「次、ですか」「同じ状況になった時の手順だ」 伊織は帳場の紙を一枚取り、澄乃の前へ置いた。「失敗を反省して終わるな。直す」 澄乃は、何も言えなかった。 直す。 失敗は責められるためのものではなく、直すためのもの。 その当たり前が、澄乃にはあまりにも遠かった。 伊織は鉛筆を持つ。「玄関の鈴が鳴った。客が濡れてる。内線が鳴った。優先順位は」 澄乃は、少し息を整えた。「まず、お客様に椅子をお勧めします。濡れている場合は手拭いと敷物を出します」「誰が」「帳場にいる者が対応します。もし内線中なら、手で真帆さんか篠田さんへ合図を」「合図の決め方が要る」「はい」 澄乃は紙へ書き始めた。 雨天時玄関対応。 一、鈴が鳴ったら、電話中でも目視確認。 二、濡れている客は、まず椅子へ案内。 三、手拭い、敷物、温かい茶。 四、内線や料理場伝達は、客を座らせてから折り返し。 五、帳場内で対応中の合図を決める。 伊織が横から言う。「椅子と手拭いは玄関に常設。取りに行く時間が無駄だ」「はい」「雨の日だけじゃなく、足の悪い客にも使う」「分かりました」「料理場への急ぎの内線は、折り返すと伝えればいい。客を立たせてまで優先しない」 澄乃は鉛筆を握る手に力を込めた。「はい」「ただし、食事の火入れに関わる急ぎは、誰かに玄関を任せる」「その場合の合図も」「決める」 伊織は、澄乃の書いた紙を見た。「これを明日、篠田さんと真帆に見せる。料理長にも、雨の日は内線の折り返しが遅れる可能性があると伝える」 澄乃は、思わず言った。「責めないのですか」 口にしてから、しまったと思った。 伊織は眉を寄せる。「責めてほしいのか」「いえ」「なら聞くな」 少しきつい声だった。 けれど、そこにも人格を否定する響きはなかった。 澄乃は目を伏せた。「久世家では、失敗すると、どうしてできなかったのかと責められることが多かったので」 言ってから、胸が少し苦しくなった。 仕事場で過去を背負いすぎてはいけない。 だが、今の言葉はこぼれてしまった。 伊織はしばらく黙っていた。 帳場の外では雨が続いている。 やがて、伊織は低く言った。「ここでは、失敗したら直す」 それだけだった。 澄乃は顔を上げる。「客に迷惑がかかったなら謝る。原因を見
Baca selengkapnya