All Chapters of 義姉に溺れる夫へ。私はあなたの従兄と再婚するわ: Chapter 51 - Chapter 60

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第51話

耳をつんざく罵声とともに、その人たちは手にした物を柚希めがけて投げつけてきた。過激な野次馬たちが、こんなにも早く集まるとは!柚希は眉をひそめ、すぐによけようとした。その時、人影が割って入り、彼女を強く抱き寄せた。飛んできたものをすべて背中で受け止めたのだ。ドスッ!ドスドスッ!鈍い音が廊下に響く。血の匂いが、ただよった。柚希がハッとして見上げると、そこには顔面蒼白の柊馬がいた。額から鮮血がしたたり落ちている。痛みで眉を寄せ、やつれた顔がさらに青ざめている。それでも彼は下を向き、心配そうに柚希を見つめた。「柚希、大丈夫か?怪我はない?怖かったな……」見ていられないほど、「熱演」だ。命を顧みず、自分をかばう姿。あんなに自分を大切に思っているふりをするくせに、自分をズタズタに傷つけるような真似も平気でしてきたのだ。どうしてこんなにも矛盾した人間になれるのか。「柚希、外は危険だ。とにかく中に入ろう」柊馬は額の激痛と目眩をこらえ、柚希の肩を支えてマンションの中へと促した。柚希はハッと我に返り、彼を強く突き放した。取り乱すこともなく、柚希は冷ややかな顔でスマホを取り出すと、管理会社へ電話をかけた。「マンションの入り口で暴行を受けました。すぐ警備員を呼んでください。それと、警察にも通報を」30秒も経たないうちに、警棒を持った数人の警備員が現場に駆けつけた。さっきまで罵声を浴びせ、物を投げていた人たちは、まるで猫を見たネズミのように、慌てて逃げ出した。柊馬は額から血を流し、激しい目眩に襲われ、壁に背を預けてどうにか立っている状態だった。柚希がテキパキと警備員に状況を説明し、指図する姿を、ただ呆然と見つめていた。彼女は冷静で、強かった。まるで、簡単には崩せない堅固なとりでのようだった。それは、彼の記憶にある柚希とは、まるで違っていた。かつての彼女は、ちょっとしたことでも自分の胸に飛び込んで甘え、問題の解決を自分に頼っていた。その決定的な隔たりが、ナイフとなって何度も柊馬の心をえぐり、息ができないほどの痛みが彼を襲った。「柚希……」彼がしわがれた声を出した。「ニュースのことは聞いた。安心してくれ、俺がなんとかする。お前の名誉を回復してみせるから、あんな噂でお前を傷つけたりはしない」
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第52話

部屋の中、炎真はイヤホンをつけ、緊急のオンライン会議に臨んでいた。画面の中では、幹部の一人が熱を込めて、大事なデータを報告している。空気は張り詰めていた。しかし、ドアの閉まる音がした瞬間、炎真の目はすぐに画面から玄関へ移り、疲れきった柚希の顔に注がれた。出かける前の、弾むような笑顔とは大違いだ。炎真はすっと眉をひそめた。素早くイヤホンを外すと立ち上がる。報告していた幹部は、何が起きたのかと驚き、危うく舌を噛みそうになりながら顔を赤らめて沈黙した。炎真は疑問に思った。一体何が起きたのか。かつて災害級の事態でさえも平然と会議を続けた炎真様が、緊急会議を打ち切ったのだ。そして高性能のマイクは、あの冷酷で知られる炎真が穏やかな口調で尋ねる声をとらえた。「どうしてこんなに早く帰ってきたんだ?」続いて、澄んでいるのに疲れた女の声が響いた。「歓迎会の料理が口に合わなくて。あなたが作るほうがずっと美味しいから」そして、あの冷徹な炎真様の口元に、かすかな微笑みが浮かんでいるのを幹部は見た。その声のトーンまでもが、これまでにないほど優しかった。「何か食べたいものはあるか?今から作ってやる」「何でもいいわ。ありがとう」最後に、炎真の指がカメラに近づいてきて、無表情で「会議はこれで終わりだ」と告げるのを、幹部は目の当たりにした。次の瞬間、画面は暗くなり、通信は切れた。幹部は黙り込んだ。会議に参加していた他の幹部たちも黙っていた。いやいやいや!炎真様!これは一刻を争う会議なんですよ!結論も出ていないのにこのまま行っちゃうんですか?テロでも起きたのならまだしも、理由が「料理を作ってやる」とは。あああ!これは一体どういう状況なんだ!その頃、炎真は既にキッチンで慣れた手つきでエプロンをつけ、料理を始めていた。同時にイヤホンのスイッチを入れ、冷酷な命令を飛ばす。「調査しろ。今夜、柚希が何に出くわしたのかを」……深夜、柊馬の邸宅にて。洋子がFSグループの株主を引き連れて押し寄せ、重苦しい空気が流れていた。「柊馬、聞いたわよ。釈明の記者会見を開くんだって?全部自分のせいにして、莉奈ちゃんを追い出したのは本当は自分だ、って言うつもりなの?」洋子は怒りで声を震わせた。「頭がおかしくなったの?あなた
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第53話

