All Chapters of 灰になった令嬢は宿敵の腕の中で牙を剥く: Chapter 81 - Chapter 90

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81話 口付け

私は自室でお茶を飲みながら考えた。七倉がお姉様の実母の実家だというなら、現状、その血筋の人間が絶えてしまったけれど、縁戚ではある。セブントレジャリーとかいう大会社のCEOに七倉の人間が座っているなら、あのホワイトファングだって、私も買って貰える立ち位置には居るんじゃないかしら。あのホワイトファングが誰に贈られたのか、気になって仕方ない。七倉家ってあのホワイトファングを身に着けるような年頃の女性なんているのかしら。そう思うと居ても立っても居られなくて、私は立ち上がる。そうよ、会いに行けば良いのよ。七倉だって私のお爺様にあたるじゃない。血は繋がっていないけれど、一ノ瀬家と七倉家はお父様とお姉様の実母が結婚していたんだから。「瑛理香お嬢様、どちらに?」メイドに聞かれて私は言う。「七倉に行くわ」◇◇◇(この女、正気なの?)そう思わずにはいられなかった。七倉家は美織様のご母堂様のご実家だ。目の前の一ノ瀬瑛理香とは何の関係も無い。「他家へは唐突に行かれても、お会いになれない事もございます。ですので事前にアポイントを取った方がよろしいかと」そう言うと一ノ瀬瑛理香は私を見て笑う。「どうして? うちは七倉とは縁戚でしょう?」一ノ瀬瑛理香はそう言って鼻を高くする。「それなら私が七倉に行っても問題無い筈でしょう?」そう言いながら一ノ瀬瑛理香は鼻歌を歌い出す。正気じゃない、そう思った。確かに理屈上では一ノ瀬瑛理香の言い分は通るだろう。けれど、七倉の血筋である香織様は亡くなられ、その血を引いていた美織様は、一ノ瀬家の歴史上、亡くなった事になっている。つまりは既に繋がりは絶えているのだ。今まで頻繁に行き来があるとか、互いの関係を保つ為の努力をしているなら話は別だけれど。そう思いながら私はこの目の前のお嬢様が七倉家を叩き出されるところを見たいとも思っている。「あなた、名前、何だったかしら」そう言われて私は言う。「真中です」そう言うと一ノ瀬瑛理香が言う。「真中、付いていらっしゃい」そう言われて私は頷く。「はい、お嬢様」◇◇◇美織は俺を見て、その瞳に涙を浮かべる。俺は静かに美織に近付き、ベッドに腰掛ける。手を伸ばして美織の頬に伝う涙を拭う。「落ち着いたか?」そう聞くと美織は静かに涙を流しながら俺の手に頬を寄せ、瞳を閉じて言う。
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82話 愛し子

氷の契約を結んだ男……私を契約書で縛り、復讐を約束する代わりに、私自身がこの身を差し出したのだけれど。九条征哉は一緒に過ごす時間が増えれば増えるほど、私に甘くなっていったように思う。それが一体、何を考えての事なのか、私はずっと疑問だった。けれど今、私を包み込み、私のお腹の中に居た“私たちの子”の話を愛おしそうに話す彼を見れば分かる。九条征哉は私を愛しているのだ、と。いつからなんだろう?そう思ったけれど、それがいつからそうだったのか、なんて愚問だ。疑心暗鬼で、そしてすべての事に絶望していた私にとって、彼だけが希望の光だった。もっと酷い扱いになる事も覚悟の上で、ここ九条邸へ来たのだから。長い長い口づけのあと、私を抱き締めた九条征哉はほんの少し震えていた。この世の覇王とも言われている男が、私の前ではこんなにも怯えて震えるなんて。不意に部屋の扉がノックされて、九条征哉が私を見て微笑み、言う。「入れ」扉が開き、日下部さんがその手に愛し子を抱えて入って来る。日下部さんが一歩踏み出すたびに、私の心臓が跳ねる。目の前にその子が来る。ふえっ、ふえっと今にも泣きだしそうな愛し子に手を伸ばす。日下部さんが私にその子を預けてくれる。私は生まれて初めて、その子をこの手に抱いた。天使のような我が子。まだ小さく、けれど元気だ。胸が締め付けられる。思わず九条征哉を見上げる。九条征哉も子供を抱く私ごと、私たちを抱きくるみ、微笑んでいる。「この子はどこも悪くないの?」私がそう聞くと九条征哉が頷く。「悪くない。ただ本来はもう少し美織の胎内で過ごす筈だったんだ。だからロイゼンデリア国際医療センターで24時間完全な看護をさせている」そう言われて私は涙を流しながら頷く。「そうなのね」妊娠6か月だった私のお腹の中に居たこの子は強制的に外に出されたのだ。本当ならもっと私のお腹の中で過ごしてから、生を受けるべきだったのに。そう思うと私の心の中の何かに火が付いた。「今はまだ、保育器の中に居た方が良いのよね」私がそう言うと九条征哉が頷く。「あぁ、まだ俺たちの手元で育てるには少し小さい」そう言われて私は日下部さんを見る。「戻してあげて」そう言うと日下部さんが微笑んで頷き、私からその子を受け取り、一礼して部屋を出て行く。命の重みをその手に感じ、心臓が締め付け
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83話 微笑みの裏

