All Chapters of 魔女の婚活 〜理想の夫を育成したら、世界を滅ぼす魔王になりました〜: Chapter 11 - Chapter 20

61 Chapters

第11話:完璧なエスコートと、令嬢たちの熱視線

あれから、三年。 十五歳だったあの子は、今や十八歳の立派な青年へと成長を遂げていた。 「ヴェラ様。馬車から降りる際は、どうか足元にお気をつけください」 差し出された手は、白魚のように美しく、それでいてしっかりと男らしい骨格をしていた。 私がその手を取ると、彼は羽毛でも扱うかのように、ふわりと私の体をエスコートして馬車から降ろしてくれた。 三年前は私と同じくらいだった背丈も、今では私を優に超え、見上げるほどに高くなっている。 「ありがとう、アシュ」 「とんでもありません。ヴェラ様のエスコートは、俺の生涯をかけた至上の喜びですから」 夜の王都。 王城の隣にそびえ立つ、豪奢な大夜会堂の前。 無数のガス灯が照らし出す中、私の目の前で完璧な微笑みを浮かべる青年を見て、私は深い満足感に包まれていた。 アシュ。 六年前、スラムで処刑されかけていた薄汚れた孤児の少年。 それが今や、どうだろう。 モデルのように均整の取れた長身と、広い肩幅。 月光を溶かし込んだような、滑らかな銀灰色の髪。 そして、冷たくも見る者を惹きつけてやまない、宝石のような赤い瞳。 仕立ての良いいつくし黒の燕尾服を寸分の隙もなく着こなす彼は、どこからどう見ても、由緒正しい高位貴族の令息にしか見えなかった。 いや、その辺の王族よりもずっと気品に満ち溢れている。 「ふふっ……本当に、立派になったわね」 「すべては、ヴェラ様が俺に与えてくださった愛情と教育のおかげです」 アシュは私の手の甲に、臣下が女王に忠誠を誓うように、恭しくキスを落とした。 その所作の一つ一つが、洗練され尽くしている。 完璧。 まさに、完璧だ。 礼儀作法、剣術、魔法、教養、そしてこの圧倒的な美貌。 私が「理想の夫」にするべく、手塩にかけて育て上げた最高傑作。 三百年間、誰からも愛されず、婚活に失敗し続けてきた私。 妥協せずに自分でゼロから育成した結果が、ついに今日、この場で証明されるのだ。 「さあ、行きましょうか。今日の主役は私たちよ」 「はい、俺の神様」 アシュが私の腰にそっと手を添え、私たちは夜会堂の重厚な扉へと向かった。 扉が開かれた瞬間。 煌びやかなシャンデリアの光と、オーケストラの優雅な演奏、そして何百
Read more

第12話:最初の害虫駆除と、ただの風邪

華やかな夜会を終え、屋敷へと向かう帰りの馬車の中。 窓の外を流れる王都のガス灯が、車内に柔らかな光と影を落としていた。 「はぁ……。少し、疲れちゃったわね」 私が黒いシルクのドレスの襟元を少しだけ緩めて息をつくと、隣に座っていたアシュが、すかさず私の肩に自分の上着をふわりと掛けてくれた。 「お疲れ様でした、ヴェラ様。初めての社交界でしたから、無理もありません」 アシュの声は、夜の静寂に溶け込むように甘く、優しかった。 彼はそのまま、大きな体を小さく丸めるようにして、私の肩にコテンと頭を乗せてきた。 「アシュ?」 「……少しだけ、こうさせてください。ヴェラ様の香りを嗅いでいると、安心するのです」 銀灰色のさらさらとした髪が、私の首筋をくすぐる。 先ほどの夜会で、あんなにも堂々と、冷徹なまでの完璧さで令嬢たちを魅了していた青年とは、まるで別人のようだ。 「ふふっ。外ではあんなに立派だったのに、私と二人きりになると、まだ甘えん坊のままなのね」 「俺は、ヴェラ様だけのものですから。他の誰に見せる顔も、ただの仮面にすぎません」 私が彼の頭を優しく撫でてやると、アシュは猫のように目を細め、私の腰に腕を回してギュッと抱きついてきた。 「それにしても……今日は、少し嫌な気分になりました」 アシュが、ぽつりと呟く。 「嫌な気分? 令嬢たちに囲まれて、戸惑ってしまったかしら」 「いえ、あんなものは背景と同じです。俺が嫌だったのは……あの下品な男たちが、ヴェ
Read more

