FAZER LOGIN「言葉で落ちないなら、実力行使ね! 魔女のルールは弱肉強食! 欲しいものは力ずくで奪うのが私たちのやり方でしょ!」 エヴリンの周囲で、凄まじい熱量を持った炎の魔力が渦を巻き始めた。 紅蓮の炎が、彼女の深紅のドレスを煽り、中庭の芝生がチリチリと焦げる音を立てる。 空気が乾燥し、呼吸をするだけで肺が焼けるような熱気が周囲を包み込んだ。「やめなさい、エヴリン! 王都で暴れる気!?」 私は慌てて立ち上がり、彼女を止めようとした。 エヴリンは『炎の魔女』と呼ばれるほど、攻撃魔法に特化した魔女だ。 彼女が本気で魔法を放てば、この屋敷どころか、王都の半分が火の海になってしまう。「安心なさい! アシュ君には怪我一つさせないわ! 周りのガレキごと、あなたを吹き飛ばして、彼だけを綺麗に掻っ攫ってあげる!」 エヴリンは狂気的な笑みを浮かべ、両手に巨大な火球を作り出した。「燃えなさい! 『業火の嵐(インフェルノ・ストーム)』!!」 彼女が両手を振り下ろした瞬間。 空を焦がすような巨大な炎の竜巻が、私とアシュを飲み込もうと襲いかかってきた。「……ッ! アシュ、下がって!!」 私は、反射的にアシュを庇おうと両手を広げ、防御魔法を展開しようとした。 私の大切な旦那様に、火の粉一つだって浴びせるわけにはいかない。 私が守らなければ。 ――だが。「ご心配には及びませんよ、ヴェラ様」 私の背後から、ふわりと。 長い腕が伸びてきて、私の体を優しく、けれど力強く抱き寄せた。「え……?」「俺の神様に、あのような下品な炎を近づけるわけにはいきません。……ヴェラ様は、ただ俺の腕の中で、目を閉じていてください」 アシュの甘い香りが、炎の焦げ臭さを一瞬で塗り潰した。 次の瞬間。 パァンッ!!!! 乾いた、小さな破裂音が響いた。
「ねえ、ヴェラ!! この極上のイケメン、私にちょうだいよ!!」 秋の穏やかな風が吹き抜ける、王都の屋敷の中庭。 空から巨大な飛竜に乗って現れた、百五十年ぶりの悪友・エヴリンは。 開口一番、私の大切な『理想の夫』を指差して、とんでもない要求を突きつけてきた。「…………え?」 私は、自分の耳を疑い、思わず間抜けな声を出してしまった。 ちょうだい? この、私のアシュを?「ちょっと、聞いてるのヴェラ!? どこで見つけてきたのよ、こんな国宝級の男!」 エヴリンは、鼻息を荒くしてアシュに詰め寄り、その顔を至近距離でジロジロと舐め回すように見つめている。「信じられない……! 顔面偏差値が高すぎるわ! 魔力も底知れないし、なによりこの気品! あたしのコレクションにぴったりじゃない!」 コレクション。 その言葉を聞いた瞬間。 ――ギリッ。 私の胸の奥で、今まで感じたことのない『ドロリ』とした黒い感情が、嫌な音を立てて渦巻いた。(……私のアシュを、物みたいに言わないでよ) 胸の奥が、チクチクと痛む。 いや、痛いというよりも、焦燥感と不快感が入り混じったような、酷く落ち着かない気分だ。(それに……私から奪うですって?) アシュは、私が拾い、育て、教育し、愛情を注ぎ込んできた、私だけの完璧な旦那様だ。 彼が他の誰かに微笑みかけたり、他の誰かのものになったりするなんて、想像しただけでも吐き気がする。 ――これが『嫉妬』という感情なのだと。 恋愛経験が皆無のポンコツな私は、まだ完全には認めることができずにいた。「はじめまして、エヴリン殿」 私のモヤモヤをよそに。 当のアシュ本人は、極上の、絵画のように美しい微笑みを浮かべて、エヴリンに優雅なお辞儀をした。「俺は、ヴェラ様の『夫』である、アシュと申します」「キ
王都へ帰還してからの生活は、まさに平和そのものだった。 数日前、隣国の巨大帝国から『魔女を引き渡せ』という傲慢な要求と共に使者がやってきた時は、どうなることかと思ったけれど。 アシュが「平和的な対話」で説得してくれたおかげで、あっさりと解決してしまったのだ。 その証拠に。「ま、魔女殿……! い、いや、ヴェラ・ノクス様ぁぁっ!!」 今日の午後。 王都の我が家に、再び帝国の使者が訪れた。 だが、その態度は前回とは打って変わっていた。 豪奢な服を着た使者は、私の顔を見るなり、まるで神にすがるような勢いで床に平伏し、額を擦り付けたのだ。「皇帝陛下より、ヴェラ様への『永遠の服従と忠誠』を誓う親書をお持ちいたしました! ど、どうか……どうか我が帝国をお見捨てなきよう……っ!」 