CARDINAL(カーディナル) ― 裏切られた前世を返上し、今生は私が主役 ― のすべてのチャプター: チャプター 51 - チャプター 60

69 チャプター

第51話 ローゼン、最後の約束

夕焼けが王宮の庭園を優しく染めていた。ルピナスは一人、噴水の前に立っていた。フジに自分の想いを伝えた日から、胸の中は不思議なくらい穏やかだった。もちろん恥ずかしい。思い出すだけで顔が熱くなる。それでも後悔はなかった。初めて、自分の心に正直になれた気がした。「探した」背後から聞こえた声に振り返る。ローゼンだった。穏やかな表情だった。以前のような焦りも執着もない。どこか吹っ切れたような顔をしている。「少し話せるか」ルピナスは静かに頷いた。二人は噴水の縁に腰を下ろす。しばらく誰も口を開かなかった。聞こえるのは水の流れる音だけだった。やがてローゼンが小さく笑う。「静かだな」「そうね」「昔のお前なら、もう五回は喋っている」ルピナスも思わず笑った。「失礼ね」「事実だ」少しだけ空気が和らぐ。その時間が心地良かった。恋人ではない。でも、敵でもない。そんな距離だった。ローゼンは空を見上げた。「ありがとう」突然の言葉だった。ルピナスは驚いて隣を見る。「え?」「真実を知ってくれて」ローゼンは静かに続ける。「許してくれて」ルピナスは首を横に振った。「まだ全部許せたわけじゃないわ」その言葉にローゼンは苦笑する。「そうだろうな」「失った時間は戻らないもの」ルピナスは夕焼けを見つめた。「あの頃の私たちは、二人とも子どもだった」その言葉にローゼンは目を閉じる。否定できない。守ることばかり考えて、伝えることを忘れていた。ルピナスも信じることより、傷つくことを恐れていた。二人とも未熟だった。だから壊れた。「でもね」ルピナスは優しく笑う。「あなたを好きだったことは、一度も後悔してない」ローゼンの瞳が揺れた。その一言だけで十分だった。救われた気がした。「あの恋は、本物だった」ルピナスはゆっくりと言葉を紡ぐ。「だからこそ終われたの」ローゼンは静かに息を吐く。胸は痛い。それでも不思議と涙は出なかった。「今は違うんだな」その問いに、ルピナスは少し照れながら笑う。「うん」その一文字だけで十分だった。誰のことを想っているのか。もう聞く必要はない。ローゼンは立ち上がる。夕陽を背に、ルピナスへ手を差し出した。「最後に一つだけ約束してくれ」ルピナスも立ち上がる。「何?」「幸
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第53話 王宮を覆う黒い影

王宮の鐘が静かに鳴り響いた。夕暮れの穏やかな空気は、まるで何事もなかったかのように城を包んでいる。だが、その静けさは長くは続かなかった。「殿下!」慌ただしい足音とともに、一人の近衛騎士がローゼンの執務室へ飛び込んできた。「報告します! 王都各地で住民が突然倒れる事件が相次いでいます!」ローゼンは立ち上がった。「原因は」「分かりません。身体に外傷はありませんが、皆、同じように魔力を失ったような状態です」その言葉を聞いた瞬間、ローゼンの表情が険しくなる。「ブラックローズ……」嫌な予感しかしなかった。一方その頃。学院ではルピナスたちも異変に気づいていた。「何、この空気」ルピナスは空を見上げる。青空だったはずの空が、ゆっくりと黒い雲に覆われ始めていた。生徒たちもざわつき始める。「急に寒くなった」「息が苦しい」「魔力が使えない!」学院中が混乱に包まれる。ダリアがルピナスの腕を掴んだ。「これは普通じゃありませんわ!」マーガレットも青ざめる。「結界が弱っています!」その瞬間だった。学院全体が大きく揺れた。ゴォォン――!地鳴りのような轟音。校舎の窓ガラスが震える。悲鳴が上がる。フジは即座にルピナスの前へ立った。「下がれ」その声に迷いはない。周囲を鋭く見回しながら剣へ手をかける。すると空の中央が黒く裂けた。巨大な魔法陣。禍々しい黒い光が王都全体を覆っていく。誰も見たことがないほど巨大な魔法だった。「始まったか」低い声が空から響く。ブラックローズだった。彼は巨大な魔法陣の中心に立ち、静かに王都を見下ろしている。「人は過去を変えた代償を支払わなければならない」その声だけで空気が震えた。ルピナスは思わず一歩前へ出る。「ブラックローズ!」彼は仮面越しに笑った。「ルピナス。お前が運命を書き換えたことで、この国は崩壊へ向かっている」「違う!」ルピナスは叫ぶ。「あなたが全部壊している!」ブラックローズは首を横に振る。「私は歪みを正しているだけだ」次の瞬間。巨大な魔法陣から黒い光が王都へ降り注いだ。あちこちで爆発が起こる。悲鳴が響く。人々が逃げ惑う。「くっ……!」フジはルピナスの手を掴む。「行くぞ!」「どこへ!」「王宮だ」その時、学院の正門からローゼンが駆け込んできた。
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第54話 世界を書き換える魔法

