All Chapters of 義姉に溺れる夫へ。私はあなたの従兄と再婚するわ: Chapter 11 - Chapter 20

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第11話

衝撃的な文字が柊馬の目に飛び込んでくる——【労働審判手続申請書】そして申請日は、なんと6日前!それは、柊馬が柚希のクレジットカードを止めた日だ。「労働審判?」柊馬はガツンと頭を殴られたような衝撃に目を見開き、声も裏返った。「お前……まさか……」「桐生社長」柚希の声は氷のように冷たく、感情ひとつ感じ取れない。「次は法廷でお会いしましょう」そう言い捨てた柚希は、柊馬を見ることすら嫌だというように、視線を戻した。「柚希!待ってくれ!俺たちは……」とてつもない焦燥感が柊馬を襲い、彼は反射的に柚希の手を掴もうと、腕を伸ばす……しかし、その瞬間「柊……柊馬くん……お腹が……痛い……」と、莉奈が苦悶の表情を浮かべ、涙で顔を濡らしながらお腹を押さえ始めた。「赤ちゃん……私たちの子が……柊馬くん、病院に……」柚希へ向かっていた柊馬の手が、宙でぴたりと止まった。ここ数ヶ月で、すでに習慣となっていたのだろう。柊馬は条件反射で、すぐさま莉奈のもとへと駆け寄っていった。柚希はふっと小さく笑う。こんな光景、もう反吐が出るほど見てきた。もう迷いなど完全になくなった柚希は、会場の中へと大股で歩き出したのだった。「柚希……」閉まる扉を見つめる柊馬の心に、虚無感が広がり、得体の知れない喪失感が嵐のように荒れ狂った。「柊馬くん……血……血が出てる気がする……」莉奈が瞳を潤ませ、ぎゅっと柊馬の服を握りしめている。柊馬は莉奈の苦しむ姿と、完全に閉ざされた会場の扉を交互に見つめ、これまでにないほど激しい混乱と葛藤に苛まれていた。ポーンッ——エレベーターが開いた。薬袋を持った雅美が、焦った様子で出てきて、必死に辺りを見回している。「桐生社長、莉奈さん。柚希さんを見ませんでしたか?柚希さん、私の車に薬を忘れてしまっていて。腰の容体が結構ひどいので、必ず決まった時間に服用するようにって厳しく言われていたんですが……」「薬?腰がどうしたって?」柊馬は顔を上げ、ほぼ叫ぶような声で、雅美に詰め寄った。不穏な予感が彼の胸に渦巻く。その殺気立つ目に雅美はたじろぎ、思わず本当のことを答えてしまった。「えっと……先日会社で、社長が柚希さんを強く突き飛ばしてしまいましたよね?その時、デスクの角に腰を強く打ち付けてしまって……それから
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第12話

柊馬は莉奈を見下ろし、低い声で言った。「莉奈、俺は柚希がそのうち納得して、お前との子供を受け入れてくれると信じていた。でも、俺の誤解だったみたい。今回のこと、俺はこんなに柚希を追い詰めるべきじゃなかった。雅美、莉奈を病院へ連れて行ってやってくれ」そう言い捨てると、柊馬は迷うことなく会場の中へ向かっていった。「柊馬くん……」柊馬の背中を呆然と見つめていた莉奈の顔から、かよわげな痛ましさは消え、強烈な恨みと醜悪な悪意が浮かび上がった。妊娠して以来、柊馬はいつも自分を一番に考えてくれていたのに……あの女のせいで、自分とお腹の子供を置き去りにした。柚希!すべてはあの女のせいだ!「被害者ぶれるのは、あなただけだと思ってるの?甘いわ。柊馬くんを奪おうなんて、そんなのさせないんだから!」その時の莉奈の目には、恐ろしいほどの殺気が宿っていたのだった。——会場の中。取引先の代表との打ち合わせに集中していた柚希だったが、突然、目の前に大きな影が差し込んできた。柚希と相手の間に立ち塞がる柊馬の強引さは、紳士的な姿からは、程遠いものだった。「柚希、少し話をしよう」柚希は氷のような視線を向けた。「あなたと話すことなんて何もないから」「もしお前が、ここで俺たちの3年間の婚姻関係について話したいのなら、それでも構わない」婚姻関係という言葉を聞いた周囲にいた重役たちの目に、好奇の光が浮かぶ。柚希は言葉を失った。なんて浅ましい人なのだろう。怒りで顔を引きつらせながら、柚希は会場の隅へと移動した。「手短に話して。何が目的?」「前のお前は、そんなじゃなかっただろ……」柊馬は傷ついた顔で、柚希の手を握ろうとした。「柚希、俺が悪かった。あの日にお前が高熱を出していたことも、腰を怪我させてしまったことも……本当にごめん。必要な時にそばにいてやれなくて、本当にごめん。まだ痛むか?」嫌悪感しか感じなかった、そんな柚希は手を振り払い、鼻で笑った。「今さら心配されてもね。全部終わってから来られても困るんだけど?」柊馬は眉間にしわを寄せる。「ごめん。でも、なんで辛い時に教えてくれなかったんだ?お前が言ってくれれば、当然俺は……」「柊馬」柚希は苛立ちを露わにして遮った。「今、自分が何を言ってるか分かってる?昔は、私が少し熱
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第13話