使者は、ガタガタと激しく震えながら、涙と鼻水にまみれた顔で一枚の羊皮紙を差し出した。 その後ろには、帝国の宝物庫から運び出されたであろう、山のような貢ぎ物が積まれている。 最高級の宝石、金塊、見たこともないような美しい絹のドレスや美術品の数々。「これ、全部私に?」「は、はいぃぃっ! 帝国の誠意でございます! ヴェラ様が望まれるなら、帝国の国土の半分を割譲しても構わないと、皇帝陛下は申しておりますぅぅっ!!」 私は、そのあまりの変わりように目を丸くした。 国土の半分を差し出す? 永遠の服従?「随分と……極端なのね」 私が戸惑って隣を見ると、完璧な身支度を整えたアシュが、極上の微笑みを浮かべて立っていた。「当然のことです、ヴェラ様」 アシュは、這いつくばる使者を見下ろすこともなく、ただ私にだけ甘い視線を向けた。「前回、俺が彼らに『ヴェラ様がいかに尊く、素晴らしいお方であるか』を、少しばかり熱を込めてご説明いたしましたからね。……皇帝陛下も、ヴェラ様の美しさに心から感銘を受けられたのでしょう」
――大陸の覇者たる、巨大帝国の首都。 その中心にそびえ立つ白亜の宮殿、玉座の間にて。「ひ、ひぃぃぃぃぃぃっ! へ、陛下ぁぁぁっ!!」 昨日、ヴェラの元へ派遣されたはずの使者が、豪華な衣服を泥と汚物でドロドロに汚しながら、床を這いつくばって転がり込んできた。「なんだ、その見苦しい姿は」 玉座に腰掛ける皇帝が、不快げに眉をひそめた。「魔女はどうした。まさか、たかが小国の女一人を連れ帰ることもできなかったというのか?」「む、無理でございます!! あ、あれは……っ、あの魔女の側にいる銀髪の男は、人間の姿をした悪魔です!!」 使者は、白目を剥きそうになりながら、ガタガタと激しく痙攣していた。「近づけば、国ごと灰にする、と……! へ、陛下! 絶対に、あの魔女に関わってはなりませぬ! 帝国が……我々が、滅ぼされてしまいますぅぅっ!!」「ええい、黙れ!!」 ドンッ! と。 皇帝が、怒りに任せて玉座の肘掛けを叩き割った。「帝国の使者たる者が、小国の威嚇ごときに怯えて尻尾を巻いて逃げ帰るとは! 帝国の顔に泥を塗る気か!」「ち、違います! 幻ではないのです! あいつは本当に、世界を――」「つまみ出せ!! この臆病者を地下牢へぶち込め!!」 皇帝の怒号と共に、近衛兵たちが使者を引きずり出していく。 遠ざかる使者の絶叫を聞きながら、皇帝は忌々しげに舌打ちをした。「たかが魔女一匹と、そのヒモ男ごときが。……帝国に逆らったことを、骨の髄まで後悔させてやる」 皇帝は、傍らに控える将軍に向かって冷酷に命じた。「直ちに、国境付近の『第一軍事砦』に集結している五万の兵を動かせ。小国ごと踏み潰し、あの生意気な魔女を私の足元に引きずり出せ!!」「ははっ!! 直ちに!!」 大帝国が、ついにその巨大な牙を剥こうとしていた。 だが。 皇帝はまだ
新婚旅行の甘い余韻も冷めやらぬ、王都への帰還。 私たちが新しい屋敷でくつろごうとしていた矢先、アルフレッド王子が血相を変えて飛び込んできた。『隣国の巨大な帝国から、使者が到着しました。魔女殿の引き渡しを要求してきております……!』 その報告を聞いた瞬間。 私の隣に立つアシュの空気が、ピキリと凍てついたのがわかった。「……ヴェラ様の世界に泥を塗る愚か者が、また増えたようですね」 アシュは極上の微笑みを浮かべたまま、酷く静かな声で呟いた。 その声の奥底に、底知れぬ怒りが渦巻いているのを、私は夫婦の勘で察知した。「アシュ、落ち着いて。相手は帝国よ。強引に事を荒立てたら、戦争になりかねないわ」「ご安心ください、ヴェラ様。俺が、平和的にお帰りいただきますから」 アシュは私の手にそっと口づけを落とし、アルフレッド王子に向き直った。「殿下。その使者とやらを、応接室へ通しなさい。俺とヴェラ様で、直接お話を聞きましょう」 アルフレッド王子は、アシュの底冷えするような笑顔を見て、ガチガチと歯の根を鳴らして頷いた。 ◇ ◇ ◇ 屋敷の豪華な応接室。 そこにふんぞり返って座っていたのは、豪奢な絹の服を着込み、宝石をジャラジャラと身につけた、恰幅の良い中年の男だった。 その後ろには、帝国の精鋭と思われる重武装の騎士たちが数名控えている。「ふん。待たせおって。貴様が、噂の魔女ヴェラ・ノクスか」 使者の男は、部屋に入ってきた私を見るなり、下品な舐め回すような視線を送ってきた。「なるほど、絶世の美女という噂は本当だったようだな。どうだ魔女よ。こんな今にも崩壊しそうな小国など捨てて、我が帝国の庇護下に入らぬか?」 使者は、傲慢にふんぞり返りながら言い放った。「皇帝陛下は、貴様のその強大な魔力を高く評価しておられる。帝国の『兵器』として忠誠を誓うなら、後宮の末席に加えてやってもよいと仰っているのだ」
