All Chapters of 再婚、そしてまた再婚......気づけば御曹司に溺愛された: Chapter 181 - Chapter 190

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第181話

遊園地。中へ入るなり、望はメリーゴーラウンドへ一直線に駆けていった。目を輝かせて二人を見上げ、弾んだ声で言う。「あの三人乗りのにしよう!家族三人で乗れるよ!」家族三人――梨沙の胸が、きゅっと締めつけられた。これまで海渡の望への態度は、冷たくもなければ温かくもなく、形ばかりのものだった。穏やかに一緒に暮らせているだけで十分で、仕事や自分の生活を後回しにして、望を遊園地へ連れてくることなどなかった。望に付き添うのは、いつも梨沙だけだった。しかも二人とも耳が不自由だったため、乗れないと言われるアトラクションも多かった。そんなとき、望は決まって「別に乗りたくない」と、梨沙を気遣ってくれた。けれど今、期待と喜びに満ちた望の顔を見れば、本当の気持ちは痛いほど分かる。梨沙は大きくうなずいた。「うん。ママも一緒に乗るよ」望は改めて礼都を見上げた。礼都は何も言わない。梨沙がどう説得しようかと考えていると、礼都は少し気が進まなそうに、こくりとうなずいた。梨沙はほっとした。望はその場で飛び跳ねそうなほど喜んだ。列に並ぶと、後ろには両親と小さな女の子の一家がいた。女の子の母親が、思わず話しかけてくる。「ご家族そろって、皆さんきれいなお顔立ちですね。息子さんは何歳ですか?」望は幼い声で答えた。「僕、5歳!」相手は笑って尋ねた。「えらいね。もう幼稚園に通っているのかな?」望はうなずいた。「らいねん、幼稚園に行くんだ」望は礼都に抱かれていた。女の子の母親は、今度は梨沙へ話しかける。「旦那さんと息子さん、よく似ていますね。お母さんにはあまり似ていないかも。うちの娘も夫そっくりで、私の面影が全然ないんですよ」梨沙は説明しようとした。だが、どう説明すればいいのだろう。下手に話せば、何か訳ありの関係だと思われかねない。梨沙はぎこちなく笑い、話題を変えた。「そうですね。娘さんも、とてもかわいいですね」しばらく子どもの話をしているうちに、ようやく三人の番が来た。梨沙は急いで前を向き、気づかれないようにそっと息を吐いた。三人はメリーゴーラウンドの三人乗りの馬車に乗り、並んで同じ安全バーにつかまった。いちばん下に望の手。その上に梨沙の手。そして、さら
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第182話

大勢の中にいても、礼都はひときわ目を引いた。背筋を伸ばして立ち、ほかの人と同じように順番を待っているだけなのに、どこか近寄りがたい気品がある。周囲のにぎわいから、彼だけが切り離されているようだった。冬の柔らかな日差しが端正な横顔を照らし、鼻筋がほのかに光って見える。やがて彼の番が来た。礼都はふんわりとした綿あめを二つ手に、こちらへ歩いてきた。梨沙は少し眉をひそめた。綿あめは甘すぎる。子どもには一つでも多いくらいなのに、二つも食べさせるわけにはいかない。あとで礼都に言っておこう。彼は母子の前まで来ると、数秒黙ったあと、ピンク色の綿あめを梨沙へ差し出した。梨沙はきょとんとして、望を見た。受け取って望へ渡そうとすると、礼都の低い声が静かに響く。「......これは君の分だ」それから彼は望の前にしゃがみ、もう一つの、くまの顔をした綿あめを小さな手に持たせた。立ち上がった礼都の穏やかで深い瞳と、梨沙の目が合う。彼女は耳を赤くし、小さな声で言った。「あ......ありがとうございます、土岐さん」望はその日、一日中、夢中になって遊んだ。夜になり、観覧車がゆっくりと動き始めた。礼都がチケットを買いに行っている間、望は梨沙の手を握って軽く揺らし、幼い声で尋ねた。「ママ、今日は欲しいものを何でも買ってくれたよね。ミルクティーもコーラも。どうして?」梨沙は唇を引き結んだ。別れは、もう目の前に迫っている。望の目を見ることさえつらかった。「ママが望を大好きだからよ」望は梨沙の脚に抱きつき、小さな顔を何度もすり寄せた。「僕もママが大好きだよ!いちばん大好き!」「家族三人」は観覧車に乗り込んだ。ゴンドラがゆっくりと上がっていく。小さなゴンドラに三人で座ると、少し窮屈だった。望は両手で頬を包み、言った。「前に大西さんがね、観覧車の中でチューした人とは、ずっと一緒にいられるって教えてくれたんだ」そう言うなり、望は梨沙の首に抱きつき、頬にちゅっとキスをした。そして礼都のほうにも身を乗り出し、その頬へ柔らかなキスを一つ。望は目を細めて笑うと、両手の人差し指で自分の左右の頬を指した。「ママとおじさんも、僕にチューして!」礼都は眉をひそめた。「男のくせに、キスな
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第183話

