翌週、澪はスケッチブックを抱えてアトリエを訪れた。 ページを開けば、一番最初に書かれている言葉は変わらない。――安心。 何度見ても、その文字が目に飛び込んでくる。「テーマは、これでいきます」 綾人へ向き直ると、少しだけ緊張した声でそう言った。「ああ」 綾人は静かに頷く。「じゃあ次だ」「次……ですか?」「その『安心』を花でどう表現するのか」 澪は固まった。「……」 テーマが決まれば、生けられると思っていた。 けれど違った。 安心って、どんな花なのだろう。 どんな形なら伝わるのだろう。「難しい……」 思わず本音が漏れる。「当たり前だ」 綾人はあっさりと言った。「簡単にできるなら、今頃、世界中華道家だらけだ」 ◇ 作業台には様々な花が並んでいた。 白百合。 トルコキキョウ。 カスミソウ。 デルフィニウム。 枝葉。 澪は一本ずつ手に取っていく。「安心……」 呟いてみる。 でも分からない。 白だから、自分は安心したのだろうか。 丸い花だから安心なのか。 優しい色だから安心なのか。 どれも違う気がした。 気付けば、何本もの花を手にしたまま立ち尽くしていた。 ◇「迷ってるな」 綾人が静かに近付いてくる。「はい……」 澪は苦笑した。「花言葉を調べたら答えがあるのかなって思ったんですけど……」「ない」 綾人はぱすんと澪の言葉を切り捨てる。 澪は「ですよね」と肩を落とした。「花言葉は参考にはなる」 綾人は一輪の桔梗を手に取り、見つめた。「でも、お前が表現したい安心は、辞書には載ってない。俺にも、他の誰にも分からない。分かるのは、澪、お前だけだ」 その言葉に、澪は静かに息を呑んだ。「お前が安心した瞬間を思い出せ」「安心した瞬間……」「そこに答えがある」 ◇ 澪はゆっくり目を閉じた。 最初に浮かんだのは、花屋。 店長や後輩たちの笑顔。 違う。 次に浮かぶのは、学生時代のこと。 それも違う。 そして、ふと、一つの景色が浮かんだ。 雨の夜。 冷え切った身体。 震える手。『君は俺の花だ』 低くて静かな声。 そう言って、私を抱きしめてくれた体温。不思議なくらい安心した。「……」 澪はゆっくりと目を開けた。「なにか分かったか」 綾人
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