黒い魔法陣が王都全体を覆っていた。昼間のはずなのに空は夜のように暗い。人々は恐怖に怯え、建物の陰へ身を寄せ合っている。その光景を見下ろしながら、ブラックローズは静かに両手を広げた。「長い年月だった」誰に語るでもない独白が、風に乗って流れる。「ようやく、この世界は本来あるべき姿へ戻る」その瞬間、巨大な魔法陣の中央から眩い黒い光が放たれた。王都の上空に浮かんでいた無数の魔法文字が回転を始める。「空間そのものが……歪んでる」マーガレットが震える声で呟く。彼女は魔法陣を見上げたまま青ざめていた。「こんな術式、見たことがありません……」ローゼンが剣を握り締める。「何が起きる」マーガレットは首を横に振った。「分かりません。でも……この魔法は人を攻撃するものではありません」「違うのか」「はい」マーガレットは恐る恐る続ける。「世界そのものを書き換える魔法です」その場の空気が凍りついた。ルピナスは息を呑む。「世界を……書き換える?」その言葉に答えたのは、空の上に立つブラックローズだった。「そうだ」低い声が王都中へ響く。「運命は本来、一つしか存在しない」「お前が時を巻き戻したことで、この世界には二つの歴史が重なった」「だから世界は壊れ始めている」ルピナスは首を振る。「違う!」「私は誰かを救いたかっただけ!」ブラックローズは静かに笑う。「だから甘い」その一言が胸へ突き刺さる。「一人を救えば、別の誰かが犠牲になる」「それが世界の法則だ」ルピナスは拳を握り締めた。「そんな世界なら間違ってる!」その叫びに、ブラックローズの瞳が僅かに揺れる。「……やはり、お前は変わらない」どこか懐かしむような声だった。しかし次の瞬間、その表情は再び冷たくなる。「だから私は、お前ごと世界を元へ戻す」黒い魔法陣が激しく輝いた。ゴォォォン!!轟音とともに王都全体が揺れる。建物が軋み、地面に大きな亀裂が走った。人々の悲鳴が響く。フジはすぐにルピナスの肩を抱き寄せた。「離れるな」短い言葉だった。だがその腕は力強かった。ローゼンも前へ出る。剣を抜き、ルピナスの前へ立つ。「ここは俺たちが止める」「違う」ルピナスは二人を見た。「三人で止めるの」ローゼンとフジが顔を見合わせる。ほんの少し前までなら考えられな
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第55話 運命の扉の向こう側