「ねえ、アシュ」 穏やかな朝の光が差し込むサンルームで。 私は彼が淹れてくれた『星屑の紅茶』を傾けながら、ふと思いついたように声をかけた。「どうされましたか、ヴェラ様」 私の足元で、新しいドレスのカタログを広げていたアシュが、世界で一番優しい笑顔で顔を上げる。「たまには、普通の恋人同士みたいに、街を歩きたいわ」「……恋人、ですか?」 アシュは、小首を傾げた。「俺たちはすでに、世界で一番愛し合っている完璧な夫婦ですが」「そうだけど、ほら。王都に帰ってきてから、出かけるときはいつも馬車でしょう? 周りの人たちも私を見ると平伏しちゃうし」 私は、窓の外に見える王都の街並みを指差した。「そうじゃなくて。お忍びで、誰にも気付かれずに、ただ手を繋いで街を歩いてみたいの。ウインドウショッピングをしたり、屋台の食べ物を分け合ったり……そういうの、少し憧れるのよね」 三百年生きてきて、デートらしいデートなどしたことがない。 せっかく理想の夫を育て上げたのだから、そういう『普通の幸せ』も味わってみたかったのだ。 私がそう言うと。 アシュの顔が、みるみるうちに歓喜に染まっていった。「お忍びで……二人きりの、デート……!」 彼は立ち上がり、私の手を取って熱烈な口づけを落とした。「素晴らしいご提案です、俺の神様! 誰の視線も気にすることなく、ただ俺とヴェラ様だけの世界を歩く……っ。最高です、今すぐ準備をいたしましょう!」「ふふっ、そんなに喜んでくれるなら嬉しいわ」「もちろんです! ヴェラ様のエスコートは、俺の人生のすべてですから!」 彼はすっかり舞い上がり、足早に衣装部屋へと向かっていった。 本当に、私のちょっとした思いつきでこんなに喜んでくれるなんて。 愛されているという実感が、私の胸を温かく満たしてくれた。 ◇ ◇ ◇
リーゼン温泉郷での、夢のように甘く平和な新婚旅行。 それは、三百年生きてきた私の人生の中で、最も満たされた数日間だった。 温泉、美味しい食事、そして何より、私を世界で一番大切に扱ってくれる愛する夫。 本当に、帰りたくなくなるほどだった。「ですが、ヴェラ様。王都の『最高顧問』という大役を引き受けたのですから、戻らなければなりませんよ」 帰りの馬車の中。 名残惜しそうに窓の外を眺める私に、アシュが優しく微笑みかけた。「そうね……。アルフレッド王子も、首を長くして
リーゼン温泉郷での滞在も、四日目の朝を迎えた。 すっかりこの街の穏やかな空気に馴染んだ私は、縁側に腰掛け、朝の心地よい風を浴びていた。「おはようございます、ヴェラ様。今朝も一段とお美しいですね」 背後から、とろけるような甘い声が降ってくる。 振り返ると、完璧な身支度を整えたアシュが、淹れたての白湯をトレイに乗せて微笑んでいた。「おはよう、アシュ。なんだか毎日褒められている気がするわ」「毎日どころか、一秒ごとに美しさを更新されているのですから、当然のことです」
リーゼン温泉郷での新婚旅行は、驚くほど快適で、平穏そのものだった。 すれ違う街の人々は、誰もが私を見ると深く頭を下げ、最高の笑顔でもてなしてくれる。 お土産屋に入れば最高級の反物をタダで持たされそうになり(さすがにそれは申し訳ないので、アシュが適正価格を支払っていたけれど)、歩いているだけで温かいお茶とお菓子が差し出される。 「本当に、この街の人たちは親切ね。魔女の私を、ちっとも怖がらないなんて」 私が上機嫌でそう言うと、隣を歩くアシュが、
隣国の『リーゼン温泉郷』での新婚旅行、二日目の朝。 私は、鳥のさえずりと共に心地よい目覚めを迎えていた。 昨夜は遠くで花火が上がったり、昼間に変な伯爵に絡まれたりもしたけれど、それを補って余りあるほど、アシュの愛情と温泉は私を癒してくれた。 「おはようございます、ヴェラ様」 私が布団の中で小さく伸びをしていると、すでに身支度を終えたアシュが、極上の微笑みを浮かべて近づいてきた。 「おはよう、アシュ。なんだかすご