観覧車が止まった。礼都が望を抱き、梨沙がその後ろについて、三人は遊園地を出た。駐車場まで来ると、礼都は梨沙を一度見て、望を地面に下ろした。梨沙は望の前に片膝をつき、目の高さを合わせる。小さく柔らかな両肩に、そっと手を添えた。「望、これから幼稚園へ行くお兄ちゃんになるんだから、ご飯はちゃんと食べてね。好き嫌いしないで、野菜も食べるのよ」望はわけが分からないという顔をした。黒く澄んだ瞳で、梨沙を見つめている。梨沙は手を望の頬へ移し、何度も優しくなでた。それから上着のファスナーを顎の下まで上げる。「夜もしっかり寝ること。9時には必ずお布団に入るのよ。ママが買ってあげた小さな目覚まし時計、覚えてる?9時になったら、寝る時間だって教えてくれるからね」「うん!」望は素直にうなずいた。梨沙は深く息を吸う。今にも涙がこぼれそうになり、慌てて顔を横へ向けた。涙を押し戻してから、また優しい笑顔で望を見る。「寝る前には歯を磨いてね。3分間、ちゃんと磨くのよ。手を抜いちゃ駄目。それから......」梨沙は鼻をすすった。「身体のどこかがつらくなったら、すぐに家の人に言って。絶対に我慢しちゃ駄目だからね」望は首をかしげた。「ママ、今日はどうしてそんなにたくさんお話しするの?」梨沙は口元をほころばせた。「ママの言ったことを覚えていてね。いい子にして、元気に大きくなるのよ」まだ伝えたいことがあった。何か言い忘れている気がする。望に話しておかなければならないことが、もっとあるはずだ。けれど、熱く酸っぱいものが喉の奥からこみ上げ、そのまま目元まで押し寄せてきた。梨沙は急いでうつむいた。靴ひもを直すふりをする。黒いひもを指の腹でなぞっているうちに、目の奥がますます熱くなった。――泣いてはいけない。この子の前で泣くわけにはいかない。梨沙は強くまばたきをした。「今日のママ、ちょっとおしゃべりすぎたかな?」望は「えへへ」と笑い、梨沙の首に抱きついた。小さな顎を彼女の肩に載せる。「おしゃべりなママも大好きだよ」礼都は二人を見つめていた。梨沙の言葉をすべて聞いていたその黒い瞳に、名づけようのない感情がかすかに揺れる。梨沙は望をぎゅっと抱きしめた。そして、すぐに腕をほどく。
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第184話

