All Chapters of 義姉に溺れる夫へ。私はあなたの従兄と再婚するわ: Chapter 41 - Chapter 50

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第41話

「あのね」柚希は彼の言葉を遮った。「夫から20億円受け取ったから、もう結構」そう言って電話を切ると、柚希は迷うことなく、送金された大金をそのまま突き返した。電話の向こうの柊馬は、切れた音を聞き、返金の通知を見て、力なく椅子にもたれた。そして、苦痛に満ちた表情で目を閉じた。今の彼女にとって、自分の金など必要ないのだ。傍らにいた弁護士は溜息をつき、柊馬を見た。「手元にある時は大切にせず、失ってから後悔するなんて……何の役に立つというのですか?」……夕暮れ時。トムが車で柚希をマンションまで送った。「ありがとう、トム。送ってくれて助かったわ」車を降りた柚希は、窓から顔を出し、笑顔で礼を言った。「気にしないでください。これから同僚だし、ついでですから」トムは明るく笑って、声を潜めて続けた。「それに、社長じきじきの命令なんですよ。あなたをちゃんと世話して、安全に送り迎えしろ、と。お陰で手当も付いたし、感謝してるのは俺の方ですよ。明日の朝も絶対待っていてくださいね。行きも帰りも、しっかりお世話させてもらわないと困りますから!」「じゃあ……明日の朝ごはん、私が何か持ってくるね。何か食べたいものある?」「サンドイッチでお願いします。ありがとうございます、では、また明日」トムは手を振り、車を発進させた。気分が晴れやかになった柚希は、マンションのエントランスへと向かった。でも、エントランスのところまで来たとき、予想外のことに、一人の男が壁にもたれて立っているのが目に入った。すらりとした長身、引き締まった体格。高級そうな黒いコートを羽織った彼は冷ややかな気品を漂わせており、その顔立ちの整いぶりは思わず息を呑むほどだった。――まさに、炎真だった。彼はトムの車が去った方から視線を戻すと、それを柚希に向けた。その目は、E国の冬の夜の霧よりも重く、深かった。突き刺さるような視線に、柚希は言いようのない気まずさを覚えた。まるで浮気の現場を押さえられたような、ぞっとする感覚があった。いや、気のせいだ。だって二人は、本物の夫婦じゃない。「な、何でここにいるの?」柚希は不安にかられ、無意識にバッグの紐を握りしめた。まさか、炎真はE国まで自分を追いかけてきたのか……もしかして京香との関係が急展開して、結婚
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第42話

柚希は一瞬だけためらった。頭の中は、「京香」や「離婚」のことでいっぱいだったが、口から出たのは、これ以上ないほど優しい言葉だった。「明日の朝ごはん、何が食べたいか聞きたかったの。作ってあげる」炎真から離婚を切り出さないなら、こっちから進んで首を突っ込む気はない。もちろん、一日でも先延ばしにしたかった。炎真が振り返り、含みのある視線を投げかけた。「サンドイッチは好きじゃないな」柚希は言葉を失った。よし。明日の朝ごはんは二種類作ればいい。今すぐ離婚さえ言い出さないなら、そのくらいの手間なんてなんでもない。我慢する。身支度を整えた柚希がバスルームから出ると、目に飛び込んできたのは、彼女の柔らかいピンクのベッドでくつろぐ炎真だった。タブレットを手に、仕事の資料に目を通していた。背が高くて、冷たい雰囲気の彼。それと、小さくてピンクのベッド。全然釣り合っていない。でも本人はまったく気にしていないみたいだった。柚希は息を深く吸い込んだ。「我慢すれば丸くおさまる。譲ればお互い楽になる。頼みごとがある身は強く出られない……」と心の中で何回も唱えた。それから、毛布を抱えて、あまり寝心地の良くなさそうなソファへ行き、横になった。炎真は顔を上げて、みのむしみたいに毛布にくるまった柚希を見て、唇を引き結び、結局は何も言わなかった。それから、彼はタブレットを消し、寝室の明かりを落とした。翌朝。ピピピ――ピピピ――目覚まし時計が激しく鳴った。柚希はうっとうしそうに片目をうっすらと開け、顔全体で「眠すぎる」と訴えていた。体中の細胞が、起きることを全力で拒んでいる。眠い……ほんとに、あと5分だけ寝たい……でも、トムに朝ごはんを持っていく約束をしていた。それに、あのうるさい「旦那」の炎真もいる……二人分の、別々の朝ごはんを作らなきゃ。早く起きないと、とても間に合わない。柚希はつらそうに、なんとかまぶたをこじ開けた。スマホを手に取り、目覚まし時計を止めようとした。でも、画面の時刻を見て、一気に目が覚めた。8時20分?昨日の夜、確かに7時20分にセットしたのに。7時20分に起きないと、朝ごはんが間に合わない。柚希はガバッとソファから飛び起き、大慌てでキッチンへ駆け出した。そして、部屋を出たとたん、食欲をそそるいい匂いが
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第43話

