彼は私が否定した事実を無視し、バインダーに挟まれたカルテに、万年筆でスラスラと何かを書き込み始めた。 前世の会議室で、役員たちが私の言葉を切り捨てて「彼女が責任逃れをしている」と決めつけた時と、まったく同じ空気。 病名は、彼がこの部屋に入る前からすでに決定しているのだ。「心配はいりません。心を落ち着かせ、ゆっくり睡眠を取るためのお薬をお出ししておきます。……奥様も、あなたの回復を心から願っておいでですから」 吉見はそれだけを言い残し、診察らしい診察もせずに鞄を持って部屋を出て行った。 残されたのは、黒瀬と私だけ。「……」 黒瀬は一切表情を変えずに扉の前に立ち尽くしている。 彼の瞳の奥で、どれほどの葛藤と絶望が渦巻いているのか。私に逃げるように警告した彼が、結局は自らの手で私の部屋の鍵を閉め、主治医を呼び、過去の死者たちと同じレールの上に私を乗せる手伝いをしている。 午後七時。 無表情な見知らぬメイドが、夕食のワゴンを運んできた。 黒瀬がそれに同行している。 完璧な温度で提供された、彩り豊かなコース料理。 けれど、私の視線は、食後のハーブティーが注がれた、あの白い磁器のティーカップにだけ釘付けになっていた。 メイドが下がり、黒瀬が私の前のローテーブルに、そのカップを置いた。「吉見先生から処方された、お心を休めるためのお薬が入っております」 黒瀬の声は、ひどく掠れていた。「奥様からも、必ずすべてお飲みになるようにと、厳命されております」 最後の一文だけ、命令文のように硬かった。黒瀬自身に言い聞かせているようにも聞こえた。 湯気が、薄暗い部屋の空調の風に流されて、私の顔を撫でる。 カモミールの香りに混じって、鼻腔の奥をチリッと刺激する、異質な匂い。 錆びた鉄のような、苦い匂い。 ――お湯に溶かすと、少しだけ、錆びた鉄のような、苦い匂いがしました。 千尋の言葉が、脳裏に生々しく蘇る。 二人目の花嫁が飲まされ、夜中に廊下をうわ言を
Read more