All Chapters of 再婚、そしてまた再婚......気づけば御曹司に溺愛された: Chapter 201 - Chapter 210

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第201話

隣でそれを聞いた梨沙は、胸がどきりとした。けれど、以前、病院で礼都に付き添って一晩過ごしたことを思い出す。部屋が分かれたスイートなら、あのときと大して変わらないだろう。――そう考えて、何も言わなかった。二人はカードキーを受け取って上階へ向かった。礼都が扉を開けると、目の前には狭い空間が広がっていた。彼の眉間に刻まれたしわは、消える気配がない。自分で奥の部屋も確かめに行く。フロントが「スイート」と呼んでいたものが、幅1メートルにも満たない小さなベッドのある部屋だとは思わなかった。少し大きくなった子どもなら、寝るのも難しそうだ。梨沙が説明する。「こういう部屋は、親子三人で泊まる人向けなんです。奥のベッドは、だいたい十四歳以下の子ども用で」「......」礼都は彼女に向き直った。「君は外の部屋を使ってくれ」梨沙は何度も首を振る。「大丈夫です。私のほうが小柄ですし、奥で寝られます。一晩だけですから」だが、礼都は譲らなかった。「先にシャワーを。終わったら、誰かに背中の手当てを頼むよ」本当に平気だと言いかけたものの、有無を言わせない彼の目を見て、梨沙は言葉をのみ込んだ。おとなしく浴室へ向かう。彼女がシャワーを浴びている間に、礼都はフロントへ電話をかけた。「女性スタッフを一人、こちらに寄こしてください。それと、SかMサイズの女性用の服を一式。あと......」最後まで言う前に、フロント係が笑い出した。「お客様、うちを五つ星ホテルだと思っていませんか?一泊4000円の部屋で、高級ホテルのようなサービスをお求めですか?ここは格安ホテルですよ」礼都は唇を結んだ。「今いるスタッフは私一人だけです。フロントを離れられませんので、申し訳ございませんが、ご自身でお願いします」そう言って、係員は容赦なく電話を切った。受話器から規則正しい無機質な音が響く。礼都は小さく息を吸い、ソファに座った。視線は、少し離れたテーブルの上に置いた塗り薬のチューブに向いたままだ。しばらくして、浴室の扉が開いた。梨沙はバスローブを着て、白いタオルを髪に巻いている。身体には、まだ温かな湯気がまとわりついていた。薄いスリッパを履いて出てくると、礼都のじっと見つめる目とぶつかる。部屋の照明はすべて暖色
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第202話

白い軟膏が傷に広がり、ひんやりとした感触が背中を包んだ。礼都の目が深く沈む。「痛かったら言って」低い声で告げると、梨沙は首を振った。「大丈夫です」だが、彼女の肩がびくりと縮むのを、礼都は見ていた。「正直に教えてくれ」梨沙の頬が、妙に赤くなった。首筋から耳の後ろまで赤みが広がっている。礼都の胸にも、訳の分からない落ち着かなさが芽生えた。彼は指の動きを、さらに優しくする。静かな部屋に残ったのは、二人の呼吸だけだった。重なり合う息が、二種類の草木が斜面で絡み合うように、複雑に入り交じる。ほどこうにも、どこから手をつければいいのか分からない。梨沙の白いバスローブが、するりと滑り落ちた。布は腰の辺りにたまり、細い背中からくびれた腰までがあらわになる。腰のくぼみには、小さな赤いあざがあった。雪に覆われた大地で、ただ一輪、寒さに耐えて咲く花のようだった。礼都は脚を動かし、座り直した。梨沙も慌ててバスローブを引き上げる。その布が傷口の薬に触れそうになった瞬間、礼都が素早く押さえた。「動かないで。薬がつく」梨沙は身体をこわばらせ、じっとした。礼都はゴクリと生唾をのみ込んだ。彼はすぐに立ち上がった。「俺もシャワーを浴びてくる。薬が乾いてから寝て」「はい」梨沙が小声で答えると、礼都は急いで浴室へ向かった。頭上から温かい湯が降り注ぐ。彼は水温のつまみを冷たいほうへ回した。シャワーの湯が氷のような水に変わってから、ようやく顔を上げる。冷水を全身に浴び、胸の内にこもった熱を冷ました。冷たいシャワーを終えて戻ると、梨沙はすでに奥の部屋の小さなベッドで横になっていた。礼都は外の部屋にある大きなベッドを見て、かすかに口元をゆがめた。それでも、こちらで寝るようにと彼女に言い直すことはなかった。午前4時過ぎ、礼都は寒さで目を覚ました。外は氷点下十数度。部屋の暖かさは、突然どこかへ消えていた。不機嫌そうに枕元の灯りをつけ、フロントへ電話する。だが、誰も出ない。彼は深く息を吸い、奥の部屋の扉を叩いた。「どうぞ」礼都は扉を開けて入る。「寒くない?」梨沙は小さなベッドで身体を丸め、布団にくるまっていた。見えているのは額と両目だけだ。彼女は礼都を見ると、うなずいた。「
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第203話

