บททั้งหมดของ 『尽くしすぎたのでやめました。今さら後悔しても遅いです』〜帰らない人を待つのは、もうやめます〜: บทที่ 91 - บทที่ 100

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91話 空いた椅子は寂しくない

 千尋が帰ったあと、部屋は急に静かになった。 玄関のドアが閉まる音。 階段を下りていく足音。 それが遠ざかって、最後には何も聞こえなくなる。 私はしばらく玄関に立っていた。 誰かを見送るのは、久しぶりだった。 前の部屋では、悠斗を見送ることが多かった。 行ってらっしゃい。 気をつけてね。 遅くなるなら連絡して。 その言葉のあと、私はいつも部屋に残った。 帰ってくる人を待つ部屋に。 でも今日は違う。 千尋は、自分の家へ帰っていった。 私は、私の部屋に残った。 待たされているわけではない。 置いていかれたわけでもない。 ただ、友達が遊びに来て、ケーキを食べて、笑って帰った。 それだけのことが、今はとても新しかった。 リビングに戻ると、丸いテーブルの上にはケーキの箱が残っていた。 小さな皿。 フォーク。 紅茶のカップ。 千尋が座っていた椅子は、少しだけ斜めになっている。 私はそれを直そうとして、手を止めた。 さっきまで、そこに千尋がいた。 健康診断後の合法ケーキについて妙に真剣に語って、私の段ボールを見て「建国初期は混沌としているものです」と言っていた。 その声を思い出して、笑ってしまう。 空いた椅子を見ても、胸が痛まなかった。 寂しくない、とは少し違う。 誰かが帰ったあとの寂しさはある。 でも、それは冷たいものではなかった。 また来るね。 そう言ってもらえたあとの寂しさだった。 私は椅子の背に触れた。 空いている。 でも、空っぽではない。 さっきまでの笑い声が、そこに少し残っている気がした。 前の部屋の食卓で見ていた空席とは違う。 あの頃の空席は、いつ
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92話 戻りたいとは違う

 週明けの昼休み、私は佐伯さんと会社近くのカフェにいた。 引っ越してから、初めてゆっくり顔を合わせる。 佐伯さんはアイスコーヒーを一口飲んで、私をじっと見た。「で、どう?」「どう、ですか」「新しい部屋」 私は少し考えた。 薄い青のカーテン。 丸いテーブル。 二脚の椅子。 窓辺のクラゲ。 段ボールの残った床。 知らない町の甘酢あん。 ひとつずつ浮かんで、胸の奥が少し温かくなる。「まだ全然片づいてないです」「でしょうね」「でも、嫌じゃないです」 佐伯さんは小さく笑った。「それはいいね」「はい」 私は手元の紅茶を見た。「寂しくないわけじゃないんです」「うん」「朝起きた時とか、夜に静かになった時とか。あ、もう一人なんだって思います」「うん」「前の部屋のことも思い出します。悠斗のことも」 名前を出すと、少しだけ胸が痛んだ。 でも、前ほど苦しくはなかった。「戻りたくなる?」 佐伯さんの声は静かだった。 私はゆっくり首を横に振った。「それとは違います」 口にしてから、自分で驚いた。 言葉が、思っていたより自然に出た。「寂しいです。でも、戻りたいとは違う」 佐伯さんは頷いた。「それを言えるなら、ちゃんと進んでるよ」「そうなんでしょうか」「そうでしょ。寂しさと未練をごちゃ混ぜにしなくなってる」 その言葉に、胸の奥が少し揺れた。 寂しいから戻る。 痛いから戻る。 それが愛なのだと、少し前の私は思っていたかもしれない。 でも今は、違う。 寂しくても、私は新しい部屋に帰りたい。
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93話 一本の歯ブラシ