第13話:狙われる貴公子と、冷たい拒絶

 王都の社交界は、夜の舞踏会だけが全てではない。 昼下がりに行われる、広大な庭園でのガーデンパーティー。 陽光の下で楽しむ紅茶と歓談もまた、貴族たちにとって重要な情報交換の場であり、格付けの場であった。「アシュ様! こちらの焼き菓子も、とても美味しいですわよ」「よろしければ、この後、我が家の温室をご案内させていただけませんか?」「アシュ様のその美しい銀髪……どのようなお手入れをされているのか、ぜひ教えていただきたいわ」 色とりどりのドレスを着飾った令嬢たちが、まるで蜜に群がる蝶のように、一人の青年の周りに集まっていた。 その中心で、アシュは完璧な微笑みを崩さずに、一人ひとりに丁寧な相槌を打っている。「ありがとうございます、ご令嬢方。ですが、俺にはもったいないお誘いです。俺のような田舎者が、皆様のような美しい花々に囲まれるなど、夢のようですから」 謙遜しながらも、決して卑屈にならない堂々とした態度。 甘く洗練された声色と、誰もが目を奪われる冷たい美貌。 彼のその言葉一つで、令嬢たちは頬を赤く染め、熱を帯びたため息を漏らしている。「ふふっ……大人気ね、うちの旦那様は」 私は少し離れたパラソルの下で、最高級のダージリンティーを傾けながら、その光景を微笑ましく眺めていた。 今日の私は、日差しを避けるための黒い日傘と、涼しげなダークブルーのドレス。 魔女である私は、あまり太陽の光が得意ではない。 そのため、ああして日向で令嬢たちに囲まれているアシュの姿が、ひときわ眩しく見えた。 嬉しい気持ちと、ほんの少しの複雑な気持ち。 私が手塩にかけて育てた、世界で一番完璧な青年。 彼がこうして人間社会で高く評価され、誰からも愛される存在になったことは、私の教育の正しさを証明している。 三百年間、誰からも愛されず、婚活に失敗し続けてきた私。 「誰も私の理想の夫になってくれないなら、自分で育てればいい」という、半ばヤケクソのような思
Read more

第14話:過保護な護衛と、心地よい鳥籠

第14話:過保護な護衛と、心地よい鳥籠 王都で突如として発生した「謎の奇病」は、あっという間に貴族社会を恐怖のどん底に陥れた。 夜会やガーデンパーティーに参加していた高位貴族や令嬢たちが、次々と原因不明の発狂と昏倒に見舞われる。 医者もお手上げ状態で、致死性の高い流行り病だという噂がまことしやかに囁かれていた。 その結果、我が家ではある『ルール』が徹底されることになった。「ヴェラ様。窓を開けるのは、俺が浄化魔法をかけてからにしてくださいね」 朝の光が差し込む寝室。 純白のシャツを着たアシュが、窓枠に丁寧に魔法陣を描きながら言った。「もう……アシュったら。いくら流行り病が怖いからって、少し大げさじゃない?」 私がベッドの上で苦笑すると、彼は真剣な赤い瞳でこちらを振り返った。「大げさなものですか。外の空気には、どんな病魔が潜んでいるか分かりません」 彼は窓枠の浄化を終えると、私の元へ歩み寄り、シーツ越しに私の足を優しく撫でた。「ヴェラ様は、俺の世界でたった一人の神様なのです。万が一にも、病気で苦しむようなことがあってはならない」「でも、私は三百歳を生きる魔女よ? 人間の風邪なんて、そう簡単にうつらないわ」「ダメです。俺の目が届かないところで、ヴェラ様が傷つくなんて絶対に嫌だ」 アシュは私の手を取り、その甲にチュッと音を立ててキスをした。「しばらくは、この屋敷から一歩も出ないでください。俺がヴェラ様の盾となり、すべての外敵からお守りしますから」 その言葉は、過保護を通り越して、もはや軟禁に近い。 普通の女性なら「息が詰まる」と怒るところかもしれない。 実際、昨日から新聞配達の少年すら門の中に入れず、食材の買い出しもすべて彼が一人で早朝に済ませているのだ。 屋敷の敷地内には、アリ一匹入れないような厳重な結界まで張られている。 ――けれど。「ふふっ……本当に、心配性ね
Read more

