「あと、もう一つ」 社長室を出ようとした颯馬と水琴を、炎が呼び止めた。 二人が振り返ると、炎は閉じたノートパソコンに片手を置いたまま、念を押すようにこちらを見ていた。「この件について誰かに聞かれても、二人からは何も話さないで。相手が記者でもファンでも、他の候補生でも同じ」「候補生にもですか?」「うん。聞かれたら『ノーコメントです』で通して」 すでに映像はSNSで拡散されている。これから何を話しても、その一部分だけを切り取られ、本人たちが意図しない意味を与えられる可能性があった。「恋人なのかって聞かれても?」 水琴が尋ねる。「ノーコメント。映像が本物かどうか聞かれてもノーコメント。誰が撮ったと思うか聞かれても同じ。今は事務所から正式に発表するまで何も言わないで」「……分かりました」「警察に相談する以上、犯人についての憶測も絶対に口にしないこと。いいね?」 二人が頷くと、炎はようやく「戻っていいよ」と告げた。 颯馬は水琴とともに社長室を出た。 ドアが閉まった途端、廊下の静けさが耳についた。 さっきまでスタジオで大音量の曲を聞いていたせいか、空調の低い稼働音までやけに鮮明に聞こえる。 水琴が歩き出さない。「水琴?」 颯馬が振り返る。 俯いた顔は髪に隠れてよく見えなかった。「……あの部屋」「うん」「まさかカメラあるなんて思わなかった」 声が掠れている。「俺、ほんまに……二人だけやと思っとった」 颯馬もそうだった。 二十四時間カメラに囲まれて過ごした島を離れ、ようやく撮影されないホテルに泊まった。誰にも見られないからこそ、あの夜は人目を気にせず水琴に触れた。 それを誰かが見ていた。 自分たちが知らなかっただけで、最初から二人きりではなかった。
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