All Chapters of 灰になった令嬢は宿敵の腕の中で牙を剥く: Chapter 61 - Chapter 70

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61話 帰国

九条征哉様の指示に従い、真中芙美と共にかつて美緒お嬢様が使っていたお部屋に向かう。今、この離れは誰も使っていなくてここに執務室を構えている私だけが出入りしている状況だ。そして美緒お嬢様がお使いになられていたお部屋は、華瑛の指示で何故か、そのままに保たれていた。今となってはそれは幸運であったとしか言いようが無いが。美緒お嬢様のお部屋はシンプルそのものだった。本邸の瑛理香や華瑛の部屋とは違い、装飾品はほとんど無い。美緒お嬢様のお部屋の飾り棚の中……その片隅にひっそりとしまわれているものがある。それは一冊の仕掛け絵本だ。この仕掛け絵本は美緒お嬢様がお母様の香織様から譲り受けたもの。そしてその譲り受けたという事を華瑛も瑛理香も知らない。だからこそ、奪われずにそのまま棚の隅に置かれていたままになっていた。「これがそう?」真中芙美にそう聞かれる。私は頷く。「あぁ、そうだ」何の変哲も無い、普通の仕掛け絵本。見た目はそう見える仕掛け絵本だが、実際には違う。絵本を開く。妖精が描かれているような、ファンタジーの世界が広がる。数枚、ページをめくると、真ん中に飛び出してきた妖精が指さしている場所に……一枚のカードが仕込まれていた。それを取り出す。一見すると、その仕掛け絵本のおまけのようにも見えるが、これはれっきとした貸金庫カードだ。本来ならばここには当初の仕掛け絵本のおまけのカードが入れられていた。そのカードが美緒お嬢様によって別のカードに替えられていた事を私はこの段になって初めて知ったのだ。美織お嬢様は一体、いつ、香織様からこのカードを受け取ったんだろうか。◇◇◇「カードを受け取っていた?」九条征哉にそう聞かれて私は頷く。「えぇ、随分と幼い頃に、お母様から受け取っていたの」私は背後から私を抱き締めている九条征哉に、お母様から幼い頃に受け取っていたカードの存在を話していた。「もちろん、その頃の私はそれが何なのか、分かっていなかったけれど、すごく大事なものだって、お母様に言われて私も幼心にそれを聞いて、たぶん、その当時の一番大事にしてた絵本の中に隠したの」私がそう言うと九条征哉が笑う。「その隠し場所が、功を奏したな」そう言われてその通りだと思った。子供だからこそ、カードをその当時大事にしていた絵本の中に隠した訳だけれど。大人になってからそのカードを渡
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62話 狂乱

どことなく不安に駆られているであろう美織に付き添い、美織を眠らせ、俺は自室に戻る。戻った俺の元に届けられる一枚のカード。美織がさっき話してくれたあのカードだ。見た目、本当に子供が喜びそうなデザインになっている。きっと特別に作らせたものなのだろう。美織も言っていたが、美織の母親である香織の持っていた極秘の貸金庫の中には何が入っているのだろう。可能性としては、遺言状の確率が高いと見ているが。極秘の貸金庫の中に入れるものだ、聡明だった一ノ瀬香織なら、華瑛の真意に気付いて、何か手を打っていてもおかしくない。俺は自室の窓から見える自分の屋敷の敷地内を眺めながら考える。だが、どうして一ノ瀬香織は逃げなかったのだろうか。今、まだ一ノ瀬香織と華瑛の関係性については調べさせているが、親友だったという事以外は、俺の元に情報は入っていない。二人の間に特別な何かがあったのか、それは俺たちが知り得ない事なのかもしれない。「征哉様」不意に声をかけられて振り向くと日下部が立っている。「どうした?」そう聞くと日下部が言う。「凪野という人物から、征哉様にアポイントの要請がありました」そう言われて俺は笑う。調べていた相手が自分から俺に会いたいとアポイントを取ってくるとは。「凪野については、調べはついたか?」そう聞くと日下部が頷く。「こちらに」差し出されたタブレットを受け取る。画面を見て俺はまた笑う。凪野は四季凪の人間なのか……。俺が美織に与えた名跡。俺が管理・保護している名前。その名前の人間がまだ現存していたとは、な。俺は日下部に言う。「会うと伝えてくれ」そう言うと日下部が頷く。「かしこまりました」タブレットに視線を落とす。日下部は音もなく、俺の自室を出ていく。凪野暁斗、改め、四季凪暁斗。年齢は俺たちとそう変わらない。俺が四季凪の名跡の保護を申し出たのはもう数年前だ。絶えたと思っていた四季凪にはその名跡を継ぐ者が居たのだ。それならきちんとした手続きをもって、名跡を継げば良いものを、わざわざその家に新しい美織という名前を持つ人間を入れた、このタイミングで出て来るという事は……おそらくは美織という名前を持つ人間に興味が湧いたという事なんだろう。タブレットから視線を上げる。まぁ、どういう人間であっても、このタイミングなのだ、それ程、脅威になるとは思
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63話 お茶会

