All Chapters of 再婚、そしてまた再婚......気づけば御曹司に溺愛された: Chapter 151 - Chapter 160

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第151話

千暁によれば、手術には3時間ほどかかる予定だった。しかし、3時間が過ぎても、手術室の前は静まり返ったままだった。千鶴は不安でいっぱいの表情を浮かべ、両手を合わせて何度も祈り続けていた。「神様、どうか望をお守りください。どうか無事に手術が終わりますように......」時間だけが刻一刻と過ぎていく。千鶴は緊張のあまり梨沙の手を強く握り、震える声で言った。「怖くなってきたよ。あのときも、これくらいの時間だった......手術室から出てきた先生に、琉生は植物状態になったと言われたんだ......」梨沙は祖母の手を握り返した。「心配しないで。笠木先生が執刀してくださっているんだから、きっと何も問題ないよ。丁寧に手術を進めてくださっているから、少し時間がかかっているだけかもしれない......」そう話していると、手術室のドアが開いた。千暁が手術着のまま出てきた。手袋もまだ外しておらず、両手を高く上げている。手袋の甲には、血が数滴ついていた。梨沙はすぐさま駆け寄った。千暁はマスクを外した。顔にはマスクの跡がくっきり残っていたが、満面の笑みを浮かべている。「手術は大成功だよ。ご安心を。これからお子さんを集中治療室へ移すので」千鶴は足から力が抜け、その口からむせび泣く声が漏れた。千暁は慌てて説明した。「おばあさま、ご心配なさらないでください。これは通常の流れです。お子さんに問題はありません」梨沙も千鶴の肩を抱き、背中を優しく叩きながら小声で言った。「おばあちゃんだって、手術を受けたあと集中治療室に入ったでしょう?もう大丈夫だよ」千鶴はようやく安堵し、何度もうなずいた。「......それならよかった。もう心配しなくていいんだね」二人の後ろに立っていた礼都も、かすかに安堵の息を吐いた。望が手術室から運び出されてきた。ストレッチャーに横たわる望の顔は青白く、まだ意識が戻っていなかった。梨沙と千鶴は胸を痛めながら、移動式ベッドが集中治療室へ入っていくまで見送った。二人はその扉の前で立ち入りを止められた。すでに時刻も遅くなっていたため、梨沙は千鶴に帰って休むよう勧めた。千鶴は何度も振り返りながら言った。「梨沙、何か分かったら、すぐに私に知らせるんだよ」梨沙が何度も約束すると、千鶴
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第152話

海渡の目尻がわずかに動いた。病室の中にまだ誰かいることを、彼はすぐに察した。視界の端に、人影が映る。背が高く、すらりとした男だった。海渡は反射的に足を踏み出し、中へ入ろうとした。だが千暁が左へ一歩動き、ちょうどその行く手を遮った。二人はほぼ同じ身長だったため、海渡の視線も完全にさえぎられた。二人の視線がぶつかる。先に笑みを浮かべたのは千暁だった。「こちらは別の患者さんの病室です。中へ入られるのは、少々差し支えがあるかと思います」海渡は、ようやく分かったという表情を浮かべた。「望の病室かと思いました」千暁は礼儀正しい笑みを崩さなかった。「違います。お子さんが集中治療室を出たあと、改めて病室が決まります。昨日の午後、手術前の説明を行った際に飛田さんはいらっしゃらなかったので、ご存じなくても無理はありません」海渡は、目の前の医師が自分に好意的ではないことを感じ取ったようだった。横目で梨沙を見る。そして、もう一度千暁に目を向けた。千暁は若い医師だ。この世に存在する美しいものへ関心を抱くのも、無理はない。そして梨沙は、たしかにひときわ美しかった。海渡は小さくうなずいた。「そう考えると、確かに父親として失格ですね。これからはできる限り改め、時間をつくって子どもに付き添うようにします」そう言うと、彼は目を伏せた。優しく、愛情に満ちた眼差しで梨沙を見つめる。「今夜は俺も病院に残って、望に付き添うよ。君はゆっくり眠ればいい」梨沙はため息を漏らした。「必要ないわ。仕事忙しいでしょ?」海渡は笑った。千暁へ向ける視線には、いくらか挑発的な色が加わっていた。「梨沙は昔から物分かりのいい妻ですから」千暁は意味ありげに言った。「女性が物分かりよく振る舞わなければならないのは、男に甲斐性がない証拠です。飛田さんがいらしたのなら、私が秋谷さんを夕食にお誘いするのは差し控えたほうがよさそうですね。では、失礼します」そう言って千暁は一歩下がり、病室のドアを勢いよく閉めた。海渡の顔も陰った。「何が食べたい?俺が買ってくる」梨沙は答えた。「何でもいいわ」海渡は背を向け、その場を立ち去った。1時間たっても戻ってこない。2時間たっても、やはり戻らなかった。夜
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第153話