柊馬、私は忙しいの。こんな意味のない世間話に付き合ってる暇なんてないから、悪いけど、そこをどいてくれる?」そう言った柚希はそのまま柊馬を躱し、足早に去っていった。怒りで顔を真っ赤にした柊馬は、奥歯を噛みしめながら吐き捨てる。「本当に、FSグループと契約を結ばないつもりか?柚希、自分勝手もいい加減にしろ!」それでも柚希は振り返ることはなく、トムと契約相手のところへとまっすぐ戻っていった。そして、契約を終えた彼らは、誰一人として、柊馬に視線を向けることなく、そのまま会場を後にした。柊馬の秘書は、声を震わせる。「社長……ノクターン財閥は木下グループと契約してしまいました。我々は一体どうすれば……」この契約のために、FSグループは3年もの月日を注いできた。だから、今回の契約を柊馬がいかに重視していたかは、全社員が知っていた。それが柚希の手でいとも簡単に、復讐の道具にされてしまうなんて……以前はあれほど関係が良好だったのに、どうしてここまでこじれてしまったのだ?柊馬の表情は怒りで暗く沈んでいた。去っていく柚希の背中を睨みつけるその胸には、強烈な苛立ちと、言いようのない焦燥が渦巻いている。柊馬は奥歯を強く噛みしめ、秘書に命じた。「柚希の後を追え。あいつから目を離すなよ!」――ノクターン財閥の車内。窓の外の景色が飛ぶように過ぎ去る。柚希は後部座席にもたれかかり、健一へと電話をかけた。「健一さん、どうですか?」非常階段に連れ込まれた際、柚希は力のなさそうなふりをして隙を作り、莉奈によって送り込まれた入江陸(いりえ りく)が油断した瞬間に、返り討ちにして縛り上げていたのだ。しかし、柚希は尋問のプロではないので、その後のことは健一に任せていた。電話口から返ってきたのは、いつもの穏やかな健一の声。「奥様、申し訳ありません。少々口が堅いらしく、今のところはまだ……しかし、そう時間はかからないと思いますので」ドンッ——受話器の向こうから、重たいものが床に叩きつけられるような、鈍い音が響いた。柚希は一瞬怪訝に思った。「何の音ですか?」数秒の沈黙の後、健一が何事もなかったかのように優しく答える。「ああ、気にしないでください。行儀の悪い鼠が、椅子を倒しただけですので」柚希は言葉に詰まった。そんなに力が強い鼠なん
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第14話

