Semua Bab 再婚、そしてまた再婚......気づけば御曹司に溺愛された: Bab 1 - Bab 10

30 Bab

第1話

「海渡さんと梨沙さんが結婚して2年の間に、私たち、500回もしたんだよ?ねえ、海渡さん、梨沙さんってこれを知ってるのかな?」甘ったるい声が、ドアの隙間から漏れ聞こえてきた。秋谷梨沙(あきや りさ)はその場に立ち尽くした。全身の血が、一瞬で冷え切っていく。耳が聞こえるようになったことを飛田海渡(ひだ かいと)に伝えたくて、浮き立つ気持ちのまま彼のオフィスへ来たのに。そこで聞かされたのは、海渡の裏切りだった。相手は他の誰でもない。海渡の義妹――そして、弟を植物状態に追い込んだ元凶でもある、露木明里(つゆき あかり)。梨沙は目を伏せた。――聞こえるって、こんなにも苦しいことなんだ。部屋の中から、途切れることなく声が続く。「海渡さん、もう結婚して2年も経つのに、毎晩私のところに来るよね。どうして梨沙さんで我慢しないの?」懐かしい声。幼さを失い、低く艶を帯びた男の声が返る。「汚いからだ」明里は色っぽく笑った。「だよねぇ。梨沙さんって年上のおじさんと結婚したことあるし、きっともう散々遊ばれてるもんね」梨沙は拳を強く握り締めた。指輪の冷たさが、四肢の隅々まで染み渡る。――汚い?海渡が、自分を?梨沙は唇を引きつらせ、声もなく笑った。自分を売って得た1億円。それは、海渡が事業を始めるための資金だったのに。ドアノブに置いた手が、力なく滑り落ちる。震える指でスマホを取り出し、録画を開始する。そのままドアの隙間へ差し込み――海渡の不倫を証明できる映像を撮った。梨沙はふらつきながら二歩後ずさりし、振り返ることなく立ち去った。......帰りのタクシーの中。スマホが震えた。画面を見た彼女は深く息を吸い込み、喉に込み上げたものを押し殺して通話に出る。「......お母さん」秋谷芳江(あきや よしえ)の開口一番は――「補聴器つけた?海渡はそばにいる?敏彦さんへの第二期資金、いつ振り込むのか聞いて。会社中がその金を待って回してるんだから」「......」「最近、病院に琉生(るい)のお見舞い行ってないでしょ?生命維持装置のレンタル料、また支払いの時期よ。海渡にちゃんと払わせなさい。一分でも止まったら、あの子は死ぬのよ」梨沙は静かに目を閉じた。琉生が植物
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第2話

雪は音もなく降り積もる。まるで、この世のすべてを埋め尽くしてしまうかのように。車内では、森下の声だけが静かに響いていた。「結婚後、夫婦の財産管理はずっと飛田さんが握っていましたよね?一度、彼の資産状況をきちんと調べた方がいいと思います」梨沙は不思議そうに首を傾げる。「以前、IT企業のトップが『年収1円』だった件を思い出したんです......いえ、飛田さんがそこまでしているとは思いませんが。結婚当初からあなたを騙すつもりだったとは、さすがに考えにくい」梨沙は黙って頷いた。「調べてみます。その前に、銀行へ寄ってもらえますか」銀行を出て帰宅した梨沙は、玄関を開けた瞬間、足を止めた。明里が野良犬を抱いている。海渡はタオルを手に、その泥だらけで湿った毛並みを丁寧に拭いていた。犬を包んでいるのは、深いブラウンのマフラー。去年、梨沙が一ヶ月かけて手編みし、新年の贈り物として海渡に渡したものだった。二人は楽しそうに笑い合っている。やがて明里が梨沙に気づき、海渡の袖をそっと引いた。半身を彼の後ろへ隠しながら、小さく言う。「梨沙さんだ......」海渡はタオルを置いた。「おかえり」梨沙は静かに歩み寄る。視線を明里の腕の中の犬へ向け、皮肉げに唇を歪めた。「居心地のいい場所を見つけたのね」明里は顔を赤くし、困ったように海渡を見る。海渡は慌てるように手話を始めた。「道端で拾ったんだ。この雪だろ。放っておけば冬を越せずに死んでしまうから。それに梨沙は昔、動物が好きだったじゃないか」梨沙は薄く笑った。「人は変わるものよ。少し話があるから、来て」そう言って、そのままリビングへ向かう。背後では、明里が唇を尖らせて甘えるように言っていた。「梨沙さん、まだ私を許してくれてないんだね......やっぱりホテルに泊まろうかな。海渡さんと梨沙さんが私のせいで喧嘩するの、嫌だし、海渡さんを困らせたくないもん」海渡は無造作に彼女の後頭部を撫でた。「俺がなんとかする」そのまま彼もリビングへ入る。梨沙は顔を上げた。「私が明里を嫌ってるの、知らないの?琉生がどうして病院で眠ったままなのか、忘れたの?」海渡の目にわずかな苛立ちが浮かぶ。眉間を揉んでから、ゆっくり手話を動かした。
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第3話