第15話:第二王子の興味と、沸騰する殺意

 王宮の騎士が置いていったという『狩猟祭』の招待状は、なぜか微かに焦げたような匂いがした。「ずいぶんと変わった香を焚き染めているのね。王宮の新しい流行りかしら」 私が銀の装飾が施された封筒を裏返しながら言うと、向かいの席で紅茶を淹れていたアシュが、完璧な微笑みを浮かべた。「ええ。酷く汚らしい……いえ、独特な匂いでしたので、俺が少しだけ『浄化』しておきました」「わざわざありがとう。最近は物騒な病も流行っているし、助かるわ」 私は彼が差し出してくれたティーカップを受け取り、芳醇なアールグレイの香りを楽しんだ。 本当に、気が利く旦那様だ。 外から持ち込まれる手紙一枚にまで、私のために消毒(浄化魔法)を施してくれるなんて。 彼の徹底した過保護ぶりは、三百年間一人で生きてきた私にとって、甘やかされているという実感に直結していた。「それで、ヴェラ様。その招待状は、どうされるおつもりですか?」 アシュの声は穏やかだったが、その赤い瞳は招待状を親の仇のように見つめている。「そうね……。王家主催の狩猟祭。しかも第二王子殿下の直々の招待となれば、無下には断れないわ」 第二王子、エドワルド。 野心家で傲慢、そして何より「力」と「美」に執着する男だと、貴族社会の噂で聞いたことがある。 先日の夜会で、私がアシュを連れてデビューしたことが、彼の興味を惹いてしまったのだろう。「魔女の力は、王位継承の争いにおいて強力な手駒になるもの。きっと、私を自分の派閥に取り込みたいのね」「……ヴェラ様を、手駒に」 ピシッ。 アシュが持っていた銀のティースプーンが、微かにひしゃげた。「アシュ? スプーンが曲がっているわよ」「失礼いたしました。少し、力が入りすぎてしまったようです」 アシュはすぐに新しいスプーンを取り出し、何事もなかったかのように微笑んだ。 だが、彼の中から漏れ出す感情は、明らかに不機嫌そのものだっ
Read more

第16話:狩猟祭の罠と、美しき惨劇

 秋晴れの空の下。 王都から馬車で一時間ほどの距離にある、王家直轄の広大な森。 今日は、年に一度の『王家主催・秋の狩猟祭』の日だった。 森の入り口には、色鮮やかな旗がはためき、貴族たちが休憩するための豪奢な天蓋付きのテントがいくつも張られている。 着飾った令嬢たちの華やかな笑い声と、狩猟犬の勇ましい吠え声が交差する、活気に満ちた空間。「ヴェラ様。少し風が冷たくなってきました。こちらのケープをお羽織りください」 馬車から降りた私に、アシュがふわりと漆黒のファー付きケープをかけてくれた。 彼の大きな手が、私の肩を優しく、そして逃がさないようにしっかりと包み込む。「ありがとう、アシュ。でも、そんなに寒くないわよ?」「いけません。先日の奇病の件もありますし、ヴェラ様のお体が冷えることなど、俺が許せないのです」 アシュは私の首元のリボンを丁寧に結びながら、真剣な赤い瞳で私を見つめた。 今日の彼は、動きやすい黒と銀を基調とした狩猟用の細身の騎士服に身を包んでいる。 その人間離れした美しさと、洗練された身のこなしは、会場にいるすべての令嬢たちの視線を釘付けにしていた。「……あの方、やっぱり素敵ね」「でも、あの魔女の従者なのよ? 恐ろしいわ」「だとしても、あの赤い瞳に見つめられたら……」 遠巻きに聞こえてくるヒソヒソ声。 私は心の中で、得意げにフフンと鼻を鳴らした。 ええ、見なさい。 この完璧な青年は、私が手塩にかけて育て上げた、私の自慢の夫よ。 あなたたちには絶対に渡さないわ。「それにしても、ずいぶんと人が多いのね」「ええ。王家の行事ですから、権力に群がる羽虫……いえ、貴族たちがこぞって集まっているのでしょう」 アシュが美しい微笑みを浮かべたまま、少しだけ毒のある言葉を吐いた。 本当に、この子は私以外の人間には辛辣なんだから。 そこへ、周囲の空気を切り裂くような
Read more

