天城蒼真がスタジオを出ると、廊下を歩いている、久遠ひかるを見かけた。白い照明に照らされた長い廊下の向こう側。静かな足取りで歩くその後ろ姿は、見間違えるはずもない。蒼真は思わず足を止めた。次の瞬間――なぜか反射的に、近くの柱の陰へと身を滑り込ませていた。自分でも何をしているのか分からない。ひかるの視線がこちらに向いているわけでもない。ただ通り過ぎるだけの距離だ。それでも、姿を見られたくないと感じてしまった。数秒後、蒼真は小さく息を吐き、額に手を当てる。「何やってるんだ……」自嘲気味に呟く。蒼真は、先日の夜の、ひかると黒崎俊哉の対決を見てしまった。その時から、少し、ひかるを畏れていた。――あの日。玲奈と俊哉のケンカを見て、ひかるに危険が及んでいると考えた蒼真は、迷うことなくひかるのマンションへ向かった。胸騒ぎがしていた。ただの勘だったが、俳優として長年この世界にいる蒼真は、人の気配や空気の乱れに敏感だった。部屋に通され、ひかると少し言葉を交わしていた、その時だった。インターホンが鳴った。画面に映っていたのは、険しい顔をした黒崎俊哉。はじめ、自分は、ひかるがこの黒崎俊哉に借金があり、金を返せと要求されているのだと思っていた。自分も長く人気俳優をやっている。多少、金にも余裕がある。ひかるが困っているなら、自分が助けてやろう――そう本気で考えていた。それには、長年のよしみがあった。そして何より、自分の不用意な発言のせいでひかるが病んでしまい、活動休止中に生活に困っての借金なのではないか、という負い目があったからだった。しかも、ひかるのような女が、家政婦までして働いていたと考えると、蒼真はじっとしていられなかった。だが――現実は、蒼真の想像とはまるで違っていた。黒崎俊哉が現れ、ひかるに「アドリブで演じろ」と言われた蒼真は、ひかるの隣に座り、黙って二人のやり取りを見守っていた。室内は静まり返っていた。先に口を開いたのは、ひかるだった。「断るわ」短く、感情の乗らない声。黒崎の顔が歪む。「契約書もある。支払いが滞れば、こちらも手続きを取るだけよ」そう言ったひかるの横顔は、美しいが、背筋のゾッとするような冷たさがあった。蒼真は、その表情から目を離せなかった。まるで、知らない女を見ているようだった。そして黒崎が言った金
Read more