中から物音がしなくなるのを待って、礼都が病室のドアをノックした。梨沙はすぐにドアを開けた。「土岐さん、お目覚めになったんですね」礼都は軽くうなずいた。その目には、夜の闇のような深い色が宿っている。「千暁から、望が目を覚ましたと聞いた」梨沙の顔がぱっと輝いた。急いで礼都とともに集中治療室へ向かう。千暁は集中治療室の中で、望を入念に診察していた。異常がないことを確認すると、望は一般病棟へ移された。ベッドに横たわった望は、小さな頭を傾けていた。全身麻酔の影響でまだぼんやりしていたが、それでも懸命に目を開け、梨沙の指に自分の指を絡ませている。千暁は梨沙に説明した。「人工内耳の音入れは、一週間ほど後になる。傷口が完全に治るのを待つ必要があるので。埋め込んだ人工内耳は現在、世界でも最先端の機種。耐久性も十分にあるので、ご安心を」梨沙は何度もうなずいた。しばらくして、千鶴と秋子がやって来た。二人は果物を提げている。秋子はにこにこしながら梨沙の前まで来た。「このスープは、私がちゃんとそばで見ながら作ってもらったんだよ」梨沙は親指を立てた。褒められた秋子は、すっかり上機嫌になった。そのとき、雄飛から電話がかかってきた。梨沙が必要としていた年越し用の花火がすべて完成し、最後の便も今朝、工房へ届くという。梨沙は確認に行かなければならなかった。まず望に声をかけ、それから千鶴に望のことを頼むと、慌ただしく病室をあとにした。ところが、思いがけずエレベーターの中で、また明里と出くわした。梨沙は、自分と明里の腐れ縁は、まるで小説の筋書きのようだと思った。エレベーターの中には二人しかいない。正面の扉は鏡のように磨き上げられており、互いの一挙一動を監視するにはうってつけだった。梨沙は前だけを見つめていた。一方、明里はずっと梨沙を見つめている。彼女のほうから声をかけてきた。その顔は血色もよく、晴れやかな笑みを浮かべていた。「梨沙さん、私たちって本当に縁があるよね」梨沙はちらりと彼女を見た。「縁なんて感じないけど。災難続きだとは思ってるわ」明里は腹を立てることもなく、続けた。「ちょうどお話ししたいことがあった。彼が私のために工房を一軒用意してくれたので、いろいろ考
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第154話