「及川、皆様をご案内して」一ノ瀬瑛理香にそう言われて私は、お茶会にやって来た令嬢たちを、本邸のテラスにご案内する。皆、面持ちが微妙だ。それはそうだろう。一ノ瀬家は今、喪中なのだから。けれど角を立てたくないのか、はたまた瑛理香への対処が面倒なのか分からないが、一応、招待した家の令嬢たちは控えめな服装でお茶会にやって来た。瑛理香はホストとして堂々と皆をもてなそうとしているが、自分自身が非常識な事をしているという自覚は無さそうだった。招待された人間の中に高橋翔太も入っていて、高橋翔太も瑛理香が非常識な振る舞いをしていると思っているのか、その微笑みは苦笑に近い。このお茶会でただただ嬉しそうに、誇らしそうにしているのは瑛理香ただ一人だ。誰も瑛理香に進言しなかったのには、それなりの理由がある。母親である華瑛は瑛理香がお茶会をやろうとどうであろうと、そもそもそこに興味が無い。今日だって華瑛は自室に居て、お茶会への顔出しすらしていない。そして高橋翔太に至っては、おそらく瑛理香に瑛理香自身が非常識であると告げると瑛理香が激高するのが分かっていて、面倒だから言わなかった、というところだろう。「さぁ、皆様、召し上がって」瑛理香は満面の笑みでそう言って、今日のお茶会の為に用意したお菓子やお茶の説明をし出す。令嬢たちはそれぞれに俯き加減で互いに視線を合わせながら、苦笑している。その時だった。「あら、もう始まってしまっているのね」そう言いながらテラスに入って来た令嬢が一人。真っ黒な美しいラインのワンピースを着こなしているのは芹沢可南子という令嬢だった。手には真っ白な百合の花束を持っている。「芹沢可南子……」一ノ瀬瑛理香がそう呟く。この芹沢可南子と一ノ瀬瑛理香は水と油だった。二人ともハッキリとした顔立ちで令嬢たちの中では美人で有名だったけれど、性格が合わないようで、良く瑛理香がこの芹沢可南子について文句を言っているのを耳にしていた事がある。芹沢可南子は瑛理香に挑戦的な笑みを浮かべて、言う。「今日はお茶会なんですってね、喪中なのに」誰も口にしなかった言葉を堂々と正面切って言う芹沢可南子は圧巻だった。瑛理香がそう言われてやっと自分が非常識な事を始めていると気付いたのか、顔を真っ赤にする。芹沢可南子はそのまま真っ直ぐ瑛理香に向かって歩き、真っ白な百合の花束を瑛理香
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64話 過保護

