All Chapters of 死ぬために嫁がされた私、二度目の転生で冷酷御曹司と運命を変えます: Chapter 151 - Chapter 160

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第151話 二人目の花嫁③

 彼は私が否定した事実を無視し、バインダーに挟まれたカルテに、万年筆でスラスラと何かを書き込み始めた。 前世の会議室で、役員たちが私の言葉を切り捨てて「彼女が責任逃れをしている」と決めつけた時と、まったく同じ空気。 病名は、彼がこの部屋に入る前からすでに決定しているのだ。「心配はいりません。心を落ち着かせ、ゆっくり睡眠を取るためのお薬をお出ししておきます。……奥様も、あなたの回復を心から願っておいでですから」 吉見はそれだけを言い残し、診察らしい診察もせずに鞄を持って部屋を出て行った。 残されたのは、黒瀬と私だけ。「……」 黒瀬は一切表情を変えずに扉の前に立ち尽くしている。 彼の瞳の奥で、どれほどの葛藤と絶望が渦巻いているのか。私に逃げるように警告した彼が、結局は自らの手で私の部屋の鍵を閉め、主治医を呼び、過去の死者たちと同じレールの上に私を乗せる手伝いをしている。 午後七時。 無表情な見知らぬメイドが、夕食のワゴンを運んできた。 黒瀬がそれに同行している。 完璧な温度で提供された、彩り豊かなコース料理。 けれど、私の視線は、食後のハーブティーが注がれた、あの白い磁器のティーカップにだけ釘付けになっていた。 メイドが下がり、黒瀬が私の前のローテーブルに、そのカップを置いた。「吉見先生から処方された、お心を休めるためのお薬が入っております」 黒瀬の声は、ひどく掠れていた。「奥様からも、必ずすべてお飲みになるようにと、厳命されております」 最後の一文だけ、命令文のように硬かった。黒瀬自身に言い聞かせているようにも聞こえた。 湯気が、薄暗い部屋の空調の風に流されて、私の顔を撫でる。 カモミールの香りに混じって、鼻腔の奥をチリッと刺激する、異質な匂い。 錆びた鉄のような、苦い匂い。 ――お湯に溶かすと、少しだけ、錆びた鉄のような、苦い匂いがしました。 千尋の言葉が、脳裏に生々しく蘇る。 二人目の花嫁が飲まされ、夜中に廊下をうわ言を
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第152話 二人目の花嫁④

 私はそれ以上彼を責めなかった。 カップを唇に近づけ、ゆっくりその錆びた鉄の匂いのする液体を口に含んだ。 舌の根を刺すような、強烈な苦味と薬品の味が、ハーブティーの甘さを突き破って広がる。 私は顔をしかめることなく、それをゴクリと喉へと飲み込んだ。 一口、また一口。 最後まで飲み干し、空になったカップをソーサーに戻す。 カチャリ、という音が、静寂の部屋に響いた。「……お下げいたします」 黒瀬は逃げるようにワゴンを手繰り寄せ、部屋を出て行った。 外側から鍵がかけられる音が聞こえる。 一人残された部屋。 五分もしないうちに、薬の効果が私の肉体を侵食し始めた。 指先から感覚が薄れ、まるで水の中に沈んでいくような、圧倒的な重さが全身にのしかかってくる。 視界の端が、ぼやけて白く濁り始めた。 クローゼットの壁に刻まれた、『10/25 あたまがしろい』という文字の意味を、私は今、自らの肉体で正確に理解していた。 思考の輪郭が、消しゴムでこすられたように曖昧になっていく。 自分が自分でなくなっていくという、本能的な恐怖。 怖い。 意識を手放せば、次に目覚めた時、私は本当に狂人のように喚き散らしているかもしれない。 私はソファから滑り落ちるように床に這いつくばり、カーディガンのポケットから革張りのメモ帳とボールペンを取り出した。 手が言うことを聞かない。 震える指先でページを開き、ペンを握る。 薬で濁っていく意識を、強引に、痛みを伴うほどの集中力で一点に集める。『日付不明 夜。黒瀬を通じて、吉見処方の薬を服用。錆びた鉄の匂い』 書き殴った文字は、ミミズが這ったようにひどく歪み、行をはみ出していた。『意識の混濁。千尋の証言通り。これが、二人目の花嫁を殺した手口』 視界がぐるぐると回り、胃の奥から強烈な吐き気がせり上がってくる。 けれど、私はペンを離さなかった。 過去の花嫁は、この部屋で、自分の意識が奪われていく絶望の中で
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第153話 火災記録①