炎真は料理がとても上手なだけでなく、作る量の加減も絶妙だった。ちょうど二人分で、トムの分は一切なかった。柚希は、朝の忙しい時間でサンドイッチを作れるかどうか頭を悩ませていた。そんな柚希に、炎真はさらりと朝食の袋を放り投げた。「朝、食材を頼んだら店主がおまけでくれたんだ。俺はサンドイッチなんて食べないから、やるよ」柚希の目が一瞬でキラキラ輝いた。「ありがとう!」トムは時間ぴったりに迎えに来た。柚希は車に乗り込み、さっそくそのサンドイッチをトムに差し出した。「ありがとうございます!」トムは眩しい笑顔を向けた。「チーフのおかげで5分も余計に寝られますよ。まさに俺の天使ですね!」会社に着くや否や、トムは待ちきれずに袋を開け、サンドイッチにかじりついた。だが次の瞬間、彼の表情は一気に歪んだ。手にしたサンドイッチを信じられないといった様子で見つめ、頭は疑問符でいっぱいだった。世界中に、こんなに不味いサンドイッチが存在していいはずがない。……研究所の勝手がわかってくると、柚希は本格的な業務に取り掛かり、残業の日々が始まった。家に戻る頃には、すでに深夜の12時を回っている。自分の狭いマンションのドアを開ける前、柚希は心の中でこっそりと願った。もう炎真が出ていってくれているように。どうか出て行って、出て行って、出て行って……おずおずとドアを開けると、目に入ったのは真っ暗な部屋ではなく、明るく照らされたリビングだった。炎真が優雅にダイニングテーブルへ座り、グラスを揺らしている。彼はゆっくりとこちらへ目をやり、何気ない調子で聞いた。「夜食を食べるか?」柚希はガックリ肩を落とす。「いいえ、ダイエット中なんで……」炎真はワインを上品に一口含むと、「ステーキサラダだ。ダイエット食だよ」と答えた。1分後、意志の弱い柚希はテーブルに着き、それを食べていた。彼の料理の腕は、間違いなく本物だった。普通のステーキのはずだが五つ星シェフ以上の絶品で、疲れ切った心と体に染み渡っていく。彼が離婚を持ち出さないのであれば、ここにあと数日いてもいいかな……そんなことをぼんやり考えた。食べている柚希の少しあどけない口元を見て、炎真の口角が微かに上がった。……AIバイオニックロボットの構想は3年も前にすでに出されていた
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第44話