王都を覆う黒い魔法陣の中心で、白く輝く扉だけが静かに佇んでいた。禍々しい黒い空の中で、その扉だけが不自然なほど神聖な光を放っている。ルピナスは息を呑んだ。胸が騒ぐ。恐ろしいのに、どこか懐かしい。まるで自分を待ち続けていた場所のようだった。「行くな」フジがルピナスの腕を掴む。その手は少し震えていた。「何があるか分からない」低い声には、隠しきれない不安が滲んでいた。ローゼンも前へ出る。「俺が先に行く」剣を抜き、迷わず扉へ歩き出そうとする。しかし。ブラックローズは静かに首を振った。「入れるのは一人だけだ」その一言で、空気が張り詰める。「この扉は、運命を背負った者しか受け入れない。」「ルピナスだけだ。」ルピナスは光る扉を見つめた。心臓が速くなる。逃げたい。でも、逃げれば何も終わらない。ブラックローズの言うことが本当なら、この先にすべての答えがある。時間を巻き戻した理由も。前世の真実も。自分が生き残った意味も。「行くわ」その言葉に、フジの手が強く握られた。「駄目だ」珍しく感情を露わにした声だった。「今度は戻れないかもしれない。」その言葉に、ルピナスはゆっくり振り返る。フジは今にも扉を壊しそうなほど険しい表情をしていた。その顔を見て、ルピナスは少しだけ笑う。「大丈夫」「根拠はあるのか」「ないわ」小さく笑って答える。「でもね。」ルピナスはそっとフジの手に自分の手を重ねた。「帰ってくる。」その一言だけだった。フジは何も言えない。離したくない。今すぐ連れ戻したい。それでも。ルピナスの瞳は決意に満ちていた。止められない。ローゼンも静かに目を閉じる。「待っている。」その声は穏やかだった。「今度こそ、お前が帰る場所を守る。」ルピナスは二人を見つめる。前世では一人だった。誰も信じられなかった。でも今は違う。待ってくれる人がいる。信じてくれる人がいる。それだけで、不思議と怖くなかった。「ありがとう。」その言葉を残し、ルピナスは一歩踏み出す。白い扉へ。眩しい光が彼女を包み込む。次の瞬間、景色が消えた。静寂。風もない。音もない。目を開けると、そこは見覚えのある場所だった。真っ白な花畑。どこまでも続くルピナスの花。その中央に、一人の女性が立っていた。純白
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第56話 最初のルピナス

白い花畑を、柔らかな風が吹き抜けていく。一面に咲き誇るルピナスの花は、まるで空へ向かって祈りを捧げる無数の手のようだった。ルピナスは言葉を失った。目の前に立つ女性は、自分によく似ている。顔立ちも。髪の色も。優しく笑う表情も。けれど決定的に違うものがあった。その瞳だった。深い悲しみと、果てしない優しさ。何度も別れを経験した人だけが宿せる光だった。「……私が、最初のルピナス?」女性は静かに頷く。「ええ。」「あなたが今まで『前世』だと思っていた人生は、一度目ではありません。」ルピナスの胸が大きく鳴る。「どういうこと?」女性は一輪のルピナスを摘み、その花びらへ優しく触れた。「この世界は、何度も繰り返されています。」その一言で空気が変わる。「最初の世界では、あなたは十八歳で命を落としました。」「二度目では王国が滅びました。」「三度目ではフジが命を落としました。」ルピナスの身体が震える。フジが……。「四度目ではローゼンがあなたを庇って亡くなりました。」思わず息を呑む。知らない。そんな未来は知らない。女性は穏やかな表情のまま続ける。「何度やり直しても、大切な誰かを失いました。」「だから、私は何度も願ったのです。」花びらが風に舞う。「今度こそ、みんなが笑える世界をください、と。」ルピナスの瞳から涙が零れ落ちる。「じゃあ……私は。」女性はゆっくり近づき、ルピナスの胸へそっと手を当てた。温かい。懐かしい温もりだった。「あなたは私です。」「私はあなたです。」「私たちは、ずっと一人でした。」その瞬間だった。無数の光が花畑を包み込む。ルピナスの頭の中へ、見たこともない記憶が流れ込んできた。笑い合うローゼン。幼い頃のフジ。学院で笑うダリアとマーガレット。戦火に包まれた王都。泣き叫ぶ人々。ブラックローズが一人で夜空を見上げる姿。そして。白い神殿で、一人の少女が世界樹へ祈りを捧げていた。「どうか……もう一度だけ。」少女は泣きながら願う。「私の命を全部使ってもいい。」「だから、大切な人たちが笑える世界をください。」その少女こそ。最初のルピナスだった。世界樹が眩しく輝く。その根元で、一人の青年が静かに少女を見つめている。黒いローブ。銀色の髪。まだ仮面をつけていない。ブラック
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第57話 ブラックローズの願い