スマホをしまい、梨沙が振り返った瞬間だった。ふいに足元から力が抜け、その場に倒れ込みそうになる。身体の奥深くから、じわじわと熱が込み上げてきた。骨の隙間から這い出してくるような熱。それに伴う、どうしようもない渇望と空虚感。梨沙の脳裏に、天音が渡してきたスパークリングワインがよぎる。――酒に薬を入れられていた。おそらく、指示したのは天音の祖母だ。梨沙は深く息を吸った。個室へ戻る気は、一瞬で失せた。もし戻れば、海渡と――そう思っただけで吐き気がした。汚い。梨沙は迷わず踵を返し、ふらつきながらレストランの外へ向かって走る。その時、派手なアロハシャツを着た男が二人、酒臭い息を漂わせながらこちらへ歩いてきた。二人は一目で、梨沙の異常に気づく。上気した頬、荒い呼吸。明らかに普通ではない。男たちはいやらしく笑い合い、左右から彼女へ迫った。背の高い男が腕を掴む。「お嬢ちゃん、顔真っ赤じゃん。具合悪いの?お兄さんたちが助けてあげようか?」もう一人も下卑た笑いを浮かべる。「こんな場所に一人なんて危ないよぉ。俺たちが休ませてあげる」下心など隠す気もない。梨沙は奥歯を噛み締め、全力で二人を突き飛ばした。そのまま前へ駆け出す。「おい、逃げるな!」「捕まえろ!」背後から追ってくる足音。脚はもう力が入らない。鼓動だけが激しく速まっていく。視界はぐらぐら揺れ、廊下が回転しているようだった。薬の効き目がどんどん強くなっていく。角を曲がった先――そこは静かな休憩スペースだった。柔らかな照明の下、巨大なガラス窓の前に、一人の男が立っている。スチールグレーのスーツ。真っ直ぐに伸びた背筋。引き締まった肩線。彼は背を向けたまま電話をしていた。「......助け......て......」梨沙はその人へ縋るように駆け寄り、次の瞬間、力尽きたように絨毯へ膝をついた。ちょうど男の足元だった。男は視線を落とす。墨を流したような深い瞳に、一瞬だけ驚きが宿った。だがそれはすぐに消え、代わりに煩わしげな色が浮かぶ。梨沙は震える白い手を伸ばし、彼の綺麗に折り目のついたスラックスの裾を掴んだ。涙に濡れた目で見上げる。男の視線が彼女の顔に触れた
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第4話