「柊馬くん!」莉奈が、声を詰まらせながら叫んだ。「FSグループへの悪影響も、桐生家で自分の居場所がなくなることも……何もかも怖くないというの?もしこれで悪評が広まれば、お祖父様はもう二度と、あなたに桐生家を継がせようとは思わないでしょうね。そうなれば桐生家は、間違いなく炎真さんのものになるわ。炎真さんは柚希ちゃんと結婚した上に、今や桐生家も奪おうとしている。彼はそんなに簡単に全てを手に入れているのに、あなたは全てを失う。それでいいの?10年以上も張り合ってきたのも、炎真さんのために花道を作ってやるためだったの?」その言葉は、柊馬の最も痛いところを鋭く突いた。彼は炎真と十年以上も争ってきた。FSグループを大きく育てあげたのも、すべては桐生家の跡継ぎ争いに勝つためだった。だが今回のこの一手で、彼が払う代償はあまりに大きい……でも――「俺は柚希と約束したんだ。必ずこの件を解決し、二度と彼女を傷つけたりしない」コートを羽織った彼は瞳に決意を宿し、毅然と部屋を後にした。「なんてこと!何をしているのよ!」洋子はソファに崩れ落ち、絶望に涙した。取締役たちも、皆、深い溜息を漏らす。「とんだ相手を選んでしまったな……社長が、こんなに恋愛のことしか頭にない男だとは。あの時、彼を支持するべきじゃなかった……」柊馬がドアを開けると、冷たい冬の夜風がリビングへなだれ込んできた。刺すような冷気に、莉奈の頬を伝っていた涙まで凍りついたようだった。「柊馬くん……」雪道に踏み出した背中を見送り、莉奈は声を詰まらせた。「私があなたの兄と結婚する前から、あなたのことが好きだったの……なのに、あなたの目には柚希ちゃんしか映っていない……柊馬くん……そんなふうに自分を破滅させること、私が許さないから!」……マンションの中。トムからのメッセージが届く。【チーフ、社長側が柊馬さんと子供の毛髪を確保し、急ぎDNA鑑定に入りました。ただ、二人ともやり方が慎重で、不倫の決定的な証拠はまだ見つかっていません」柚希はそのメッセージを見て、冷めた目をしていた。そして、二つの録音ファイルをトムに送った。一つは、莉奈に無理やり、「私桐生莉奈と桐生柊馬は禁断の関係にある!」と言わせた録音。もう一つは、今回新しく録った、柊馬が子供が自分
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第54話