 真琴が出ていってから、部屋は静かになった。 正確には、音が消えたわけではない。 冷蔵庫の低い音もする。 外を走る車の音も聞こえる。 隣の部屋のドアが閉まる音もある。 けれど、真琴の生活の音がなくなった。 朝、寝室のドアが開く音。 キッチンで器を出す音。 洗面所でドライヤーを使う音。 帰宅してバッグを置く音。 そういう小さな音が、部屋から抜け落ちていた。 悠斗は洗面所に立ち、自分の歯ブラシを見た。 コップには一本だけ。 見慣れない景色だった。 真琴の歯ブラシが隣にあった時は、それを意識したことなどほとんどなかった。 二本並んでいるのが当たり前で。 片方がなくなることなど、考えたこともなかった。 一本だけの歯ブラシは、驚くほど頼りなく見えた。 悠斗は歯を磨き、口をすすいだ。 洗面台に跳ねた水を拭く。 タオルを直す。 その動作は、少しずつ習慣になり始めていた。 それでも、拭き終えた洗面台を見るたびに思う。 こんなことを、真琴はずっとしていたのか。 自分が気づかないまま。◇◇◇◇ 朝食は、トーストとゆで卵だった。 卵を茹でるだけならできると思ったが、殻をむく時に少し崩れた。 皿にのせると、黄身が端から少し見えている。 悠斗はテーブルに座った。 向かいの席は空いている。 真琴が座っていた場所。 そこに、もう食器は並ばない。 悠斗はトーストをかじった。 焦げていない。 タイマーをちゃんと見たからだ。 それだけのことで、少しだけ自分が情けなくなる。 前なら、真琴が焼いてくれたパンを何も考えずに食べていた。 焦げていなければ当然。 焦げていれば、珍しいなと思うく
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94話 忘れ物

 映画の半券を見つけてから、悠斗はしばらく連絡できなかった。 忘れ物だ。 真琴のものかもしれない。 伝えなければいけない。 そう思うのに、スマホを持つ手が動かなかった。 半券は小さな紙だった。 それだけなら、捨ててもよかったのかもしれない。 でも、引き出しの奥から出てきたその紙には、二人がまだ恋人だった頃の時間が貼りついていた。 勝手に捨てることはできなかった。 勝手に思い出として持っていることも、違う気がした。 悠斗はテーブルの上に半券を置いた。 古い日付。 かすれた印字。 映画の内容はほとんど覚えていない。 でも、帰り道のことは覚えている。 真琴が寒いと言って、両手で缶のミルクティーを包んでいた。 悠斗はその手を見て、手袋を買えばよかったなと思った。 けれど、結局買わなかった。 あの時はまだ、次がいくらでもあると思っていた。 次の冬。 次のデート。 次の記念日。 いつか、ちゃんとできると思っていた。 その「いつか」を、悠斗は何度も先延ばしにしたのだろう。 スマホを開く。 真琴とのトーク画面は、引っ越しの日で止まっていた。『着いたよ。荷物も入った』『よかった』 そのあと、薄い青のカーテンの話をした。 似合いそうだな、その部屋に。 自分で送った言葉を読み返す。 真琴の新しい部屋。 そこに自分の席はない。 けれど、真琴がそこで暮らし始めたことを、ちゃんと受け止めなければいけない。 悠斗は文字を打った。『片づけてたら、昔の映画の半券が出てきた』 そこで手が止まる。 どう続けるべきか分からない。 懐かしいな。 覚えてる? 取りに来る?
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95話 前の部屋

 翌日の仕事帰り、私は前の部屋へ向かった。 電車を降りると、見慣れた駅の景色が広がっていた。 改札前のパン屋。 帰宅する人の流れ。 何度も通った道。 数週間前まで、ここは私の生活圏だった。 それなのに今は、少しだけよそよそしく見える。 私はバッグの持ち手を握り直した。 映画の半券。 悠斗から連絡が来た時、胸が揺れた。 そんなもの、残っていたんだ。 そう思った。 懐かしい。 痛い。 でも、捨てていいとは言えなかった。 あの頃の自分まで捨てるような気がしたから。 マンションに着く。 エントランスを抜け、エレベーターに乗る。 階数ボタンを押す指が、少しだけ震えた。 ここへ帰ってきたわけではない。 取りに来ただけ。 そう自分に言い聞かせる。 部屋の前でインターホンを押すと、すぐにドアが開いた。「お疲れ」 悠斗が立っていた。「お疲れさま」 久しぶりに見る部屋着ではない悠斗。 シャツの袖をまくっていて、少し疲れた顔をしている。 でも、前より部屋が整っている気がした。「入って」「うん。少しだけ」 靴を脱いで、玄関に上がる。 懐かしい匂いがした。 でも、そこに私の匂いはもうほとんど混じっていないように感じた。 リビングに入ると、胸が静かに痛んだ。 ソファ。 テーブル。 食器棚。 全部、知っているもの。 でも、段ボールはない。 私の本もない。 窓辺にクラゲもない。 洗面所の棚も、きっと空いている。 ここは、私が出ていったあとの部屋だった。 私がいた部屋ではなく。 私がいな
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96話 帰る場所

