忠成は、机の上に置かれた封書をしばらく見つめていた。白藤商会。その名は、昨夜から有馬家の中に妙な重さを残している。華族会館の慈善夜会で、白藤商会の名は協賛者として呼ばれていた。病院への衛生用品、女学校への紙類と筆記具。派手な寄付ではない。だが、会を支える実務として、主催側から礼を述べられていた。そして、その名を受けて礼をしたのは、紗和だった。白藤紗和。有馬家が婚約を白紙に戻した娘。その娘が、坂上清彬の隣に立ち、白藤商会の主として広間にいた。忠成は、感情で物を見る男ではなかった。寿美子や貴臣のように、紗和個人への思いに引きずられているつもりはない。だが、それでも昨夜の光景は軽く扱えなかった。白藤商会は、ただの商家ではない。少なくとも、今の社交の場では、そう扱われていなかった。「開ければよろしいでしょう」寿美子が言った。声は落ち着いている。だが、その奥に苛立ちがあることを、忠成は聞き取っていた。「白藤商会が、わざわざ有馬家へ何を申し入れるのか。見せていただきましょう」貴臣は、少し離れたところに座っていた。顔色はよくない。昨夜から、どこか思いつめたような表情をしている。忠成は封を手に取った。白藤商会の印がある。封そのものに乱れはない。紙もよい。宛名の筆跡も、礼を失していない。こうした細部は、家の格や商会の性質を示す。怒りに任せて書かれたものではないことは、封を開ける前から分かった。忠成は、封を切った。中の書状を取り出し、広げる。冒頭は丁寧だった。有馬子爵家当主、有馬忠成殿。差出人は、白藤商会主、白藤紗和。その下に、補佐として佐伯源蔵、確認人として岩倉正倫の名が添えられている。忠成は、眉を動かした。岩倉正倫。公証人の名がある。ただの私怨ではない。書状を読み進めるにつれ、忠成の目は次第に細くなった。
Read more