賢一郎は望に手招きした。「もう5歳なのに、まだ泣くのか。泣くのはやめて、おじいちゃんのところへおいで」望はしゃくり上げ、小さな身体を震わせていた。礼都を押しのけ、賢一郎の前へ駆け寄る。「お願い、おじいちゃん......ママに迎えに来てもらって......もう遊園地には行かない。メリーゴーラウンドにも乗らないし、バンパーカーでも遊ばない。観覧車にも乗らない。綿あめも食べないし、ミルクティーもコーラも飲まない。何もいらないから、ママだけ返して......」賢一郎は望の手を取った。「望、お前は土岐家の子だ。そして私はお前の祖父で、この家の者たちみんな、お前の家族なんだ。梨沙がお前に優しくしたのは、父親の金が目当てだったからだよ。もうあの女はお前をいらないと言っている。いい加減、分かりなさい」望は泣きながら首を振った。「嫌だ!僕はママがいい!」「お前の本当の母親は、とっくに死んでいる。そうだ、父親も――」望は呆然と賢一郎を見つめた。泣くことさえ忘れてしまった。礼都が眉を深くひそめた。「もうやめてください!」賢一郎は望の手を握ったまま、礼都を見上げる。「私が間違ったことを言ったか?」礼都は声を低く抑えた。一語一語、歯の間から押し出すように言う。「5歳の子に、そんなことを言うんですか?あまりにも酷いと思いますが」賢一郎は怒鳴った。「無礼者!父親に向かって、その口の利き方は何だ!」礼都は望を抱き上げようと歩み寄った。しかし、賢一郎は手を放さない。威圧的な目をゆっくりと上げた。「こういう話は、早いうちにはっきりさせておくほうがいい」礼都は一語ずつ告げた。「この子、まだ5歳なんですよ」賢一郎は鼻で笑う。「5歳がどうした。もう物事をわきまえるべき年齢だ。今きちんと話さなければ、何日も泣いて騒ぎ続けるだろう。土岐家の子を甘やかすわけにはいかん」礼都は賢一郎の手首をつかんだ。「手を放してください」賢一郎は驚愕した。「まさか、私に手を上げるつもりか?」「放していただけないなら......どうなるか分かりません」賢一郎は複雑な表情を浮かべ、ゆっくりと望の手を放した。「......もういい。寝かしつけてやれ。ただし、明日からは永窪に専属のベビーシッターと家庭教師を手
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第185話

眠っている望の身体は、ときおり小さく震えていた。礼都はベッドを離れ、バルコニーの前へ歩いていく。眼下を見下ろしながら、思わず眉間を揉んだ。どうやら明日も、一苦労しそうだ。銃を扱うことも、海外での特殊任務に就くこともできる。商売や一族の経営だって、難なくこなしてきた。だが、子どもをなだめるとなると、彼にはどうにも勝手が分からなかった。礼都はため息をついた。望の布団をかけ直してから、部屋を出る。自分の部屋の前まで来たところで、永窪に呼び止められた。「礼都様」礼都は足を止め、振り返った。永窪は笑顔で近づいてきた。「先ほど旦那様から、望様のために、いいベビーシッターと家庭教師を探すよう仰せつかりました」礼都は冷ややかに「ああ」とだけ答えた。口で指示を出しただけのことだ。それでいい祖父にでもなったつもりなのか。口元に冷たい笑みが漏れる。永窪はその様子を見て、心の中でため息をついた。「旦那様がああいう気性なのは、礼都様もご存じでしょう。本当に望様を嫌っていらっしゃるなら、今日はあんな遅くまで起きて待っていたりしません。望様は、お孫様の中でもただ一人、土岐家の直系の男の子です。お立場も特別なのですから」礼都が苛立ち始めたのを見て、永窪は急いで続けた。「それから礼都様、旦那様に頼まれて、もう一つお伝えすることがあります。旦那様のご友人のお孫さんに、腕のいい脳神経外科の先生がいらっしゃいます。明日帰国されるので、旦那様が診察の約束を取りつけてくださいました。一度、診てもらってほしいそうです」永窪は不安げに礼都を見つめた。礼都はそっけなく答える。「話は分かりました。だが診察を受けるかどうかは、私が決めます」永窪は言葉に詰まった。予想どおりの返事だった。気まずそうに笑う。「分かりました」――梨沙は美琴の息子を抱いたまま、ぼんやりしていた。美琴がたまらず声をかける。「そのまま、うちの子を抱いて寝るつもり?」梨沙は我に返り、赤ん坊を美琴へ渡した。「お姉ちゃん、明日の朝、荷物をまとめて。明日、引っ越すから」美琴は眉をひそめた。梨沙は説明した。「ここは土岐さんが一時的に使わせてくださった家なの。もうすべて終わったし、真希子さんも約束していた邸宅を私の
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第186話

