* 夕方近くになって、セドリックが会計室へ来た。 扉が開く音は静かだったが、リリアーナはすぐに気づいた。 侯爵家の人間たちは総じて足音を殺す。 でもこの男が近づく時だけ、空気の密度がわずかに変わる。「まだここにいたのか」 低い声。 仕事用の声音だ。 だが、少しだけ疲れている。「ええ」 「無理はするなと言ったはずだ」 「無理ではないわ」 リリアーナは顔を上げた。 セドリックは机の上に広げられた紙を見て、わずかに目を細める。 その視線の動きだけで、彼が何枚かの書類の関係性を一瞬で掴んでいるのが分かった。「見つけたのか」 「ええ」 「何を」 「お義母様の、私的な金の流れ」 その言葉に、セドリックの顔から温度が引いた。 驚きではない。 むしろ、自分の中でずっと薄く疑っていたものが、はっきりと形を持って目の前に差し出された時の顔だった。「どこまでだ」 「寄進名目の小口を分けて、婦人会経由に見せている。でも実際には、ローザ・ベルメル婦人経由で、服飾商会と香油商へ流れている」 「……」 「品目も見たわ。孤児支援や婦人会活動で必要になるような物じゃない」 「額は」 「大きくはない」 「だが反復している」 「ええ」 セドリックは机の端へ手を置いた。 力は入っていない。 けれど、その静けさの裏で何かが硬くなっていくのが分かる。「母らしい」 「ええ」 リリアーナはその言葉に小さく頷いた。「だから、見つけられたのかもしれない」 「どういう意味だ」 「前世の私、あの人の“らしさ”だけは毎日見せつけられていたもの」 ほんの少しだけ、空気が止まる。 セドリックは何も言わない。 だが、その沈黙には理解がある。 アグネスの冷たさが、帳簿の癖にまで染みていると、彼も分かってしまったのだろう。 リリアーナは整えた書類の束を持ち上げた。 指で押さえた順番は崩れていない。 どこから見れば流れが分かるかも、もう整理してある。「これ」 「……」 「渡すわ」 セドリックは動かなかった。 ただ、視線だけがリリアーナの手元から顔へ上がる。「侯爵家のためじゃないわよ」 「……」 「勘違いしないで」 はっきり言う
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