あの夜のことは、忘れられない。 高層階の窓の向こうに、東京の夜景が広がっていた。ガラスに映る光が、まるで星みたいに揺れていたのを覚えている。 背後から、低く甘い声がした。「颯馬、俺のこと好きなんだろ?」 振り向くより早く、腕を引かれた。 体が触れる距離に引き寄せられて、息がかかるほど近い。「……ねえ、俺を抱いてみない?」 その言葉が、冗談じゃないことくらい、わかっていた。 細い指が、俺の顎に触れる。逃げる理由なんて、どこにもなかった。 憧れて、焦がれて、やっと手に届いた人だったから。 ――あの夜、俺は初めて、炎さんを抱いた。 触れた体温も、息遣いも、全部、焼き付いて離れない。 あの時、確かに思ったんだ。 これは恋だって。 一生に一度の、本物の恋だって。 ……でも。「何をそんなに本気になってるんだよ」 ベッドの上で、炎さんは笑っていた。「セックスなんてただの娯楽だろ? 一人の相手に縛られる必要なんてない」 その顔は、あの夜と同じくらい綺麗で―― 同じくらい、どうしようもなく冷たかった。 俺の知らないところで、何人もの男と関係を持っていたことも、 問い詰めても、悪びれもしなかったことも、全部。 ……全部、知ってしまった。 あの時、終わったはずだったのに。---第1話 穏やかな潮風が、成田颯馬の頰を優しく撫でた。 船着き場のある小さな集落から車で十分ほど移動した先に、炎プロダクションが用意した合宿所はあった。元は緋崎炎の別荘を改装したというその建物は、周囲に民家も商店も何もない静かな離島に佇んでいた。庭の芝生の向こうには、青く広がる水平線がどこまでも続いている。 ここが、これから三十日間、十四人の候補生たちが過ごす場所だ。 『炎プロジェクト』——音楽プロデューサーである緋崎炎が手がける、ボーイズダンス&ボーカルグループの最終選考合宿。オーディションの様子は動画サイトで二十四時間生配信され、最終日に視聴者投票で合格者が決まるという、異例の企画だった。 食堂に入ると、そこに緋崎炎プロデューサーが立っていた。 三十五歳とは思えない若々しい顔立ち。中性的でシャープな美貌に、妖艶な色気がまとわりついている。黒いシャツの襟元を少し緩め、細い指で軽く
Dernière mise à jour : 2026-05-14 Read More