銀行へ向かう車中で、九条征哉が少し笑う。「そういえば、美織は街へは出ていなかったな」そう言われて私は四季凪美織になってから初めて屋敷を出て街中へ入るのだなと思う。「そう言われてみればそうね」流れていく車窓の景色を見ていると九条征哉が私を抱き寄せる。「身体は?」そう聞かれて私は少し笑う。「えぇ、大丈夫。順調に回復しているわ」その言葉に嘘は無かった。あの堕胎手術を受けてから出血量は徐々に減り、あとは自然に回復するのを待つだけなのだ。九条征哉の手配した医師が屋敷に常駐して、私だけを診てくれている。まさか医師を屋敷に常駐させるとは思っていなかったけれど。彼を見ていて思う。(過保護ね……)どこからどう見ても、九条征哉の私に対する対応や対処は、ただの契約関係、契約結婚という形には収まらない。忙しい人だろうに、私に何かがあればすぐにでも駆けつけ、ずっと傍に居る。私自身も九条征哉がどういう生活を送って来たのかを知らないせいで、それが当たり前になっているけれど。きっとこの人は今まで、こんなふうに生活を送った事が無いのだろうという事は何となく分かる。ぎこちない手付き、なのに何の躊躇いも無く、私を抱き寄せている今のように。ただの契約関係、契約結婚だと自分でもそう言い聞かせて来たけれど、いつの間にか私はこの人の腕の中に居る時が一番、心が休まっている。それを伝えるべきかは、分からない。―――銀行に到着する。「いらっしゃいませ、九条様」銀行の偉い人だろうか、数人のスーツ姿の男性たちが私たちを迎える。「九条バンクの頭取を任せている川田だ」九条征哉がそう言って私に初老の男性を紹介する。紹介された男性が緊張の面持ちで私に頭を下げる。「お初にお目にかかります、川田と申します。四季凪美織様」銀行の入り口でこんなふうに迎えられると、自分がとても重要人物だという気がしてしまう。でもこれは九条征哉が居るからだ。私が九条征哉と一緒に来なければ、銀行の頭取が対応してくれる事も無かっただろう。そんな私の気持ちを察してなのか、九条征哉が言う。「今後、美織が一人で来ても、お前が対処しろ」九条征哉がそう言うと、川田頭取はぎこちない微笑みのまま、言う。「もちろんです」銀行内に入り、歩きながら川田頭取が言う。「貸金庫は銀行の奥に入り口がございます」そう言いながら
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65話 桐ケ谷朋美

扉の先はいくつかのフロアに分かれていた。九条征哉が天井近くを指差して言う。「入力したコードナンバーの指し示すフロアのライトが点滅する仕組みになっている」九条征哉の指差した先に点滅するライトがある。「あそこだ」そう言われてそこへ歩いて行く。「こんなにたくさんの貸金庫があるのね」周囲を見ながらそう言うと九条征哉は笑う。「貸金庫の数だけ人には秘密があるのさ」点滅しているライトの場所まで来ると、目の前は檻のようになっている。その鉄格子の前にはロック解除のための解除盤がついている。「そこにカードをかざすんだ」九条征哉に言われてカードをかざす。ビー! というビープ音が大きく響き、ガチャン! と音がして、ロックが開く。鉄格子の扉が横にスライドして扉が開いた。中は中央に貸金庫の中身を確認する為なのか、テーブルのようなものが置かれている。いくつもの小さな貸金庫が並んでいる。その中で、緑色のライトが灯っている貸金庫があった。「あれだ」九条征哉にそう言われてその金庫に近づく。鍵は既に開いているようで、引っ張り出すとスルッと出て来た。九条征哉が私の手を支え、一緒に貸金庫を持つ。それ程、重さは無いけれど、それでも落下防止の為なんだろう。貸金庫を中央のテーブルに置く。九条征哉と顔を見合わせて、私は頷き、その金庫を開ける。◇◇◇「暁斗様」ホテルの部屋で起き出した僕に坂崎が告げる。「九条征哉様とのアポイントが取れました、本日、お会いになるそうです」そう言われて僕は微笑む。「分かった」僕はそのまま部屋のバスルームに入る。着ていたものを脱ぐと、洗面所の鏡に僕の傷だらけの体が映る。それを見ながら僕は苦笑する。九条征哉が四季凪の名跡を保護する事を表明した途端に、僕への執拗な、あの女からの追跡が止んだのだ。それに関しては九条征哉には感謝しなければいけない。あの女が四季凪の名前が欲しいのは分かっていた。ずっと執拗に追いかけて来て、自分を四季凪の家に入れるよう、脅しをかけて来ていた女 ―― 桐ケ谷朋美。彼女からの追跡が止んだのは、いくら桐ケ谷とはいえ、九条に盾突くほど、バカでは無いという事なんだろう。頭からシャワーを浴びる。僕が僕自身の力で守れなかった四季凪の名跡。それをいとも簡単に保護し、管理下に置いた九条征哉には会ってみたいと思っていたのだ。覇王とも言わ
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66話 お爺様

