「本条さん、ついていってあげなさい。今日は大した仕事も入ってないし、今から行くといい」「でも……!」「所長命令です、行ってきなさい」 所長命令と言われれば、千夏は首を縦に振るしかない。「……分かりました、行ってきます」 “所長命令”という言葉を使えたことに感動している幸男に留守を任せ、千夏は成也と一緒に外出した。 そして現在、事務所から少し離れた場所にある紳士服店にようやく辿り着く。店内に入るとスーツを着こなした中年男性が、爽やかな笑顔で出迎えてくれる。「いらっしゃいませ、何かお探しでしょうか?」「自分達で選ぶから大丈夫」 成也はしっしっと犬でも追い払うような仕草をすると、奥に進んでいく。「ちょっと……! すいません、よく言っておきますので」 千夏は店員に頭を下げると、成也の後を追う。「末安さん、あんな非常識な態度取ったら失礼じゃないですか」「あれが純粋な厚意だったらね。でもあの人は商売人だよ? こっちに知識がないのをいいことに、高いスーツ売りつけてくるかもじゃん。それに、俺はプロが選んだスーツじゃなくて、先生が選んだスーツを着たいからさ」 そう言って手近なスーツを手に取り、自分の身体にあててみせる。「どう? 似合う?」 成也が手に取ったのはグレーのダブルスーツで、美形の彼によく似合ってはいるが千夏は小さく唸る。「似合ってますけど、うーん……、もっとくっきりした色がいいんじゃないですか? これとかどうです?」 千夏は紺色のシングルスーツを見つけると、成也に手渡す。成也は近くに鏡があるのを見つけると、身体にあてがってみる。「色はこっちの方がいいかもね。でもちょっとリーマンぽくてやだな。あ、あれがいいな。中にもう1枚あるやつ」「中にもう1枚?」 千夏もスーツに明るいわけではない。似合うかどうか見ることは出来ても、ざっくりしたことを言われても、なんのことか皆目見当もつかない。「いらっしゃいませ、何かお探しでしょうか?」「中にもう1枚着るやつが欲しいんだけど、どこらへんにあるの?」 女性店員が声をかけてくると、成也は同じ言葉を彼女にも言う。それを見た千夏は、もう少しまともな説明ができないのかと頭を抱える。「ベストのことですかね?」「そうそれ!」 女性店員が自信なさげに言うと、成也は指を鳴らしながら彼女を指さす。あまり
Last Updated : 2026-06-02 Read more