トムは海鳴市で、柚希と柊馬の関係を間近で見ていたため、眉をひそめた。「チーフ。確かに『ココロガタリ』があれば作業は捗りますが、自分たちで苦労して作ることもできます。あの人のお情けを受けたくなければ、無理に使う必要はありませんよ……」「なぜ使わないの?」柚希は冷静に言い放った。「永久無料ライセンスも出ているし、使わなきゃ損よ。それに、『ココロガタリ』はもともと私が作ったもの。今は、私の手に戻っただけ」彼女は立ち上がり、チームに向けて言った。「みんな、今のうちにデータをインポートしちゃって!うまくやれば、今日は早上がりできるわよ!」研究室が歓声に包まれた。……仕事を終えてマンションに戻った柚希は、家の前に佇む背の高い人影を見つけた。偶然にも炎真が帰宅していたのだろうか?彼女は思わず足を速めた。彼に近づきながら、自分でも気づかないほど弾んだ声で言った。「炎……」でも、相手の顔がはっきり見えた瞬間、彼女の表情が一気に冷たくなり、嫌悪に変わった。こんな外国まで逃げてきたのに、どうして柊馬はまだ追いかけてくるの?「柚希!」柊馬はどれほど待っていたのか、寒さで顔を真っ赤にしていた。それでも彼女を見て、抑えきれない喜びが顔に出ていた。その瞳は、深い想いであふれていた。「『ココロガタリ』を使ってくれて、本当に嬉しい。お前が俺の助けを受け入れてくれるなんて……」「やめて」柚希は不機嫌に遮った。「私が使うのは、あなたの好意からじゃない。もともと私のものを、取り戻しただけ」柊馬は息を詰まらせた。「柚希、まだ許してくれないんだね……俺はもう実家を出たし、莉奈たちとは完全に縁を切ったんだ。あの時は俺が間違っていた。お前が戻ってきてくれるなら、二倍、いや十倍、百倍の償いをさせてほしい……もう一度だけ、チャンスをくれないか」「本当に償いたいなら、二度と私の視界に入らないで」柚希は彼を突き放すように、ドアを開けた。そして、冷たくドアを閉めた。彼と一秒でも一緒にいるのが、命の無駄だと言わんばかりだった。「柚希!」閉ざされた扉を見つめる柊馬の瞳には、頑ななまでの執着が宿っていた。「俺のやり方がまだ足りないのは分かってる。お前が怒っているなら、いくらでも償う。あの夜、お前を雪の中に置き去りにした。だから今夜は、その分を
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第45話

「心配なのか?」炎真は柚希の傍らへ歩み寄り、温かい牛乳を差し出した。感情の読めない声だが、妙に癪に障る口調だ。「あいつを部屋に入れて、水でも一杯ふるまってやろうか?」手のひらから伝わる温もりが、心臓までじんわりと温めてくれる。窓の外に広がる氷の世界は、もう遠い遠い場所にあるように思えた。「やめておいて。あなたが怒りのあまり手出しをして怪我をさせたら、警察沙汰になるなんてごめんだわ」そう言うと、柚希は迷いなくカーテンを引き、くるりと背を向けて自分の部屋へ戻っていった。翌朝。ドアが開いた音で、凍りついていた柊馬はガバッと目を覚ました。体に積もっていた雪が音を立てて落ちた。彼は歯をガチガチと鳴らしながら、縋るような眼差しを向けた。「柚希……ようやく会ってくれたんだ!」しかし柚希は彼を一瞥もせず、部屋の中にいる男に向けて甘い声で言った。「ちゃんとコートのボタンを留めて!外は凍えるほど寒いのよ。こんな時に格好つけてどうするの?」彼女の声に合わせて、炎真が悠然と部屋から出てきた。炎真を見た瞬間、柊馬は瞳孔をきゅっと縮め、信じられないとばかりに声を張り上げた。「炎真さん……どうしてここにいるんですか?」炎真は眉を上げ、嘲るように彼を鼻で笑った。「自分の妻と住んでいて、何か不思議なことでも?お前こそ、こんな早朝から人の家を訪ねるなんて、本当に不躾な奴だ」柊馬の両目は充血し、体は震えが止まらない。炎真の放つ言葉の端々が、まるで刃物のように突き刺さる。さらに柊馬を絶望させたのは、ずっと彼を見ようともしなかった柚希が、今まさに炎真のコートのボタンを一つひとつ丁寧に留めている光景だった。その仕草には気遣いと優しさが溢れ、彼が凍えることを本気で心配しているようだった。海鳴市の冬、彼女はいつもそうやって自分の襟元を整えてくれていた。かつては自分のための、当たり前の光景だった。なのに今は……「柚希……」心を引き裂かれるような思いで、柊馬は後悔と嫉妬に飲み込まれていた。「見てくれ、俺は昨夜ずっとここで待っていたんだ。手も動かなくなるほど凍えた……お前が雪の中で過ごしたあの30分を、俺は100倍にして思い知ったんだ。本当に自分が馬鹿だった……許してくれないか。お願いだ……そんな目で見ないでくれ……」柚希は炎真
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第46話