第17話:怯える権力者と、英雄の帰還

「さあ、ヴェラ様。こんな退屈な行事は終わりにして、俺たちの安全な屋敷へ帰りましょう」 アシュが私をエスコートし、狩猟祭のテントから馬車へと向かおうとした、まさにその時だった。 ズズンッ……!! 大地が、微かに揺れた。「……あら?」 私が足を止めると、森の奥から地鳴りのような低い轟音が響いてきた。 木々がバキバキと薙ぎ倒される音。 そして、何十、何百という獣たちの、血に飢えた咆哮。「きゃあぁぁぁっ!?」「な、なんだ!? 森から何か来るぞ!!」 狩猟祭の会場に残っていた貴族や令嬢たちが、悲鳴を上げてパニックに陥った。 森の暗がりから姿を現したのは、巨大な魔獣の群れだった。 三つ首の狼、全身が岩のように硬い大猪、そして木々よりも巨大な漆黒の熊。 本来なら森の最深部にしか生息していないはずの高位の魔獣たちが、目を血走らせ、口から涎を垂らしながら、人間たちの天蓋目掛けて雪崩れ込んできたのだ。「魔物だ!! 魔物のスタンピード(暴走)だ!!」「護衛騎士は何をしている! 早く陣形を組め!」 王家が手配していた警備の騎士たちが慌てて剣を抜くが、あまりの数と魔獣の巨体に圧倒され、陣形は一瞬で崩壊した。 美しい天蓋が引き裂かれ、豪華な料理が並べられたテーブルが吹き飛ばされる。「ひぃぃっ! 助けてっ!」 逃げ惑う人間たち。 それはまさに、地獄絵図のような惨状だった。「アシュ、これは……!」「危険です、ヴェラ様。俺のそばから離れないでください」 アシュは私の腰を抱き寄せ、自らの漆黒のファー付きケープで私をすっぽりと包み込んだ。 その体は、一切の動揺を見せず、山のように微動だにしない。「私が魔法で結界を張るわ。少し数が多すぎるもの」 私が三百年の魔力を練り上げようとした、その時。「いけません」 アシュの大き
Read more

第18話:歪な夫婦の完成と、教会の影

王家主催の狩猟祭から、数日が経過した。 その数日の間に、王都の社交界はまるで嵐が過ぎ去ったかのような、不気味なほどの静寂に包まれていた。 「……平和ね」 私はサンルームの長椅子に寝そべりながら、読みかけの魔導書を閉じて小さく息をついた。 秋の柔らかな日差しが、ガラス越しに降り注いでいる。 私の足元では、完璧な銀髪の貴公子――私の愛する夫であるアシュが、床にひざまずき、私の足を優しくマッサージしてくれていた。 「いかがですか、ヴェラ様。力加減は強すぎませんか?」 「ううん、ちょうどいいわ。本当に気持ちよくて、眠ってしまいそう」 「どうぞ、そのままおやすみください。俺がヴェラ様の安眠を、永遠にお守りしますから」 アシュは甘くとろけるような声で囁き、私の白い足の甲に、羽のように軽いキスを落とした。 狩猟祭での一件以来、私たちの元には、夜会やお茶会の招待状がパタリと届かなくなった。 王都では今、まことしやかな噂が飛び交っているらしい。 第二王子殿下が、森の奥で魔獣に遭遇して発狂し、廃人になってしまったこと。 そして、その魔獣のスタンピードをたった一人で殲滅した、魔女の従者のこと。 『あの青年は、神が遣わした英雄だ』と讃える声がある一方で。 『魔女の力で生み出されたバケモノだ。関われば王子のように呪われる』と、恐れおののく声も多いのだという。 「誰も寄り付かなくなってしまったわね」 私がクスクスと笑いながら言うと、アシュは私の足首を丁寧に揉みほぐしながら、静かに微笑んだ。 「王都にはまだ、恐ろしい奇病が蔓延していますからね。皆様、外出を控えていらっしゃるのでしょう」 「そうね。それに、あなたが魔獣
Read more