言った途端、部屋に妙な静けさが落ちた。梨沙は舌先を噛み、慌てて言い添える。「ええっと、一緒にというのは......土岐さんもベッドで寝てくださいという意味で......下は寒いですから」言い終えると耳まで熱くなり、顔を布団に埋めた。呼吸にも、かすかな動揺が混じる。礼都はすぐには答えなかった。部屋の防音は悪く、外で風がうなる音まで聞こえる。梨沙には、布団の中で鳴る自分の心臓の音も、太鼓のように響いていた。どれほどたっただろう。小さな笑い声が聞こえた気がした。気のせいだったかもしれない。やがて、隣のマットレスがわずかに沈む。礼都が横になったのだ。幅2メートルのベッドは十分に広く、二人の間にはかなりの距離があった。それでも梨沙には、彼の身体の熱が伝わってくる気がした。布団を一枚隔て、言葉にできない思いを胸にしまったまま、その熱だけが少しずつ近づいてくる。礼都の呼吸は穏やかで、意識して整えているようにも聞こえた。梨沙は緊張して眠れないかと思っていた。けれど目を閉じた途端、眠気に包まれ、すぐに深く眠ってしまった。寝息は長く、規則正しくなる。眠ったまま、温もりのあるほうへ身体を少し寄せた。礼都は顔を向けた。暗がりでも、彼女の寝顔はよく見える。静かな寝顔だった。まつ毛が頬に、小さな影を落としている。布団の中にこもった暖かさで、頬はうっすら赤かった。礼都は長い間見つめてから、彼女のそばの布団をそっと掛け直した。手を引くとき、指先が髪のそばで止まる。だが、触れずにそのまま手を戻し、静かに目を閉じた。カーテンの隙間から月明かりが差し込み、細い銀色の線となって、ちょうど二人の間を横切っていた。――梨沙は小さく声を漏らし、目を開けた。目の前にあったのは、広い素肌の胸元だった。驚いた瞬間、昨夜の記憶が一気によみがえる。ゆっくりと顔を上げると、はっきりとした胸の筋肉の持ち主は、やはり礼都だった。彼はまだ眠っている。恥ずかしがっている場合ではない。梨沙は慎重に、彼の腕の中から抜け出した。少しずつ、起こさないように。この姿勢のまま彼まで目を覚ましたら、恥ずかしくて顔を合わせられない。幸い、彼女がベッドを降りるまで、礼都は静かに眠っていた。梨沙は足音を忍ばせて洗面所へ向かう。その扉
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第204話