車の中。トムはバックミラー越しに、雪の中に倒れた柊馬を見て、少し心配そうに言った。「チーフ、この寒さはやばいですよ。ほんとに凍死しかねません……放っておいていいんですか?」柚希の声は、何の感情もこもらず、淡々としていた。「通勤の時間帯だから、通る人も多いし、誰かが見つけて警察を呼んでくれるでしょ」柚希だって、柊馬が凍え死ぬのを黙って見ているつもりはない。でも、もうこれ以上、あの人のために自分の時間を使うつもりもなかった。トムは心から感心した。「チーフ、情を断ち切ってからは、ほんとに考えがすっきりしてますね!めでたいですね!」情を断ち切った?炎真の暗い視線が、柚希の顔にじっと注がれた。その時、柚希の両親からビデオ通話がかかってきた。「柚希、E国はすごい雪だってね。ちゃんと暖かい格好をしている?体を冷やしたりしてないよね?」「柚希、外国の料理は国内とちがうだろ。ちゃんと食べられてる?」「柚希、車の中なの?また、トムが送ってくれてるのね?」トムの名前が出て、柚希は思わず後ろめたくなった。だって、両親にはトムを新しい彼氏だと話してある。でも、本当の夫が隣にいるのに……炎真との仲は形だけで、しかも今にも壊れそうだ。だが、この修羅場のような状況では、居心地が悪くて生きた心地がしなかった。柚希は、両親がうっかりバラさないかと不安になったから、急いで話を切り上げようとする。「お父さん、お母さん、もうすぐ会社だから、いったん切るね……」でも、言い終わる前に、百合子の声がスマホから飛んできた。「スマホをトムくんに渡して。あなたの彼氏とちょっと話したいの」「彼氏?」炎真が低い声でその三文字を繰り返した。車内の空気が一気に凍りついた。運転していたトムは、びくっとして手が震えた。ハンドルが大きくぶれて、危うくぶつかりそうになり、冷や汗が噴き出した。「お母さん、トムは運転中だから、気が散ると危ないの。会社に着いたら、またかけ直すね!」柚希は慌てて電話を切った。トムは急いで説明した。「炎真様、どうか誤解しないでください。俺とチーフは、100%清らかな仕事仲間です!チーフが海外で一人で暮らしているのを、ご両親が心配なさっているものですから……俺は、彼氏のふりをしてほしいと頼まれたんです。ただ、ご両親を安心させるためだけ
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第47話

「炎真様、社長が社長室でお待ちしております。こちらへどうぞ」トムは一瞬で悟った。「……なるほど、予約なんていらない関係ってわけか」「……さすがは炎真様ね」柚希は感心したように漏らした。海外で炎真が力を持っているという噂は聞いていたが、その深さは計り知れない。想像以上に、彼はこの地で強い影響力を持っているようだ。柊馬が彼と渡り合おうなんて、夢のまた夢だった。30分後、社内の給湯室。柚希はトムを呼び止め、両親とのビデオ通話をつないだ。トムは「彼氏」を見事に演じ、柚希の両親を楽しませていた。すると、不意に給湯室のドアが開き、仕立てのいいスーツを着た炎真が入ってきた。しかも「たまたま」ビデオの画面に映る位置に立った。彼の凛々しい顔立ちと、気高いオーラは、一瞬でトムを霞ませた。そして百合子の視線を、すっかり奪ってしまった。「あら、なんて素敵な人なの!」画面の向こうの百合子が、目を輝かせて声を上げた。柚希は心臓がドキッとした。炎真がどうしてここに?いや、彼はまだ帰っていなかったの?咄嗟に電話を切ろうとした柚希だったが、炎真は優雅にカメラに向かって微笑み、先手を打って挨拶をした。「お褒めに与かり光栄です」柚希の、通話を切ろうとした指が、宙でぴたりと固まった。信じられないものを見る目で炎真を見つめる。クールで冷酷なカリスマキャラはどこに行ったの?完全キャラ崩壊じゃない!百合子はますます張り切った。「そのオーラ、一目で偉い方だってわかりますね。もしかして柚希の上司ですか?」「いえ、柚希の上司とは友人です。自分もいくつかグループを束ねておりまして……」炎真は謙虚かつ丁寧に答え、自然な流れで百合子と会話を続けた。百合子が今にも盛り上がりそうなのを見て、柚希はこめかみを押さえ、慌てて割り込んだ。「お母さん!同僚に呼ばれちゃったから、またね!」名残惜しそうに、百合子の視線がまだ画面の炎真に釘付けになっている。炎真は紳士的な微笑みを浮かべた。「また今度お話ししましょう」また……だと?心中で荒れ狂う嵐を必死に抑えつつ、柚希は、ただの社交辞令に決まってる、と自分に言い聞かせた。でも炎真は何事もなかったかのように、自然にコーヒーメーカーの横へ歩いていき、さりげなく二杯分を淹れ始めた。トムは恐縮して
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第48話

