その招待状を見た瞬間、リリアーナは少しだけ息を止めた。 白い厚手の紙に、王都でも古い格式を誇る公爵家の紋章。封蝋は深い緋色で、押された意匠にはほとんど無駄がない。春の終わりにはまだ少し早いが、季節の節目ごとに開かれる大規模な夜会の一つ。顔ぶれも重い。噂と利害と体面が最も濃く混ざる場所だ。 そこへ、リリアーナ宛に、正式な招待が届いた。 前世でも出たことのある夜会だった。 あの時のことは、妙に細かく覚えている。 大広間の灯り。 壁際の長い鏡。 絹の裾が擦れる音。 遠くの笑い声。 そして、自分が“侯爵夫人”という肩書だけを纏って、その中に立っていたこと。 誰も表立って無礼はしない。 けれど、誰の目にも、自分が“名ばかりの婚約者”であり、後には“名ばかりの妻”になるのだという空気が滲んでいた。侯爵の隣にはいる。だが、そこに体温はない。そういう女を見る時の社交界の目を、リリアーナはよく知っている。 だから今回も、最初に胸へ浮かんだのは期待ではなく、鈍い緊張だった。「……行くのね」 窓辺で招待状を広げたまま呟くと、エマが少しだけ目を伏せる。「侯爵様からも、同席をとのお言葉が届いております」 「そう」 「ご不快ですか」 「不快、というより」 リリアーナは紙を閉じた。 封蝋の跡へ指先を滑らせる。 冷たく、整っていて、少しも感情を持たない硬さ。「怖いのかもしれない」 「……」 「公の場って、いつもそうよ」 「はい」 「一人で立っているだけなのに、全部見透かされるみたいで」 エマは何も言わなかった。 ただ、主人の横顔を見る。 前世から一番近くでその背中を見てきた侍女だからこそ、今の言葉が単なる夜会嫌いではないことを知っているのだろう。 リリアーナは招待状を机へ置いた。 近頃、セドリックは人前でも隠さなくなってきていた。 いや、正確に言えば、以前のように“不自然に距離を取る”ことをしなくなった。 人の目があるからこそ、あえて冷たく振る舞う。 必要な言葉まで削り落とし、気遣いは使用人を経由させ、妻でありながら他人より少し近いだけの女として扱う。 前世の彼は、そういうふうに自分を守るつもりで、自分を削っていた。 今は違う。 隣に立たせる時は、ちゃんと立たせる。 手を取る時は、曖昧にし
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