ノクターン財閥の車内。トムは柚希の隣に座り、彼女の手首の傷を心配そうに見つめた。「チーフ、怪我をされたんですか?」「擦り剥いただけだから、大丈夫」「チーフはノクターン財閥にとって欠かせない方ですから、何よりもまずあなたの安全と体調を優先するように、と社長の方から言われているんです。だから、契約の件は延期しましょう」トムはすぐさま運転手に指示を出した。「すぐにUターンして。市立総合病院へ」柚希はめまぐるしく変わる車窓の景色を眺めながら、思わず苦笑いを浮かべる。これで、今週3回目の病院だ……これって、結婚相手を間違えた代償?時を同じくして、柊馬の携帯に秘書から着信が入った。「桐生社長、柚希さんの車が急にUターンしました!契約の会場には向かわないようです!」「本当か?!」柊馬の張り詰めていた神経は急激に緩み、安堵の念が胸に押し寄せた。柚希の心の奥にはまだ自分がいる。ノクターン財閥との提携を他人に渡すことなんてできるはずがないのだ。自分が来るのを待っているに違いない!こっちから謝って、機嫌を直してくれるのを待っている……柊馬の頬は自然と緩み、近くの花屋に飛び込んで、一番大きくて華やかな薔薇の花束を買った。花束を抱いた柚希が、久々に笑顔を見せてくれる光景を想像しながら、丁寧に助手席へと置く。その時、携帯の着信音が鳴り響き、柊馬の幻想を打ち砕いた。電話に出た途端、洋子のひどく動揺した声が耳に届いた。「柊馬、大変!莉奈が早産したの!」「何だって?」柊馬の顔色がさっと変わる。「どこの病院だ?今すぐ向かう!」彼は急いで車を回し、市立総合病院へと向かった。急激な方向転換で助手席に置いてあった薔薇の花束が転がり落ち、瑞々しい花びらが痛ましく折れて落ちる……視界の端でそれを目にした瞬間、柊馬の胸は締め付けられ、何とも言えない胸騒ぎがした。どこからか、「今柚希を追いかけなければ、もう一生会えなくなるぞ」と告げる警告が聞こえてきたような気が……いや、そんなはずはない!柊馬は荒唐無稽な考えを振り払う。柚希はあれほど自分を愛しているんだ、自分を捨てるなんてことありえないのだから。それに、ノクターン財閥との契約だって残してくれている。今はただ意地を張って、拗ねているだけだ。慰めればすぐ直るだろ
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第15話

世間から見て、莉奈は夫を亡くしたシングルマザー。それに、桐生家では何の後ろ盾もない母子がこの先どう生きていくかは、すべてお前にかかってる。だからな、柊馬。もうお前をあてにするなんて、そんなギャンブルは懲り懲りなんだよ。神崎家に連れ帰ったら、俺の方で莉奈にいい相手を見つけるし、子供のためにも、ちゃんとした父親を用意してやるつもりだ」その瞬間、柊馬の表情が一気に険しくなった。「そんなことは認めません!」「柊馬、お前は忘れてるんじゃないか?莉奈の旦那は死んだ。だから、お前たち桐生家とはもう何の関係もない。母親が子供を連れて再婚することだって、何ら法的問題はないし、お前に止める権利なんてないと思うけど?」駿が毅然と言い放った。柊馬の顔からは血の気が失せた。自分の息子だ。絶対に渡さない!柊馬は少しの間沈黙してから、ある決断を下した。「子供が保育器を出たら、俺の長男として正式に迎え、盛大なお披露目式も開きます。さらには、株式の20%を譲渡して、桐生家の正当な後継者であると公に宣言します。どうですか?」駿も商売人だ。確実な利益以上に重要なことはない。駿は満足そうに頷き、険しかった表情を和らげる。「莉奈の人を見る目は確かだったらしい。お前も男らしい責任の取り方をするんだな」柊馬はもうそれ以上何も話す気はなく、足早に病室へと入っていく。保育器の中で眠る小さな我が子を目にした瞬間、彼の心は一瞬で溶け落ちた。ずっと待ち望んでいた息子。もし柚希がこの子を受け入れてくれたら、すべてが完璧なのに……——柊馬はしばらく莉奈と子供に付き添っていたが、仕事の連絡を受けたため、後ろ髪を引かれる思いで病室を後にした。病院の入り口付近で電話をしていると、不意に柚希の姿が目に入った。彼女は薬袋を手に持っている。「柚希」柊馬は歩み寄り、心配そうに声をかけた。「どこか具合でも悪いのか?また腰が痛むのか?まったく、俺が側にいないと自分のケアすらできないじゃないか」今週、もうすでに何度も病院へ来ている柚希は辟易していた。だから、柊馬の顔を見るだけで、その不快感は一気に増した。相手にする気もなく、そのまま通り過ぎようとした。だが、柊馬は追いかけて柚希の腕をつかみ、心配そうに話しかける。「なあ、もう機嫌を直せよ。こうしてわざわざ俺が
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第16話