オークション会場の入口。きっちりと制服を着込んだ受付係が手を差し出した。「招待状とVIPカードをご提示ください」梨沙は淡々と言う。「梨沙です。飛田海渡の妻です」受付係は眉をひそめ、値踏みするような視線を梨沙の顔から裾へと滑らせた。「飛田様とその奥様でしたら、三分ほど前にすでに入場登録を済ませていますが」梨沙は眉を寄せる。「彼に電話してください」受付係は口元をわずかに歪めた。斜めから見下ろす目には、露骨な揶揄が滲んでいる。「飛田様は今、奥様とご一緒ですので。わざわざ気分を害するような真似はしたくありません」この業界では、こういう話など珍しくない。裏では愛人を連れ歩き、表向きの場では正妻を伴う。もし愛人がこの女のように空気を読めなければ、長続きはしない。梨沙がスマホを取り出しかけた、その時。「お義姉さん!」明るい声が響いた。聞き覚えのある声に、梨沙が顔を上げる。案の定、天音がこちらへ駆けてきた。「もう来てたの?先に入ればいいのに」親しげに腕へ抱きついてくる。梨沙は受付係を一瞥した。天音はすぐに不機嫌そうに眉を寄せた。「まさか、この人が止めたの?」受付係は慌てて言い訳をしようとする。だが天音は遮った。「もういい。何も言わなくていいわ。あなたの名前、覚えておく。明日からもう来なくていいから」受付係の顔色が真っ青になる。助けを求めるように梨沙を見る。「奥様、どうか......」梨沙は視線を逸らした。人は皆、自分の言動に対価を払うものだ。そのまま天音と共にホールへ入る。だが途中、天音に緊急の電話が入った。「裏で呼ばれちゃった!お義姉さんは先に三号VIPルーム行って、お兄ちゃんのところ座ってて!」言うなり、彼女は慌ただしく走り去る。梨沙は、その背中が角の向こうへ消えるのを見届けてから、後方席へ向かおうとした。「あれ?あれって梨沙さん?来ないって言ってたのに......」頭上から声が降ってくる。明里だ。梨沙は無視した。だが明里はわざわざ呼び止める。「梨沙さん!海渡さんならここにいるよ。上がって」梨沙は何気ないふうに顔を上げた。バルコニーから身を乗り出し、明里がこちらを見下ろしている。まるで勝ち誇るよう
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第5話

昨夜、レストランで自分を助けてくれた男だった。まさか彼が土岐家の人間だったなんて。梨沙は慌てて二歩ほど前へ出る。だがボディーガードが即座に立ちはだかった。梨沙は焦ったように声を上げた。「土岐さん、少しお待ちください!」その声に、男がゆっくりと横を向く。深い瞳には、他人を見るような冷たい温度が滲んでいた。伏せ気味の目尻は鋭く、淡々としていて、静かに梨沙へ視線を落とす。彼が軽く手を上げると、ボディーガードたちは拘束を解いた。梨沙の澄んだ瞳に感謝が浮かぶ。彼女は急いで男の前まで歩み寄った。頭上から落ちる影に包まれた瞬間、梨沙はようやく気づく。この男は、海渡よりさらに背が高い。梨沙は少し息を浅くしながら言った。「昨夜、病院まで送ってくださって、本当にありがとうございました」男は淡々と彼女を一瞥する。「礼には及ばない」梨沙は拳を握った。これが最後のチャンスだ。彼女は唇を引き結び、覚悟を決めて慎重に切り出す。「あの......先ほど青天井で落札されたネックレス、私に譲っていただけないでしょうか」言葉を口にした瞬間、指先が白くなるほど力が入った。失礼だと思われるのも怖い。即座に断られるのはもっと怖かった。すると突然、男の手に小さなベルベットの箱が現れる。無意識に指先で表面の模様を撫でると、そのまま梨沙の手のひらへ置いた。梨沙は呆然と立ち尽くす。ずっと探し続けていた物が、今、手の中にある。なのに怖くて受け取れない。男は横目で隣の秘書を見る。唐沢(からさわ)がすぐに名刺を差し出した。「秋谷様、こちらが土岐様の名刺です」梨沙は受け取って視線を落とす。黒い特殊紙。手に持つだけで重厚感がある。模様には金の箔押しが施され、光の下で繊細な煌めきを揺らしていた。まるで芸術品だ。中央には男の名前。――土岐礼都。梨沙は急いで言った。「必ずすぐご連絡します。代金もお返ししますので」礼都の視線がゆっくり落ちる。蝶の羽みたいに震える彼女のまつ毛を見つめた。低く沈んだ声が響く。「秋谷梨沙」梨沙は不意を突かれたように目を見開く。――どうして自分の名前を?次の瞬間、礼都の低く掠れた声が耳元へ落ちた。「寿永稜平(すなが
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第6話