第19話:招かれざる使者と、手作りのジャム

私の育てた自慢の夫は、家事や魔法や剣術だけでなく、ご近所付き合いや外交すらも完璧にこなしてしまう。 本当に、なんて素晴らしい人と結婚したのだろうと、私は毎日幸せを噛み締めていた。 まさか彼が、私の見ていない裏側で、訪問者を文字通り『物理的に排除』しているなどとは、夢にも思わずに。 ◇ ◇ ◇ 狩猟祭での騒動から、数日が過ぎたある日の午前。 私はサンルームで、アシュが淹れてくれた温かいミルクティーを片手に、優雅な読書の時間を楽しんでいた。 外は小鳥が囀り、穏やかな秋の風が木々を揺らしている。 「ヴェラ様。少し冷えてきましたね。膝掛けをお持ちしました」 アシュが足音もなく近づき、私の膝にふわりと柔らかな毛布をかけてくれた。 「ありがとう、アシュ。あなたは本当に気が利くわね」 「俺の頭の中は、二十四時間ヴェラ様のことでいっぱいですから。あなたが何を望まれるか、手に取るように分かるのです」 彼は極上の微笑みを浮かべ、私の足元にひざまずいて、その手にそっと口づけを落とした。 今日も彼の銀髪は美しく、赤い瞳は私への甘い愛情でとろけそうになっている。 こんな穏やかで甘い日常が、永遠に続けばいい。 三百年間、誰からも愛されずに生きてきた私にとって、この時間は何物にも代えがたい宝物だった。 ――しかし。 そんな私たちの平和な時間を、無遠慮な音が切り裂いた。 ガンッ! ガンッ! ガンッ!! 屋敷の門を、外から乱暴に叩く音だった。 ただの訪問者ではない。明らかな敵意と、傲慢さが混じったような叩き方だ。 「……あら? 珍しいわね。こんな時期に、どなたかしら」
Read more

第20話:突然の雷雨と、完璧な防音結界

「お待たせいたしました、ヴェラ様。特製のイチゴジャムが完成しましたよ」 サンルームに、とろけるような甘い香りが広がった。 アシュが銀のトレイに乗せて運んできたのは、焼き立てのスコーンと、まだ湯気を立てている艶やかな赤いジャムだった。 純白のエプロンを外した彼は、いつもの完璧で美しい貴公子の姿に戻っている。 「うわあ……! 本当にいい匂い。色もルビーみたいで綺麗ね」 「ヴェラ様にそう言っていただけて、イチゴたちも本望でしょう」 アシュは優雅な手つきでスコーンを半分に割り、たっぷりとジャムを塗って、私のお皿に取り分けてくれた。 彼が淹れてくれた温かいミルクティーの香りも相まって、ここはまるで天国のような空間だ。 私はさっそく、ジャムが塗られたスコーンを一口かじった。 「んんっ……! 美味しい!」 「良かったです。お口に合いましたか?」 「ええ、最高よ! 甘酸っぱくて、果肉の食感もしっかり残っていて……王宮のパティシエでも、こんなに美味しいジャムは作れないわ」 私が無邪気に絶賛すると、アシュは嬉しそうに目を細め、私の口元についたジャムを、自分の親指でそっと拭い取った。 「俺の料理はすべて、ヴェラ様の舌を満足させるためだけに存在しています。……ああ、美味しいお顔も、本当に可愛らしい」 彼はそのまま、私のジャムがついた親指を自分の唇に運び、ペロリと舐めとった。 「あ、アシュ……もう、行儀が悪いわよ」 「申し訳ありません。ですが、ヴェラ様が召し上がったもののおこぼれを頂戴するのは、俺にとって至上の喜びなのです」 本当に、この子は。 息をするように甘い言葉を吐き、私のすべてを独占しようとする。
Read more
PREV
1234567
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status