。話を聞き終えた義隆は笑った。もっと難しい頼み事かと思っていたが、これだけのことだったとは。「分かった。今日は職員を当番に入れていなかった、こちらの落ち度だ。すぐに人を向かわせよう」そのとき、使用人が駆け込んできた。「旦那様、飛田海渡という方が、お目にかかりたいとおっしゃっています」梨沙の顔から
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第195話

海渡が話し終えるより早く、義隆は礼都に目を向けていた。礼都が何の反応も示さないのを確かめてから、笑顔で答える。「構わないよ。特許や著作権の手続きだけの話なら、事情を踏まえて、改めて申請する機会はあるだろう。ただ、販売中の花火そのものに問題があるなら、飛田君、それは私にもどうにもできない」海渡は唇を引き結んだ。しばらく黙った末に、再び口を開く。「桂川さん、実を言いますと、今回の花火は......」何度もためらったが、結局、正直に話した。「今回の花火には、少し問題がありまして。その......一部の製造工程で、原料が規定量に満たない可能性がありまして。ただ、消費者に危険が及ぶことは絶対にありません。むしろ火力が弱まる分、安全になるとお約束します」義隆は、この地位に就くまで何も知らずに過ごしてきたわけではない。海渡の話を聞き、思わず笑いそうになった。茶碗を持ち上げたところで、茶がすっかり冷めていることに気づく。そして無意識に、お手洗いの方へ目をやった。――あの子は、まだ出てこないのか。義隆は視線を戻し、海渡に言った。「飛田君、言いたいことは分かった。だが、うちは規則に従って仕事をしている。私が長でも、その規則を定めているのは国だ。私の役目は、職員が適切かつ速やかに職務を果たしているか監督すること。なので、君の頼みには応えられないよ」数百万円もする酒を2本持ってきたところで、危ない橋を渡るつもりはなかった。提示された額の桁が幾つ増えようと、そんな愚かな真似はしない。自分が不祥事を起こせば、警察で働く息子、寿紀の足を引っ張ることになる。義隆が長年、勤勉に、私利私欲を交えず職務を果たしてきたのも、息子のことを思ってのことだった。寿紀は現場で危険に身をさらし、人々の暮らしを守っている。父親の自分が後ろから迷惑をかけるわけにはいかなかった。義隆は笑顔のまま続けた。「事情は分かっている。君の言い分にも、もっともだと思うところはある。だが、規則というものがある。誰も例外にはなれない」海渡は唇を結び、ゆっくりとうなずいた。「そうですか......分かりました。今日はお邪魔して申し訳ありませんでした」席を立ちかけたところで、彼は軽く咳払いをした。「桂川さん、お手洗いをお借りしてもよろしいでしょうか」「さっき
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第196話

「......」梨沙は言葉を失った。ずいぶん不器用な方法だが、確かにいちばん確実でもある。扉の外では、礼都が入ったきり、なかなか戻ってこなかった。海渡は丁寧に言った。「やはり今日は先に失礼します。また改めてご挨拶に伺いますので」義隆はうなずき、何気ない口調で言った。「その酒も持って帰ってくれ。そういえば、しばらくお父さんにお会いしていなかったな。代わりによろしく伝えてほしい」海渡は少し驚いたが、うなずいて、持参した酒を二本とも持ち帰った。彼が帰ると、義隆はお手洗いの前まで行き、眉をひそめて扉を叩いた。ここまでくれば、梨沙がわざと海渡を避けていたことは、義隆にも分かった。――外に出た海渡は、梨沙の車を見つけた。来たときは慌てていて周りを見る余裕がなく、彼女の車のそばを通り過ぎても気づかなかったのだ。だが、用件が済んだ今は、落胆しながらも周囲に目を向ける余裕があった。まさか、ここで梨沙の車を見つけるとは。海渡は、見送りに出た使用人に尋ねた。「あれは桂川さんのお車ですか?」「いいえ、桂川様を訪ねてこられたお客様の車ですが」海渡はぎこちなく笑った。「そうですか」車に乗り込み、バックで出す間も、彼は梨沙の車を見つめ続けた。義隆の家の前を離れても、そのまま帰りはしなかった。大通りの脇に車を止め、別荘地から出てくる車を一台ずつ、食い入るように見張った。一方、梨沙は義隆に帰りの挨拶をしていた。「安心してくれ。我々は違法行為には厳しく対処する。もし本当に原料を規定より減らし、市民の安全を脅かしているなら、休日の夜でも職員を動かし、法に従って取り締まるよ」「ありがとうございます、桂川さん」梨沙はすぐに頭を下げた。義隆は礼都を自ら見送り、肩を叩いて、意味ありげに言った。「うちの娘がもうすぐ海外から帰ってくるんだ。君に時間があれば、私が席を設けるから会ってみないか?年も近い若い者同士だし、これを機に仲よくしてくれたらと思うんだが」「考えさせてください。最近は忙しいので」礼都の返事はそっけなかった。「......分かった。時間ができたら教えてくれ」礼都はうなずいた。梨沙の運転する白いメルセデス・ベンツが、ゆっくりと別荘地から出てきた。海渡はすぐに気づいた。運転席
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第197話