 深海の底から、泥のような水圧をかき分けて浮上してくる感覚だった。 まぶたの裏側で、赤と黒のまだら模様がチカチカと明滅している。 口の中には、ひどく古い、錆びた鉄パイプを舐め続けていたような強烈な血の味と苦味がこびりついていた。 私は深紅の絨毯の上に倒れ伏したまま、ゆっくり目を開けた。 視界がぼやけ、焦点が合わない。 部屋のフットライトの薄暗い光が、何重にもブレて見えた。 頭蓋骨の内側を、鈍器で連続して殴られているような激しい頭痛。全身の筋肉が鉛のように重く、指一本動かすだけでも、信じられないほどの体力を消費する。「……はっ、あ……」 喉が砂漠のように干からびていた。 声を出そうとしたが、声帯が干からびた皮のように張り付き、空気が擦れる音しか出ない。 薬だ。 美津子の指示で主治医が持ち込んだ、あの『心を休めるための薬』。 致死量の一歩手前まで濃度を上げられた睡眠導入剤と精神安定剤の混合物が、私の脳の神経伝達を強引に遮断し、肉体の自由を奪っているのだ。 過去の花嫁たちも、この暗闇の中で、同じ渇きと痛みに苦しんだのだろうか。 意識が混濁し、自分の中の理性が少しずつ削り取られていく恐怖。 壁の向こうから、誰かのヒソヒソ話が聞こえる気がした。天井の染みが、無数の目玉になってこちらを見下ろしているような錯覚。 幻覚が、始まりかけている。 私は絨毯に爪を立て、痛みを頼りに強引に思考の焦点を合わせた。 負けない。 私は狂わない。 這うようにして、サイドテーブルの方へと身体を引きずる。 テーブルの脚にすがりつき、手を伸ばしてクリスタルの水差しを掴んだ。 重いガラスの器が手から滑り落ちそうになるのを、両手で必死に抱え込む。グラスに注ぐ余裕などなかった。私は水差しの縁に直接唇を押し当て、氷水を喉へと流し込んだ。 ゴクリ、ゴクリ。 気管に水が入り、激しく咽せ返る。 咳き込むたびに肋骨が軋んだが、氷水が胃の腑に落ちたことで、濁っていた
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第154話 火災記録②

 透が、自分自身を「呪い」だと信じ込む原因となった、十数年前の火災。 佐伯は水科家のダミー会社を洗う過程で、天野家が過去に揉み消した不審な事故の記録にも手を伸ばし、警察の末端から当時の捜査資料を引きずり出していたのだ。 震える指で、そのPDFファイルをタップする。 画面に表示されたのは、黒く塗りつぶされた箇所がいくつもある、古い消防の出動報告書と、警察の現場見分調書のスキャン画像だった。 薬の副作用でピントが合わない目を、何度も瞬きして無理やり文字を追う。 広報として、無数の事故報告書やトラブルの顛末書を読み込んできた経験が、私の脳内を冷徹な「情報処理モード」へと切り替えていく。 【発生日時】十数年前の十二月上旬 【出火場所】天野本邸・中庭奥の離れおよび温室接続部 【覚知(通報)時刻】午前二時四十五分 【通報者】近隣を通りかかったタクシー運転手 私の思考がその数行でピクリと停止した。 通報者が、天野家の人間ではない。 これほど巨大な屋敷の敷地内で、離れが燃え上がるほどの火災が起きているのに。屋敷内の使用人や警備員ではなく、敷地の外の道路を走っていたタクシー運転手が煙に気づいて通報している。 通報の遅延。 組織の隠蔽において、最も初歩的で、最も悪意のある行動。 私は画面をピンチアウトし、さらに下の文字を拡大した。 【現場状況および救出記録】 出火元は温室と離れを繋ぐ木製扉の付近と推測。 消防隊到着時、離れ内部より児童一名(天野透・当時幼少)を救出。 また、温室側の通路にて、少女一名(天野理沙・当時少女)を保護。煙を吸っていたが、命に別状なし。 息を呑んだ。 人的被害、なし。 理沙は、死んでいない。 透は昨夜の温室で、「僕は恐怖で動けなかった」「助けられたはずの命が、そこで消えた」と言った。 けれど、公式な記録には、火災による死者は一人もいない。理沙は煙を吸っただけで、無事に保護されているのだ。 理沙が死んだのは、わずか二年前。この屋敷の階段から、絨毯に爪痕を残しながら
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第155話 火災記録③