梨沙は食事を作り、望と二人で夕飯を済ませた。食後、望は窓辺に張りつき、きらきらした目で夜空を見上げる。「ママたちが設計した花火って、今日打ち上がるんだよね?」梨沙は花火デザイナーだ。飛田傘下に自身の花火工房を構えている。三か月前、都市中心広場の花火演出コンペを勝ち取り、チームと共に三か月もの歳月をかけ、何度も試験を重ねて完成させたのが、「天の川を君に」。その花火が、今夜――大晦日の夜に、初めて夜空を彩る。梨沙は望の前にしゃがみ込み、優しく問いかけた。「望、広場で花火見ようか?」望は勢いよく頷いた。ちょうどその時、梨沙のスマホが鳴る。画面には「夫」の一文字。梨沙の表情がわずかに沈む。電話に出ると、海渡は彼女が聞こえていることを確認した上で、柔らかな声で言った。「梨沙、望も一緒に広場で花火を見よう。今から迎えに行くから、30分くらいで着く。今日はかなり冷えるから、暖かくして待ってて」本音を言えば、梨沙は行きたくなかった。だが隣の望は期待でいっぱいの目を輝かせている。梨沙は唇を引き結び、小さく答えた。「......うん」電話を切ると、彼女は望に分厚いダウンを着せ、自分で編んだカシミヤのマフラーをぐるぐる巻きにした。小さな体はまるで雪だるまのようにふくふくとしている。自分も白いダウンを羽織り、親子二人で支度を整えた。「僕、先に外で叔父さん待ってるね!」梨沙は時間を確認する。到着まではあと5分ほど。バッグを手に取り、望の手を引いてそのまま外へ出た。雪はまだ降り続いていた。望は別荘の門の前でしゃがみ込み、小さな雪玉を作って遊ぶ。時間だけが静かに過ぎていく。やがて望は寒さに震え始め、梨沙にぴったり寄り添いながら鼻声で呟いた。「叔父さん、まだ来ないの......?」梨沙はスマホを見る。海渡はすでに30分も遅れていた。彼女は望をなだめ、ポケットからスマホを取り出す。冷気で指先が瞬く間に赤く染まる。海渡に電話をかけた。だが出ない。十数秒後、向こうから折り返しが来た。「梨沙、ごめん。こっちでちょっとトラブルが起きて、しばらくは離れられない。雪もかなり酷いし、君と望が風邪引く方が心配だ。今日はもう休んでくれ」梨沙は口を開いた。どうしても
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第7話

海渡はそのまま梨沙の手を掴み、先ほどまでの強い口調を急に和らげた。「そんなことより、明里に謝れ」梨沙は俯き、ふっと笑う。隣で明里が遠慮がちに口を開いた。「いいよ、海渡さん。私なんか、梨沙さんに謝ってもらう資格なんてないし......」梨沙は海渡を見上げる。「本人が『いらない』って」「......」海渡は言葉を失った。梨沙は軽く彼の腕を叩く。「車、取ってきて。望、もう疲れてる」海渡は仕方なく車を取りに向かった。彼が離れると同時に、明里が突然、梨沙の補聴器のすぐそばへ顔を寄せ、低く囁いた。「梨沙さん、最近ちょっとヒステリックすぎない?ホルモンバランス崩れてるんじゃないかな。海渡さんに『調整』してもらえば?」梨沙は望の小さな耳に触れ、その流れで自分の補聴器を外した。眠気でぼんやりしていた望は、不思議そうに梨沙を見上げたあと、またすぐ舟を漕ぎ始める。梨沙は薄く口角を上げた。その瞳は、深い淵のように静かだった。明里を頭から爪先までゆっくり眺め、穏やかな声で言う。「それよりあなたの方が心配ね。顔色は黄ばんでるし、目の下は真っ黒。肌もボロボロじゃない。夜はどんな仕事してるの?本当に大丈夫?」明里の顔色が、変わっていく。呼吸が荒くなり、理性が吹き飛んだのか、反射的に手を振り上げ、梨沙へ平手打ちを放とうとした。梨沙の目が鋭く細まる。彼女は正確に明里の手首を掴み取り、わずかに前へ身を乗り出した。「そのビンタを振り下ろしたら、明日暴行罪で現行犯逮捕よ。明後日は、大好きな海渡さんの会社の上場日でしょう?本当にいいの?」明里は下唇を噛み締め、煮えたぎる怒りを無理やり飲み込む。毒を塗ったような目で梨沙を睨むだけで、それ以上は動けない。――だが次の瞬間、梨沙はもう片方の手を高く振り上げた。風を切る音とともに、乾いた音が夜気に響く。平手打ちが、明里の頬に叩き込まれた。頬が焼けるように痛み、明里は目を見開く。「あんた......!」梨沙は唇だけで笑う。だが目には一片の笑みもない。「やり返すの?私がその顔で上場発表会に出たら、周りは『海渡が妻にDVしてる』って思うかもよ」振り上げた明里の手は、そのまま拳へ変わり、空中で小刻みに震えていた。ちょうどその時、海渡の
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第8話