 前の部屋を出て、駅までの道を一人で歩いた。 見慣れた道だった。 角のコンビニ。 夜になると明るいドラッグストア。 駅前の小さなパン屋。 数週間前まで、私はこの道を帰り道だと思っていた。 仕事で疲れた日も。 悠斗の夕飯を考えながら歩いた日も。 何か言いたいことを飲み込んで、いつもの顔に戻ろうとした日も。 全部、この道にあった。 でも今日は違う。 私はここを、帰るために歩いているわけではない。 ここから離れるために歩いている。 バッグの中には、古い映画の半券が入っている。 封筒越しでも、その存在が分かった。 軽い紙のはずなのに、少し重い。 悠斗と見た映画。 帰り道のミルクティー。 寒いと言った私。 笑っていた悠斗。 楽しかった。 本当に。 その記憶を否定しなくていいと思えたことは、少し救いだった。 でも、あの部屋を出る時、私はもう分かっていた。 あそこは、帰る場所ではない。 悲しいけれど。 ちゃんと、そう思えた。◇◇◇◇ 電車に乗ると、窓に自分の顔が映った。 少し疲れている。 でも、崩れてはいなかった。 前の部屋へ行く前は、もっと揺れるかもしれないと思っていた。 悠斗の顔を見たら。 整った部屋を見たら。 変わろうとしている悠斗を見たら。 私はまた迷うのではないかと、少し怖かった。 でも、違った。 胸は痛んだ。 懐かしさもあった。 悠斗が自炊していると知って、少し嬉しくもなった。 それでも、戻りたいとは思わなかった。 あの部屋に残っているのは、私たちが暮らした時間だった。 けれど、今の私はそこにはいない。
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97話 小さな展示の案内

 新しい町での帰り道にも、少しずつ慣れてきた。 駅を出て、閉まりかけの花屋の前を通る。 八百屋の店先には、夕方の残り野菜が少し並んでいる。 古い喫茶店の窓には、オレンジ色の灯りがともっている。 まだ知らない店の方が多い。 でも、まったく知らない町ではなくなってきた。 私はスーパーの袋を片手に、少し遠回りをして歩いていた。 今日は早く帰って片づけるつもりだった。 けれど、まっすぐ帰る気分ではなかった。 そういう日もある。 帰らなければいけない誰かがいるわけではない。 夕飯の時間を誰かに合わせる必要もない。 私は自分の歩きたい道を選んでいい。 それがまだ少し不思議で、少し嬉しかった。◇◇◇◇ 角を曲がったところに、小さな書店があった。 間口は狭い。 看板も古い。 けれど、店先の平台には文庫本と雑誌が丁寧に並べられていた。 以前なら、気づかず通り過ぎていたかもしれない。 でも今は、足が止まる。 本屋。 それだけで、少し心が動く。 私は店の前に立ち、平台を眺めた。 旅のエッセイ。 料理の本。 写真集。 小さな暮らしの本。 その並びを見て、胸の奥が少し温かくなる。 店内に入るほどの時間はない。 そう思いながらも、入口横の掲示板に目が留まった。 近所のイベント案内がいくつも貼られている。 読書会。 絵本の読み聞かせ。 地域のマルシェ。 そして、一枚の小さなチラシ。『まちの光を写す 小さな写真展』 会場は、この書店の二階にあるギャラリースペース。 週末から一週間。 地元や近隣で活動する写真家による展示。 私は何となく、そのチラシに近づいた。
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98話 行ってみたい