 炎と煙が迫る中、開かない扉を必死に叩き、助けを求めていたのは、透自身だった。 それから、理沙は彼を助けようとして温室側の通路に入り、煙に巻かれたのだ。 誰が、彼を閉じ込めたのか。 私は震える指で画面をさらに下へとスライドさせた。 佐伯が警察の内部資料から引きずり出したと思われる、当時の屋敷の警備員の聴取記録のコピー。 黒くマジックでマスキングされた箇所がいくつもあるが、その隙間から、生々しい証言の文字が読み取れた。『火災発生の約三十分前。当主夫人(天野美津子)が、一人で温室の方向から母屋へと戻ってくるのを目撃した』『夫人の手には、真新しい南京錠が握られていたように見えた』 スマートフォンの青白い光が、暗い部屋の中で私の顔を死人のように照らし出している。 喉で、ヒュッ、と空気が鳴った。 美津子が、南京錠を持っていた。 幼い透にとって、温室の奥の離れは「完璧に管理された世界」から逃げ出せる唯一の息継ぎの場所だった。 美津子は自分の支配から逃れようとする息子のそのささやかな抵抗を許さなかった。 彼が離れに入ったのを見計らい、外から南京錠をかけ、彼を暗闇の密室に閉じ込めた。 しつけのためか、あるいは完璧な所有物としての服従を誓わせるためか。 それから、その直後に火災が起きた。 美津子が自ら火を放ったのか、あるいは古い配線の漏電などの不慮の事故だったのかはわからない。だが、火が出たことを知りながら、彼女はすぐに通報しなかった。 近隣住民が火の手に気づいて通報するまで、彼女は息子が焼け死ぬかもしれない現場を、放置したのだ。 そして事件後。 彼女はあの焼け焦げた扉の金具をヤスリで執拗に削り落とし、南京錠のメーカーや製造番号といった「自分が外から鍵をかけた証拠」を物理的に隠滅した。 さらに、幼い透の恐怖と混乱につけ込み、「お前が逃げ隠れたから火事になった」「お前が臆病だったから、助けようとした理沙が危険な目に遭った」と、責任をすべて彼に転嫁した。 透が自分を「呪われた存在」だと信じ込み、誰にも心を開かず、母の言うがままに生きる
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第156話 呪いの輪郭①

 完璧に温度管理された自室の空気が、今日の透にはひどく重く、粘り気のある泥のように感じられた。 窓の外はすでに完全な夜の闇に沈み、庭園の木々が風に揺れる音すら、分厚い防音ガラスに遮断されて室内に届くことはない。 透はダークグレーのスーツの上着を脱ぎ捨て、タイを緩めたまま、革張りのソファに深く身を沈めていた。 クリスタルのロックグラスには、琥珀色のウイスキーが注がれている。だが、氷はとうに溶け切り、水滴がグラスの表面を伝ってコースターに暗い染みを作っていた。 一口も、喉を通らなかった。 水科家を出て、冬の寒空の下を歩いてきた凛花の姿が、網膜の裏側に焼き付いて離れない。 胸に古い帳簿の束を抱え、自分とともに戦うのだと真っ直ぐに視線をぶつけてきた彼女。 透はその彼女の意思を、冷酷な言葉で完璧に叩き割った。 ――君の存在は、もう僕には不要だ。 ――僕の視界をうろつくのは、目障りだ。とっとと消えろ。 その言葉を放った瞬間、凛花の瞳から溢れ落ちた一筋の涙が、透の心臓を素手で握り潰すような痛みを伴って蘇る。 自分が彼女に憎まれることで、彼女をこの狂った屋敷から、そして自分自身の「呪い」から遠ざけることができる。彼女の選択を踏みにじっていると分かっていた。それでも、安全という名前の檻へ押し込める以外の方法を、透はもう思いつけなかった。 自分が母親と刺し違え、天野という家ごと焼け野原になったとしても、彼女だけは灰にさせない。 それが、透の選んだ唯一の正解のはずだった。 透はグラスから手を離し、両手で顔を覆った。 目を閉じると、いつも同じ匂いが鼻腔の奥に蘇ってくる。 焦げた木材の匂い。 全部を焼き尽くす、暴力的なまでの熱気。 それから、煙に巻かれて気道を焼かれる、あの息苦しさ。 十数年前。 幼い透にとって、天野本邸は息の詰まる無菌室だった。母・美津子が求める「完璧な次期当主」としての振る舞い。少しでも服を汚せば、少しでも言葉の選択を誤れば、母は氷のように温度のない目で透を見下ろした。 その圧倒的な支配から逃れるため、透はよく、中庭の
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第157話 呪いの輪郭②