「美織が会いたければいつでも会えるようにしてある」九条征哉がそう言う。「えぇ」私はそう言ってさっきまで私の腕の中にあった小さな愛し子の重みを思い出す。「しばらくは保育器の中で育つ事になるが、美織が望むなら保育器ごと、ここへ運んだって良い」そう言われて私は笑う。「私が会いに行くわ、大丈夫」そう言って九条征哉を見上げる。九条征哉は私の頬に伝う涙の後をその手で拭う。私はほんの少し冷静さを取り戻し、九条征哉に聞く。「あの子が私の胎内から取り出された後、華瑛の所有していた施設に保護されていたのよね?」そう聞くと九条征哉が頷く。「あぁ、そうだ」どうして華瑛は私の子を保護していたんだろう。私が麻酔をかけられて、意識を失う寸前に聞いた“アレは残しておけ”というセリフがよみがえる。「どうして保護なんてしていたのかしら」私がそう言うと九条征哉が少し考えながら言う。「通常の考えを持つ人間なら、あの子を使って俺を脅すか、何か対価を要求するとか、そんなところだろうが、相手は常軌を逸している華瑛だ。何を考えての事なのかは分からない」確かに今回の件の主導を瑛理香や翔太がしているというなら、おそらくは九条征哉の言う通り、後から九条征哉を脅す為に使った筈だ。けれど相手はあの華瑛なのだ。何を考えているのかは分からない。「いずれにしても、あの子は既に奪還した。誰がどう動こうとも俺たちからあの子を奪う事が出来る人間は居ない」九条征哉がそう言った時、部屋の扉がノックされ、入って来たのは上原さんだった。「征哉様、美織様」上原さんがそう言いながら、ベッドの上の私たちのすぐ近くまで来て、言う。「七倉家よりご連絡がございました。一ノ瀬瑛理香が七倉邸を訪ねたそうです」そう聞かされて私は驚いて九条征哉を見る。九条征哉は呆れたように笑っている。「やはり動いたか」そう言われて私は聞く。「何が起こっているの?」そう聞くと九条征哉が言う。「一ノ瀬家の中で七倉の名が出たんだ。一ノ瀬瑛理香が開いたお茶会が愉快な形で解散して、気晴らし買い物に出た一ノ瀬瑛理香が七倉の名を耳にしたようでな」そう言われて私は自身の胸元に付けられているホワイトファングを見る。「その七倉の名をどうやら華瑛と一ノ瀬恭介に聞いたようだ」華瑛とお父様に七倉の名を聞く……。「それで?」そう先を促すと九
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84話 詭弁