柚希がスカイ・ペニンシュラに戻ると、健一が玄関で待っていた。封をした茶封筒を柚希に差し出し、微笑む。「奥様、あの男が白状しました。奥様の思った通り、指示したのは莉奈様でした。自白の音声データもここに入っております。それと、どうやらあの男と莉奈様の関係は少々複雑でして。まあ、肉体的な男女の関係とでも言いましょうか……現在、あの男の携帯のデータを復元中ですので、すぐに証拠を押さえられると思います」ふっ。肉体的な男女の関係?それが本当であれば、柊馬や洋子はどんなショックを受けるだろうか。面白くなってきた。柚希は冷たい茶封筒に触れながら、その瞳に冷たい光を走らせる。「ありがとうございました、健一さん」「いや、私は何も……実は……」そう言いかけて、健一は慌てて口をふさいだ。あぶない!自分としたことが、口を滑らせるところだった。もしそんなことになれば、本当に炎真様に殺される!「こほんっ……そうでした。5日後に茂雄様の古希のお祝いがあるのですが、ご都合はいかがですか?」桐生茂雄(きりゅう しげお)とは、桐生家の頂点に立つ現当主。そして、柊馬と炎真にとっては祖父にあたる。以前は柊馬の妻として参加していたが、今や立場は炎真の妻……こんなにも立場が変われば、桐生家の権威に関わる問題として扱われるだろう。茂雄もあまりいい顔をしないと思うが……今の立場なら行かざるをえないだろう。あまり気が進まないし、行きたくもないのだけれど。「茂雄様への贈り物として、炎真様が千年前の水墨画を、奥様にご用意してくださっております。ここ数年、茂雄様は水墨画にご心酔しておられますので、きっと喜ばれるかと」柚希ははっとした。そんな絵を贈れば、そんなに冷たくされることもないかもしれない。炎真……ここまで手配してくれていたなんて。「炎真も……お祝いには参加するんですか?」我慢しきれず、柚希はそっと聞いた。健一は笑みをこらえながら、重苦しい声を作る。「炎真様は……仕事が山積みのようですので、いつお戻りになれるか……でも奥様、安心してください。誰かが、奥様をいじめたら、炎真様がすぐさま駆けつけますから!」すぐさま?健一も大げさだ。そもそも海外にいるのだから、飛行機で10時間以上はかかる場所にいるだろうし、そんな契約関係だけの妻
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第17話

「じゃなかったら、なんであなたがいるのよ?今日は、お義父さんの古希のお祝いなんだから、親族は全員出席しなきゃ。それに、来なければ桐生家での居場所もなくなる……それが、やっと少しは分かるようになったのね」洋子は、塗り直したばかりのネイルを見ながら言った。「もういいわ。私は忙しいの。今日のお祝いが終わったらさっさと家に帰ってきて、莉奈のために栄養があるスープを作ってやりなさい。あの子は出産を終えたばかりで、まだ体が弱ってるんだから」その時、入り口から子供を抱き抱えた柊馬が現れた。隣にはか弱げに寄り添う莉奈の姿もある。その様子は、温かく幸せそうな家族に見えた。「あら、莉奈ちゃん!なんで来たの?家でゆっくり休んでいるようにって言ったのに。産後ケア施設から帰ってきてまだ日が浅いんだから、体を壊したらどうするの?」洋子が心配そうに駆け寄り、莉奈に寄り添う。やつれた顔の莉奈もそれに応えるように、健気に微笑んだ。「お義母さん、今日はお祖父様の大事なお祝いですから、親族である私が顔を出さないわけにはいきませんので。それに、赤ちゃんを見せてあげたくて……未熟児で体が弱いから心配ですが、お祖父様にはひ孫の顔を見て貰って、元気を出してほしいと思って」「さすがは莉奈ちゃんね!本当に気が利くわ」満足げに頷いた洋子は、隣にいた柊馬に向き直る。「柊馬、莉奈ちゃんは出産したばかりで、まだ体力が戻ってないんだから、ちゃんとサポートしてあげなさいよ……」しかし、洋子の言葉が言い終わらないうちに、柊馬は大股で柚希の方へと向かっていった。柚希を真っすぐに見つめる柊馬の顔には、笑みが浮かび、瞳は喜びで溢れている。柚希と和解するのは、息子のお披露目会まで待たなければいけないかと思っていたが、まさか、今日この場に柚希がきてくれるとは。柚希はやはり、まだ自分のことを想ってくれているらしい。「柚希、来てくれて嬉しいよ」抱えている赤ちゃんを見てくれと言わんばかりに、優しく声をかける。「見て、俺の息子。桐生家の跡取りさ。俺に似てるかな?あ、抱っこしてみる?これからは、お前のこともお母さんって呼ぶようになるよ」抱っこしてみる?柚希は柊馬の腕の中にある小さなおくるみを見つめ、心が刃物でえぐられるような痛みを感じた。この子どもの存在が、嫌でも自分に現実を突きつ
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第18話