 従姉の、理沙の声だった。 彼女は透を探して、火の海になりかけている温室側へと足を踏み入れていた。 ――理沙お姉ちゃん! ここだ、開けて! けれど、透の声は煙に遮られ、炎の轟音にかき消された。 やがて、強烈な熱波が扉を突き破るように室内に流れ込み、透の右腕を舐めた。 肉が焼ける凄まじい激痛。 透は悲鳴を上げ、そのまま床に倒れ込み、意識を手放した。 次に目を覚ましたのは、消毒液の匂いが充満する病室のベッドの上だった。 右腕には何重にも包帯が巻かれ、焼けるような痛みが脈打つたびに走っていた。 視界の端に、ベッドを見下ろす影があった。 母、美津子だった。 彼女は火事で火傷を負った息子を心配して泣き崩れるようなことはしなかった。 ただ、完璧な化粧を施した顔で、冷たく、感情の抜け落ちた目で透を見下ろしていた。 ――お前が、あんな埃まみれの場所に逃げ込んだから、火が出たのよ。 美津子の声は、病室のひやりとした空気をさらに凍りつかせるように響いた。 ――お前が臆病で、扉を開けて出てこなかったから。お前を探しに行った理沙は、あんな目に遭ったの。 透は朦朧とする意識の中で、その言葉の刃を無防備な心臓に突き立てられた。 理沙が、あんな目に遭った。 自分が逃げ隠れし、扉を開けられなかったせいで。 美津子の冷たい手が透の包帯の巻かれた右腕にそっと触れた。 ――いいこと、透。よく覚えておきなさい。 ――お前に近づく人は皆、お前のせいで不幸になるの。お前が弱くて、臆病だから。 ――だから、お前はもう二度と、わたくしの言うことから逃げてはならないわ。 呪いの完成だった。 その日以来、透の骨の髄まで、その言葉は黒い染みのように定着した。 自分が動けなかったから。自分が弱いせいで、人を殺した。 その罪悪感が、彼の人生のすべての前提となった。彼が誰にも心を開かず、氷の仮面を被り、母の言いなりに完璧な次期当主を演じ続ける理由。 彼に近づく花嫁たちが、次々と正気を失って消えていった
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第158話 呪いの輪郭③

 それなのに、なぜ彼女からメールが来るのか。 透は震えそうになる指を強引に制御し、その通知をタップした。 件名はない。 本文には、たった数行のテキストと、いくつかの画像ファイルが添付されているだけだった。 透はそのテキストの最初の一行を読んだ瞬間、肺からすべての空気が搾り出されるような錯覚がした。『私は今、本邸の自室にいます。美津子様の指示で、吉見医師の薬を飲まされました』 本邸にいる。 薬を飲まされた。 透の視界が、ぐにゃりと激しく歪んだ。 実家に帰ったのではなかったのか。航空券は。 いや。あの彼女が、黙って逃げるはずがない。彼女は自分がどれほど冷酷に突き放しても、それを受け入れずに「一緒に戦う」と路地裏で叫んだのだ。 彼女は合意書をダミーにして屋敷を出たふりをし、再びこの狂気の密室へと戻ってきた。美津子の証拠を掴むために。 そして今、美津子の手によって、過去の花嫁たちと同じ「処置」を施されようとしている。 全身の血液が沸騰し、同時に氷点下まで冷え切るような、強烈な焦燥感。 透は立ち上がろうとした。今すぐ彼女の部屋へ向かい、その扉を破壊してでも彼女を引きずり出さなければ。 だが。 彼女のメールのテキストは、そこで終わっていなかった。 透は視線を無理やり画面へと引き戻した。『これを読んだら、思い出してください。 あなたの記憶は、意図的に作られたものです。 添付した消防の記録を見てください。理沙さんはあの火災では命を落としていません。 警察の調書を見てください。離れの扉には、外側から真新しい南京錠がかけられていました。 あなたは、見殺しにしたのではない。見殺しにされそうになっていたのです』 透の呼吸が停止した。 指先が凍りつき、スマートフォンの表面を滑るようにして添付ファイルを開く。 画面に表示されたのは、黒くマスキングされた箇所がいくつもある、古い公式文書のスキャン画像。 佐伯という記者が集めたであろう、警察と消防の一次記録。 透の目が、その
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第159話 呪いの輪郭④

