夕暮れの訓練場には、乾いた土の匂いが残っていた。日が傾き、空が茜色に染まり始める頃。フジは一人、剣を振っていた。規則正しく。迷いなく。何百回と繰り返してきた型を、今日もなぞる。それはいつものことだった。何かを考えたくない時ほど、剣を振る。身体を動かせば、余計な思考を押し流せる。そう思っていた。だが今日は違った。振るたびに浮かぶ。ルピナスの顔が。昨日の中庭で見せた、あの揺れる瞳。「変わったって信じたら、また傷つくかもしれない」あの言葉が、まだ耳に残っていた。フジは剣を止める。呼吸が少し乱れていた。身体ではない。心の方が。昔から、ルピナスを見てきた。彼女が笑う時も。怒る時も。泣きそうな時も。強がる時も。ずっと見てきた。それはただ、守るためだと思っていた。侯爵家に仕える者として。幼い頃から知る相手として。当然のことだと。だが、最近は違う。ローゼンが近づくたび、胸の奥がざわつく。ルピナスが王子を気にするたび、妙に落ち着かない。そして昨日。彼女が王子のことを口にした時。あの震えた声を聞いた時。胸のどこかが締めつけられた。それがなぜなのか、ずっと考えていた。「……面倒だな」ぽつりと零れた声は、風に流れた。フジは昔から感情に鈍かった。怒りも、喜びも、必要な時にだけ表に出す。それで十分だった。そう思っていた。だが。ルピナスのことになると、それが崩れる。ケーキを食べれば安心する。体調が悪ければ気になる。笑えば嬉しい。落ち込めば苦しい。それが当たり前になっていた。当たり前すぎて、気づかなかった。いや。気づかないふりをしていたのかもしれない。「好きなのか」その言葉を、初めて口にした。驚くほど静かだった。けれど、口にした瞬間。胸の奥にあった違和感が、ぴたりと形を持った。そうか。これがそうなのか。理解した瞬間、妙に納得した。同時に、少しだけ苦かった。ルピナスの視線は、今ローゼンに向いている。完全ではなくても。少しずつ。気になり始めている。それを見てしまった。気づいてしまった。遅かったのかもしれない。ローゼンは失って気づいた。自分は、気づいた時にはもう遅いのかもしれない。フジは剣を地面に突き立て、深く息を吐いた。夕陽が刃に赤く映る。その赤はどこか
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