「愛想で稼げるうちはいい。でも最後に残るのは、客じゃなくて明細よ」 沙耶さんがそう言ったとき、ひなのの顔が引きつった。 更衣スペースの鏡の前。ひなのはまだ二十三だという。明るく笑う子だ。けれど、客単価の話になると、笑顔の角度が崩れる。今月もまた、思ったより手元に残らなかったらしい。 私はまだフロアの補助と裏方を行き来する身分だった。経理に正式に入ったわけではない。ただ店の流れを覚えるために、いろんな場所に立たされる。立たされるたびに、ここがどういう場所か少しずつわかってくる。 夜の店は、思っていたより静かだった。 会社の宴会とは違う。声は低い。笑いも控えめだ。けれど、言葉は半分だけ緩んでいる。その緩んだ半分に、本音が混じる。 フロアの隅で氷を補充しながら、私は客たちの雑談を拾った。 誰が誰に借りを作ったか。どの案件の金が詰まりそうなのか。どの会社が表に出せない接待費を使っているのか。 全部は理解できない。けれど言いよどみと、支払い方法の違いから関係性が見えてくる。立場が上の人間は金額を見ない。立場が下の人間ほど伝票をちらりと見る。借りのある側は、笑い方が少しだけ硬い。 会社の会議室で覚えたものと同じだった。整えられた言葉の裏に、整えられない金がある。 私はそれを、ただ眺めていたわけではない。氷を補充するふりをして、卓の上の関係を読む。誰が支配し、誰が従っているか。金が、それを全部教えてくれる。沈黙の長さも、笑いの間も、本当のことを言っている。 一つの卓で、男が大きく笑っていた。 「いやあ、最近は監査が厳しくてね」 その言葉に、私の耳が反応した。けれど、声の主は三崎さんではなかった
Last Updated : 2026-06-12 Read more