礼都の秘書である唐沢は、すでに待機していた。「秋谷さん、どうぞこちらへ」梨沙は礼儀正しく頷き、望の手を引いて邸宅の中へ足を踏み入れる。吹き抜けになった十数メートルもの高さのロビーを抜け、黒革のソファの前まで案内された。唐沢が手を差し示す。「少々お待ちください。土岐様は書斎にいらっしゃいますので、お呼びしてまいります」「わかりました」梨沙は望を連れてソファに腰を下ろした。望は三メートルはありそうなシャンデリアを見上げ、小声で呟く。「ママ、ここすごくきれい......!」梨沙は微笑み、望の耳を軽くつまんだ。「そうね」望はさらに尋ねる。「ここに住んでる人って、ママのお友達?」梨沙は少し考えてから答えた。「ママのお友達じゃないわ。ママを助けてくれた優しい人。望の――」そこまで言いかけた時。二階から足音が響いた。梨沙は反射的に立ち上がる。振り向いた彼女の視界に最初に入ったのは、階段を降りてくる礼都の長い脚だった。仕立ての良いスラックスに包まれた脚は、無駄なく引き締まり、力強い。絨毯敷きの階段を踏む音は重すぎず軽すぎず、それでも不思議な威圧感を伴っていた。ゆっくりと降りてくるにつれ、その顔もはっきり見えてくる。鋭く整った輪郭。彫刻刀で削り出したように立体的な目鼻立ち。冷たさすら感じさせる硬質な美しさがあった。礼都はほどなくして階下へ降りてきた。「立たなくていい」梨沙は少し緊張した様子で再び腰を下ろし、同時に望を抱き寄せる。望は大きな瞳をぱちぱちさせながら礼都を見上げた。「ママを助けてくれてありがとう。おじさんはすっごくいい人だね」礼都は、ほんのわずかに笑ったようにも見えた。「君が、寿永望?」望は力いっぱい頷く。礼都は唐沢に視線を向けた。唐沢はすぐに歩み寄る。「望様、一緒に奥でワンちゃん見に行きましょうか?」「ワンちゃん」という言葉に、望の目がぱっと輝いた。期待いっぱいの眼差しで梨沙を見つめる。梨沙は、礼都が自分と二人で話したいのだと察し、小さく頷いた。「行ってらっしゃい」唐沢は望をひょいと抱き上げ、そのまま足早にリビングを出て行った。梨沙はすぐバッグから小さなギフトボックスを取り出し、礼都の前へそっと差し出した。
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第9話