白い花畑の景色がゆっくりと消えていく。世界が光に包まれる中、ルピナスは最後にもう一度だけ、最初のルピナスを見つめた。「待って!」思わず手を伸ばす。「まだ聞きたいことがあるの!」女性は優しく微笑んだ。「答えは、あの人が話してくれます。」「あの人?」「ブラックローズです。」その名前が響いた瞬間、花畑は光となって砕け散った。ルピナスの身体がふわりと浮く。次に目を開けた時、彼女は再び王都の上空に浮かぶ白い扉の前へ戻っていた。「ルピナス!」フジの声が聞こえる。「無事か!」ローゼンも駆け寄ろうとする。だがルピナスは静かに首を振った。「待って。」その瞳は先ほどまでとは違っていた。迷いがない。そして真っ直ぐにブラックローズを見上げる。「あなたは敵じゃなかったのね。」王都中が静まり返る。ブラックローズの肩が僅かに揺れた。「何を見た。」低い声だった。「全部。」ルピナスは涙を浮かべながら答える。「最初の世界も。」「何度も繰り返した運命も。」「あなたが、ずっと私たちを見守っていたことも。」ブラックローズは何も言わなかった。仮面の奥の瞳だけが揺れている。ルピナスは一歩前へ進む。「あなたも苦しかったんでしょう。」「違う!」初めてブラックローズが感情を露わにした。王都全体が震えるほどの怒声だった。「苦しいなど、生ぬるい!」魔力が溢れ出す。黒い魔法陣が激しく脈打つ。「私は何百回も見た!」「お前が死ぬ世界を!」「ローゼンが絶望する世界を!」「フジが命を落とす世界を!」「王国が滅ぶ世界を!」その叫びは悲鳴だった。怒りではない。壊れそうな男の叫びだった。「何度やり直しても!」「何を選んでも!」「誰かが必ず死ぬ!」ブラックローズは空を仰ぐ。「だから終わらせようとした。」「誰も存在しなければ。」「誰も愛さなければ。」「誰も苦しまない。」その言葉に、ルピナスはゆっくり首を振る。「違う。」ブラックローズは睨みつける。「何が違う!」ルピナスは涙を拭った。「苦しかった。」「何度も傷ついた。」「何度も泣いた。」「でも。」彼女は後ろを振り返る。そこにはフジがいる。ローゼンがいる。ダリアも。マーガレットも。みんながいた。「私は、この世界で笑えた。」ブラックローズの瞳が揺れる。
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第58話 涙の真実

仮面が地面へ落ちた。乾いた音が、静まり返った王都に小さく響く。誰も声を出せなかった。そこに立っていたのは、恐ろしい魔王でも、冷酷な支配者でもなかった。一人の青年だった。銀色の髪が風に揺れ、長い年月を生きてきたとは思えないほど穏やかな顔立ちをしている。けれど、その瞳だけは違った。深い絶望。消えることのない後悔。そして、ようやく終わりを迎えられるかもしれないという安堵。すべてが入り混じっていた。「やっと……」青年は静かに笑う。「私の顔を見てもらえた。」ルピナスはゆっくりと歩き出した。フジが止めようと手を伸ばく。「危険だ。」「大丈夫。」ルピナスは優しく首を振る。「この人は、もう戦うつもりじゃない。」その言葉に青年は目を閉じた。「本当に、お前は変わらない。」小さく笑う。「誰よりも人を信じる。」「だから何度世界が壊れても、私はお前を諦められなかった。」ルピナスは青年の前まで歩み寄る。もう数歩で手が届く距離。「あなたの名前を教えて。」青年は少しだけ空を見上げた。まるで遠い昔を思い出すように。「私の名は……アスター。」その名前を聞いた瞬間。ルピナスの胸に、また一つ記憶が流れ込む。白い神殿。世界樹の下。泣いている少女。最初のルピナス。その隣には、一人の青年がいた。まだ笑顔だった頃のアスター。「約束だ。」青年は笑っていた。「必ず、お前を幸せにする。」少女も笑う。「うん。」その約束は、叶わなかった。最初の世界で。ルピナスは思わず口元を押さえた。「あなた……。」涙が止まらない。「最初の世界では……。」アスターは静かに頷く。「私は、お前の婚約者だった。」王都中が息を呑んだ。ローゼンも。フジも。誰もが言葉を失う。アスターは苦く笑う。「だが私は守れなかった。」「世界も。」「お前も。」「約束も。」その日からだった。世界をやり直し続けたのは。何度も。何百回も。誰かが救われれば、誰かが死ぬ。その繰り返しの中で、青年は少しずつ壊れていった。「最後には。」アスターは震える声で続ける。「誰も愛さなければ、誰も苦しまないという結論に辿り着いた。」ルピナスは首を振る。「違う。」その一言に、アスターは顔を上げる。「あなたは今も苦しんでる。」「愛を捨てても。」「世
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第59話 世界崩壊