梨沙の脳裏に浮かんだのは、先ほど明里が口にしていた「アキタニ」という工房の名前だった。名前をそっくりまねただけではない。どうやら、工房の場所まで同じにしたらしい。梨沙は思わず笑った。「相手も花火のデザイン工房なの?」初香が声を上げた。「そうです!どうして分かったんですか?」梨沙は笑いながら教えた。「相手の工房名が『アキタニ花火工房』だと言ったら、もっと驚く?」初香は叫んだ。「信じられません!!!」エレベーターのドアが開いた。梨沙は外へ出て、病室へ向かいながら続けた。「その工房のオーナーが露木明里、つまり飛田にいた元秘書だと言ったら?」初香は、もはやどんな悪態をついても、胸の内の驚きと怒りを表しきれないと思った。腹立たしそうにまくし立てる。「うちの工房が飛田から独立したのは、その露木明里がデジタル花火をやろうとしたからじゃないですか。ようやく独立できたと思ったら、今度は見よう見まねで伝統花火を始めるなんて......梨沙さん、あの人は絶対にあなたを狙ってやってますよ!」梨沙は笑った。その声は水のように柔らかく、少しも腹を立てていないように聞こえる。「気にしなくていいわ。みんなは今までどおり、自分たちの仕事をして。工房を開くなとは言えないんだから、これからはお互い実力で勝負すればいい。あとで白澤さんが花火を届けに来るから、20分後に柳たちと下へ降りて、建物の前で待っていて」初香は返事をした。「梨沙さん、そろそろ私たちも倉庫を借りたほうがいいですよね」梨沙も、それが頭の痛い問題だと思っていた。少し考えてから、工房全体の事情を踏まえて答える。「市街地で花火を保管する倉庫を借りるとなると、関係各所の許可が必要になるし、審査基準も厳しいの。消防設備にも高い基準が求められるし、保険料も高くなるわ。私も最近ずっと悩んでいたところなの。うちの工房から白澤さんの花火工場までは、1時間半くらいかかるでしょう?あとで白澤さんと相談して、これからはもう少し早い時間に届けてもらえないか聞いてみるわ」初香はうなずいた。――病室には、柊治が望の見舞いに来ていた。望へのプレゼントとして持ってきたのは、今回も高さ1メートルもあるフィギュアだった。望はすっかり気に入り、手放そうとし
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第155話

柊治は大きく手を振った。そして、とうとうと持論を語り始める。「今の男はろくでもないのが多いですからね。とにかく猫をかぶるのがうまくて、結婚前はあんなにいい男だったのに、結婚した途端、別人みたいに変わったりするんです!離婚の何が悪いんですか。別に恥ずかしいことじゃないでしょう。うまくいっていないのに離婚しないなんて、自分を苦しめるだけじゃなく、相手まで苦しめることになります。俺に言わせれば、離婚も転職も本質的には同じです。今の環境が合わないから、もっといい未来を求めて次へ進む。それだけのことでしょう?」そこまで聞いて、千鶴は内心、喜びを抑えきれなくなった。指先をもじもじといじりながら言う。「そういう考え方もあるよね。それに、離婚した女性に子どもがいたら、結婚したその日から、その子にお父さんと呼んでもらえるんだよ。すてきじゃないか」いくら柊治が鈍くても、ここまで言われれば彼女の意図に気づく。笑いながら尋ねた。「千鶴さん、まさか秋谷さんを私に紹介しようとしているんですか?」千鶴は少し気まずそうな顔をした。軽く咳払いをしてから答える。「いやだねえ、ちょっと言ってみただけだよ。梨沙はまだ離婚していないんだから。でも、もしもの話だよ。もし梨沙が離婚したら、紹介してもいいかい?」それを聞いた柊治は、横目で礼都をちらりと見た。そして臆面もなく答える。「もちろんです。秋谷さんは美人なうえに、あれほど優秀な方ですからね。断る理由なんてありませんよ!」そう言いながら、柊治は礼都に向かってしきりに目配せした。「兄さんもそう思うだろ?」礼都の冷えきった視線が柊治を射抜いた。柊治は思わず首をすくめる。礼都はさっさと立ち上がると、バルコニーへ出て唐沢に電話をかけた。「事務局と交渉して、土岐グループの入札書を取り下げろ」それを聞いた唐沢は息をのみ、声を潜めて思いとどまらせようとした。「それは......入札はすでに締め切られています。今になって入札書を取り下げれば、入札保証金が返還されないだけでなく、場合によっては信用記録にも傷がつきますよ!」礼都は眉をひそめた。「だから、事務局と交渉しろと言っている」さらに一言付け加える。「どんな代償を払っても構わない。金ならいくらでも出す」唐沢は
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第156話