炎真:【子供は柊馬の子じゃない。DNA鑑定なんて、何の意味もないな】清臣:【柚希さんから提供された録音だけだと、決定打には欠ける。柊馬さんは用心深い。不倫の直接的な証拠は、まず掴めないだろうな】炎真:【証拠がないなら、作り上げればいい】清臣:【何?】炎真:【その件は、俺がやる】清臣:【……やれやれ。愛する女性のため、身内を切り捨てるってか?炎真様も、すっかり純愛だね】炎真は冷たくオフラインになった。彼は立ち上がると上着を羽織り、柚希に向かって言った。「少し外へ行ってくる。明日の夜までには戻る」柚希は驚いた様子で、パソコン画面から顔を上げた。この間ずっと、炎真は毎晩ここにいた。この家に、もう一人の気配があることに、すっかり慣れてしまっていた……ほんの一瞬動揺したものの、すぐに礼儀正しい笑みを浮かべて頷いた。「分かった」……翌朝。目を覚ました柚希がリビングに向かうと、そこにはいつも漂っているはずの、食欲をそそる良い香りがなかった。誰もいないキッチンを見ると、心の中がなんだか寂しくなった。慣れって、本当に怖い。柚希は冷蔵庫へ行き、パンと卵で簡単なサンドイッチを作った。しかし、炎真が作ってくれる美味しい朝食に舌が慣れてしまっていたせいか、食べてみても味がよく分からなかった。一度贅沢な味を覚えると、戻すのは難しいって本当ね。柚希は仕方なく首を振り、そのままゆっくりと食事を続けた。ブルルルッ。トムから緊急の連絡が入った。彼は焦ったような声で言った。「チーフ、早くライブ配信を見てください。柊馬さんが釈明会見を開いてます」釈明?昨晩の柊馬の姿を思い出し、柚希の唇の端に冷ややかな笑みが浮かんだ。莉奈との関係を隠し通そうとする彼が、今さらどう釈明するつもりだろう?どんな茶番劇を見せてくれるのか、見てやろうじゃない。柚希は配信リンクをタップした。画面の中では、柊馬がライトを浴びて立っていた。スーツをきっちり着こなして身なりは整えられていたが、その目の下には隠しきれないクマが見え、ギプスをつけた腕がいっそう彼の惨めな様子を際立たせていた。「桐生社長、とても状態が悪そうですが……無理を押してまで柚希さんの潔白を証明するのですか?彼女のために、そこまで犠牲にする必要があるのですか?」
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第55話

柊馬は、こうなることをとっくに予想していた。その目はいっそう固い決意に満ちていた。たとえこの先が奈落の底でも、柚希のためなら、彼は飛び込む。画面越しの柚希に語りかけるように、赤く充血した瞳には深い愛情が浮かんでいた。「柚希さんは昔、私を助けるために子宮を傷つけ、子供が持てない体になったんです。しかし、私は知っています。彼女は本当は、とても、とても子供が好きなんです。自分の子が欲しいと、心から願っています。それが、彼女の心に消えない傷を残したのです。莉奈さんが妊娠した時、彼女は心から喜び、祝福し、懸命に支えていました。しかし、彼女も人間です。毎日他人の子供を目の当たりにし、夜の静けさの中で悲しみや寂しさに押し潰されそうになっていたのです……夜中に眠れず、涙をぬぐう彼女を、私は何度も見ました。彼女が一生、そんな苦しみの中で生きるなんて耐えられません。私は彼女に、完璧な幸せを捧げたいのです。これ以上、柚希さんに終わりのない苦しみを味わわせるわけにはいかないから、私は莉奈さんを追い出しました。甥に、そして亡くなった兄に対し、申し訳ない気持ちでいっぱいです……しかし、柚希さんのためなら、私はどんな悪者になろうとも、こうするしかなかったのです。すべての責任は私にあります。批判なら私一人にぶつければいいです。もう、罪のない柚希さんを巻き込まないでください。彼女はもう十分苦しんだのです」柊馬の言葉に、記者たちは驚きのあまり言葉を失った。まさか真相が、こんなことだったなんて、誰も思っていなかった。生配信のコメントは、数秒の沈黙のあと、ものすごい勢いで流れはじめた。【マジか?!どんでん返し?!】【義理の姉を追い出したのって柚希さんじゃなくて、柊馬さんだったの?】【奥さん思いなのはいいけど、やりすぎだろ。莉奈さんだって人間だぞ。旦那さんを亡くして可哀想なのに、義弟に追い出されるなんて酷すぎる】【人でなしだ。冷酷非情で、家族の絆なんて一切眼中にないんだから!】【彼のお兄さんは、昔すごく彼に優しかったらしい。これじゃあ死んでも死にきれないよ!】【最低な奴だ!】ピン――トムからメッセージが届いた。【予想外のことですね、あそこまで命がけで責任をかぶるとは……】柚希は表情一つ変えず、配信画面を見つめていた。心は少しも揺
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第56話