海渡は手を上げ、明里の頬を軽くつまんだ。「医者に言われただろう。激しくしすぎると、お腹の子によくないって」明里は甘えるように口をとがらせた。「優しくする方法は、ベッドの中だけじゃないでしょ」海渡は彼女の下腹部を軽く叩いたが、何も言わなかった。立ち去ろうとする彼を、明里が引き止める。「もう結婚するって決めたんでしょう?今は難しいって分かってるから、盛大な結婚式を挙げてほしいとは言わない。でも、婚約指輪くらいは贈ってくれてもいいでしょう?今日、一緒にお店へ見に行かない?」海渡は水の入ったグラスを置き、眉間を指で押さえた。その顔には、ためらいが浮かんでいる。「明里、結婚の件は多分、少し先に延ばすことになる」明里の笑みが消えた。「え?どうして......?昔、私と結婚するって言ったのに、梨沙さんが戻ってきた途端、恩返しがしたいと言ってあの人と結婚した。あの時は我慢したよ。何年も、妻でもないままあなたのそばにいて、懸命に支えてきた......なのに、ようやく離婚するという今になって、また約束を破るというの?ねえ。あなたは私が、好きで愛人をやっている女だと思ってるの?飛田家の妻になる資格が、私にはないと思ってる?」海渡は彼女の赤くした目を見つめ、ため息をついて抱き寄せた。だが、怒った明里は泣き叫ぶ子供をなだめるより手ごわかった。「これには訳があるんだ。今は悠吹と決裂しているが、俺にはまだ飛田家の事業を継ぐ資格がある。だから真希子も悠吹も、俺をこのままにはしておかないだろう。これは、君と子どもを守るためなのだ」明里は、信じていいのか迷っていた。海渡は続ける。「花火工房でいつまでも働き続けるわけがない。飛田家の連中が俺に戻ってほしいと頼みに来る日はきっと来る。飛田家で俺の地位を守るために、株主たちに、会社を発展させられるのは俺だけだと分からせないと......じゃないとまた今回のように、追い出される」その話になると、明里の胸には彼を気の毒に思う気持ちしか残らなかった。「海渡さん、こんなに頑張ってるのに......あの人たち、全然わかってない」彼女が落ち着いたのを見て、海渡は優しく笑った。「実は、悠吹の素性にはいくつかのおかしな点があると思ってる。すべて調べ上げたら、真希子にひざまずいて俺を呼び戻すよ
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第205話

コンコンコン、と扉を叩く音がした。「どうぞ」梨沙が答えると、柳祥子が入ってきた。「秋谷さん、お呼びですか?」「座って」柳は「はい」と席につく。「あの、お話というのは......?」「祥子のご実家、根井白だったよね。ここから遠いけれど、帰りは新幹線?それとも飛行機?」「新幹線です。秋谷さん、私の実家が根井白だって覚えていてくださったんですね」梨沙は微笑み、続けて尋ねた。「文人とは、もう何年も友達なのよね?」「はい。もう4年になります。大学に入ってから、同じサークルで知り合ったんです。花火のサークルで、二人とも花火に興味があって」「文人は、どんな人?友達として評価するなら?」「いい人ですよ。たまにちょっとけちなところはありますけど、それ以外は特に」梨沙は黙ってうなずいた。柳には質問の意図が分からない。思い切って聞いてみる。「あの、もしかして、私と文人のどちらを残すか決めようとしているんですか?」「どうしてそう思うの?」梨沙が笑って聞き返すと、柳も笑った。「勘です。このあと文人も呼んで、私のことをどう思っているか聞くんじゃないかなって。それで、来年も働いてもらうのはどちらか、決めるのかと」梨沙は目を伏せ、微笑んだ。「では、文人を呼んできてくれる?」「はい」柳は扉まで歩いていき、ふと振り返った。梨沙に向かって、いたずらっぽくまばたきする。「もし残るのが私なら、文人にはまだ言わないであげてください。楽しくお正月を過ごしてほしいので。文人が残るなら、私にもまだ言わないでくださいね」梨沙はうなずいた。ほどなくして、粟野文人が入ってきた。彼は自然な様子で梨沙の向かいに座る。「秋谷さん」梨沙は持っていたペンを置き、顔を上げた。その整った目でまっすぐ見つめられ、文人は唇を結んで唾をのむ。「あの、私......仕事に何か間違えがあったんですか......?」梨沙は口元に薄い笑みを浮かべ、冷ややかに尋ねた。「どうして?」文人は、何のことか分からない顔をした。梨沙ははっきりと言う。「どうして裏切ったの?辞めて別の会社で働くなら、私は別に止めたりはしない。それなのに、どうして私の設計図を盗んで、キャンディ花火の図面と原料の配合を競合先に渡した?」文人の
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第206話