礼都の指先がわずかに止まった。眉尻がゆるく上がり、その表情には生まれつき備わったような気品と鋭さが滲む。「法律の勉強でもしてきたのか?」梨沙は力強く頷いた。「はい」「......」梨沙は一拍置き、さらに続ける。「しかも、稜平さんは亡くなる前、何度も私に『望を必ず無事に大人になるまで育ててほしい』って頼んだんです」法律だけがすべてではない。法的には、稜平との婚姻届がある。情としては、稜平の最期の願いがある。この言葉をまとめるのに三分もかからない。けれど梨沙は、その三分のために丸三日悩み続けていた。礼都は立ち上がった。窓辺まで二歩ほど歩き、その深い眼差しを沈める。まるで凍った湖のような瞳だった。「秋谷さん。結婚する前、自分の夫が浮気すると思ったことは?」梨沙の白い頬が一気に赤く染まる。瞳には怒りが滲んだ。そこを突くのは卑怯だ。梨沙の声にも感情が混じる。「土岐さん、その言い方に気を付けていただけますか。厳密に言えば、あなたは私を『お義姉さん』と呼ぶ立場でしょう」言った瞬間、梨沙は頭皮が痺れるほど後悔した。心の中で思うだけにしておけばよかったのに。どうして本当に口にしてしまったのだろう。礼都もさすがに一瞬言葉を失ったようだった。数秒後、彼は低く笑う。「......お義姉さん?」わざと一文字ずつ区切るようにそう呼び、梨沙を見つめる。もともと赤かった彼女の顔は、今や真っ赤になっていた。梨沙は唇を噛む。「......とにかく、望はこの三年間、私が育ててきました。土岐さんにちゃんと面倒を見られるのか不安で――」礼都は軽く笑いながらこちらへ歩み寄り、彼女の言葉を遮った。「俺に望の面倒が見られないと?では秋谷さんにはできるのか?問題が起きれば怯えて縮こまり、夫に浮気されても歯を食いしばって飲み込むしかできない女のもとで育てば、優柔不断で、自分をすり減らすような性格になる。それが『ちゃんと育てる』ということか?」礼都がこれほど長く一気に話したのは初めてだった。しかも、そのどの言葉も図星だった。鈍く重い塊のように梨沙の胸へ落ちてくる。反論できない。気づけば鼻の奥が熱くなって、声も掠れる。「......離婚はします。でもそれは今じゃあ
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第10話

望が嫌がるのも無理はなかった。望が2歳の頃から、梨沙はずっと彼の面倒を見てきた。3歳の時に稜平が亡くなってからは、なおさらだ。望にとって、「記憶」と呼べるものはせいぜいここ2年ほどしかない。そしてその2年の世界には、ずっと梨沙だけがいた。望の中で、梨沙はたった一人の「ママ」だ。だから望は首を横に振る。「どうして?ママ、僕のこと、いらなくなっちゃったの......?」梨沙は慌てて小さな身体を抱き寄せた。「そんなわけないでしょう。叔父さんだって望の大切な家族なの。きっと彼も、望のことをいっぱい可愛がりたいって思ってるよ。ほら、こんなに広い家に一人で住んでるなんて、寂しそうじゃない?」礼都「......」すると望はこっそり礼都を見上げ、真剣な顔でうなずいた。「うん......ちょっとかわいそうかも」そして小さな頭で一生懸命考えた末、名案を思いついたように言った。「じゃあ、ママも一緒にここに住めばいいじゃん!ここは広いし、僕とママは小さい部屋でいいよ」梨沙は深く息を吸い込み、込み上げる涙を押し戻した。「でもママ、最近お仕事がすごく忙しいの。昨日の花火、見たでしょう?ママがデザインした花火、すごく綺麗だったよね。たくさんの人が見てくれたから、これからもっとお仕事のお話が来るの」唐沢がすかさず口を挟む。「望様も、ママが大変なのは嫌でしょう?それに裏庭には、望様に気に入ってもらえたワンちゃんもいます」望は唇を噛み、しばらく悩んだ末、梨沙の腰にぎゅっと抱きついた。「ママのお仕事が終わったら、迎えに来てくれる......?」梨沙は力強くうなずく。それでようやく望は笑った。「じゃあ、僕、しばらく叔父さんのおうちにいる!」梨沙は望の頬を包み込み、そっとキスを落とす。望は照れたように顔を赤くした。梨沙は優しく補聴器を整えてやりながら言った。「じゃあ、ママは先に帰るね」望は元気よくうなずく。「叔父さんの言うこと、ちゃんと聞くのよ。欲しいものがあったら遠慮しないで言って。自分の家だと思って過ごしていいから。叔父さんも......望のこと、大好きなんだから」「うん、わかった!」梨沙は立ち上がり、帰ろうとする。唐沢が前を歩き、彼女を見送った。リビングを出たところで、唐
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