俊哉のもとに届いた一通の書類は、あまりにも簡素な、薄い封筒だった。 企業からの請求書にしては装飾もなく、差出人の住所すら無駄に主張してこない。 それなのに、手に取った瞬間から、嫌な予感だけが胸の奥に広がっていった。 だが、その中身は、彼の人生を大きく傾かせるには十分すぎた。 差出人は―― 東条謙一郎 事務所 その名前を視界に入れた瞬間、俊哉の指先がかすかに震えた。 無意識のうちに、唾を飲み込む。 逃げ場のない現実が、紙という形をとって、目の前に突きつけられている。 手が震えるのを抑えながら、俊哉は書類に目を走らせた。 まず最初に記されていたのは、誓約書だった。 Kurosaki Creative Works 代表取締役 黒崎俊哉様 ――久遠ひかる氏との過去の関係、及び私生活に関する一切を、 第三者に口外しないこと。 違反した場合、社会的信用の失墜を含む相応の措置を受け入れること。 文字は淡々としている。 感情も、威圧的な言い回しもない。 だが、その静けさが、かえって恐ろしかった。 「……脅しか?」 喉から絞り出した声は、ひどくかすれていた。 自分の声が、こんなにも弱々しいものだったのかと、俊哉は内心で愕然とする。 だが、続くページを見た瞬間、俊哉の顔色はさらに悪くなった。 ――御請求書。 紙の上に並ぶ項目は、あまりにも事務的だった。・家政婦業務一式・拘束時間:1日平均14時間・期間:4年間・換算基準:久遠ひかる氏の当時の出演ギャラ相当(1日400万円)そして最下段………請求金額合計:5,840,000,000円上記金額を、久遠ひかる氏に、家政婦代として、支払うこととする。但し、休業中のギャラ換算として、七百五十九億二千万円は、割引とする。 数字を理解するまでに、数秒かかった。 俊哉は紙面をなぞり、指折り計算していた。 理解した瞬間、頭の奥がぐらりと揺れる。 合計金額を見た瞬間、俊哉は椅子から立ち上がれなくなった。 「……ご、ご、ごじゅうはちおくだと!!ふざけるな!!」 掠れた声が、誰もいない部屋に落ちる。 だが、ふざけてなどいなかった。 “家政婦扱いしていた時間すべてが、仕事だった” “無償で使い倒していたと思っていた女は、プロだった” それを、感情ではなく、数字で突きつけられただ
最終更新日 : 2026-06-13 続きを読む