柚希の冷ややかな笑みに、莉奈は背筋が凍った。FSグループで強烈に叩かれた、あの平手打ちの痛みが蘇る。今の柚希は狂っているから、何をしでかすか分からない。今だって、明らかに何かをしでかそうとしている……もし柚希に子供を抱かせてしまえば、彼女の度量を称える声が上がるだろう。それだけでなく、この子が正真正銘、柚希の息子として扱われてしまう。命懸けで産んだ息子を、柚希なんかに渡せるわけがない。莉奈はすかさず、柊馬から我が子を抱き取った。「人見知りする子なの。お祝いの席で泣いちゃったら大変だから、抱っこはまた今度ね!」柚希は意味ありげに両腕を広げ、「ほら見て?別に私が抱かないわけじゃないのよ」という表情を浮かべる。急な展開に、さっきまで熱心に柚希へ感謝しろと騒いでいた親戚一同は、言葉を失った。まるで誰かに目に見えない平手打ちを食らったような気分だった。親戚たちは顔色を変え、莉奈へ不満げな視線を向ける。「なんだ、口だけだったのね。莉奈さんも、思っていたほど器が大きくないみたいだし」「どうやら柊馬さんのとこも、この先波乱が続きそうね」「まあ、自分の子だもの。他人に渡すなんて難しいわよ……」ひそひそとしたざわめきが、周囲で湧き上がる。柊馬は眉をひそめ、不満そうな視線で莉奈を見つめた。顔を真っ赤にした莉奈は、心の中で柚希を激しく罵っていたが、表向きは傷ついたふりをして、目を潤ませて言い訳をする。「柊馬くん、赤ちゃんが心配でつい……」「茂雄様がご到着になりました」執事の凛とした声が響き渡り、会場の騒めきがぴたりと止まった。皺ひとつないスーツに身を包み、杖をついた白髪の老人が、従者に囲まれてゆっくりと階段を降りてきた。威圧感あふれるたたずまいに、会場中の視線が彼一人へと注がれる。誰もが私語を止めた。全員が恭しい笑みを浮かべ、誕生日の祝いの言葉を述べた。華やかな祝いの品の贈呈が始まる。やがて孫たちが順に祝いの品を差し出す番になると、茂雄は人々の向こうにいる柚希を、まっすぐに見据えて言った。「柚希、こっちへ来なさい」祝いの品を献上する順番は、昔から年功序列に従うものだった。だから名目上とはいえ、柚希はまだ柊馬の妻であるため、筋から言えば、炎真と莉奈のあとに回されるはずなのだ。だが茂雄は、一番初めに柚希
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第19話