梨沙は笑いながら首を横に振った。だが、今になって気づいたとしても、決して遅くはない。彼女はまだ若い。いくらでもやり直せる。家へ到着する直前、海渡が再び口を開いた。「梨沙、俺が成功してもうれしくないのか?祝ってもくれないのか?昔は、俺がどんなに小さな仕事を取ったときでも、あんなに喜んで、俺を誇りに思ってくれただろう......?」やがて家に着き、車が止まった。梨沙は車のキーを手に取ると、後ろを振り返った。その顔には何の感情も浮かんでいない。「今の飛田社長なら、祝福してくれる人には困っていないでしょう?」海渡は口元に笑みを浮かべ、人差し指を伸ばして軽く左右に振った。「君はあいつらとは違う。俺の妻だ」梨沙はドアを開けて車を降りた。海渡もあとに続く。二人は前後になってリビングへ入った。梨沙は言った。「私は病院へ戻って、望に付き添うわ」そう言って背を向け、立ち去ろうとした瞬間、海渡が彼女の手首をつかんだ。「梨沙、行かないでくれ......頼むから、行かないで......」梨沙は力任せにその手を振り払った。「望を一人で病院に残しておくなんて心配なの」しかし次の瞬間、再び行く手を阻まれた。梨沙を見つめる海渡の目には、欲望が浮かんでいた。胸に不安が走り、梨沙は慌てて彼を押しのけようとしたが、腰をつかまれてしまう。海渡は酒の勢いに任せ、梨沙をソファに押し倒した。「梨沙、もう俺を避けないでくれ......ずっと会いたかった。本当に、どうしようもないほど君が恋しかったんだ......」梨沙は必死に抵抗し、海渡の頬を何度も平手で打った。苛立った海渡は、片手で彼女の両腕をまとめてつかんだ。そのまま頭上へ持ち上げ、力ずくで押さえつける。彼の唇が梨沙の鎖骨に触れた。太ももに押し当てられた感触から、彼の欲望が高まっていることがはっきりと伝わってくる。梨沙の胃から、激しい吐き気がこみ上げた。「......これ以上、私にあなたを憎ませないで」海渡の動きが止まった。顔を上げ、おかしそうに言う。「梨沙、俺たちは夫婦だぞ。夫婦なのに、しないほうがおかしいだろう?」酒に酔った海渡は、梨沙の身体を力任せに押さえつけていた。彼女には、振りほどく隙すらない。強烈な酒の臭いと、男
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第157話

梨沙は、全身の血が凍りつくような感覚に襲われた。いつの間にか海渡に外されていた補聴器を見つめたまま、呆然とソファに横たわっている。頭の中を埋め尽くしていたのは――もし海渡が、彼女と真希子の計画まで知っていたら、どうすればいい?もし彼が、自分の手元に不倫の証拠があることまで知っていたら?口封じのために、殺されるのではないか?廊下を抜けてきた風が、外に舞う粉雪を連れてリビングへ吹き込んだ。その風は、梨沙の心の中にまで入り込む。全身が痺れるほど寒かった。まるで身体中に氷の破片がまとわりつき、身動きひとつ取れなくなったかのようだった。海渡は梨沙の補聴器を無造作にローテーブルへ放り投げた。乾いた音が響く。その音に、梨沙の肩がびくりと震えた。海渡は歩み寄り、手のひらで梨沙の頬をなでた。その手をゆっくりと下へ滑らせていく。やがて、親指と人差し指の間で梨沙の首を挟むように手をかけた。ただし、力はまだ込めていない。「いったいいつから聞こえるようになったんだ?梨沙、教えてくれ。何を聞いた?」梨沙の喉が大きく上下した。海渡の冷たい手は影のように首筋へまとわりつき、次の瞬間にも首をへし折られるのではないかという錯覚を抱かせる。それでも、梨沙は鼻で笑った。「怖くなったの?」海渡はかすかに笑った。「梨沙、今の君は俺の手の中だ」梨沙は尋ねた。「私を殺すつもり?」海渡は唇を引き結び、奥歯を強く噛みしめた。「そんなわけがない。君を殺せるはずがないだろう?」梨沙の顔には嘲りが満ちていた。しかし海渡は、あくまで優しい声で問いかける。「梨沙、教えてくれ。いつから聞こえていたんだ?」梨沙はもう、どうにでもなれという気持ちで答えた。「あなたが露木と関係を持っていたときよ。私を汚いって、露木はあなたと500回寝たって言ってたこと。父の命日にも、あなたは露木に会いに行ったくせに、会社で緊急事態が起きたと私に嘘をついたこと。それから、村上先生に指示して、私の補聴器に細工までさせていたこと......」一つ、また一つと罪を並べられるたびに、海渡の顔から血の気が失われていった。梨沙はおかしそうに尋ねた。「どうしたの?知られたくなかったのなら、最初からしなければよかったでしょ
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第158話

