「海渡さんと梨沙さんが結婚して2年の間に、私たち、500回もしたんだよ?ねえ、海渡さん、梨沙さんってこれを知ってるのかな?」甘ったるい声が、ドアの隙間から漏れ聞こえてきた。秋谷梨沙(あきや りさ)はその場に立ち尽くした。全身の血が、一瞬で冷え切っていく。耳が聞こえるようになったことを飛田海渡(ひだ かいと)に伝えたくて、浮き立つ気持ちのまま彼のオフィスへ来たのに。そこで聞かされたのは、海渡の裏切りだった。相手は他の誰でもない。海渡の義妹――そして、弟を植物状態に追い込んだ元凶でもある、露木明里(つゆき あかり)。梨沙は目を伏せた。――聞こえるって、こんなにも苦しいことなんだ。部屋の中から、途切れることなく声が続く。「海渡さん、もう結婚して2年も経つのに、毎晩私のところに来るよね。どうして梨沙さんで我慢しないの?」懐かしい声。幼さを失い、低く艶を帯びた男の声が返る。「汚いからだ」明里は色っぽく笑った。「だよねぇ。梨沙さんって年上のおじさんと結婚したことあるし、きっともう散々遊ばれてるもんね」梨沙は拳を強く握り締めた。指輪の冷たさが、四肢の隅々まで染み渡る。――汚い?海渡が、自分を?梨沙は唇を引きつらせ、声もなく笑った。自分を売って得た1億円。それは、海渡が事業を始めるための資金だったのに。ドアノブに置いた手が、力なく滑り落ちる。震える指でスマホを取り出し、録画を開始する。そのままドアの隙間へ差し込み――海渡の不倫を証明できる映像を撮った。梨沙はふらつきながら二歩後ずさりし、振り返ることなく立ち去った。......帰りのタクシーの中。スマホが震えた。画面を見た彼女は深く息を吸い込み、喉に込み上げたものを押し殺して通話に出る。「......お母さん」秋谷芳江(あきや よしえ)の開口一番は――「補聴器つけた?海渡はそばにいる?敏彦さんへの第二期資金、いつ振り込むのか聞いて。会社中がその金を待って回してるんだから」「......」「最近、病院に琉生(るい)のお見舞い行ってないでしょ?生命維持装置のレンタル料、また支払いの時期よ。海渡にちゃんと払わせなさい。一分でも止まったら、あの子は死ぬのよ」梨沙は静かに目を閉じた。琉生が植物
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