病院の病室。柊馬がゆっくりと目を開ける。見慣れない白い天井を見て、期待が膨らむ――やっぱり柚希は自分を見捨てられないんだ。病院へ連れてきてくれたんだ。「柚希!」焦って体を起こした彼の目に飛び込んできたのは――莉奈はベッドのそばに立っていた。目の下には隈が目立ち、やつれ果てていたが、必死に体を引きずるようにして水を入れたコップを手に、心配そうな表情で柊馬を見つめている。「柊馬くん、気がついたの?体が冷え切っていて、危うくショック状態になるところだったのよ。本当に怖かったんだから。体調はどう?まだ痛むところはある?」柊馬の胸中は、一瞬にして絶望の底に突き落とされた。深く失望した彼は、苛立ちを隠さずに吐き捨てた。「なぜお前なんだ?二度と近づくなと言ったはずだ。柚希に見られたら、きっと嫌がるんだ」「凍え死にかけたのに、あの人は助けもしなかったのよ。それでもまだ、彼女のことばかり考えてるの?」莉奈は悔しそうに声を詰まらせ、大粒の涙をこぼした。「柊馬くん、いい加減にして!彼女はもう、あなたのことなんて愛してないわ」「黙れ!」まるで癒えかけた傷口をえぐられたような、耐えがたい激痛に、柊馬の理性がついに崩壊した。彼は目の前にあった水入りのコップを、勢いよく壁に向かって投げつけた。ガシャーン!コップは粉々に砕け散り、無惨な姿になった。衝撃のあまり、彼の腕の傷口が再び裂け、鮮血がたちまち包帯を赤く染めた。莉奈はそんな彼を見て、胸が痛むと同時に、嫉妬も覚えた。彼女は駆け寄って彼に抱きつき、泣きじゃくった。「柊馬くん、お願い、こんなことはやめて!あなたには私がいる。私たちの息子もいるのよ。私たち家族でしょ。この先だって、絶対にあなたのそばから離れないから!」柊馬は彼女を容赦なく突き飛ばした。彼の瞳は怒りに血走り、頑ななまでに拒絶した。「俺は柚希を諦めない!絶対にだ!柚希が俺にどんなに冷たくしようが、炎真さんと再婚しようが関係ない。昔彼女を口説き落とせたんだ。今だって、もう一度取り戻してみせる」莉奈は信じられないといった様子で目を見開いた。「自分が何を言っているのか分かってるの?あなたが奪おうとしているのは、炎真さんの妻よ!炎真さんがどれほど恐ろしいか知ってるでしょ?冷徹で手段を選ばない狂人よ。お祖父様が抑え
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第49話

