土曜日の午前。 レッスン室には課題曲のイントロが繰り返し流れていた。 ユニットごとの練習も終盤に入り、細かな振り付けや立ち位置の修正が中心になっている。 颯馬は鏡に映る自分たちを見ながら、隣の彼方とタイミングを合わせた。 何度も繰り返した振り付けは、ようやく身体に馴染み始めている。 曲が止まり、全員が息を整えた、その時だった。 レッスン室のドアが開く。 「お疲れ」 黒い半袖シャツ姿の炎が、いつものように自然な足取りで入ってくる。 だが、部屋の空気は以前とは違った。 挨拶を返す声はまばらで、誰もが一瞬だけ動きを止める。 炎はその空気を察したようだった。 レッスンを見学する位置に立つと、候補生全員を見渡して静かに口を開く。「今回の件で迷惑を掛けちゃったね」 レッスン室は静まり返る。「候補生のみんなには、世間から本来向けられる必要のない疑惑を向けさせてしまって、本当に申し訳ない」 炎は深く頭を下げた。 颯馬は思わず拳を握る。 今回の炎上で誰より責められているのは炎自身のはずなのに、その謝罪は候補生全員に向けられていた。 炎は顔を上げる。「でも、先日の動画配信で発表した通り、最終審査は不正が行えないようなシステムにする。今はそれぞれ、自分の実力が正当に評価されることを信じて頑張ってください」 それだけ言うと、壁際に移動し、それ以上は何も話さなかった。 再び課題曲が流れ始める。 颯馬は前を向いた。 鏡越しに、水琴と目が合う。 水琴はすぐ視線を外した。 その横顔は硬い。 昨日、風呂掃除をしながら交わした約束が頭をよぎる。 レッスン中にもかかわらず、水琴の意識は何度か炎に向いていた。 ◇
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