世界が悲鳴を上げた。空を覆っていた黒い魔法陣が制御を失い、巨大な亀裂が王都の上空を走る。眩しい光と漆黒の闇がぶつかり合い、空間そのものが歪んでいく。大地が激しく揺れた。建物が崩れ、人々の悲鳴が王都中へ響き渡る。「結界が壊れる!」マーガレットが叫ぶ。「このままでは王都だけじゃありません! 世界そのものが崩壊します!」フジはすぐにルピナスを庇うように前へ立った。「下がれ。」「嫌よ!」ルピナスは首を振る。「もう誰も一人で戦わせない!」ローゼンも剣を構える。「アスター!」その声にアスターは苦しそうに胸を押さえた。黒い魔力が身体から暴走し、地面へ溢れ出している。「駄目だ……。」息が乱れる。「術式が私の命と繋がっている。」ルピナスの表情が変わった。「どういうこと?」アスターは苦しそうに笑う。「私が死ねば……魔法陣も消える。」その場が静まり返った。フジが眉をひそめる。「ふざけるな。」ローゼンも険しい表情で一歩踏み出す。「それ以外の方法は。」「ない。」アスターは静かに首を振る。「私は何百年も、この術式を維持するためだけに生きてきた。」「終わらせるには、術者である私が消えるしかない。」ルピナスは強く首を振った。「そんな終わり方、絶対に駄目!」涙が溢れる。「あなたはやっと救われたのに!」「やっと笑えたのに!」アスターは優しく微笑んだ。その笑顔は、最初の世界でルピナスへ向けていた笑顔と同じだった。「私は十分だ。」「お前が生きている。」「笑っている。」「それだけで。」ルピナスは涙を拭う。「違う。」「それじゃ駄目。」アスターが目を見開く。ルピナスは一歩前へ出た。「私は何度も世界をやり直した。」「そのたびに、大切な人を失った。」「だから分かる。」涙を流しながら笑う。「誰か一人を犠牲にして終わる世界なんて、幸せじゃない。」その言葉にフジが静かに頷いた。ローゼンも剣を下ろす。「ルピナスの言う通りだ。」アスターは震える瞳で三人を見る。「だが、方法がない。」その時だった。ルピナスの胸元で、小さな光が瞬く。淡い紫色の輝き。最初のルピナスから託された、一輪のルピナスの花だった。花はゆっくりと宙へ浮かび上がる。そして世界中へ、優しい光を降り注いだ。マーガレットが息を呑む。「ま
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第60話 四人の選択