けれど、彼女は必死にこらえた。分かっていた。この試練だけは、自分一人で乗り越えなければならないことを。――色とりどりの照明が揺れるバーで、明里は酔いつぶれた海渡を見下ろしていた。引っ張ってもびくともせず、腹が立って仕方がない。腰に手を当て、声をかける。「海渡さん、もう家に帰りましょう?」海渡は明里を突き放し、カウンターに突っ伏した。酒瓶をつかむと、口をつけて一気にあおる。――家に帰る?あそこが自分の家だとでもいうのか。あの家さえ、海渡の名義ではない。悠吹はとっくに死んだと思っていた。飛田家はいずれ自分のものになると信じ、株式すら要求せず、ただ同然で飛田家のために働いてきた。それなのに、悠吹が生きているなど、誰が予想できただろう。自分を支持すると口々に言っていた古参株主たちも、DNA鑑定の結果が出た途端、ためらいもなく彼に退くよう求めた。なぜだ。どうして自分が。明里は歯を食いしばった。「飛田家がなくたって、私たちには工房があるし、ほかの事業もある。これからも十分やっていけるじゃない」海渡は鼻で笑った。あんな小さな工房と、取るに足らない事業で何ができる。そもそも、この2年ほど小さな事業があれほど儲かったのも、相手が彼を飛田コーポレーションの社長として扱い、仕事を回してくれたからにすぎない。社長でなくなったとき、誰がまだ自分に便宜を図ってくれるというのか。明里は下腹部に違和感を覚えた。苛立たしげに足を踏み鳴らすと、草場に電話をかけ、自分は先に帰ってしまった。海渡はまた酒を注文した。若いバーテンダーが親切心から声をかける。「お客様、もうかなり酔っていらっしゃいます。飲みすぎはよくありません。お水でも――」言い終わらないうちに、海渡の拳が飛んできた。バーテンダーは数秒呆然としたあと、殴り返した。二人はカウンターの前から客のいるフロアまで、もみ合いながら移動した。「もうやめて」背後から、柔らかな声が聞こえた。海渡ははっとし、勢いよく振り返る。「梨沙?」白いワンピースを着た女性が、そこに立っていた。「けんかをやめないなら、警察を呼びますよ」海渡は慌てて床から起き上がった。「梨沙、迎えに来てくれたのか?」女性は笑った。「ごめんなさい
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第187話

海渡が酔いつぶれるのを待って、女性はようやく帰っていった。草場はふと思い立ち、彼女を呼び止めた。「あの、すみません。こうして出会ったのも何かの縁ですし、よかったら連絡先を交換しませんか?」女性は快くうなずき、草場と連絡先を交換した。それから草場は海渡を家まで送り届けた。寝間着姿の明里が出てくる。「ありがとう、草場さん」草場は首を横に振った。「寝室までお運びします」明里はうなずき、先に立って案内した。海渡を無事にベッドへ寝かせると、草場はほっと息をついた。「ご安心ください。社長がどんな道を選んでも、私はそばでお支えします」明里は笑った。「草場さんなら海渡を裏切らないと思っていたわ。海渡さんを信じてあげて。たとえ飛田家を離れることになっても、この人なら必ずやり直せる」草場はうなずき、部屋を出ていった。明里はため息をついた。この様子では風呂に入れるのは無理だろう。ぬるま湯を持ってきて、身体を拭いてやろうと思った。しかし、背を向けたその瞬間。ベッドに横たわる海渡が、うなされるようにつぶやいた。「梨沙......気持ち悪い。何かを作ってくれ......」明里の足がぴたりと止まった。振り返り、複雑な目で海渡を見つめる。すると、彼はまたつぶやいた。「......梨沙......広い家を買ってやる。スポーツカーも、ダイヤの指輪も......俺たちはきっと、きっと幸せになれるんだ......梨沙......」明里は怒りで全身を震わせた。拳を握りしめ、ベッドへ歩み寄る。両手で海渡の襟をつかみ、力いっぱい揺さぶった。「起きて!私が誰か、ちゃんと見て!」海渡は、血の中まで酒が回っているかのように酔いきっていた。揺さぶられたせいで、ますます頭がくらくらする。彼はゆっくりと目を開き、明里の顔を見た。そして両手を上げ、彼女の頬をそっと包む。身体を起こすと、酒の匂いを帯びた熱い唇で、明里の口元に何度もキスをした。「梨沙......」明里の顔が強張った。――唐沢は礼都に邸宅の鍵を渡した。礼都は鍵へ目を落とす。唐沢は声を低くして言った。「今朝早く、秋谷さんたちは引っ越されました。鍵を私に預けて、土岐さんにお礼を伝えてほしいと」数秒の沈黙のあと、
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第188話

