馬車の窓の向こうで、町の灯りが少しずつ増えていった。有馬家を出た時にはまだ夕方の名残があった空も、今は藍色に沈みかけている。通りの店先には行灯がともり、暖簾を下ろす者、荷を片づける者、帳場へ急ぐ若い手代の姿が流れていく。紗和は、膝元の行李に手を置いたまま、その光景を見ていた。有馬家へ向かった時の馬車とは、まるで違う揺れだった。あの時は、認められなければならない場所へ向かっていた。父の言葉を背に受け、有馬家で居場所を得られるかもしれないと、心細い期待を抱いていた。今は違う。有馬家を出された。榊原家へも戻らなくてよいと言われた。そして、自分の知らない白藤という場所へ向かっている。不安がないはずはなかった。白藤宗一郎の遺言。白藤家の後継。千鶴様のお嬢様。白藤の血を引くお方。聞かされた言葉はどれも重く、まだ紗和の中で形を結んでいない。ただ、行李の奥にしまった白藤の簪だけが、その言葉たちと細い糸でつながっているように感じられた。「もう間もなくでございます」向かいに座る佐伯が、静かに告げた。紗和は小さくうなずいた。「はい」馬車が大通りから少し外れ、広い道へ入った。あたりは華やかな社交の町ではない。商家が並び、倉があり、荷を積んだ車が行き交う場所だった。夜の入口にもかかわらず、人の動きは途切れていない。ただし、騒がしいわけではなかった。荷を運ぶ者は荷を運び、帳面を抱えた者は足早に奥へ向かい、門前に立つ者は客と荷の出入りを見ている。誰も無駄に声を張り上げず、それでいて場全体が動いていた。紗和は、思わず窓に目を寄せた。「あれが……白藤家でございますか」馬車の先に、門が見えた。有馬家の門とは違っていた。石造りの重々しい門柱や、華族家らしい威圧感はない。けれど、門は大きく、木の扉はよく磨かれ、金具にも曇りがなかった。門の内側からは灯りが漏れ、人の
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