王都を覆う黒い魔法陣は、今にも砕け散りそうな音を立てていた。 空間が歪み、地面には無数の亀裂が走る。 それでも、先ほどまでの暴走は少しだけ収まりつつあった。 ルピナスたち四人の魔力が、辛うじて世界を支えていたからだ。 アスターは苦しそうに膝をつく。 銀色の髪が乱れ、肩で荒く息をしている。 「駄目だ……。」 「私の魔力では、もう抑えきれない。」 ルピナスはすぐに駆け寄った。 「無理しないで!」 アスターは静かに首を振る。 「もう決めている。」 その声は不思議なくらい穏やかだった。 「最初の世界で守れなかった約束を、今度こそ果たす。」 ゆっくりと立ち上がる。 そして、巨大な魔法陣へ向かって歩き始めた。 「アスター!」 ルピナスが呼び止める。 彼は振り返らなかった。 「術式の核へ私の命を返せば、この魔法陣は止まる。」 「それしか方法はない。」 その言葉に、フジの表情が険しくなる。 「また一人で抱え込むのか。」 アスターの足が止まった。 「私は何百年も、その選択しかできなかった。」 「誰かを救うためには、誰かが犠牲になる。」 「それが世界の理だった。」 ローゼンは剣を地面へ突き立てる。 乾いた音が響いた。 「違う。」 短い一言だった。 しかし、その声には王子としての覚悟が宿っていた。 「俺たちは、お前の駒じゃない。」 アスターがゆっくり振り向く。 ローゼンは真っ直ぐ彼を見据えていた。 「一人で世界を背負うな。」 「背負うなら、一緒に背負う。」 フジも静かに前へ出る。 「俺も同じだ。」 「ルピナスを守る。」 「世界も守る。」 「だから、お前も生きろ。」 アスターは目を見開いた。 何百年もの間、誰にも言われなかった言葉だった。 『生きろ』 その一言が、胸の奥へ深く突き刺さる。 ルピナスは三人の真ん中へ歩み出た。 「私、やっと分かったの。」 三人が彼女を見る。 「前世では、私は一人で戦おうとしていた。」 「アスターも一人だった。」 「ローゼンも。」 「フジも。」 「だから何度やり直しても、誰かが泣いていた。」 ルピナスは涙を浮かべながら笑った。 「でも今は違う。」 彼女はそっと右手を差し出す。 「もう、一人じゃない。」 その手を最初に握ったのはフジだった。 「当然
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第61話 絶望の化身

四人の手が重なったまま、王都を包む光はさらに強さを増していく。世界樹の紋章が夜空いっぱいに広がり、黒い魔法陣をゆっくりと押し返し始めた。「成功したの……?」ルピナスが小さく呟く。その瞬間だった。パリン――。ガラスが砕けるような音が世界中へ響いた。魔法陣の中心に生まれた黒い亀裂が、一気に大きく裂ける。「離れろ!」アスターが叫ぶ。四人はとっさに距離を取る。裂け目の奥から吹き出したのは魔力ではなかった。黒い霧。冷たく、重く、見る者の心を締めつけるような禍々しい気配だった。その霧は空へ集まり、ゆっくりと人の形を作り始める。腕。肩。頭。そして、顔のない巨大な人影が王都の上空へ姿を現した。マーガレットの顔から血の気が引く。「そんな……。」「伝承は本当だったの……。」ダリアが息を呑む。「知っていますの?」マーガレットは震える声で答えた。「世界樹には、古い言い伝えがあります。」「人々の悲しみや後悔が限界を超えた時、それらは一つの存在となって世界を飲み込む、と。」アスターは静かに目を閉じる。「……絶望の化身。」その名が告げられた瞬間、黒い巨人がゆっくりと目を開いた。真っ赤な光だった。感情など存在しない。ただ、終わりだけを告げる瞳。王都中の人々が、その視線を浴びた瞬間だった。「ああ……。」一人の兵士が剣を落とす。「もう戦えない……。」母親が子どもを抱きしめながら、その場へ座り込む。「どうせ未来なんて変わらない。」広場にいた人々から、次々と希望が失われていく。フジは歯を食いしばった。身体が重い。剣を握る腕に力が入らない。「こいつは……心を折ってくる。」ローゼンも膝をついた。「攻撃じゃない。」「希望そのものを奪っている。」ルピナスも胸を押さえる。頭の中へ、嫌な記憶が流れ込んできた。処刑台。炎。裏切られた絶望。「違う……。」耳を塞ぐ。「もう終わりにしたい。」「何度やり直しても意味がない。」誰かが囁く。その声は、自分自身の声だった。アスターが苦しそうに叫ぶ。「聞くな!」「それは、お前たち自身の絶望だ!」黒い巨人はゆっくりと腕を広げる。世界中から黒い霧が集まってくる。何百年もの悲しみ。何百年もの後悔。何百年もの涙。そのすべてが、この怪物を育ててきた。「これが……
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