柚希は、柊馬が差し出してきた高価なプレゼントの箱などに見向きもせず、自分が持ってきた古びた錦の箱を両手で丁寧に抱えた。周囲の好奇の視線も無視して、正面の上座で威厳を放つ茂雄のもとへまっすぐ歩いていく。「柚希!」柊馬は彼女の行動に苛立ち、声を殺して叱りつけた。柚希はあまりにも非常識すぎる。白髭を蓄え、誰をも寄せ付けない迫力を放つ茂雄が、ゆっくりと目を開いた。彼の深い眼差しが、目の前に現れた柚希に注がれる。柚希は背筋をぴんと伸ばし、相手の品定めするような視線をまっすぐに受け止めた。堂々と錦箱を開き、中から巻物を取り出す。「お祖父様、本日はおめでとうございます」しかし、柚希が巻物を広げようとした瞬間、その手を誰かに強く押さえつけられた。すると、不機嫌そうな顔をした柊馬が柚希の隣に立っていて、茂雄に謝罪を始めた。「お祖父様、どうかお気を悪くなさらないでください。柚希はまだ若く、物の分別がつかないだけなんです。決して、こんな……こんな人前に出せないような品を祝いの席に持ち出して、お祖父さまに無礼を働くつもりだったわけではありません。実は、彼女と一緒に、本当に価値のある贈り物を前もって用意していたんです……」「人前に出せない、だと?」柚希は柊馬の独りよがりな決めつけを冷ややかに遮った。口元には皮肉な笑みを浮かべる。「柊馬、見当違いなことを言っているのは、あなたの方だよ」そう言って柚希は、バサッという音と共に巻物を広げた。風格ある趣深い絵巻が皆の目の前にあらわになった。山並みが連なり、そこにたたずむ一羽の鶴。墨の深みは、この世から解き放たれたような静寂と果てしない広がりを感じさせた。「千年前の水墨画?」「この墨の色……この筆使い……本物だ!なぜ、こんなものを……!」「茂雄様が十数年探し求めても見つけられなかった幻の名画だぞ!それに、この画を喉から手が出るほど欲しがっているコレクターが、世界中には数え切れないほどいるんだ!」会場中がざわつき、驚きと感嘆の声があちこちで上がる。茂雄の濁っていた瞳に光が宿り、思わず身を乗り出して、その指先を小さく震わせていた。柊馬は凍りついたように立ち尽くした。信じられない思いで絵を見つめ、それから柚希の穏やかな横顔を見る。胸を嫌な予感が支配する——まただ。自分はまた柚希を
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第20話

柚希は目を伏せ、唇をギュッと引き結ぶと、沈黙を選んだ。「ほう……いやはや、まさかこんなことになろうとはな」茂雄は柚希をじっと見つめた後、ふと声を漏らして笑い出した。その笑い声には全てを見透かしたような達観と、少しばかりの感慨が混ざっている。「炎真の奴を、何事も恐れぬ怖いもの知らずだと思っていたが……自分の想いを隠し、直視すらできぬほど臆病な一面もあったか」茂雄はそれ以上何も言わず、そばに置いてあった小箱から、緑色が美しいヒスイのネックレスを取り出し、柚希の首にかけた。「これは桐生家に代々伝わるものだ」茂雄はその眩く輝くヒスイのネックレスを見つめ、その瞳の奥に、どこか悲しげな、それでいて懐かしむような色を浮かべた。「炎真の母は……あまりにも早く逝ってしまった。だから、炎真の母親の代わりに、わしがこれをお前さんに贈ろう」ひんやりとした感触が肌に触れ、柚希は驚きのあまり息をのんだ。茂雄が炎真をひどく甘やかしているという噂は本当のようだ。炎真が望むなら、例え義理の妹を嫁に迎えるといった非常識な話であっても、何事もなかったかのように受け入れ、むしろ周囲に特別扱いして見せるのだから。自分はとてつもなく強い後ろ盾を見つけたようだ。一晩中胸の奥でざわついていた不安が、その瞬間、ようやくほどけていった。「ありがとうございます。お祖父様」……「うそでしょ!?私の目がおかしいのかな?桐生家に代々受け継がれている家宝を柚希さんに渡したぞ!」「こ、これは……これは明らかに桐生家の意見ってことだよな!たとえ彼女が子供を産めなくても、茂雄様は認めたってこと!」「急げ、今のうちに柚希さんに挨拶に行くんだ!今まであんなに彼女を下に見ていたなんて……!」先ほどまで柚希を軽蔑し嘲笑していた親戚たちが、手のひらを返したように笑顔を振りまきながら押し寄せてくる。一方、それまで莉奈を取り囲んでいた者たちは、まるで蜘蛛の子を散らすように去っていった。我が子を抱いていた莉奈は、一人寂しく立っていた。誰もが持ち上げ、まばゆいほど注目を浴びている柚希を見つめる。さらに、柊馬の視線までもが磁石に吸い寄せられたかのように、柚希から一瞬たりとも離れない。その光景に、嫉妬がどす黒い毒のように胸の奥へ染み広がり、莉奈の理性を焼き尽くしていった。どう
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