梨沙は続けた。「あなたがしたことは、不正競争と権利侵害に当たるわ。その通知書を持って、年末年始が明けるまでに、腕のいい弁護士を探しておくことね。裁判になっても、私は最後まで争うから。それから、あなたは今日付で解雇よ」文人は弁護士からの通知書を握り、そこに書かれた文字を見つめた。足から力が抜け、梨沙の前にひざまずきそうになる。「秋谷さん......どうか一度だけ、やり直す機会をください......」梨沙は冷ややかに見た。「無理よ。今回は私に見つかっただけ。見つからなければ、二度目、三度目と続けていたでしょうね」文人は涙を流した。「本当に悪かったと思っています。弁償しますから、訴えないでください。裁判になったら、私の人生は......」梨沙は笑った。――悪かったと思っている?違う。ただ怖くなっただけだ。彼女は出口を手で示した。「さあ、もう出ていって。これ以上居座るなら、警察を呼ぶわよ」文人は通知書を握りしめ、突然、梨沙の目の前まで迫った。「やはり露木さんの言うとおりだ!お前は目先のことしか見えていない!まともな製造設備すら持たずに、この工房が長続きするわけがない。白澤の花火工場で一人でも死者が出れば、お前の事業はそこで終わりだ!」森下が眉をひそめた。「落ち着いてください。これ以上騒げば、警察を呼びますよ」弁護士の言葉には、文人もひるんだ。彼は勢いよく唾を吐き捨て、背を向けて出ていった。梨沙は森下に礼を言った。外に出た文人は、音を立てながら自分の荷物を片づけ始めた。柳が眉を寄せる。「どうしたの?そんなに荒れて」文人は彼女を見た。「祥子も一緒に辞めないか。隣のアキタニに連れていく。給料はここの1.5倍だ」「何を言ってるの?秋谷さんはこんなによくしてくださるし、工房だって順調に伸びてる。私は辞めないわ。仮に辞めるとしても、隣には行かない。あそこは見かけだけの工房にしか思えないし、そういうやり方は軽蔑する」文人はあきれた顔で首を振った。「......まあいい。人はもっと上を目指すものだ。俺は先へ進む。ここが潰れてから仕事を紹介してくれと頼まれても、もう助けられないからな」柳は考えた。秋谷さんと話した直後に辞めると言い出し、荷物を乱暴に片づけている。自分から辞めたようには見
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第207話

工房は休みに入った。梨沙は最後にビルを出た。1階では、明里が警備員たちに年末の贈り物を配っていた。「露木さん、来年はますます商売繁盛ですね」警備員がにこにこしながら言うと、明里も楽しそうに笑った。「皆さんもね。来年、私が結婚するときには、お祝いのお菓子も持ってきますから」「えっ、露木さんはまだ結婚していなかったんですか。こんな素敵な人と結婚できるなんて、羨ましいです」明里は笑うだけだった。梨沙はそちらを見ず、まっすぐ通り過ぎようとした。「梨沙さん!」明里が振り返り、歩み寄ってくる。梨沙は彼女を一瞥し、嫌悪感を隠さずに言った。「なに」明里は怒るどころか、下腹部をわずかに突き出してみせた。「梨沙さん、赤ちゃんが生まれたら知らせるわね」梨沙は呆れて冷ややかな目を向けた。「結構です」そう言い残し、ビルを出る。明里はその背中を得意げに見送った。梨沙は平静を失ったのだ、と彼女は思った。結婚して2年もたつのだから、梨沙もきっと自分の子どもが欲しいはずだ。そうでなければ、自分の子でもないのにあれほど大切にするだろうか。なのに海渡は、梨沙には指一本触れず、自分とは毎晩のように過ごしていた。その一点だけでも、自分の圧勝だと明里は思う。彼女は意気揚々と車に乗り、家へ帰った。――梨沙が帰宅すると、広い居間はがらんとしていた。渚だけが、ベビーベッドに寝かされている。驚いて駆け寄り、大きな目をきょろきょろさせて一人で遊んでいるのを確かめて、ようやく息をついた。「美琴!」大声で呼ぶと、美琴が慌てて洗面所から出てきた。まだ化粧の途中で、つけまつげも片方の目しかつけ終わっていなかった。「どうしたの?」「子どもを一人でここに残して、洗面所で化粧してたの?掛け布団を引っ張って、口や鼻をふさいでしまったらどうするつもり?」梨沙が怒ると、美琴は愛想笑いを浮かべた。「梨沙、心配しすぎ」梨沙はあきれて言葉も出ない。美琴は彼女の手を取り、にこにこしながら言った。「ちょうどよかった。今夜はパーティーがあるから、私の代わりに子どもを見ていて」梨沙はため息をついた。「おばあちゃんは?」「大西さんと買い物に出かけたわ。秋子さんから電話があって、もう帰ったって聞かされたみたい。寂しかっ
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第208話