莉奈は柊馬の手を全力で振りほどき、無数のカメラのフラッシュを浴びながら言った。「真実を言わせて――本当のところ、私は自分から出ていこうとしたのです!再婚して、新しい生活がしたかっただけです。柊馬くんが私を追い出したって言っていたのは、兄が亡くなる前の遺言のせいです。兄の代わりに、私をちゃんと守れって言われたのですから、彼は、妻への気持ちと身内への情の間で、自分を犠牲にして、不甲斐ない義理の姉の私を守ってくれたんです。彼は本当にとってもいい人で、心が優しすぎるだけなんです。もう誤解しないでやってください」会場中が騒然となった。柊馬は言葉を失った。信じられないといった様子で、莉奈を見つめていた。記者たちは一斉に沸き立ち、カメラとマイクを狂ったように莉奈へ向けた。「再婚したいですって?莉奈さん、ご主人が亡くなってまだ間もないでしょう?」「前はご主人があなたにどれだけ優しかったか、この界隈で知らない人はいませんよ。それなのに、そんなに急いで再婚したいんですか?良心が咎めないんですか?」「子供のことは考えていないのですか?あまりに身勝手ですよ!」「せっかく同情していたのに、まさかあなたが一番、情も義理もない人だったなんて!」波のように非難が押し寄せてきた。莉奈のやつれた顔はさらに青ざめた。しかし彼女は体をなんとか支えながら、何度も頭を下げて謝り続けた。「ごめんなさい……全部、私のせいです。私が身勝手すぎました……皆さん、本当にすみません……」たった一人で全ての悪意を受け止める彼女を見て、柊馬の胸は引き裂かれるように痛んだ。後悔といたたまれない気持ちが、こみ上げてくる。見ていられなくなった柊馬は、彼女の腕を掴み、無理やり会場から引きずり出した。人のいない裏通り。「莉奈!なぜそんなことをするんだ!世間にどう思われるか、お前の立場はどうなるんだ!」柊馬は焦りと怒りに震えていた。莉奈は顔を上げ、涙を流しながらも笑った。「柊馬くん、私があなたの人生を台無しにするのを、黙って見ていられなかったの……あなたが柚希ちゃんに向けるその想いは、私があなたを想う気持ちと同じよ。あなたの兄は亡くなったが、あなたはあの人とよく似ている。私はあなたの中に、何度もあの人の面影を見つけたんだよ。彼を失って絶望していた私に、生
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第57話

彼はショックで体が震える莉奈を見て、優しい口調でなだめた。「外の状況は落ち着かないし、危険な連中がお前を狙うかもしれない。しばらくは家で静かにしていてくれ。ネットもニュースも見る必要はない。この騒ぎが早く収まるように俺がなんとかする……その後で人を手配して、海鳴市まで送り届けるから」莉奈のやつれた顔に失望の色がよぎったが、彼女は健気に頷いた。「……わかったわ。でも、今ここに私がいたら、柚希ちゃんに誤解されちゃうわ。柚希ちゃんにきちんと説明してあげて。疑いを晴らせば、あなたの気持ちも伝わるし、許してもらえるかもしれないわ」彼女がそう言えば言うほど、柊馬の胸には罪悪感と守ってやりたい気持ちが押し寄せた。「何か必要なことがあればいつでも言ってくれ。俺にできることなら、お前と子供のためなら何でも叶えるよ」柊馬は邸宅のセキュリティを再チェックし、抜かりがないことを確認してから柚希のもとへ向かった。彼の車が遠ざかっていくのを見て、莉奈の顔から優しさが一瞬で消え去った。代わりに浮かんだのは、ぞっとするような悪意だった。彼女は近くに立っていた恵に目配せをし、音もなく口を動かした。[やりなさい]恵は意図を察し、頭を下げて静かに部屋を出て行った。……マンションの中。トムからメッセージが届いた。【チーフ、まさかこんな形で終わるとは思いませんでしたよ。世論が完全にひっくり返りました。今、ネット上では莉奈さんの冷酷さや恩知らずな態度への批判が炎上していますし、チーフのSNSでも多くの人が謝罪しています。ですが……一体どうされたのですか?莉奈さんは改心でもしたんですか?どうして自分の首を絞めるような真似を。あまりに不自然で、背筋が凍るようです】柚希はメッセージを見て、冷ややかな目をした。当然よ。彼女が心から私のために汚れ役を引き受けるはずなんてないのだから。嫌な予感がする。莉奈は必ず次の手を用意しているはず。それも、より過酷であくどい手口で。柚希:【DNA鑑定の結果は明後日に出るのよね?結果が出たら、すぐにネットで公開して。一秒たりとも無駄にしないで!莉奈と柊馬の不倫の決定的な証拠を世間に叩きつけてこそ、この件に幕を引けるのだから】トム:【チーフ、あなたの言った通りになりました。莉奈さんはやっぱり手を打ってきました
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第58話