驚いてお母様を見る。お母様は無言で私の手の中にあった名刺を私から奪い取ると、私の目の前でビリビリとその名刺を破った。「何をするんですか! せっかく頂いて来たのに!」私がそう言うとお母様が言う。「七倉と一ノ瀬は断絶しているのよ。七倉が縁戚だという事を知っているなら、死んだ前妻の実家だという事も知っているでしょう? そんな家の人間に尻尾を振るつもりなの?」そう言うお母様の視線が冷たい。「だって、あのホワイトファングを買える程の家なんですよ! うちがどう頑張っても買えない物を易々と変える家柄と、せっかく縁戚だというのに、何故、断絶なんて!」私がそう言うとお母様は私に顔を近付けて言う。「本気でそう聞いているの?」その目が尋常では無い程に鋭い。「私たちがどうして一ノ瀬家にすんなり入る事が出来なかったのか、忘れたの?」そう言われて私は悔しくて下を向く。私とお母様が一ノ瀬家にすんなり入れなかったのは、お母様の婚約者だったお父様を奪い取ったお姉様の母親のせいだと、ずっと聞かされて育って来た。その女が居なければ、お母様も私もすんなり一ノ瀬家に入れたし、お母様が婚約を破棄されて傷物扱いされる事も無かったのだと。でもそんな事は私の知った事では無い。だってお母様はずっとその“自分の婚約者を奪った女”を親友として扱って来たじゃない。お母様のあの女を見る目は普通じゃない事ぐらい分かっていた。だからお母様が今更、そんな事を持ち出すのが詭弁だという事も分かっている。「とにかく瑛理香、あなたはしばらくの間、家に謹慎なさい」お母様がそう言う。「あなた」そう言って私に付いて来ていたメイドに向かい。お母様が言う。「はい、奥様」真中というメイドが返事をするとお母様が言う。「この子が外に出ないよう、見張っていなさい。決して外には出さないように」私はお母様を見上げる。「酷いです、お母様!」そう言ってもお母様は私を見ずに言う。「和久井」呼ぶと後ろで控えていた和久井という名の使用人がスッと出て来る。「はい、奥様」そう返事をした使用人に微笑んだお母様が言う。「行くわよ」◇◇◇ロイゼンデリア国際医療センターの特別室。検査を終えて戻った僕に坂崎が言う。「調べがつきました」そう言われて坂崎に聞く。「それで?」そう聞くと坂崎がタブレットを僕に見せる。四
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85話 訪問者

瑛理香がお爺様との接触に失敗し、聞くところによれば、一ノ瀬家で謹慎まで言い渡されたそうだ。私と九条征哉はそれを屋敷の私の部屋でお茶を飲みながら話していた。九条征哉の送り込んだスパイたちが逐一、九条征哉に情報を送ってくれているお陰で、一ノ瀬家の動きは筒抜けだった。そしてさらに。「四季凪暁斗が美織様の身辺を調べているようです」日下部さんがそう言う。「四季凪暁斗か……」九条征哉はそう言いながら少し考えている。「美織は四季凪暁斗をどう見る?」九条征哉にそう聞かれて私は少し考えながら言う。「そうね……桐ケ谷朋美に執着されて、体中に傷を負わされていた割に、それがそれ程、トラウマになっているような素振りは無いし、もしかしたら誰かに依存するような、そんな体質なのかもしれないわね」私がお茶を飲みながらそう言うと、九条征哉がクックックッと笑い出す。かなり楽しそうに笑っている九条征哉に聞く。「何がそんなにおかしいの?」そう聞くと九条征哉が言う。「いや、誰かに依存するような体質だと、そう言われて、納得したんだ」九条征哉は私の肩を抱き、私を優しく見下ろす。「美織は変わったな」そう言われて私は笑う。「そうね」そうならざるを得ない状況だった。私はずっと飼い慣らされて、牙を抜かれて来たのだ。私だってあの一ノ瀬家の中に居て、辛くなかった訳じゃない。それでも私は心のどこかで人の善意や優しさを信じていた。信じたいと願っていたのだ。それが踏み躙られ、私は一度、灰になったのだ。そして今、私は自分が思う事を素直に言葉に出している。それを否定せずに受け入れてくれる人が目の前に居るからだ。「四季凪は我が九条が保護している。九条に戦争を仕掛けて来るような連中は、国内には居ないだろう。四季凪にしてみれば、九条の後ろ盾を貰ったのと同じ事だからな。増長しないよう、監視はつけてある」九条征哉がそう言って微笑む。◇◇◇部屋に戻り、私はベッドに突っ伏す。部屋に謹慎!?確かに私が七倉へ勝手に行ったのは良くなかったのかもしれないけれど、謹慎する程の事なの?部屋に入り口には私と一緒に七倉へ行き、そしてお母様に私を監視するよう言い付けられた真中が立っている。「私はそんなに責められるような事をしたかしら?」私がそう聞いても真中は何も言わない。「ねぇ、あなたに聞いているのよ
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86話 器の大きさ