「私たちが手を貸しているからいいものの、いなかったら、こんな小さな子を保育士さんに預けっぱなしにするつもりかね。嫌なことをされても、まだ言葉で訴えられない年なのに」梨沙は優しく笑った。「おばあちゃんは先に休んで。渚は私が見てるから」言い終えた途端、スマホが鳴った。千鶴はすぐに歩み寄り、梨沙の腕から渚を受け取る。「先に電話に出なさい」梨沙は着信画面を見て、表情を曇らせた。ベランダへ出て電話に出る。「何?」「梨沙、祖母が具合を悪くしてる。君に会いたいそうだ」「無理」「梨沙、俺たちはまだ夫婦だろう?たとえ離婚していたとしても、祖母が今まで君によくしてくれたことを忘れたのか?一目会いたいと願ってるのに、それも断るほど冷たいのか?」梨沙はためらわずに電話を切った。続けて天音から着信が入る。梨沙は唇を結び、長い間鳴らしてから応答した。「天音」「梨沙さん、病院に来てくれない?おばあちゃんが午後、急に倒れたの。さっき意識が戻ったんだけど、ずっと梨沙さんの名前を呼んでいて......来るのが難しいなら、私が迎えに行っても......」天音の声は涙ぐんでいた。梨沙は貴子がしてくれたことを思い出した。自分を受け入れ、実の孫娘のように接してくれただけではない。望のことも、自分の家族のようにかわいがってくれた。深く息を吸う。「分かった。今から行く」電話を切り、玄関で靴を履き替えた。渚を抱いた千鶴が、後を追ってくる。「出かけるのかい?」「うん。飛田家のおばあさまが入院したから、お見舞いに行ってくる」千鶴は口をとがらせた。梨沙には飛田家の人間ともう関わってほしくない。それでも、貴子がいい人なのは分かっている。「行っておいで。海渡に何かされたら、すぐ私に電話するんだよ」梨沙は笑ってうなずいた。「わかってる。渚をお願いね」「何を言う。何人子どもを見てきたと思ってるんだい。安心して行きなさい。運転はゆっくりね」――病院では、天音が落ち着かない様子で梨沙を待っていた。姿を見つけると、すぐに駆け寄る。「梨沙さん、来てくれたんだ」梨沙はかすかに笑った。「天音。おばあさまのところへ案内して」二人は病室へ向かった。その途中、向かいから来た男性が不注意で二人にぶつかり、持っていた
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第209話