少し前、柚希が莉奈母子を追い出そうとした時、みんなはただの嫉妬か、心の狭い女だと思っていた。でも今度は、子供を傷つけて虐待したのだ。それは、誰もが絶対に許せない一線を越えていた。柚希のSNSのアカウントは、あっという間に荒らされた。DMには、最悪な呪いの言葉があふれていた。それどころか、ほんの短い間に、柚希の写真を加工した遺影のコラ画像までネット中に出回った。柚希は動画を見ながら、怒りで震えが止まらず、指先まで氷のように冷たくなっていた。恵……恵が、自分を陥れるような嘘を並べているなんて、夢にも思わなかった。そもそも恵は、障害があるために桐生家で働く先がなかなか見つからなかったところを、柚希が可哀想に思い、異例の採用をした人だ。仕事も一番楽なものに回し、高い給与も出してきた。さらには彼女の娘が病気だと聞けば、長年ずっと治療費を全部出し、学費も生活費もすべて負担してあげていた……でも、その見返りを求めない優しさが、一番残酷な形で、返ってきたのだ。まさに、恩を仇で返すとは、このことだった。柚希は、心の底から冷え切っていた。柊馬の裏切りが一番つらいと思っていたのに、あれほど親切にしてやった恵まで、恩知らずにも噛みついてくるなんて。どうしてこの世の中の人たちは、みんなこうなってしまったのだろう。柚希は震える手で、恵にメッセージを送った。【どうしてこんなことをしたの?】数分後、返信が届いた。【柚希様、あなたのやり方はあまりにも酷すぎます。私はただ、見過ごせなかっただけです。莉奈様みたいな優しくて素直な人が、あなたにあんな風にいじめられていいはずがありません】はっ……柚希は皮肉な笑いを浮かべた。私が「ひどい」のだと言うの?柚希は、これまで濡れ衣なんて絶対に着なかった。でも、どうしてもこの罪を着せたいのなら、その「ひどさ」を、本物にしてやろうと思った。柚希はスマホを取り出し、国内で一番有名で大きな探偵社に連絡した。「桐生莉奈に関する全てのネガティブなネタを探して、特に、学生時代のいじめの実態を詳しく調べ上げてください」陸の供述にもあった通り、莉奈は表向きはおっとりしていても、実際は腹黒く、学生の頃から不良で、同級生をいじめていたという。今も裏ではタバコや酒に浸り、かつて店員に大怪我をさせた件も、金を積
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第59話

