最後の朝は、驚くほど普通に始まった。 目覚ましの音。 カーテンの隙間から入る光。 遠くで聞こえる車の音。 どれもいつもと変わらない。 でも、寝室の空気は少し違っていた。 床には、昨日まとめたバッグが置いてある。 壁際には、まだ運び出していない段ボール。 クローゼットは半分空いている。 私は布団の中で目を開けたまま、しばらく天井を見ていた。 今日、この部屋を出る。 そう思うと、胸が重くなった。 悲しい。 寂しい。 怖い。 でも、違う。 やめたいとは思わない。 私はゆっくり起き上がった。 リビングへ出ると、悠斗はもう起きていた。 ソファの毛布は畳まれている。 テーブルの上には、コンビニのサンドイッチと紙パックのカフェオレが二つ置かれていた。「おはよう」「おはよう」「朝、買ってきた」「ありがとう」「食べられそうなら」 押しつける言い方ではなかった。 私は頷いた。「食べる」 テーブルに座る。 段ボールに囲まれた部屋で、二人で朝食を食べる。 引っ越してきた日の昼のことを、また少し思い出した。 始まりの日と、終わりの日。 同じように簡単な食事なのに、全然違う。 でも、どちらも確かに私たちの時間だった。◇◇◇◇ サンドイッチを食べ終えると、私は洗面所へ行った。 顔を洗う。 歯を磨く。 タオルで手を拭く。 いつもの動作を、ひとつずつ意識してしまう。 この洗面所を使うのも、今日で最後。 そう思うと、何でもない鏡や棚まで急に名残惜しくなった。 歯ブラシをコップに戻しかけて、手が止まる。
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