FJエンターテインメント本社、最上階。磨き上げられた黒い床に、天井から落ちる静かな光が反射している。足音さえ吸い込まれてしまいそうなほどの静寂の中、久遠ひかるは重厚な扉の前に立ちながら、小さく息を吸った。胸の奥がわずかに波打つ。緊張しているのか、それとも別の感情なのか、自分でも分からない。ただ一つ確かなのは、ここへ来るまでの道のりが、決して穏やかなものではなかったということだ。エントランスへ入る瞬間、報道陣に囲まれた。「事務所倒産について一言!」「不正を知っていたのでは?」「主演は降板ですか?」無数のマイク。無数の視線。フラッシュの光が瞬きのように弾ける。逃げ場はなかった。それでも、ひかるは足を止めなかった。前だけを見て歩いた。だが、不思議と恐怖はなかった。昨日、あの言葉を聞くまでは。「主演は久遠ひかるのままで」胸の奥に、まだ微かな余震が残っている。救われたはずなのに、安堵だけでは終わらない。むしろ、心の奥に触れてはいけない場所を揺さぶられた感覚だった。ひかるは橘に促され、扉を入った。広い執務室。窓の向こうに広がる都市の景色。曇り空の下、無数のビルが静かに立ち並んでいる。そして、藤崎優。デスク越しに書類へ目を落としている。顔を上げない。まるで、彼女が入ってきたことなど些細だと言うように。そこにいるのは、かつて自分が知っていた男ではなく、徹底して感情を削ぎ落とした経営者だった。「座ってください」事務的な声。五年前、あの夜に聞いた声とは別人のようだった。ひかるは静かに腰掛ける。沈黙。ペンが紙を走る音だけが響く。時計の秒針すら聞こえそうなほど、空気は張り詰めていた。この距離。手を伸ばしても届かないほど遠い。かつては、こんな沈黙さえ苦しくなかったのに。やがて優は書類を閉じ、視線を向けた。その目に、感情はない。何も映していないようで、すべてを見透かしているようでもある。「単刀直入に言います」一枚の契約書が差し出される。「あなたを、FJエンターテインメントが専属で受け入れる」ひかるの指先が、わずかに強張る。分かっていた。それでも、実際に言葉にされると重い。まるで運命を突きつけられているようだった。「ただし、条件があります」来た。ひかるはまっすぐに優を見る。逃げない視線。もう逃げるつもりはない。優は一拍
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