梨沙は勢いよく二歩詰め寄り、信じられないという顔で尋ねた。「私を監禁するつもり?」海渡は両手を上げた。その手のひらに力を込め、梨沙の両肩を強く押さえつける。その重圧は、彼女の心まで押し潰してしまいそうだった。海渡は梨沙の耳元で、一語ずつ区切るように告げた。「君を信用して放っておくことはできない。この事業は俺にとって何よりも重要なんだ。誰であろうと、邪魔する隙は一切与えない。君がおとなしくしてさえいれば、おばあちゃんも、琉生も、望も無事でいられると約束する」乾いた音が響いた。平手打ちを受けた海渡の顔が横を向く。数秒後、彼はゆっくりと顔を戻した。口の中には、生臭く甘い血の味が広がっていた。海渡は奥歯を舌でなぞりながら言う。「......逆らうなら、その後どうなっても知らないぞ」また乾いた音が響いた。二度目の平手打ちだった。梨沙は全身を震わせながら叫んだ。「望は手術を終えたばかりよ。私は病院へ戻らなきゃならないの!私を監禁したら警察に通報するわ。監禁罪で訴えてやるから!」梨沙の肩を押さえていた海渡の指が、ゆっくりと後ろへ移動した。絹のように柔らかく長い髪の中へ指を差し入れ、突然、少しずつ力を込めて握りしめる。梨沙は無理やり顔を上げさせられた。目の前では、海渡の顔の筋肉が一つ一つ引きつっている。その形相は醜悪そのものだった。海渡は唇をつり上げた。「いい子だから、言うことを聞け。俺たちは幼い頃から一緒に育ったんだ。君に手荒なことはしたくないんだ、梨沙」声が優しくなるほど、その奥に潜む危険な気配は濃くなっていった。梨沙は部屋に閉じ込められた。正確に言えば、監禁された。足首には鉄の鎖をつけられた。鎖の長さはわずか3メートルで、どうにかトイレへ入れる程度しかなかった。海渡は梨沙のスマホを取り上げ、千鶴の番号を表示した。「おばあちゃんに電話して、無事だと伝えろ。これから数日間は俺と一緒に事業のPRをするから、そっちへは戻れないと説明して、安心させるんだ」当然、梨沙は拒んだ。海渡は笑った。「琉生がまだ病院で寝たきりだということを忘れるなよ。梨沙、まさか琉生の命を賭けるつもりじゃないだろう?」梨沙の目から、一粒の涙がこぼれ落ちた。そのとき、千鶴に電話がつ
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第159話