炎真の瞳から、先ほどまでの熱がスッと消えていく。彼はスマホを取り出し、画面を開いた。そこには秘書の絶望に満ちた文字があった。【炎真様!お願いですから、KJプロジェクトは本当に火急の事態なんです!今夜、オンライン会議をお願いできませんか?お願いします!】炎真がE国に来てからというもの、夜の8時から2時までの間、彼はまるで雲隠れするように連絡を断ってしまうのだ。秘書はこっそり炎真の側近に尋ねたことがある。炎真様は夜、グループの存亡に関わる重大な国際案件をこなしているのか、と。そして、炎真の側近は溜息をつき、一言だけ返した。奥様のための夜食作りですよ、と。……炎真は冷蔵庫をちらりと見た。今日買ってきた食材は、すべて彼女の好物ばかりだ。しかし、それらを使う必要はなくなった。彼は席を立つとデスクに向かった。すっかり放置されていた仕事用のアカウントに、久しぶりにログインした。……歓迎会の会場は、豪華な飾りつけに包まれ、人々が行き交っている。会社関係者だけでなく、業界の有名人も顔を揃えていた。特別に手配されて、柚希は会場に入るなり全員の注目を浴びた。祝いの言葉や挨拶が、次々と続いた。彼女は人の輪の中心でグラスを掲げた。声は澄んで、耳に心地よかった。「皆様、こんばんは。上野柚希です。小林社長のご厚意に、お忙しい中駆けつけてくださった皆様に、心より感謝申し上げます。ノクターン財閥への入社は、私にとって新しい門出であり、夢を叶えるチャンスです。優秀な仲間と共に知恵と情熱を注ぎ、AIバイオニックロボットという無限の可能性を秘めた未来を創り上げたいと思います。これからのノクターン財閥と、ここにいる皆様の未来に乾杯を!」柚希の言葉には熱がこもっており、多くの人の心を惹きつけていた。しかし、乾杯の声が終わっても拍手は起きず、かわりに奇妙な沈黙とヒソヒソ話が会場を覆った。招かれた人たちは、ほとんど下を向いてスマホを見ていた。そしてまた彼女を見上げたとき、その目は複雑で、探るようで、さらには軽蔑と怒りに満ちていた。「トム、一体何があったの?」柚希は異様な空気を察し、そばにいたトムに尋ねた。トムが険しい顔で答えようとしたとき、鋭い女性の声が遮った。「よく聞けたものね!柚希さん、あんたが何をしたか心当た
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第50話

清臣が柚希のそばへ歩み寄り、眉をひそめて低い声で言った。「柚希さん、俺は君がメディアが書き立てているような人間じゃないと信じている。一体何があったんだ?」事実と異なる報道の数々を見て、柚希の瞳から冷酷な光が放たれた。こんなタイミングで、それも大切な歓迎会の場で報じられるとは。誰が糸を引いていて、何が目的かは明白だ。彼女は大きく息を吸い込み、怒りを飲み込んで冷静に答えた。「信じてくださって、ありがとうございます。でも真実はまったく違います。あの『可哀想な』義理の姉が身ごもっている子は、亡き人の子なんかじゃありません。私の元夫の子なんです」清臣の目に、納得の色と鋭さがよぎった。「なるほど。ただちに部下を動かして証拠を固めよう。近日中に記者会見を開き、潔白を証明する。うちのノクターン財閥の人間は、誰にでも好き勝手に汚されていいわけがない!」言い放つと、彼は動揺する人々に向き直り、威厳に満ちた声で告げた。「皆さん!今日の柚希チーフに関するニュースは、まったくのでたらめ、悪意ある作り話です!この件には裏があります。ノクターン財閥はすぐに調査に取りかかり、記者会見を開いて真実を明らかにします。柚希チーフの潔白は、必ず証明してみせます!それまでの間、当グループの社員にいかなる憶測も流すことを禁じます。違反した者は容赦なく即時解雇処分とします!」会場は急に静まり返り、ノクターン財閥の社員たちは息を潜めた。だが、招待客として来ていた取引先や業界の重鎮たちの反応は、さまざまだった。沈黙を決め込む者もいれば、あからさまに険しい顔をしてその場を去る者もいた。「小林社長が独断で肩を持つというなら、我が社との提携関係はこれまでということですね!」「公正さに欠けるとは期待外れです。失礼します!」柚希は去っていく面々を見ていたが、そのほとんどが業界を動かす大物ばかりだ。彼らが離れれば、ノクターン財閥にとって計り知れない損失になる。加わったばかりで貢献もしていないのに、自分の揉め事で会社にこんな迷惑をかけるなんて。柚希の手は固く握りしめられ、激しい憎しみが込み上げてきた。海鳴市を去りE国へ来た時、すべてを忘れ、しがらみを清算して新しい人生を始めようと決めていた。なのに莉奈は、あろうことか悪辣な手口を使ってさらに自分を追い
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