形見の一件以来、有馬家の奥向きの空気は、少しずつ冷たさを増していった。寿美子が声を荒げることはなかった。叱責も、罵倒もない。朝の挨拶も、礼法の稽古も、控え帳の確認も、すべて以前と同じように整った声で進められる。けれど、紗和には分かった。寿美子の目が、変わった。以前は、まだ直せば使えるものを見る目だった。榊原家から来た娘を、有馬家の形に整えようとする目。そこには冷たさもあったが、少なくとも、紗和を有馬家へ入れる前提があった。今は違う。寿美子は、紗和を見るたび、どこか遠くから測っている。手の置き方を直す時も、返事の間を指摘する時も、帳面の字を見て「まだ粗いですね」と言う時も、その声の奥には、もう期待のようなものがなかった。「礼の角度が戻っています」「申し訳ございません」「一度直したことは、繰り返さないようになさい。有馬家では、同じ失敗を何度も見逃すわけにはいきません」「はい」紗和は頭を下げた。直される内容は、以前と大きく変わらない。だが、言葉の重さが違う。前は、覚えさせるための指摘だった。今は、できないことを数えられているように感じた。滝乃たちの態度も、わずかに乾いていた。無礼ではない。「紗和様」と呼び、必要な礼はする。だが、説明はさらに短くなり、帳面は当然のように積まれ、茶は少し遅れて出される。何かを尋ねれば、滝乃は静かに答える。「奥様から伺っておりませんでしたか」その一言だけで、紗和はそれ以上聞きにくくなる。有馬家の奥向きでは、寿美子の気配がそのまま序列になるのだと、紗和は日ごとに思い知った。その日も、午後の控え帳を終えたあと、紗和は奥向きの控えの間へ行くよう言われた。滝乃から頼まれた茶会支度帳を、棚へ戻すためだった。帳面はそれほど重くはなかったが、朝から筆を持ち続けていた指には、紙の束の角が少し痛んだ。控えの間の襖は、わずかに開いていた。中から、女中たちの低い声が漏れてくる。紗和は
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