貸金庫を開ける。中に入っていたのは少し厚い封筒。それに手を伸ばした時。「私も確認させて貰っても良いだろうか」そう声が背後から聞こえて驚いて振り向く。そこに立っていたのは初老の紳士。とても背が高く、白髪ではあったけれど、美しい人だ。「七倉さん」九条征哉がそう言う。「七倉……」お母様の旧姓……という事は、この方がお母様の御父上で、私のお爺様にあたる人……。「……及川、ですね?」九条征哉がそう言う。そう言われて私は思い出す。そうだ、及川は七倉の家に仕えていたんだった。その初老の紳士は、鉄格子の中に入る事無く、背筋を伸ばしたまま、言う。「及川を責めないでくれ……あの者は七倉に仕えているだけだ」まるで入る為の許可を待っているかのように、そこに立ち、私たちを見ている。九条征哉が私を見る。「どうする? 美織が決めて良い」そう言われて私は考える。初老の紳士も、九条征哉も私の答えをただ、待っている。私はふっと笑い、言う。「どうぞ」そう言うと初老の紳士はゆっくりと中に入って来る。そうして私の隣に並び立つと、私を見て微笑み、言う。「ありがとう」その茶色の瞳はお母様とそっくりだった。「事情の説明は不要のようですね」九条征哉がそう言うと、初老の男性 ―― お爺様が静かに頷く。「あぁ、不要だ。事情は及川から聞いている」そう言って私を見て微笑み、そして言う。「挨拶をしたいところだが、こんな場所では感動の再会も、可愛い孫を抱き締める奇跡的な瞬間も穢されるような気がしている……だから」そう言ってお爺様は少しクスッと笑って言う。「もし良ければ、その中身を持って、七倉の屋敷に来ないか?」◇◇◇街に出て来た私は気分転換に買い物をする事にした。とにかく気が立って仕方ない。(私は妊娠しているのよ! 大事な後継者を身籠っているのに、誰も私を大事にしないなんて!)そう思いながら私はお気に入りの宝飾店へ出向く。普段なら私がお店に入った瞬間に、お店のスタッフが駆け寄って来るのに、今日に限っては誰も駆け寄って来なかった。(何が起こっているの?)そう思いながらお店の中に入ると、お店のスタッフ総出でお店の中のものを吟味している様子が見えた。「これなんて、素敵じゃないかしら」「あら、こっちの方が品があるわ」私ならこっちにするとか、こっちの方がきっとご令嬢に
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67話 遺言書

お爺様と九条征哉と共に銀行を出る。「名を聞いても良いかな?」そう聞かれて私は言う。「今は四季凪美織と名乗っています、お爺様」そう言うとお爺様は微笑み、言う。「四季凪美織、か。良い名だな」そう言われて私は九条征哉を見る。この名を私に与えたのは九条征哉だからだ。お爺様に促されるように、私はお爺様の車の前まで来る。「九条征哉、君も乗って行くかね?」お爺様が九条征哉にそう聞く。九条征哉は一瞬、考えて微笑み言う。「私は自分の車に乗りましょう。お二人で話す事もお有りでしょうから」そう言われて私は正直、意外だった。今までの私に対する執着を考えれば、私と離れる事を九条征哉は良しとはしなかったからだ。お爺様はそんな九条征哉に一礼する。「感謝する」そう言ってお爺様は私を車に乗るよう、促す。私は九条征哉を見る。九条征哉は微笑み、私に耳打ちする。「大丈夫だ、七倉は敵じゃない」そう言われて私は九条征哉に頷く。車が走り出す。お爺様はしばらく黙っていたけれど、不意に話し出した。「私が香織を一ノ瀬家に出したのは、あの一ノ瀬恭介がどうしても、と膝をつき、私に懇願したからなんだが」そう言ったお爺様は窓の外を見ている。「香織もまた、一ノ瀬恭介を愛していた事は事実だ」お母様はちゃんとお父様を愛していた……。「美織、お前の継母の華瑛は、学生時代から香織と親友同士だった事は知っているか?」そう聞かれて私は頷く。「えぇ、知っています」そう言うとお爺様が私を見る。「香織は聡明だった。贔屓目無しに見ても、あの子は本当に良く出来た子だったんだ」そう言いながらお爺様が私に手を伸ばし、私の頬に触れる。「ただ一つ、華瑛を親友にした事を除いて、な」そう言われて私はやはり、事の発端は華瑛なのだと悟る。「華瑛が、すべての元凶、ですか?」そう聞くとお爺様が頷く。「そうだ」お爺様はそう言ってまた窓の外を見る。「私は今まで、香織の遺言に従って来たんだ」そう言われて私は手の中にある、貸金庫の中から取り出してきた茶色の封筒を見る。「遺言、ですか?」そう聞くとお爺様が深い溜息をついて言う。「あぁ、そうなんだ。今まではそれが正当な遺言書だと思っていた」お爺様が私の手の中の茶色の封筒を見る。「だが、私は美織のその手の中にあるものが、本物の遺言書だと思っている」
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68話 欺瞞