賢一郎の顔は、さらに険しくなった。「まだ口答えする気か?」望は少し怯んだ。それでも、言い返す声は強気だった。「口答えじゃない。おじいちゃんは間違ってるから、教えてあげただけだ!」賢一郎は杖で床を強く突いた。「じきにベビーシッターと家庭教師が来る。もう5歳だというのに、名作文学の一節も暗唱できず、まともに楽器を一つ弾くこともできないとは。土岐家の名が泣くぞ。これからは勉強も習い事も、どちらもしっかりやりなさい。分かったか?」望は唇を尖らせたが、とうとうこらえきれず、声を上げて泣き出した。「ここにいたくない!おじいちゃんは悪い人だ!おうちに帰りたい......」賢一郎は奥歯を噛みしめ、ますます厳しい目つきになった。「永窪、懲らしめてやりなさい」礼都は眉をひそめた。氷のように冷たい目を賢一郎へ向け、口を開く。「......正気ですか?」そう言い捨てると、望を抱いたまま振り返りもせず、リビングを出ていった。賢一郎は杖を掲げ、礼都を指差した。「この!」永窪が慌てて駆け寄った。賢一郎の背中をさすりながら、なだめる。「秋谷さんは、ここ数年ずっと望様のお世話をしてこられました。慕っているのは、実の子のように大切に育ててもらった証拠です。これまでつらい思いをせずに済んだということでしょう。それに、受けた恩を忘れない、いいお子さんに育ったではありませんか。旦那様、これは喜ばしいことですよ!」賢一郎は荒い息をつきながら言った。「いい子に育っただけで何になる。甘やかせば、子どもの一生を台なしにする!土岐家の子どもたちを見てみろ。私は小さい頃から厳しく育てたが、皆、立派な人間になったではないか。さっき調べたが、あの子はもう5歳なのに、ピアノもバイオリンも、書道も乗馬も、絵も英才算数の勉強も、何一つやっていない。あの女は、学び始めるのにいちばん大切な時期を、みすみす逃してしまったんだぞ」永窪は愛想笑いを浮かべた。「望様は、つい先日、人工内耳の手術を終えたばかりですから。秋谷さんも、きっとそのことを考えて......」賢一郎の目がぎろりと動いた。「永窪、お前はどういうつもりだ。さっきからなぜあの女の肩ばかり持つ?」永窪は唇を結んだ。「いえ、そのようなつもりは......ただ、望様も
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第189話