 その事実は、救いのはずだった。だが同時に、透の中で十数年かけて積み上げられてきた自己処罰の塔を、根元から乱暴に引き抜くものでもあった。 では、今まで自分は何を背負ってきたのか。 誰にも近づかず、誰にも触れさせず、愛されることも愛することも拒み続けてきた時間は、一体何だったのか。 彼は知らず、右腕の火傷痕を左手で掴んでいた。 爪が古い傷の引き攣れた皮膚に食い込む。痛みが走る。だが、その痛みさえも、今までのように罪の証にはならなかった。 これは、母がつけた傷だ。 そう理解した瞬間、透の喉から、子どもの頃にも出せなかった嗚咽が漏れた。 さらに、次の画像には、離れの扉が温室側から南京錠で閉じられ、内部の子どもには自力で逃げる方法がなかったと記されていた。 その下には、火災の少し前、美津子が温室から戻る姿を見たという警備員の証言が続く。手には真新しい南京錠があった――その一行だけで、十分だった。 画像には作成日時と保管番号も残っていた。凛花が感情で書いた推測ではない。当時の捜査資料に、別々の人間が残した事実だった。 透は何度も画面を上下させた。読み落としを探しているのではない。否定できる余地がないことを、身体が受け入れるまで確かめていた。 スマートフォンの画面を持つ透の両手がガタガタと激しく震え出した。 記憶の蓋が、乱暴にこじ開けられる。 あの日。 煙が充満する中で、必死に回したドアノブ。 扉の向こう側から聞こえた、ガチャガチャという硬い金属がぶつかる音。 自分が恐怖で扉を開けられなかったのではない。物理的に、外から鍵がかけられていたのだ。 それから、その鍵をかけたのは。 母、美津子だった。 彼女は自分の支配から逃れようと離れに隠れた息子を、外から南京錠で閉じ込めた。 そして火が出た後も、彼女はすぐに助けを呼ばなかった。 自分の息子が焼け死ぬかもしれない炎を前にして、彼女は自分の「教育」を優先したのか、あるいは火事そのものを利用して息子に永遠の十字架を背負わせようと企んだのか。「…&hellip
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第160話 呪いの輪郭⑤

 透は床に崩れ落ちそうになる身体を、テーブルに手をついて強引に支えた。 怒り。 絶望。 それから、それらをすべて焼き尽くすほどの、強烈な焦燥感。 凛花は、この真実を彼に伝えるために、自ら毒牙の待つ本邸へ戻ってきた。 自分が彼女を突き放し、一人で逃げろと言ったのに。 彼女はそれを拒絶し、透の呪いを解くためだけに、自分の命を天秤にかけてこの密室へ戻り、そして今、美津子の手によって薬を飲まされ、意識を濁らされている。 ――私は誰の都合の良い筋書き通りにも壊れてやるつもりはありません。 中庭で彼女が言った、あの静かで強い声が蘇る。 彼女は今、たった一人で、あの薬の恐怖と戦いながら、このデータを透に送ってきたのだ。 透は震える右腕――火傷の痕が刻まれたその腕を、左手で強く、痛みが走るほどに握りしめた。 もう、呪いなど存在しない。 この傷は、自分の罪の証ではない。母の狂気の証明だ。 けれど、それを知ったからといって、透がすぐに自由になれるわけではなかった。 透は一度だけ画面から目をそらした。舌の根がひりつき、指先が震える。 逃げ出したかった。けれど、彼はその震えを押し殺し、もう一度、凛花が送った資料を開いた。 自由になるとは、母を憎むことだけではない。 母に奪われた時間を、取り返せないものとして認めることでもある。 理沙に差し伸べなかったと思い込んでいた手。二人目の婚約者を遠ざけることで守ったつもりだった沈黙。凛花に向けて吐いた、あの乾いた言葉の数々。 嘘に縛られていたからといって、自分が誰かを傷つけた事実まで、すべて消えるわけじゃない。 それでも。 これ以上、母の嘘を理由に誰かを遠ざけることだけは、もうできない。 透の色の薄い瞳に、かつてないほどの激しい怒りの炎が宿った。 彼はスーツの上着を掴み取り、荒々しい動作で部屋の扉へと向かった。 ドアノブに手をかけたところで、透は一度だけ足を止めた。 スマートフォンの画面には、凛花からの最後の一文がまだ残っている。『あなた
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