「入院費も治療費も、すべて私が払っています。これが私に出来る償いですから」「すいません、余計なことを聞いてしまって」 浩二の心情を察し、心を痛めた千夏は、成也の代わりに謝罪する。お前も謝れと目配せするが、成也は室内を見回して気づかない。「いいんです、気にしないでください。それに、今日おふたりがお見舞いに来てくれただけで私は嬉しいんです」「はぁ……」 手ぶらの見舞いが何故嬉しいのか分からず、千夏は生返事をする。それに気づいたのか浩二は小さく笑い、口を開いた。「脳死状態でも聞こえていると、昔聞いたことがあるんです。聴覚から刺激を与えるのはいいことだとも。本当かどうかは分かりませんが、私は本当だと信じています。きっとふたりの声は、楓にとっていい刺激になったでしょうから」 浩二は穏やかな笑みを浮かべているのにも関わらず、千夏は得体の知れない恐怖を覚えた。「もしそれが本当なら、お役に立てて嬉しいです。奥様にもお話を伺いたいので、ご自宅の住所を聞いてもいいでしょうか?」 成也は何も感じないのか、手帳を広げながら住所を尋ねる。「あぁ、そうですよね。ちょっと待っててください」 浩二は名刺ケースから自分の名刺を1枚出すと、裏側に手早く住所と電話番号を書いて成也に手渡す。「ありがとうございます。調査もしないといけないので、お暇させていただきます。ね、先生」「え? えぇ、そうね。病室まで押しかけてすいませんでした。楓さん、はやくよくなるといいですね」 いきなり話を振られて驚きながらも成也に話を合わせると、浩二に一礼した。「いえ、こちらこそありがとうございます。調査、頑張ってくださいね」「はい、失礼します」 最後にもう一度、今度は成也の頭を掴んで一緒に一礼させると、病室を出た。「もう、どういうつもりですか? 勝手にあれこれ質問したり、病室から出ようとしないでください」「ごめんね、もうあれ以上あそこにいるのはしんどいからさ。お説教よりもさ、ごはん食べに行こうよ。俺おなか空いちゃった。それに、お互い気づいたこと話した方がいいだろうし」 明るい声音と裏腹に、陰りのある彼の表情に、千夏はこれ以上説教する気になれなかった。
Last Updated : 2026-06-02 Read more