梨沙は言葉を失った。「......」首をかしげ、曽根が隣の「アキタニ花火工房」へ入っていくのを見つめる。初香は怒りのあまり、首まで赤くなっていた。梨沙は笑いながら自分の部屋へ行き、ぽち袋を三つ持って戻ってきた。一人ずつ手渡し、優しい声で言う。「最近、いろいろあって年末の贈り物を用意できなかったから、代わりに少しだけお年玉を渡すね。これを使って欲しいものでも買って」初香は袋を受け取った。厚みがある。10万円近くは入っていそうだった。初香は笑顔で言った。「ありがとうございます、梨沙さん!」――梨沙が自分の部屋へ戻ると、初香は二人の新人に言った。「見た?うちの梨沙さん、気前がいいでしょう。二人はまだ研修中で正式採用前なのに、私たちと同じように扱ってくれるんだから。しっかりついていかないとね」柳はぽち袋をしまい、やる気いっぱいで答えた。「はい、頑張ります!」粟野もうなずいた。そして次の瞬間、工房のドアが勢いよく開いた。雄飛が血相を変えて入ってくる。初香は慌てて立ち上がり、歩み寄った。「何かあったんですか?」雄飛は尋ねた。「秋谷さんはいる?」初香がうなずく。答えるより早く、雄飛は梨沙の部屋へ駆け込んだ。梨沙はびくりとした。「どうしました?」雄飛は複雑な表情で言った。「ヒロ花火工場が新しく出した花火、俺が作ったキャンディ花火とそっくりなんです」梨沙の顔色がわずかに変わる。雄飛は写真を何枚か取り出した。「これを見てください」梨沙は写真に目を走らせ、深く息を吸った。「雄飛さんは、どう思いますか?」こんなことが起きれば、まず疑われるのは、デザインを別の工場にも売ったのではないかということだ。雄飛は言った。「秋谷さんの工房に内通者がいると思います」梨沙は唇を引き結んだ。「これからどうしますか?」雄飛が尋ねた。彼は借り入れた1億2000万円を、すべてキャンディ花火の製造につぎ込んでいた。誰よりも早く売り出すためだ。ほかの花火工場まで同じものを作り始めれば、価格競争は避けられない。小規模な彼の工房は、量産工場より製造費が高い。値下げ合戦になれば、最後まで持ちこたえられるはずがない。今日、その花火を見つけるなり、居
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第190話

初香は雄飛を思いきりにらんでから、部屋へ入った。梨沙は出かける準備をしていた。著作権の登録申請は、それほど難しくない。その後に必要となる侵害への対応文書も、林弁護士に残業して作成を手伝ってもらうことになっている。いちばん厄介なのは、管轄の行政窓口への相談だった。もう年末も押し迫っている。担当窓口はすでに休みに入っていた。梨沙が建物へ入ろうとすると、警備員に止められた。急いで用件を説明したが、警備員はこう答えるだけだった。「もう休みに入っています。本当に急ぎなら、年明けに来てください」梨沙は切実な様子で頼んだ。「急いでいるんです。担当部署の方に連絡していただけませんか?」警備員は梨沙を上から下まで眺め、口をへの字に曲げた。「公務員だからって、いつでも働かせていいわけじゃないでしょう。あの人たちにも休みは必要ですよ」梨沙は慌てて説明した。「そんなつもりではないんです。ただ、本当に困ったことが起きていて......」しかし警備員は聞き入れず、二人を外へ追い出した。初香は唇を結び、どうすればいいか分からずにいた。梨沙は深く息を吸った。「初香は先に戻って。私はもう少し方法を考えるよ」初香はうなずいた。「分かりました」初香が帰った直後、梨沙のもとに曽根から会いたいという連絡が入った。梨沙が指定された店へ向かうと、曽根はすでに来ていた。彼女を見ると、少しぎこちない笑みを浮かべる。「秋谷さん、お忙しいところ、お呼び立てしてすみません」梨沙は席に着き、単刀直入に言った。「曽根社長、これはどういうつもりですか」曽根は気まずそうに手をこすり合わせた。「秋谷さんには申し訳ありませんが......年明けからは、そちらとのお取引を続けられそうにないんです」今朝、曽根が自分の工房に間違えて入ってきたときから、梨沙には予感があった。彼女はうなずいた。「では、違約金は後ほど私の口座へ振り込んでください」曽根もうなずいた。これほどあっさり承諾されるとは思っていなかったようだ。「実は、向かいのアキタニ花火工房と協力することも、考えてみてはどうかと思いまして」梨沙は笑った。人生でいちばんおかしな冗談を聞いたかのようだった。「ほかにご用がなければ、私はこれで失礼
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