 その夜、私は何度もスマホを開いた。 書店の前で撮ったチラシの写真。『まちの光を写す 小さな写真展』 その下に並ぶ参加者名の中に、朝倉蓮という名前がある。 見間違いではない。 何度見ても、そこにある。 私は丸いテーブルに座り、画面を見つめた。 向かいの椅子には、畳んだブランケットが置いてある。 窓辺には薄い青のカーテン。 クラゲのキーホルダー。 白い器。 まだ片づけきれていない段ボール。 この部屋に、朝倉さんの名前は少し不思議だった。 前の私なら、どうしていただろう。 悠斗に話したかもしれない。 でも、その時の私はきっと、悠斗がどう反応するかを先に考えた。 男の人の写真展に行きたいと言ったら、変に思われるだろうか。 前に会った人だと言ったら、説明しなければいけないだろうか。 行かない方がいいかな。 そうやって、自分の気持ちをしまいこんだかもしれない。 今は違う。 誰かの許可はいらない。 でも、だからこそ、自分で決めなければならなかった。 私はノートを開いた。 半券を挟んだページより、少し後ろ。 白いページに、ペンを置く。『写真展』 まず、そう書いた。 その下に、少し迷ってから続ける。『行きたい?』 問いを書いて、自分で考える。 会いたい。 そう書きそうになって、手が止まった。 違う気がした。 会いたくないわけではない。 けれど、それが一番ではない。 私はその下に、新しく書いた。『写真を見たい』 その文字を見た瞬間、胸の奥が少し落ち着いた。 そうだ。 私は写真を見たい。 朝倉さんが撮ったものを。 あの時
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99話 写真のある場所

 週末、私は書店の前で少しだけ立ち止まった。 見慣れ始めた通り。 店先に並ぶ本。 入口横の掲示板。 そこには、あの写真展のチラシがまだ貼られている。『まちの光を写す 小さな写真展』 私はバッグの持ち手を握り直した。 今日は、少しだけ迷って服を選んだ。 誰かに見せるためというより、自分が落ち着ける服。 淡いグレーのブラウス。 歩きやすい靴。 薄い青のカーテンを見ながら選んだ、小さなイヤリング。 鏡の前で何度も確認しそうになって、途中でやめた。 似合っているかより、これで行きたいか。 そう聞いたら、答えは出た。 私はこれで行きたい。 それで十分だった。◇◇◇◇ 書店に入ると、紙とインクの匂いがした。 店内は静かで、棚の間を数人の客がゆっくり歩いている。 レジ横に、小さな案内が出ていた。『写真展は二階です』 私は階段へ向かった。 一段ずつ上がるたびに、胸が少し速くなる。 朝倉さんに会うかもしれない。 会わないかもしれない。 どちらでもいいと思っていたはずなのに、やっぱり意識している。 でも、そのことを責めないことにした。 会うかもしれないと思って緊張する。 それも、今の私の正直な気持ちだ。 二階に上がると、細長いギャラリースペースがあった。 白い壁。 小さな照明。 十数枚の写真が、間隔を空けて並んでいる。 受付にいた書店の人に軽く会釈して、私は中へ入った。◇◇◇◇ 最初の写真は、朝の商店街だった。 シャッターの半分開いた店。 水を撒く人。 まだ人通りの少ない道。 次は、夕方の踏切。 子どもを乗せた自転車。 
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100話 自分の時間を持つ人

 自分の時間を持っている人の顔です。 朝倉さんの言葉は、静かに胸の中へ落ちた。 以前の私なら、きっとすぐに否定していたと思う。 そんなことないです。 全然です。 大丈夫そうに見えるだけです。 そうやって笑って、相手の言葉を受け取らないまま、どこかへ流していた。 でも今は、違った。 私は少しだけ目を伏せて、自分の中にその言葉を置いてみた。 薄い青のカーテン。 丸いテーブル。 二脚の椅子。 千尋が座った予約席。 森下さんが褒めてくれた色。 佐伯さんに言えた、寂しいけれど戻りたいとは違うという言葉。 知らない町で食べた甘酢あん。 朝の洗濯物。 白い器に入れたヨーグルト。 ひとつひとつが、私の時間だった。 誰かを待つためだけではない。 誰かのために整えるだけでもない。 私が選んだ時間。「……そう見えますか」 私が聞くと、朝倉さんは頷いた。「はい」「前は?」「前は」 朝倉さんは少し考えた。 言葉を選んでいるのが分かった。「誰かの時間に、少し遠慮しているように見えました」 胸の奥が小さく痛んだ。 でも、不思議と嫌ではなかった。 朝倉さんは、私を責めているわけではない。 ただ、見えたものを言葉にしている。 前にもそうだった。 楽しそうな時の笑顔と、気を遣っている時の笑顔が違う。 その言葉は痛かったけれど、私を壊すものではなかった。 むしろ、私が見ないようにしていた場所に、小さな明かりを当ててくれた。「そうだったかもしれません」 私は静かに言った。「今は?」 朝倉さんが聞いた。 私は少し笑った。「まだ
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