私に声を掛けて来た男は、一ノ瀬家の人間では無い。そう判断出来たのは、私が一ノ瀬家について、事前に調べていたからだ。声を掛けて来た男は、元は一ノ瀬家の長女・一ノ瀬美緒と婚約していて、今は一ノ瀬家の次女と婚約をしている高橋翔太だった。「いえ、ちょっとご挨拶に伺おうと思っていただけで」私はそう言って自身の名刺を出し、目の前の高橋翔太に差し出す。高橋翔太は私を見て微笑み、そして名刺を受け取る。「桐ケ谷朋美、さん……」名刺に書かれている肩書はかなり良いものだ。自分でもそう自負している。「桐ケ谷家と言ったら、欧州ではかなりご活躍されている家門ですね」高橋翔太の口調が変わったのを感じる。最初は私が女だから、きっと見くびっていたのだろう。この男はそういう男なのだ。長いものには巻かれる主義、とでも言おうか。こういうところで器の大きさが露呈する。「それで、一ノ瀬家へは……?」私はそう聞かれて少し笑う。「あなたは一ノ瀬家の方?」そう私が聞いた事で、自分が名乗ってもいない事に初めて気付いたのか、高橋翔太が慌てて名刺を出す。それを受け取り、目を通す。「高橋翔太さん」そう言って私は何も知らない体で話をする。「あなたは一ノ瀬家と何かご関係が?」そう聞くと高橋翔太が言う。「僕は一ノ瀬家の令嬢と婚約していましてね、ですので一ノ瀬家には出入り自由なんですよ」そう言いながら私を歩くよう、促し、一ノ瀬家の門扉を手慣れた手つきで開ける。◇◇◇こうして離れてみて、実感する。私はあの屋敷では本当に呼吸すらまともに出来ていなかったのだと。「それで、検査には出したか?」一緒に連れて来ていた及川にそう聞く。私は出張という名目で屋敷を出て、及川を連れて郊外のホテルに泊まる際、及川に華瑛から渡されていた“あの薬”を及川に調べさせる為に渡してあった。及川が粛々と言う。「はい、今朝、検査の方に出しましたが、結果はいつ頃になるかは分かりません」及川にそう言われて、私は溜息をつく。(まぁ、良い。いつになろうと結果が出れば、華瑛の魂胆も見えて来るだろう)あれは絶対に普通の薬では無いだろう。そうされるだけの事を私は華瑛にはして来ている。手元の書類に目を通す。仕事の方は今のところ、目立った問題は無い。九条征哉の体調不安のニュースを流したお陰で、九条グループの株は今のところ、下
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87話 後悔と光

一ノ瀬のお屋敷の中に入る。中に入った感じはまぁ、悪くは無い。(うちほどでは無いけどね)そう思いながら私は視線を屋敷中に這わせる。もちろん一緒に一ノ瀬のお屋敷の中に入って来た高橋翔太には悟らせるような野暮なやり方はしない。一ノ瀬のお屋敷の中、応接室に通され、高橋翔太が使用人に聞く。「及川は?」そう聞かれた使用人が言う。「執事の及川は旦那様のご出張に合わせて、お屋敷を出ています」そう言われて高橋翔太が更に聞く。「じゃあ、屋敷の管理は?」そう聞かれた使用人が言う。「お屋敷の管理は今、第二執事の和久井が行っております」そう言われた高橋翔太がイラつきを隠さずに言う。「じゃあ、その和久井はどこに居る?」そう聞くと使用人が言う。「和久井は奥様と共に温室に」高橋翔太が溜息をつき、私に振り返ると言う。「少し待っていて貰えますか、お義母様を呼んできます」高橋翔太は私の返事を待たずに、使用人に言う。「お茶をお出しして」そう言って応接室を出て行く。(横柄な男ね、思った通りだわ)あれだけ目下の人間に対して横柄な態度を取るという事、そしてそれを隠さないという事が、あの男の器の小ささが出てしまっていると、本人は気付いていないのだろう。使用人がお茶を入れている間、私は応接室の中を観察する。それなりの調度品、趣味は悪くないけれど、何故か居心地の悪さを感じる部屋……何が問題なんだろう。そう思いながら私はソファーに座り、部屋を眺めた。不意に入り口付近から物音がした。私は立ち上がり、入って来るであろう人物に向き合う。入って来たのは一ノ瀬家の女主人であろう人物と高橋翔太、その後を、この屋敷内では見かけないタイプの美貌の男。(あの男が和久井と呼ばれている、第二執事ね)私はその男の容姿の良さに、少し感心する。「お待たせしてしまったかしら」そう優雅に言いながら女主人が入って来る。私は一礼し、言う。「はじめまして、私は桐ケ谷朋美と申します」そう言うとその女性はほんの少しだけ微笑みながら言う。「私は一ノ瀬華瑛と言います。当主である一ノ瀬恭介の妻です」きっと昔は美しかったのだろうと分かる、その美貌は年と共に衰えているのが分かる。一ノ瀬華瑛は微笑みながら私の前まで来て、そして私の向かい側へ座る。高橋翔太もそのまま一ノ瀬華瑛に付いて歩き、一ノ瀬華瑛と少し距離を
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88話 烏合の衆

