白藤家では、社交の場へ出るための支度が静かに始まった。それは、紗和がすぐに出ると決めたからではない。まだ、怖さは胸の中にあった。人前に立つこと。寿美子や貴臣と同じ場に出るかもしれないこと。白藤の名を背負う姿を、多くの目に見られること。どれも、考えるだけで指先が冷える。けれど、逃げ続けるわけにはいかないのだと、紗和はもう知っていた。おしまが用意した部屋には、何種類もの布が広げられていた。畳の上に薄紙を敷き、その上へ絹地やレース、リボン、手袋、扇が丁寧に並べられている。佐伯も部屋の端に控えていた。さらに、白藤商会と取引のある洋装仕立ての職人が呼ばれている。年配の女職人で、名を松枝というらしい。背筋の伸びた人で、華やかな社交服を扱う者らしく、布を見る目が鋭かった。「紗和様のお立場でしたら、あまり地味に寄せすぎるのは避けた方がよろしゅうございます」松枝は、紺に近い重い絹地をそっと畳みながら言った。「控えめに見せようとなさるほど、かえって事情を隠しているように見られることがございます」その言葉に、紗和は少し身を固くした。隠しているように見られる。有馬家で身を小さくしていた時の感覚が、ふと胸によみがえった。目立たないように。間違えないように。余計なことを言わないように。それは安全なようで、いつも自分を薄くしていくものだった。おしまが別の布を手に取る。「こちらは、若いお嬢様方に好まれる色でございますね」淡い桃色の絹地だった。光を受けるとやわらかく、いかにも令嬢らしい愛らしさがある。華乃なら、きっとよく似合っただろう。紗和は、そっと首を振った。「綺麗です。けれど……私のものではないように思います」おしまは無理に勧めなかった。「では、こちらは」次に出されたのは、深い葡萄色だった。上流の場に出ても見劣りしない重みがある。袖や裾に黒いレースを合わせれば、確かに立派なドレスになるだろう。けれど、紗和はその色にも
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