七倉のお屋敷に到着する。私は今までこの七倉のお屋敷に来た事が無い。一ノ瀬家とは比べ物にはならない程のお屋敷だ。それでも九条邸には及ばないけれど。「おかえりさないませ、旦那様」そう言って出迎えたのは見るからにこの家の執事という風貌の男性。「あぁ、今帰った」お爺様はそう言いながら、私に振り返る。「七倉の執事の岩本だ」お爺様にそう言われた執事の岩本さんが私に微笑む。「お初にお目にかかります、岩本と申します」柔らかな印象の初老の男性だ。「可愛い孫娘と話をする、重要な話だ」お爺様がそう言うと、岩本さんは小さく頷くき、言う。「承知しております」すぐに後ろから九条征哉が来る。「九条くんだ」お爺様がそう言うと岩本さんが深々と一礼する。「七倉家執事の岩本と申します」九条征哉は私に並び立つ。「九条です」九条征哉は短くそう言い、微笑む。お屋敷に入り、応接間に通される。重厚な調度品の数々が、九条邸とはやはり、少し趣が違う。「早速で悪いが、確認したい」お爺様がそう言う。私も頷き、持って来ていた茶色の封筒を開ける。中から出て来たのはお爺様の予想通り、遺言書と書かれた書類だった。私の隣に座っている九条征哉を見る。九条征哉が頷く。◇◇◇清々しい朝だった。昨日の夜、あの小部屋で香織に捧げた香織の娘の美緒の遺骨。香織のような青く光る骨では無かったけれど、香織もこれで寂しくないだろうと思った。「もう少しであなたの元に、もう一人、送ってあげられるわ」そう独り言を言い、微笑む。部屋にノックが響く。「入って」私が上機嫌でそう言うと、入って来たのは和久井だった。「あら、和久井」私がそう言うと、和久井が言う。「おはようございます、奥様。お伝えしないといけない事がございます」そう言われて私は聞く。「何かしら?」そう聞くと和久井が言う。「瑛理香お嬢様が催されたお茶会が解散致しました」そう言われて私は時計を見る。「もう終わったの?」そう聞くと和久井が言う。「それが、大変申し上げにくいのですが」和久井はそう言って、事の次第を話してくれた。それを聞いて溜息をつく。確かにその令嬢の言う通りだろう。いくら好いてはいないとはいえ、一ノ瀬家の長女が死んだばかりなのだ。喪中である一ノ瀬家でお茶会だなんて、そう言われればそうとしか言えない。私はここ
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69話 憤怒