梨沙は不安な気持ちで礼都を見ていた。彼の顔色はみるみる青ざめ、その表情にはかすかな悲しみも浮かんでいる。梨沙は唇を結び、声をかけられなかった。礼都は唐沢に電話をかけた。「今、どこに?」唐沢の返事を聞くと、眉間に深いしわを寄せる。「分かった。迎えに来てくれ」電話を切り、梨沙に目を向けた。「この先で降ろしてくれ」梨沙は深く息を吸い、勇気を出して言った。「あの、唐沢さんにここまで来てもらうのも大変でしょう。行き先を教えていただければ、私がお送りします。ちょうど用事も済みましたから」礼都は黙ったままだった。梨沙が車をゆっくり路肩に寄せると、彼はようやく住所を告げた。「分かりました」梨沙はうなずき、アクセルを踏んで再び車の流れに入った。こんな小さなことで、礼都が自分にしてくれたことに報いられるとは思わない。それでも、少しでも力になれるなら、何もしないよりずっといい。教えられた場所は遠く、都北の郊外を越えた先にあった。1時間半ほど走って町に着くと、そこからは礼都が道を案内した。車の行き交う町中をさらに20分ほど進み、ようやく目的地に着く。梨沙は顔を上げ、門の外に並ぶ葬儀の供花を見て息をのんだ。そのとき、礼都はすでに車を降りていた。表情を固くしたまま門へ歩いていく。だが、入口まで来ると足を止め、そこに立ち尽くした。門前に一本の松が根を下ろしたかのように、いつまでも動かなかった。梨沙がゆっくり近づいたとき、奥の座敷から、黒いダウンジャケットを着て腕に喪章をつけた若い女性が出てきた。礼都に気づくと、一瞬立ち止まり、すぐに駆け寄って強く抱きつく。「礼都さん......お父さんが......」礼都は身体をこわばらせたまま立っていた。長い間があってから、ようやく腕を上げ、彼女の背中をそっと叩く。慰めの言葉は喉につかえ、どうしても出てこなかった。深い瞳に、涙がかすかに光る。辺りは静まり返り、座敷から聞こえる泣き声だけが響いていた。亡き人を送り出さなければならない。けれど、別れがたくてたまらない。その光景に、梨沙は幼い頃、父を見送った日のことを思い出した。あの日も空は灰色だった。庭には供花があふれ、置ききれない分が門の外まで、遠く長く並んでいた。大勢の人が一緒に泣いていた。泣きやめず
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第198話

女性は怒りで肩を上下させていた。泣き続けたせいで、声はひどくかすれている。「出ていって。白々しい悼みなんていらないから......!」その声は氷のように冷たかった。青依は礼都を見てから、震える母親を痛ましそうに見つめた。「礼都さん、今は先に帰ってくれる?お母さん、今日は気が立っているようで......休みに入ったら、私がこっそりお父さんのところへ案内するから」礼都の喉が上下した。「ああ」感情を押し殺して絞り出した声は、ほとんど聞き取れないほどかすれていた。彼は背を向け、庭先を一歩ずつ出ていく。青依は梨沙に目を向け、小声で言った。「礼都さんの秘書の方ですか?どうか、そばにいてあげてください」そう言うと、母親のもとへ駆けていった。母娘が何を話したのかは分からない。やがて二人は抱き合い、声を上げて泣き始めた。その泣き声に、礼都の足が思わず止まる。だが、まもなく再び歩き出し、庭を出た。車に乗ると、梨沙を見た。「背中の具合は?」「本当に大丈夫です。土岐さんこそ......大丈夫ですか?」礼都は答えなかった。二人は並んで車に座り、黙ったまま時を過ごした。夜はたちまち深まり、辺りは手を伸ばしても見えないほど暗くなった。弔問客は絶えず訪れ、一組が帰れば、また次の人たちがやって来る。この町の隣人たちには、まだ人を思いやる温かさがあった。どれほどたっただろう。礼都が不意に口を開いた。「すまない。君までここに付き合わせて」梨沙は急いで首を振る。「大丈夫です。今夜は私も予定がありませんから......亡くなった方は、土岐さんのご親戚ですか?」礼都は首を横に振った。「そうですか......」「かつて一緒に任務に就いた仲間の、父親なんだ」低くつぶやくような声だった。梨沙は息をのむ。何かを察した気がして、唾をのみ込んだ。礼都は片腕で目元を覆った。その声は抑えきれずに震えている。「彼は殉職する前、家族のことを頼むと俺に言ってた」梨沙は、何と返せばいいのか分からなかった。目を伏せる。気の毒に思っても、彼の苦しみを自分のことのように分かるとは言えない。今はどんな言葉も、届かない気がした。彼女は手を上げ、礼都の腕をそっと叩いた。「......泣いても、いいんですよ。私に見られた
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第199話

