その時、廊下の向こうで急ぐ足音がした。二人で振り向く。ノックのあと、下女が顔を出す。「お嬢様、アデル様からお手紙が」 「……今?」 「はい、急ぎ便でございます」 心臓が、どくりと強く打った。 早い。思っていたよりずっと早い。 叔母は手紙を受け取ってすぐ返してくれたのだろうか。 受け取る。封蝋は簡素で、だが見慣れた印だった。母方の家の小さな紋。指先が少し震える。エマが何も言わず、静かに部屋の扉を閉めた。 封を切る。 紙を開く。 そこに並ぶ文字は、相変わらず整っていて、飾り気がなく、やさしかった。 ――リリアーナ。 あなたから手紙をもらう日が来るのを、ずっと待っていました。 理由がどれほど重くても、まずは来なさい。 話はそれからです。 ここには空いている部屋があります。 薬草園も、温室も、仕事もあります。 静養の名目でも、手伝いの名目でも、あなたが来る理由はどうとでも作れます。 大事なのは、あなたが来たいかどうかです。 その一文を読み終えた瞬間、リリアーナはしばらく動けなかった。 来なさい。 理由はどうとでも作れる。 あなたが来たいかどうか。 胸の奥で、何かが静かにほどける。 侯爵夫人としてではなく。 伯爵家の娘としてでもなく。 ただ、自分が行きたいかどうか。 そんなふうに問われたのは、いつ以来だろう。 あるいは、初めてかもしれない。 紙を持つ手がかすかに震えた。涙が出そうになったが、今度のそれは昨日までの痛みだけではない。まだ細いままではあるけれど、前を向くための光が混じっていた。「お嬢様……?」 エマが遠慮がちに呼ぶ。 リリアーナは顔を上げた。たぶん今、泣きそうな顔をしている。けれど、笑ってもいた。「行けるかもしれない」 「……はい」 「私、行き先がないわけじゃなかった」 その言葉を口にした瞬間、部屋の空気が少し変わった気がした。雨上がりの冷えはまだある。侯爵家の問題も終わっていない。父を説得する必要もある。何一つ簡単にはいかないだろう。 それでも、未来が真っ暗ではなくなった。 うっすらとでも、道が見えた。 それだけで、今日の空気は昨日までよりずっと呼吸しやすかった。 リリアーナは手紙を胸元へ寄せ、もう一度窓の外を見た。雲の切れ間はまだ見えない。だが庭の濡れた枝先
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