ピンポーン……その時、インターホンが鳴った。炎真は不在だし、柚希は料理をする気分でもなかったので、デリバリーを頼んでいた。注文した食事が届いたのだと思い、すぐさまドアを開けた。しかし、そこに立っていたのは柊馬だった。柊馬は手になにやら高級そうな多段のお重を下げている。「柚希、出前は体に悪いよ。五つ星ホテルのシェフ特製の料理に変えてきた。全部、お前の好物だよ。ローストビーフに、フォアグラのソテー……」彼は勝手にしゃべりながら中に入り、料理を一つずつダイニングテーブルに並べていった。柚希はうんざりしきった様子だった。「ここに来ないで。出ていって!」「柚希……」柊馬は愛おしそうに、辛抱強く彼女を見つめた。「記者会見は見てくれた?俺の誠意が、まだ伝わらないのか?」柚希は鼻で笑った。「じゃあ聞くけど、状況が変わったとでも?ネットで私を叩く声は止んだの?」柊馬は向かう途中で、恵の件についてのニュースを知った。「安心してくれ。山崎さんの件は俺が責任を持って解決する。今から直接行って問い詰めてくる」そう言って、彼の目が机の上の書類をとらえた。その内容をひと目見て、柊馬は途端に顔をしかめた。「莉奈の調査をしているのか?」彼はぱっと顔を上げた。目には失望と非難があふれていた。「こんな資料を集めて、どうするつもりだ?公にして、彼女の評判を落とす気か?」「評判を落とす?」柚希は皮肉な笑みを浮かべた。「そこに書いてあること、すべて彼女自身がやったことじゃないの」「あり得ない!」柊馬は声を荒げた。「莉奈はそんなに優しくてか弱い人間だぞ。誰かをいじめるはずがない。全部デタラメだ、誰かに捏造されたに決まってる!」柚希は、あの女にすっかり言いくるめられて現実が見えていない彼の姿を見て、冷笑する気さえ起きなかった。心が腐りきった相手に何を言っても、暖簾に腕押しというものだ。「柚希、今回のことがお前に大きなショックを与えたのはわかる。でも、山崎さんがこんなことをしたのは、絶対に莉奈とは関係ない。お前も見ただろう。莉奈は自分の評判を犠牲にしてまで、お前の潔白を証明しようとしたんだぞ。感謝するどころか、逆恨みなんてどうかしている。彼女はいい人だし、可哀想な人なんだ。お前と何かを争おうなんて思っちゃいない。柚希、これまでは
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第60話

T国の空港。恵は飛行機を降りるやいなや、顔を深く覆い隠し、人混みに紛れて急いで空港から立ち去ろうとした。しかし、まだ遠くへ行かないうちに、屈強なボディーガードたちに行く手を阻まれ、有無を言わせず空港内のVIPルームへと連れ込まれた。「何をするの!離して!警備員、警備員!」恵は恐怖のあまり叫び声を上げた。声を聞いて空港の警備員が駆けつけたが、リーダー格の男が現地の言葉で何か囁き、分厚い札束を握らせると、警備員はすぐに何事もなかったかのように立ち去ってしまった。恵の心は、絶望のどん底へと突き落とされた。薄暗いVIPルームの中、中央のソファに座る柊馬の姿があった。指先には葉巻が挟まれており、煙が立ち込める中で鋭い視線を投げかける彼は、見るからに冷酷な空気をまとっている。「柊、柊馬様……」足がすくみ、声が震える。恵は彼がこれほど早く辿り着くとは思っていなかった。彼女は歯を食いしばって必死に冷静さを装った。「……一体どういうおつもりですか?私はちゃんと辞めましたよ。なんで私を捕まえるのですか?」柊馬はゆっくりと煙を吐き出し、氷のような声で告げた。「なかなか賢いな。隠れ場所にT国を選ぶとは。ここなら混乱していて、どさくさに紛れられる。本当に逃げきられていたら、俺もそう簡単には探せなかっただろう。残念だな。逃げきれなかったわけだが」彼は言葉を切り、鋭い視線を恵に向けた。「言え。誰がお前に、柚希を陥れるよう指示した?」恵は唾を飲み込み、開き直って答えた。「誰の指図でもありません。私が見た事実を言っただけです。柚希様は嫉妬に狂って、坊っちゃんを虐待していました!」「柚希がそんなことをするはずがない!」柊馬は即座に言い放った。「柊馬様、以前、柚希様があなたから離れるなんてありえないと信じ切っていませんでしたか?それでも彼女は出て行ったでしょう。本当に彼女のことを知っているんですか?彼女の裏の顔を、柊馬様は本当に見抜いているんですか?」その言葉はとげのように、柊馬の痛いところをぴたりと突いた。彼の瞳が暗く淀み、その表情はより一層残酷で冷え切ったものへと変わる。「どうやら、大人しく白状するつもりはないようだな」しびれを切らした柊馬は、小さく手を振った。背後から恐ろしい刺青を彫った男たちが現れ、乱暴に恵を引きずっ
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