病室に入ってきた梨沙を見ると、貴子はすぐに手を伸ばした。梨沙はベッド脇に座り、その手を握る。「あなたたちったら、どうしてこんな大事なことを私に黙っていたの」貴子の目は潤んでいた。梨沙は目を伏せ、寂しげな表情を浮かべる。「おばあちゃんに話して。いったい何があったの?どうしても解決できないことだったの?」「おばあさま、私は――」そこへ海渡が入ってきた。貴子は彼にも手招きする。「ちょうどよかった。二人そろって、何がそんなに乗り越えられない問題なのか、私に話してちょうだい」海渡は複雑な目で梨沙を見た。梨沙は穏やかに笑う。「おばあさま、これは二人で決めたことです。もう説得しようとなさらないでください」それでも、貴子は受け入れられない様子だった。「今はそのことを考えず、ゆっくり休んでください。早く元気になっていただかないと」「二人が仲直りしてくれなければ、元気になんてなれないわ。ひ孫の顔を見せてくれたら、病気なんてすぐ治るのに」貴子は駄々をこねるように言った。「おばあさま......」梨沙は困り果てた。貴子は彼女の手の甲を軽く押さえ、海渡と天音に外へ出るよう告げた。病室に梨沙と二人きりになると、声を潜めて尋ねる。「本当のところを、おばあちゃんに教えて。何があったの?」梨沙はかすれた声で答えた。「おばあさま、海渡は結婚してから2年間、ずっと浮気していたんです。もう一緒には暮らせません」貴子はため息をつく。「長く夫婦でいると、相手に慣れてしまうこともあるわ。だからこそ、二人には子どもを持ってほしいと、ずっと言っていたのよ」梨沙は、はっきりと告げた。「おばあさま、私たちは......一度も身体の関係を持っていません。彼はずっと、私の過去を嫌がっていました」貴子は驚き、信じられないという顔をした。「過去って、以前稜平と結婚していたことかい?あれは彼のためにお金を工面する必要があったからでしょう。それほど嫌だったのなら、どうして海渡は当時両親を必死に説得して、あなたと結婚しようとしてたの?」梨沙は深く息を吸った。「とにかく、もう過ぎたことです。海渡との離婚も、決まったことです」貴子は残念でならない様子で、梨沙の手を握り続けた。名残惜しそうに彼女を見つめる。「こん
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第210話

だが、貴子は頑固に首を振った。「いいえ。海渡はあなたの言うことしか聞かないわ」「......」「お願い、約束して。海渡とやり直せとはもう言わない。これがおばあちゃんからの、たった一つのお願いよ。梨沙、引き受けてくれる?」そう言うなり、激しく咳き込んだ。息も苦しそうだった。梨沙は慌てて背中をさすり、うなずくしかなかった。「......できるだけのことはします。でも、彼は私の言うことを聞くなんて......」貴子はティッシュを一枚取り、口元を拭いた。しばらくしてから言う。「いいえ。きっと聞くわ」「......」どうしてそこまで言い切れるのか、梨沙には分からなかった。貴子が眠るのを待って、病室を出る。そこで天音から、医師の診断を聞かされた。「長くても、あと3か月だって......」梨沙は胸が締めつけられ、目に涙が浮かんだ。天音の肩をそっと叩く。「できるだけ、そばにいてあげて」「おばあちゃんが今いちばん気にしているのは、私の結婚なの。だから私、土岐さんに会って、最後にもう一度だけ気持ちを伝えるよ。梨沙さん、お願い......協力して」天音は目を赤くしていた。「......ごめんなさい」天音は唇をとがらせ、今にも泣き出しそうな顔で梨沙の腕をつかんだ。「お願いだよ、梨沙さん......土岐さんを誘い出すだけでいいの」梨沙はその手をそっと外した。「無理やり誘っても......」天音は拳を握る。「土岐さんは、まだ私のことを知らないだけ。ちゃんと知ってくれたら、絶対に好きになってもらえる自信があるの!」天音自身では、礼都を誘っても来てもらえない。なら、自分が誘うとして、誰の名を使えばいいのだろう。天音の名を出せば、きっと断られる。自分の名で呼び出して、会ってみたら天音がいたというのでは、明らかな嘘だ。梨沙の頭は混乱していた。その中には、言葉にできない胸の痛みも混じっている。「本当に、助けてくれないの?」天音が不満そうに尋ねた。梨沙が答えられずにいると、ちょうど海渡が現れた。「梨沙を困らせるな。自分の幸せは、自分でつかむものだろう」天音は鼻を鳴らし、病室へ戻っていった。海渡は梨沙の前に立つ。梨沙が左へ動くと、彼も左へ。右へ動いても、同じようについてきた
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