「それで? お話というのは?」一ノ瀬華瑛がそう聞く。私は少し微笑みながら言う。「実は、私、手に入れたいものがありまして。けれどそれを九条征哉に邪魔されている状態なんです」私がそう話すと、九条征哉というワードを口にした瞬間、一ノ瀬華瑛の表情がピクリと動き、更に高橋翔太の顔色がサッと変わった。(これは何かあるわね)私はそう思いながら更に言う。「ですので私が欲しいものを手に入れる為に、九条家と敵対している一ノ瀬家にご協力を頂きたいなと思っています」ほんの少しの静寂。目の前の二人が考えているのが分かる。「あなたの言う欲しいものって?」そう聞いたのは一ノ瀬華瑛だ。「私の欲しいものは四季凪暁斗です」そう言うと二人ともがポカンとする。(つまりは四季凪暁斗を知らない、という事よね)私はそう思い、出されたお茶を飲みながら言う。「四季凪の名跡はご存じですか?」そう聞くと一ノ瀬華瑛が言う。「えぇ、知っているわ。今はもうその名跡しか残っておらず、その名跡は確か、九条が保護・管理している筈よね」私はその言い方を聞いて、そこまでが皆に伝わっている情報なのだと把握する。「えぇ、仰る通り、四季凪の名跡は九条が管理・保護しています。それは四季凪の名跡そのものに価値があるから、というのが表向きの理由ですが」そこで言葉を区切って、私は一ノ瀬華瑛を見る。「四季凪という名前が政治的に利用される事を危惧して、九条が先手を打ったという事なんですよ」一ノ瀬華瑛が考え込んでいる。こんな難しい話は本来ならば、ご当主にするべきだろうけれど。今はご当主は不在……ならばきちんと女主人である一ノ瀬華瑛に話した方が良いだろう。「そして絶えたと言われていた四季凪にその名を継ぐ者がきちんと居るとしたら?」私がそう言うと一ノ瀬華瑛の顔が私を不審そうに見る。「名を継ぐ者?」そう聞かれて私は頷く。「えぇ、そうです。それが私のさっき出した名前の男・四季凪暁斗です」そう言って私はスマホを出し、四季凪暁斗の写真を見せる。麗しい私の男……四季凪暁斗。「そして最近になって九条の手で、その四季凪に新しい女性の名が加わったんです」私はスマホを自分の手に戻しながらそう言う。「新しい女性の名?」そう聞いてきたのは高橋翔太だ。「えぇ、そうです。その名が四季凪美織」私がそう言った瞬間、一ノ瀬華
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89話 写真