「それが法律上、成立するかどうかは問題では無かった。香織の意思を尊重しなければ、尊重してやりたいと、そう思っていたんだが」お爺様はそう言って力なく笑う。「それ自体が偽物かもしれないという疑念はいつもあったんだよ」華瑛が欺いた七倉というお母様の実家。そこは一ノ瀬家も、更に華瑛の実家である三崎家も凌駕する程の家柄なのに、華瑛は一体、何を考えてそうしたのだろうか。お母様の遺言書には自分が死に向かっている事をお母様自身がちゃんと認識していた事も書かれていたし、自分が死んだ後、この遺言書がかなりの時間が経ってから発見されるだろう事も書かれていた。偽の遺言書は確実に華瑛が用意したものだろう。その偽の遺言書に書かれている内容全てが華瑛に有利に書かれているからだ。偽の遺言書には自分が死んだ後の事は夫である一ノ瀬恭介、私のお父様に全てを任せると書かれている。お母様が死ぬ前からお父様と関係を持っていたであろう華瑛にとって、そうしておく事で自分に有利に物事が進んだ筈だ。実際に華瑛は時間をおかずに一ノ瀬家に入っている。私の記憶が確かならば、四十九日が終わった直後には一ノ瀬家へ入って来た筈だ。どうして私がそんな事を覚えているか。それは家の使用人たちがそう話していたのを聞いていて、幼心に華瑛や瑛理香が非常識であると感じていたからだ。お父様はお母様を亡くした事で傷付き、私を守ると言っておきながら、お母様を亡くした喪失感でいっぱいいっぱいだったのだろう。懇願する程、愛していた女性が亡くなったのだから、それは仕方ないのかもしれない。そしてお母様に良く似ている私を見る事でお父様はより悲しみを深める事になるのを嫌ったのかもしれない。「それで、七倉のお爺様はこれからどうなさるおつもりで?」九条征哉がそう聞く。お爺様は深く溜息をつき、言う。「今すぐにでも一ノ瀬家を潰したいが……可愛い孫娘の意見も聞きたいのだよ」そう言われて私は少し笑って言う。「私も一ノ瀬kを潰す事には賛成です。けれど」そこで言葉区切って九条征哉を見る。「私が受けたあの人たちからの虐待と裏切りはきちんと返したいんです」そう言うとお爺様が私を見て微笑む。「良い顔をしているな、美織」そこで九条征哉が一つ息をついて言う。「七倉のお爺様にお伝えしなければならない事があります」九条征哉を見ると、九条征哉は少し
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70話 迷い

「華瑛は独自に自身の研究所のようなものを持っていました」九条征哉はそう言いながら、青の永久凍土をテーブルの上に置く。私がそれに手を伸ばそうとすると、九条征哉がそれを止める。「ダメだ」絶対に私には触れさせてはくれない、その毒は今日も青く輝いている。「エンジェルス・フォール……」お爺様が呟く。九条征哉が言う。「そうです。その研究所のようなものがいつからそこにあったのか、何を目的としているのか。今、調べさせています」お爺様がタブレットに映っているであろう、その施設の写真を見ながら言う。「見たところ、かなり年月が経っているようにも見えるが?」そう聞かれて九条征哉が頷く。「えぇ、おそらくはかなり前からそこにあったのでしょう。私の部下が行った時には破壊工作がされた後でしたが、何とか、これだけ、回収したんです」そう言ってテーブルの上に置かれた青の永久凍土を指差す。「あれだけの規模の施設です、何の許可も無く、そこに建てられるなんて事は無いでしょう。何らかの許諾が、公的な場所から出されている筈です。ですから今はそちらをメインに調べさせています」九条征哉がそう言うと、お爺様が大きく息をついて、言う。「私も協力しよう」そう言って少し微笑み、岩本さんに向かって言う。「圧力を掛けろ」そう言われた岩本さんが頷く。「かしこまりました」お爺様はまた息をつき、そして私たちを見る。「九条くんが美織に付いていてくれるなら、心配は無さそうだが、私にも美織への協力をさせてくれ」まるで九条征哉にお願いするようなその物言いに九条征哉が笑う。「もちろんです、お爺様が後ろ盾になって下さるのはとても有り難い」九条征哉がそう言うと、お爺様が微笑む。「ありがとう」九条征哉が立ち上がると、お爺様も立ち上がる。二人が互いに手を出し、硬く握手を交わす。お爺様が私を見る。「それで、今日は可愛い孫娘との再会を祝して、私から美織にプレゼントがあるんだが、渡しても良いかな?」そう言われて私は思わず九条征哉を見る。九条征哉は微笑み頷く。「えぇ、お爺様」私はそう言うとお爺様が言う。「隣の部屋に用意がある。行ってくれないか?」そう言われて私は立ち上がる。「はい、お爺様」◇◇◇美織が隣の部屋に入ったタイミングで切り出す。「お爺様、あともう一つ、ご報告が」そう言うと七倉の
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