翌日。海渡のもとに朗報が届いた。飛田コーポレーション最大の競争相手である土岐グループが、なぜか突然、今回の入札から撤退したのだ。理由は分からなかった。だが海渡にとって、これほど喜ばしい知らせは生まれて初めてだった。土岐グループの撤退によって、飛田コーポレーションの落札はほぼ確実となった。海渡はすっかり有頂天になっていた。......唐沢は我慢できず、礼都の前で不満を漏らした。「土岐様、最近の飛田海渡がどれほどもてはやされているか、ご存じないでしょう。児童養護施設を支援したのは明らかにうちなのに、今ではメディアまで飛田の功績として報じています。それに、秋谷さんと彼の恋愛話も、いったいどれだけ脚色されたことか。とうとう映像化権まで買われて、テレビドラマになるそうですよ」礼都は手にしていた書類を置いた。「ボランティアは、見せびらかすためにやるものじゃない。ほかに用は?」「......」彼は首を横に振った。礼都は顔も上げずに言う。「なら、出ていけ」唐沢は部屋を出る前に尋ねた。「今日は病院へ望様のお見舞いに行かれますか?」礼都は短く返事をした。唐沢が「分かりました」と答えると、礼都はさらに続けた。「定時になったら帰れ。病院には俺一人で行く」唐沢は目を見張った。――あの仕事の鬼が、部下を気遣う日が来るとは。唐沢はうれしそうに返事をして、部屋を出ていった。――これで今日の昼は、お見合いに行ける!礼都が病院へ到着すると、千鶴と顔を合わせた。千鶴は気さくに声をかける。「お弁当を多めに持ってきたんだ。土岐さんも一緒にどうだい?」礼都はやんわりと断った。「もう済ませました。お気遣いありがとうございます」彼はそばに座り、ノートパソコンを開いた。視界の端には、千鶴が望に食事をさせている姿が映っている。礼都は低い声で尋ねた。「秋谷さんは今日も望に会いに来ていないのですか?」千鶴は、梨沙の計画を知っていた。この数日、梨沙から電話はなかった。心配で何度もこちらから電話をかけようとしたが、彼女の計画を台なしにしてしまうのではないかと思い、ずっと我慢していた。礼都に尋ねられても、千鶴はただため息をつくだけだった。「とても忙しいらしくてね。しばら
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第160話

二度目の電話も、やはり何の反応もないままだった。――もしかすると、夫と一緒にいるのだろうか?だから電話に出られないのか?唐沢も、海渡は最近、いくつものパーティーに出席し、自分の名声を高めようとしていると言っていた。しかも、妻を一途に愛する夫というイメージを大々的に売り出しているらしい。それなら当然、パーティーにも妻を伴って出席するはずだ。礼都の脳裏に、海渡の隣に立つ梨沙の姿が浮かんだ。二人は誰が見ても絵になる、お似合いの夫婦に見えた。その光景が、妙に目障りだった。礼都はスマホを病床の上へ放り投げた。望は唇を尖らせる。今にも泣き出しそうだった。礼都は手話ができず、望は文字を読めない。叔父と甥は、ただ黙って互いの顔を見つめ合った。やがて望の目から、大粒の涙が次々とこぼれ落ちた。声を上げてわんわん泣いてくれたほうが、まだよかった。ところが望は、小さな身体でおとなしくベッドに座り、声も立てずに涙を流していた。その姿を見ていると、礼都の胸に苛立ちにも似た焦燥がこみ上げる。彼はネクタイを緩めた。そのとき突然、望が布団をはねのけた。ベッドから降りると、裸足のまま一目散に病室の外へ走り出す。礼都は険しい顔で数歩のうちに追いつき、子猫でもつまみ上げるように、ひょいと望をつかまえた。捕まった望はまるで小さなイノシシのように、ありったけの力を振り絞って暴れ続けた。礼都の顔色はひどく険しかった。叔父と甥が互いに一歩も譲らず、にらみ合っていたそのとき。千暁が病室へ入ってきた。「おいおい、二人とも何をしているんだ?相撲?」礼都は望の腕をつかんだまま、急かすように言った。「早くこいつに、何がしたいのか聞いてくれ」千暁は小児科医だけあって、手話も少しは理解できた。彼はその場にしゃがみ込み、望と手話で話し始める。礼都には意味の分からない二人の手振りを、ただ見下ろしていた。しばらくして、千暁が顔を上げ、礼都に伝えた。「お母さんを捜しに行きたいんだってさ」礼都は言葉を失った。「......もう遅いから、明日にしろと伝えてくれ」千暁が間に入り、その言葉を望へ伝えた。望はたちまち空気の抜けたボールのようにしょんぼりし、ひどく落ち込んだ。千暁の肩を軽く叩き、慣れな
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