「征哉様」日下部さんが私の膝枕でソファーに寝転がっていた九条征哉に声を掛ける。「何だ?」九条征哉は日下部さんをチラリとも見ずに、私に手を伸ばし、私の頬に触れている。「一ノ瀬邸に居る和久井から情報が入りました。桐ケ谷朋美が亡き美緒様のお写真を求められ、一ノ瀬華瑛が和久井に一ノ瀬邸の倉庫を探すよう、指示したそうです」それを聞いて九条征哉が笑う。「今頃になって写真を探す、か」九条征哉は私の膝の上で気持ち良さそうに目を閉じて言う。「写真を探しに行っている和久井に伝えろ、倉庫には一枚も無かった、と報告しろと」そう言ってクスクス笑う九条征哉は楽しそうだ。「楽しそうね」私がそう言うと九条征哉が目を開けて私を優しく見る。「楽しいさ、石ころたちが懸命に足掻いているんだ」◇◇◇一ノ瀬瑛理香が自分のスマホを見ながら言う。「お姉様の写真なんて一枚も無いわ」興味の無さそうなその言い方に、全てが集約されているように感じる。(一ノ瀬美緒という一ノ瀬家の長女は疎まれていたんだわ)だから婚約者でさえ、写真の一枚も持っていない。応接間の扉が開いて探すよう指示を出されていた第二執事の和久井が戻って来る。「美緒の写真はあった?」一ノ瀬華瑛が聞く。和久井は視線を伏せたまま言う。「いいえ、美緒様のお写真はございませんでした」こんなに大きなお屋敷で育っていたというのに、写真の一枚も無いなんて、そんな事、有り得るだろうか。「家族写真すらも撮っていないのです?」私が思い余ってそう言うと、一ノ瀬華瑛も一ノ瀬瑛理香も高橋翔太も目を伏せる。これはつまり。家族写真を撮る時に、その長女を排除していたんだろうと、思った。これじゃあ、確認が出来ない。せっかく私は九条征哉と一緒に居たあの美人を目撃しているのに。「それで、何でお姉様の写真を?」そう一ノ瀬瑛理香に聞かれて私は言う。「九条征哉が今、連れている女性が、もしかしたらあなたのお姉様かもしれないからよ」私がそう言うと一ノ瀬瑛理香は一瞬、ポカンとして、その後、笑い出した。「有り得ないわ、お姉様は死んだのよ?」この小娘は本当に世の中の事を分かっていないのだなと思った。九条征哉くらいになれば、人を一人、死んだ事にするなんて、それこそ赤子の手を捻るより簡単な事だ。「九条征哉の連れている女性の名を聞いてもそう言えるか
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90話 内ポケットの中身

俺は内心でビクビクしていた。内ポケットにしまい込んでいる例の写真。これを出せば、目の前の女がそれを見て、九条征哉と今、一緒に居るという女が美緒かどうか、分かる……。でもそんなひっ迫した状況であっても、俺はその写真を出せないでいた。この写真は一ノ瀬恭介の部屋の、よりにもよって、デスクの中から拝借したものだからだ。目の前では桐ケ谷朋美がそのお父様に状況の説明を始めている。(そうだよ、お父様なら美緒の写真をもう一枚くらい持っているんじゃないか?)そう思いながら状況をただ見つめる。一ノ瀬家は俺が一ノ瀬家と関わりを持った時には、既に美緒を虐げていた。表向き、一ノ瀬家の長女は美緒だったし、対外的には長女を疎んでいる事なんて、出しはしないが。それでもさっき桐ケ谷朋美が投げ付けた疑問のように、一ノ瀬家での写真には美緒は写っていない。俺も何度か家族写真を撮るというその場に居合わせた事があったが、美緒は呼ばれなかったし、その場に美緒が居ても排除されていた。高橋家と一ノ瀬家が婚約を結んだのだって、一ノ瀬という名前が欲しかっただけで、一ノ瀬家の事業は実質、傾いている。我が高橋家が介入しなければ、とっくに没落していただろう。俺が一ノ瀬家に初めて来た時から、美緒の義妹の瑛理香は俺に色目を使って来た。派手な顔つきの瑛理香は俺の好みだった。そして何故か、この家の人間は俺が美緒では無く瑛理香を優先すると、笑顔になった。最初は美緒を気遣ったりもしたが、そのうちそれもしなくなっていた。美緒と写真を撮った事が無い……そんな事実に俺は打ちのめされていた。美緒は死ぬその寸前まで俺の婚約者だった……いや、実質的には俺との婚約中に死んだのだから、美緒はずっと俺の婚約者だろう。今は義妹の瑛理香と婚約しているが、それは家の為だ。「その九条征哉と一緒に居る女が美緒だというのか?」お父様がそう聞く。「その可能性が高いと、私は思っています」桐ケ谷朋美はそう言ってお父様を真っ直ぐ見ている。仮に美緒が生きていたとして、その美緒が九条家に自ら行くだろうか。一ノ瀬家と九条家は宿敵とも言われている間柄……美緒が生きているならどうして出て来ない?そう考えだした時、俺は自分の思考がどんどん深みにはまって行く感覚がした。だって、そうだろう?もし美緒が生きていたら……あの施設での爆発を生き延びてい
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