梨沙には、その絶望的な光景が目に浮かぶようだった。自分が裏切りを知ったときより、何万倍もつらかったに違いない。礼都を見る目に、自然と敬意が宿る。穏やかな暮らしの陰には、重いものを背負い、人知れず歩み続ける人たちがいる。礼都の心は、あの頃へ引き戻されたようだった。苦痛に満ちた顔をしている。少し触れただけで砕けてしまいそうな、薄いガラスの器のように見えた。梨沙には、どう助ければいいのか分からない。――いや、自分に彼を助けることはできないのだろう。ただ、名もない聞き手となって、誰にも話してこなかった過去に耳を傾けることしかできなかった。礼都は両手で顔を強くこすった。「あれは重傷だった。俺にはもう......ほかに方法がなくて。助けたかった。生きていてほしかった。でも、俺は――」梨沙は思わず身を乗り出し、礼都を強く抱きしめた。恋愛感情からではない。彼を落ち着かせ、慰めたかった。そして、心から敬意を伝えたかった。小さくても、確かな声で言う。「土岐さんは、できる限りのことをしました。もう、精いっぱい頑張ったんです」この国の警察官は、どんなときも仲間を見捨てない。梨沙は礼都を信じていた。――あの状況で彼は、堅司を救うために、自分にできることをすべてしたはずだ。突然抱きしめられ、礼都は呆然とした。温かい。熱いほどの、人の体温だ。冷たくなった身体ではない。堅司ではない。礼都はふっと心の守りを解き、梨沙の肩に顔を深く埋めた。目の奥が、焼けるように熱かった。本当は、まだ話には続きがある。続きを口にすれば、また皆の目に怪物として映るだろう。良心のかけらもない、偽りの英雄だと思われる。彼は結局、口を閉ざした。それ以上、一言も話さなかった。――もういい。今は、このままで。少なくとも今この瞬間は、まだ人間でいられる。梨沙は礼都の背中をそっと叩いた。「望が知ったら、土岐さんのことを誇りに思いますよ。私が今、誇りに思っているように」裕福な家に生まれた御曹司なのだから、一生何不自由なく暮らすこともできた。それでも警察官の制服を着る道を選んだ彼を、梨沙は立派だと思った。夜風は冷たかった。けれど、礼都の胸には重いものとともに、かすかな温かさも残っていた。どれほどたっただろう。梨沙は気
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第200話

青依はこらえきれず、すすり泣いた。礼都は奥歯を噛みしめてから振り返る。「必要なものがあれば、何でも言ってくれ。唐沢に届けさせるから。今は、お母さんのそばにいてあげて」青依は涙声で、小さくうなずいた。「......実はお母さん、最近胃の調子が悪いの。お父さんの葬儀が済んだら、都北へ連れていって、きちんと健康診断を受けさせたい。私にはもう、お母さんしか家族がいないから」「分かった。俺が手配する」青依は感謝を込めて礼都を見た。「ありがとう、礼都さん」礼都は重い声で言った。「前にも言っただろう。お兄さんに接していたのと同じように、俺にも接してほしい。君たちのことは俺が支えるって」青依は涙を拭いながら答えた。「本当にありがとう......この何年も、もう十分よくしてもらってる。お母さんのことも、怒らないであげて。まだ気持ちの整理がつかないだけなのだから......」「ああ、分かってる」礼都は、横たわる男の冷たくなった姿を最後にもう一度見て、帰ることにした。青依は二人を門まで送る。「礼都さん、今日は唐沢さんが送ってこなかったの?こちらの方は新しい秘書さん?」礼都は足を止め、首を振った。「違う。彼女は友人だよ」「そうなんだ」青依は梨沙に手を差し出した。「初めまして。石坂青依です」梨沙も軽く会釈し、握手をする。「初めまして。秋谷梨沙と申します」「帰り道、気をつけてくださいね。ここから都北までは、まだかなりありますから」「ありがとうございます。気をつけます」梨沙の声は優しく、耳に心地よかった。顔立ちも整っていて、青依が子どもの頃に遊んだ人形のようだ。青依は思わず、彼女を何度か見つめた。帰りは礼都が運転した。梨沙がずっと背筋を伸ばし、背中を座席につけないでいるのが、横目に見えた。礼都は眉をひそめ、診療所の前に車を止める。梨沙は驚いて振り向いた。「どうしました?」礼都はすでにドアを開けていた。「背中の傷を診てもらおう」「そこまでしなくても」と言いかけたが、彼は車を降り、助手席側へ回ってくる。ドアを開けてもらうわけにはいかないと、梨沙は慌てて自分でドアを押し開け、車を降りた。診療所にいたのは、30歳前後の男性医師が一人だけだった。二人を見ると、あくびをしな
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